ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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イフとの再会。診療所でひとやすみ

 園内放送はずっと避難指示を流していた。速やかに係員の指示に従い避難をせよ、という旨の音声は、しかしクロエたちが港に着いた頃に止んでしまっていた。よくないことが起きたのは明白だった。

「RONが放送室をのっとったのかな」

「そうかもしれないっすね。奴らの目的はわからないけど、もしここで伝えたい何かがあるなら園内放送を使うのは理にかなっているっす」

 ルピナスの言葉にクロエは頷き、それからあたりを見回した。

 

 ネクサスの東の島は穏やかな乗り物が集まる場所だ。そこへいくにはセントラルを出て東側にある港を使うか、海底列車を使うしかない。橋はかかっていないのだ。

 港からは大きな遊覧船が出航し、港の近くにある地下への階段からは海底列車が運行している。海の中に透明な巨大ケーブルが敷設されていて、窓からは海の様子がきれいに見えることがパンフレットでは強調されていた。

 

 クロエのARグラスは視界にうつったものの詳細な情報が簡単な操作で閲覧できるようになっている。ネクサス側が提供しているデータベースとの接続・連携が正常に行われている前提のうえで、遊覧船のダイヤを見たり、道沿いにあるアイスクリームの屋台の営業時間を確認することが出来る。

 だがどこにも人の姿はない。それはそうだ。RONの連中がここからパレードの車を奪って暴れて人々が逃げ出してきたのだから。

 床や壁のところどころに血の跡が見える。いくつかの薬莢が雪に埋もれているのも認めてしまった。無抵抗の人間を面白半分で傷つけ、殺す。その行いにクロエの怒りがぎゅっとにじんできた。

 

 だからそのせいで大きな破裂音がしたのかと誤解した。すぐにクロエは大きな音の正体がドアを開けたものだと理解する。彼女から見て右手側、すなわち南側にある建物のどこかから音がしたのだ。

「まだ人がいるのかな」

「クロエちゃんは下がって。様子を確かめるっす、隠れられそうな建物の近くに」

 ルピナスが先導して音がした方の近くにある建物にクロエは移動した。壁看板に「お土産屋 ストロングハット」と丸い文字で書かれている建物に張りついたクロエは、ルピナスが様子をうかがうのを見つめる。

「どうやら診療所の方から音が…なんか結構荒っぽい感じの音っすね」

「荒っぽい?」

「どん、どん、って」

「様子を見にいこう」

「危ないっすよ。何があるかわからないんだし」

「でも診療所ならここで怪我した人がいるかもしれない。RONがまだここにいて暴れようとしているのなら――」

 考えついたもしもを語り終える前にひときわ大きな音が響いた。足音だと理解するのに時間はかからなかった。

「俺は問題ない、大丈夫だ。世話になったな」

「待ってくれ! 君の体が問題なんだ」

「不都合がないのに問題だと?」

「じゃあその炎はいったいなんだ! それだけ燃えていて問題ないなんて、そんなわけがあるか!」

「いや、まったく熱くないんだが…」

 どういう類の話をしているのかさっぱりわからない。クロエは困惑しつつ、同時にルピナスが「あれってイフさん?」とこぼしたのを聞き逃さなかった。

「イフさんがいるの?」

「人違いかもっすけど。暗い赤色のコートや赤い髪なんてそっくりだなと思って」

「燃えているって聞こえたけど、なにが?」

「イフさんの右手が燃えているんすよ」

「そんなことある?」

 クロエは半信半疑でルピナスの後ろから診療所の様子を伺う。

 

 すぐにルピナスがなにも嘘を言っていないのを理解した。

 一緒にヘリコプターに乗った、親友を助け出してくれた恩人の右手が燃えている。盛る炎は、しかし右手だけをなめ続けていて他に燃え広がってはいなかった。

「とにかく。怪我させてしまった人には申し訳なかったと伝えてくれ」

「わたしには医療スタッフとしての責任がある。燃えている人をほっとけと言われて、簡単にはいそうですかって下がれないのだ」

「だから何度も言ってるじゃないか。熱くもないし痛くもない。それにほら、火を消したりつけたりだってできる。問題は解決した」

 声だってちゃんと聴けばイフのものだった。そんな彼が右手を軽く振るたびに消火と着火が繰り返されていて、クロエはいま見ているものが現実かどうかわからなくなりつつあった。

「確かに…そうだね…解決、してるね、なんの問題もない…」

「だろ? だから俺を止める理由はない。RONの奴らをどうにかしないといけないだろ」

「君一人で奴らは倒せないぞ」

「やれるところまでやるんだ――君は。なぜここに?」

 ルピナスが姿をさらす後ろについていくクロエ。そんな二人にイフが気づいて歩み寄っていく。

「君は確か、クロエ…?」

「クロエ・ブルームです。フィーを探しているの、どこかで見ませんでしたか」

「フィーってフィル君のことか? はぐれてしまったのか」

「そうなの。ねえ、ちょっとだけ話をしましょう。ここで立って話すのは危ないから、診療所でいいかしら」

 クロエは視線を向けて白衣を着た医者らしい中年の男に問いかける。

「こちらは構わない。あまりうるさくしなければ大丈夫だ」

「ありがとうございます。ルピナス、イフさん、行こう」

 

