ブルームは駆け出した。過去も、いまも、これからも、ブルームを批判し続けるだろう人を救うために。
たかが人と違う力を持っているだけで正義の味方気取り。市民の味方気取り。ブルームとブルームが憎む悪党との違いは思想の違いくらいしかない。紙切れ一枚くらいの薄さでしか分けられないのだ。そんな調子でブルームを断じる新聞記者を救おうとしている。
高層ビルが立ち並ぶ街。どこまでも摩天楼が広がる、人の気配に満ちた場所をブルームは駆け抜けていく。
赤い鮮やかな花が刺繍された白いコートの懐からワイヤーガンを取り出して上に向けて撃つ。シャアアアアと擬音を伴って二つ先のビルの屋上近くにワイヤーガンの先端が着弾して強烈に巻取りが始まってブルームが空を飛ぶ。
長い黒髪、一見すると男に見えない華奢な体躯は、しかし超人的な挙動をこなす強さを秘めていたのだ。
すぐにブルームは狙ったビルの屋上に移動を終えると転がって衝撃を殺し、すぐにワイヤーガンを構えなおす。狙いはブルームを貶める記事を書き続けた新聞記者がとらわれているビルだった。
「待ってろよ、すぐに助けてやる」
新聞記者が捕らわれたのは今朝。正午以内にブルームが現れなければ新聞記者を殺すと悪党は宣言し、新聞社のオフィスが入っているビルの中に立てこもっている。
どういうつもりで悪党が行動を起こしたのかは分からない。だがブルームに立ち止まるつもりはかけらもなかった。ブルームはワイヤーガンの引き金を引き絞って摩天楼の間を移動する。
ブルームが次に移動したのは新聞記者が捕らわれているビルの窓だった。ワイヤーガンでの移動で勢いをつけたブルームは窓を割って侵入、バリィンと大きな擬音を伴って転がると、その先には口をガムテープでふさがれた女が手足を縛られて転がっている。
「アヤ!」
間違いなく件の新聞記者だった。短い黒髪に白いシャツとパンツ。切れ長の目は涙をたたえてうるんでいる。
「あんた、本当に来たのかよ…マジですげえな、本物のヒーローだ」
転がっている新聞記者の隣には黄色のサイボーグが立っている。この世界で自分の能力を高めるためのサイバネティクスに手を出すのは広く普遍の考え方だ。彼もまた、やりたいことのために体を機械に置き換えたのか。
「来てやったぞ。そいつを解放してやれ」
「わかってるって約束だからな。そらよ」
黄色のサイボーグが乱暴に蹴り転がす。それをブルームが受け止めると素早く拘束を外していく。
「どうして私を助けに?」
「はあ?」
「私はあんたを下げる記事ばかり書いてたのよ」
「関係ねえ。助ける相手を選ばねえんだよ。ヒーローは」
新聞記者は目を丸くし、慌てて近くの机の影に隠れていく。
「難儀だなぁヒーローさんよ」
「同感だ」
「つれぇならやめればいいだろ」
「やめられねえんだ」
「どうしてだ」
「ヒーロをやるのは俺の生きる道なんだよ」
恒例の決めセリフ。ブルームは懐から尋常でなく大きな拳銃を抜いて構える。銃身に花を彫った、鈍く光る白い拳銃だ。銃口は静かに黄色のサイボーグをにらんでいる。
夢を見ている。
いつかフィルと一緒にアニメを観ていた時の記憶の再生。観ていたのは大人気コミック「ブルーム」を原作にした短編アニメだった。遺跡発掘から帰ってきたフィルが買ってきてくれてとても嬉しかったのを、クロエは昨日のことのように覚えている。
「すごいアニメだったね。アクションシーンがとてもよく出来てる。こりゃすごいよ」
「ありがとフィー。一緒に観れて楽しかった」
「僕もだよ。それにお話もよかった。ブルームはとてもかっこいいね。クロがブルームを名乗りたくなるのも分かる気がするよ」
「それは――」
「ごめんごめん、責めているとかそういうことじゃないんだ。こんなかっこいいエピソードがあるって知ったらね。普通さ、普通の人というか、嫌なことがあったら逃げればいいんだよ。逃げてもいい、避けて進んで咎められることってないでしょ」
「――うん」
フィルの言いたいことはなんとなく理解できる。ネットの世界で時々流行る考え方だ。端的に言えば「自分を傷つけるものは見捨てても構わない」という、つらいものを背負うことはないのだという思想だ。
「でもヒーローがそれをしちゃうとダメなんだ。例えば銀行強盗があってそこにヒーローがやってきて悪党をやっつけようとする、でも人質になっている人の中に犯罪者がいたとしてさ、その人だけ別にどーなっても構わないやってヒーローなんていないでしょ」
「そうね、そんなヒーローは見たことない」
「さっきのお話は改めてそれを提示したわけだよ。ヒーローって助ける人を選ばないってこと。どれだけ自分を傷つけていたり憎んでいたりしても、ヒーローは絶対にその人を見捨てないんだ。かっこいいよね」