ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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サイボーグ義兄さん

 鮮やかなオレンジ色の長いマフラーと紺色のスーツ姿。それが「上から」降りてトラックの上に転がり落ちた。すぐにRONの人々はざわめいて落ちてきたものを取り囲む。

「なッなんだてめえは!?」

「オレか? そうだな、お前たちの敵になる存在だ」

「敵ぃ? お前は一人で、こっちは十人だ。ハチの巣にしてやるぜ!」

 大声を上げた男が手持ちの突撃銃を撃つ。さっきよりも激しい射撃音にクロエは目に力をいれて細めた。なんと恐ろしく力強い暴力的な音なんだろう。訓練場で聞いた音と同じとは思えなかった。

 そして紺色のスーツ姿の人物がやられてしまったとも思えなかった。彼の「性能」はクロエがよく知っている。彼は相手が十人だろうが二十人だろうが返り討ちにしてしまえるだろう。

「なんだこいつ! 銃が効かねえ…」

「この口径とレートじゃダメだな。オレのボディを壊すのに時間がかかるだろう。そして、そんな暇を与えるつもりもない」

 隠れた場所からでも一人が車から落ちて気絶したのがクロエにも見えた。紺色のスーツが蹴とばしたに違いない。

「おい! こいつを殺すぞッ!!」

 またも突撃銃の銃声が響き重なる。音の厚みに耳が破けそうになるが、ルピナスが手で合図を送っているのを見逃さない。「ここにいてくれ」というサインだ。

 

 電灯の影から飛び出したルピナスは車から落ちてくるRON構成員の頭を撃ちぬいていく。雪の上に赤いものをぶちまけながら、ルピナスは急ぎつつも淡々と敵の「処理」を続けていった。

 明るく気さくなボディーガードはためらいもせずに銃を撃ち続ける。その光景にクロエは表情が凍り付いたのを自覚した。そうするのが仕事だが、ああまで息をするように殺すのを見ると悲鳴が出そうになる。極限の緊張が、喉から出そうな声をどうにか抑えていた。

 9回目の処理が終わった頃には、パレード車から銃声は聞こえなくなっていた。代わりに落ち着いた声が飛んでくる。

「手際が良いな」

「訓練のたまものっす。試験義体バージョン4の性能もすごいっすね、あっという間に倒しちゃって」

「さて…どいつだった? オレを殺すと号令を出したやつは。お前だな」

 直後に赤いバンダナの男が車から飛ばされ、ルピナスはとどめをささなかった。両方の太腿に一発ずつ射撃。男は絶叫して立ち上がることもままならず、最後の生き残りになってしまった。

 隠れながらクロエは様子を伺い続ける。あっという間に危険は去ったが、人が変わったかのようなルピナスの仕事ぶりに目が離せないでいた。

「クソッ畜生ッ」

「お前はRONのメンバーなんだな? 質問に答えれば生かしてやらないでもない」

「誰が答えるか! お前ら、どうせ喋ったところでがああッ!」

 赤いバンダナの男が叫んだのはルピナスが太腿を思い切り踏みつけたからだった。静かに銃口を男の顔に向け、無言で言葉を促している。

「喋らなければ彼女は撃つ。嘘じゃないし、嘘をつく意図も理由もない。喋れば彼女は撃たない。それは約束する」

「わ、わかった…」

「最初の質問だ。お前はRONだと騒いでいた。では先ほどの空間爆撃もRONの手によるものなのか?」

「そうだ。空間爆撃をしてから、ネクサス中にメンバーをばらまいた」

「次の質問は…そうだな、なぜそんなことをした? RONの狙いはなんだ?」

「俺はカネを巻き上げられればそれでよかったんだ。こんなでけえ遊園地に遊びに来るのなんて、少なくともそこそこのカネを持っている奴だと相場が決まってんだ」

「だから脅して、暴力で従わせて、不当に利益を得ようとした」

「ああそうだよ!」

「興味深い。最後の質問にしようか。RONは予告もなく多くの人の命を奪う連中だったな。少なくともオレにはそう見えた。だが今のお前らは死者をそれほど出していないだろう。なにか理由があるのか」