 

 

 

 

 

 診療所の中はうめき声ばかり聞こえていた。人手が足りないらしく、白衣の医療スタッフたちがせわしなくあちらこちらと動き回っている。

「私が手伝えることってあるっすか。クロエちゃんとイフさんはそこで座ってて。情報交換をお願いするっす」

「それならこれを。消毒と手袋を先に。それからあの薬を――」

 ルピナスと医者が部屋の奥へと消えていくのを見ながら、クロエは近くのソファーにすわった。イフも隣に座り、話を聞く姿勢を見せている。

「私たちはセントラルにいたの。あの大きな城の中で遊んでいて、それから大きな爆発が起きて、フィーを見失ったの」

「そうだったのか」

「フィーと連絡はつかないし、護衛についてたアコさんとカメリア、あの二人とも連絡がつかない。だけど二人の位置情報はつかめるってルピナスが言ってるの」

「位置情報? つまり、いまどこにいるかがわかるというのか」

「ええそう。ネクサスの出入口は一つしかないけど、そこじゃない方角に向かってた。東の方に位置情報は向かっていて…」

 言葉に詰まった。あることに気がついてしまったからだ。

 

 フィルはあの時すぐにネクサスから離れるようにと話していた。その時はまだRONによる空間爆撃はまだ始まっていなかった。つまりフィルは、正確にはフィルたち三人のうちの誰かは、空間爆撃から始まるRONの襲撃を予測していたかもしれない。

 

「どうしたんだ?」

「…ちょっと気になることがあるの。実はフィーは――」

 気がついたことをゆっくり話す。急いでまとめようとすると形が崩れて意味がわからなくなってしまいそうだった。

「確かに妙な話だ。襲撃を前もって知っていたか…いや、こうは考えられないか」

「え?」

「RONの空間爆撃の前に予兆かなにかを感じ取って知った。例えばそうだな、銃を撃つときに狙いをつけるだろう。それは『銃で狙っている』予兆にならないか。そうした予兆を得ることに成功した…ガーデナーが優秀ならその線はあるんじゃないだろうか」

「ない…とは言い切れないかも。アコさんかカメリアが危険を察知して、それをフィーに伝えて、フィーが私に教えてくれた。そっちの方が自然かもしれない」

「あくまで考えられる可能性のひとつということを忘れないようにしないと。悪い方に想像し過ぎるのはよくない」

「それもそう…ですね。ところでイフさんはあれから何をしていたんですか。それに右手が燃えていたけど。話せる範囲でいいです。教えてください」

 どこから話せばいいか。イフはあごに手をあてて考え込む。そんな彼の横顔を見つめながらクロエは考えを巡らせていた。

 話が終わった後はすぐにアコニットたちの信号を追いかけるつもりだ。だが、どちらの乗り物を使うの方がいいだろうか。海底列車か、遊覧船か。

 

 そこまで考えてクロエは再び強い既視感を覚えた。海の底、列車の窓際、そこで自分は猫のアニマノイドと話をしている。相対する猫女の顔はフィルの誘拐未遂が起きた駅の店のウェイトレスによく似ていた。

 

「大丈夫か? どうした、ぼうっとして…いや、疲れるのも無理はないな」

「えっ。あっ、ごめんなさい。変なデジャブを見ていたの…」

「デジャブ?」

「前に見たことがあったかもしれないって感覚。今までそんなになかったのに、今日はよく見るの。それでぼうっとしていたのね。ごめんなさい」

「問題ない。まだなにも話していないから。信じてもらえるかわからないが…君たちと別れてからネクサスを歩き回っていると声が聞こえたんだ」

 声? まるで声が聞こえることが不思議なことのように言うが、右手に炎をつけたり消したりできる人間がそんなことを気にするのだろうか? クロエはイフの話に集中することにした。

「まわりで騒いでいる声ではない。なんと言えばいいのか、頭の中でしか聞こえない声だった。俺にしか聞こえない…不思議な声だった。そいつは女の声でこんなことを言っていた。『東の港に寄れ』と。あてもないからここに来た。そしたらとんでもない頭痛がしたんだ。頭の中で何かが芽生えて伸びていくような奇妙な痛さだった」

「それでこの診療所に?」

「いや違う。俺が怪我をさせてしまった人を運び込んだだけだ。話を戻そう。俺は頭痛に耐えられなくなってこのあたりの建物の陰になるところでじっとしていた。人がたくさんいる場所でうずくまるのも迷惑な話だろ?」