「下っ端には分からねえよ。だが上の奴が、極力殺すなって…どうして殺しちゃいけねえのかなんて教えてくれてねえよ!」

「そうか」

 クロエは紺色のスーツの男が素早くルピナスに近づいたのを認めた。そのまま流れるように拳銃を奪うように手に入れ、赤いバンダナの男の頭に3発銃弾を叩き込んだのを見てしまった。あっという間に顔はぐちゃぐちゃになり、噴きあがった血で真っ赤になる。

「いいんすかこんな…殺しちゃって。まだ聞けることもあるかもしれなかったのに。嘘までついちゃったっすね」

「十分聞きだした。それにオレは嘘をついてない」

「というと?」

「喋れば彼女は撃たないとは言ったが、オレは撃たないなんて言ってない」

「確かに」

「だから責められるいわれはない。おい、クロエ、全部終わった。安心して出てくるといい」

 クリス義兄さん。クロエは呼びかけながら姿を現した。その声に喜びと戸惑いを含んでしまった。

 あたりに死体が転がっているが中身はあまり出ていない。血の匂いが徐々に強くなっていく。誰かが死んでいるのを見たのは今日が初めてで、しかもこんな死に方ばかりしている。あまりにも刺激が強すぎるが、どうにかこらえられている。

「…フィルはどうしている?」

「わからないの。さっき爆発があってから連絡がつかなくて」

「なんだって」

「アコさんとカメリアさんの位置情報は東に動き続けているってルピナスが教えてくれた。ガーデナーのARコンタクトレンズのおかげで二人がどこにいるかはわかるみたい」

「正確には二人のレンズの場所がどこにあるかがわかる、だな。コンタクトレンズだけ移動していれば本当の場所はわからないだろう。それに、フィルが必ずガーデナーと共に行動しているとは限らない」

 本当にそんなことが考えられるんだろうか。起こり得るのだろうか。クロエはあり得ないと判断した。爆発が起きて危ない状況だとわかっているのにガーデナーと離れるなんてことをするだろうか。フィルがわざとそんな危ないことをするとは思えない。

「あくまでこれは可能性の話だ。フィルが故意にバカ丸出しの行いをするはずがない。メーベルの人間は愚かな行いはしない」

「そう…だよね。フィーはアコさんたちと一緒にいるよね」

「ああ。だが何故ネクサスから離れない? ルピナス、いまの信号はどうなっている」

 園内の東の島にあるっす。ルピナスは自分の視界に投影されているであろうARウィンドウを操作しつつ問いに答えていた。まるでパントマイムをしているようなルピナスに銃を返した紺色のスーツの男、クロエの義兄は、踵を返してクロエに向き直り目立たない場所を指さした。そこで話の続きをしようというのだ。

 

 紺色のスーツのあちこちが焼け焦げて穴が開いている。穴の先には黒い金属の肌があった。戦闘用サイボーグ。全身を機械に置き換えてしまって生身の部分の方が少ないとはフィルが教えてくれたことだった。

 クリス・メーベル。メーベル家の養子で、年齢の差からフィルとクロエの義兄にあたる人物は、じっとクロエの目を見て口を開いた。

「こんなところで会うとはな…」

「義兄さんはどうしてここに?」

「近くの研究施設で義体の試験をする予定だった。いろいろあって時間つぶしにネクサスに来たんだが、こうなってしまったってわけだ」

「そうだったの…」

「なあクロエ。こうなった以上、オレはRONの連中を片付けなければならない。装備は不十分だが、この義体があれば十分だ」

 クリスの言葉にクロエは目を丸くした。危険なことを自分からやるだなんて。命の心配は全くしていないんじゃないだろうか。頭のどこかがぶっ飛んでいないだろうか。

 心配すると同時にクロエはある種の期待も抱いていた。先ほど繰り広げた戦いを見ればクリスがそう簡単にやられるとは思えない。

 撃たれても大丈夫で、生身の人間では実現できない身体能力を発揮させる義体を身につけている。逆にどうやったらクリスを殺せるのだろう? 重機でももってくるしか考えつかない。

「フィルも考えがあってすぐに逃げていないんだろう。だがクロエ、君はすぐにここから離れるんだ」

「え?」

「いいか。ルピナスと一緒に一秒でも早く離れるんだ」

「いやよ。だってフィーが――」

「アコニットとカメリアと共にいるなら大丈夫だ。だが君は、クロエは、ガーデナーの中で実力が低いのと一緒にいる。そして君はルピナスよりも弱い。こんなことの経験もない。何ができると思うんだ、オレと違って全身義体でもない」

「っ! それは――」

 言い返そうとしたがすぐに言葉が出ない。圧倒的な正論にクロエはなにも出来ないでいた。

「――そうだけど」

「だけど?」

「やらないで後悔なんてできない。このまま南に行っても無事に戻れる保証だってないのよ、RONがどこからあの空間爆撃を仕掛けたのだってわからないんだし、みんなと一緒に帰りたい。そう思っちゃダメ?」

「いいや。だが叶えられるかは別の話だ」

「それでも私はやりたいの。もしこんなふざけたことでフィーと二度と会えないなんてことになったら、絶対に後悔する」

「…君はそんなに頑固だったか? まあいい、ちょうど渡したいものがある。受け取ってくれ」

 懐からクリスが小さな箱を取り出して手渡す。受け取ったクロエはすぐに開けると中に眼鏡が入っているのを認めた。

「私、視力は悪くないけど」

「知っている。伊達眼鏡ではない。最新のARグラスだ」

「えっ?」

「今日はクロエがメーベルの養子になってちょうど一年だそうだな。どこかいいタイミングでオレが渡すはずだった。RONが襲ってくるなんて想像もしていなかったが」

 これがあれば。心の中に希望が芽生えた。これがあればフィルを探すのが容易になるかもしれない。黒いARグラスをかけたクロエは自分の視界いっぱいにARウィンドウが表示されたのを見て目を丸くした。

「それがあれば便利だ。ネットワークへの接続、周囲環境の分析、プリインストールされた各種アプリケーション、それひとつでスマイスよりも多くのことが直感的に出来るはずだ」

「ありがとう。こんなにいいものを贈ってもらえるなんて」

「君が危険な目にあうのは可能な限り避けたい。君の目標が成功する可能性も不透明で判断できない。だが、後悔したくないという気持ちには共感できる。だから見逃す。でもこれだけは徹底してくれ。危険が迫ったら逃げることを優先しろ。こんな状況で君に逃げられたとしてもフィルは怒りも恨みもしない。すると思うか?」

「絶対にない…ありがとう。義兄さんは私が嫌いなんだと思ってた。気遣ってくれて嬉しいよ」

 嫌いだなんて思ったことは一度もないが。そう言ってクリスはその場で高くジャンプして、クロエが目で追えたのはほんの数秒だけだった。セントラルの低い屋根に飛び乗ってそのまま西の方へどんどん跳んでいったのだ。

「クリス様なら一人で大丈夫っすね。クロエちゃんは初期設定おわったすか」

「いま終わった。確かに使いやすそう。ARグラスはこれが初めてだけど、とても見やすいのね。グラス搭載の小型カメラで遠いところも望遠出来ます、か。すごい便利…」

「クロエちゃん。やっぱり今すぐにでも逃げた方が良いと思うっすけど…フィル様を探しにいくんすね」

「後悔したくないから。義兄さんが言ったように、確かに私はなにももってない。だからといってはいそうですかって引き下がりたくない。ルピナスもいるし、やれるところまでやりたいの」

 了解っすよ。ルピナスはどこか諦めたような笑いを浮かべていた。拳銃の弾倉を抜いて懐から弾を取り出し、一発ずつ装填していく。

「私の仕事はクロエちゃんを守ること。もちろん死なせないのは大事だし怪我もさせたくないけど、クロエちゃんの気持ちはわかるっす。大変だけど力を合わせて…頑張ろうっす!」

 装填を終えた弾倉を入れて準備を終えたルピナスが頷いてみせる。クロエも同じ仕草をして東を見た。

 この先にフィルがいる。頑張って追いついて合流する。絶対に。

(君はルピナスよりも弱い。こんなことの経験もない。何ができると思うんだ)

 心の中にクリスの言葉が蘇った。ルピナスから渡された拳銃と奇妙な杖を強く握りしめてクロエは前に進む。手にしている道具が勇気を与えてくれて、心のどこかから湧く不安を打ち消してくれている――そんな気がした。

 

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