 どんな状況でもまわりに気を配れる人物。人の良さがにじみ出る判断だとクロエは思う。だが話の大事なところはこれではないはずだ。

「それで…それで俺は頭痛に苦しみながら人が歩いてくるのを見た。とんでもなく小さな人間だったが子供じゃない。ちょうど君が持っているような杖を持ってこちらに近づいてきたんだ」

「どうなったんです」

「お前は許される存在ではない。しかし助けない理由にはならない。確かそんなようなことを言って、杖で軽く俺を叩いたんだ。そしたら痛みがひいていって…どういうわけか手が燃やせることに気がついたんだ」

「え?」

「俺だってなにを言ってるか…でも当たり前のことみたいに出来てしまうんだ。ほら、走ったりしゃがんだりするのに深くは考えないだろ。それと同じなんだ」

 辺りのものを燃やさないように気をつけながら、イフは自分の右手の発火と鎮火を繰り返してみせる。燃えているのに皮膚が焦げたにおいはしないが、近くにいるクロエは相当の熱を感じていた。

「すまない。俺はなにも熱さも痛みも感じないが、ほかの人や物はそうでもないみたいなんだ」

「その言い方だと実際に燃やしちゃったみたいですよ」

「ああ…君の言うとおりだ。頭痛から立ち直った俺は三人組の男の子たちに絡まれていた。裏道で恐喝をしようとしたんだろう。だが俺は彼らとの交渉で誤って一人を燃やしてしまったんだ」

「えっと…そいつの自業自得ね」

「だが炎の広がり方が尋常ではなった。放っておけば焼死してしまうんじゃないかってくらいで、水場は近くにあったからそこで鎮火はできた。他の二人は怯えて逃げ出していたよ。それで診療所に燃やしてしまった彼を連れてきたら、RONの騒動で外に出られなくなってしまっていたんだ。奴らがパレードの車を使って移動していくのを黙ってみるしか出来なかったんだよ」

 おおまかな事情は把握できた。だがクロエは大きな引っ掛かりを感じていた。

 

 とんでもなく小さな人間には心当たりがある。いまも持ち歩いている杖を手に入れるきっかけになった「仮装屋」の店番だ。あれもオカルトかファンタジーの世界に身を置いているような雰囲気があった。

 イフが体の一部を燃やせるようになったというのも気になった。いや、恐怖に近い感情がわいてしまった。人や物を燃やせる破壊能力だ。それはクロエが見た悪夢を想起させるのに十分だった。

 燃える男と戦い、剣で貫かれ、死んでいった自分。夢とは思えないリアリティの質量をもった体験。あまりにもそれと近い。イフと燃える男の距離がとてつもなく近いように思えて恐ろしくなったのだ。

「…そうだな、人に気軽に見せていいものではないな」

「なんの話です」

「俺の手が燃えることだ。決して自慢げに話せることではない。だって君は怯えてしまっている」

「違います」

「違わないだろう」

「違うんです。全身が燃える男に殺されてしまう。フィーと私が。そんな悪夢を見たから怯えたように見えたの。今朝の話ですよ、それでちょっとだけ、怖いなって」

「なるほど、それは、そうだな、恐ろしいな」

 イフはクロエから目をそらして大きく息をついた。クロエもうつむいて深呼吸してしまう。

「ごめんなさい。イフさんが悪いわけじゃないんです」

「…気にしていない。君も大変だな、悪夢にデジャブに親友とはぐれてしまって…これからどうする。フィル君を追いかけるのはやめたほうがいいと思うが。RONがいるんだぞ」

「それでも追いかけます。離れ離れは嫌ですから。海底列車で東の島にわたるつもりです。イフさんは?」

「俺はしばらくここに残る。ここには武器もあるしRONへの抵抗もある程度は出来るだろう。それにここに世話になった礼がしたいんだ。記憶を取り戻すってのは…この事態が落ち着いてからになるだろうな」

 武器がある? クロエは辺りを見回してすぐに見つけた。古めかしいライフル銃が壁の武器棚に保管され、ガラスケースに覆われている。弾の箱も同じ場所に仕舞われていた。隣にはモニターが暗い画面を映している。

「鍵はもうあけてあるんですね」

「ここの医者が用心のためにと。だが持って歩くわけにもいかないらしい。武器を持っては患者を助けられないからな」

「そうだったんですね…え?」

 園内放送が復活した。ネクサス中にあるスピーカーから落ち着いた女の声が響いていく。スピーカーは診療所にも置かれていて、何を話しているかをきちんと聞き取れるようになっていた。

〈まず自己紹介をしますね。私はモノ。立場としてはそうですね、RONのリーダーと名乗っておきましょうか〉

 クロエは思わず立ち上がってスピーカーをにらみ上げていた。いまここに、ネクサスに、RONのリーダーがいる。世界の敵の大将がここにいる。

 

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