ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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救出作戦:会議

 だいじょうぶか、おきろ、しっかりしろ

 

 遠い場所から呼びかけられている。クロエはうすぼんやりと目をあけて、まだ焦点のあわない視界で誰かの影が近いのを見た。

「大丈夫か。しっかりしてくれ、起きてくれ」

 イフが体を揺らしている。そのことに気づいてクロエははっとして全身の感覚を取り戻した。頭痛はするがすぐにでも動ける状態だ。

「上から物が落ちたのが当たったんだ。痛みはどうだ、動けるか」

「なんとか」

「今すぐここを離れるぞ。また奴らがぶっ放してきたら次は助かるか分からないからな」

 なんのことを言っているかすぐには理解できなかったが、辺りを見たクロエはすぐに頷いた。

 

 かくまってくれていた地下室はめちゃくちゃになっている。いくつかのモニターは床に落ちて壊れているし、テーブルも椅子も乱暴に倒れている。強い衝撃か揺れ、とんでもない地震が起きた後の光景のようだった。

「空中戦艦がネクサスに向けて砲撃したんだ」

「どうして? 奴らは客に『鬼ごっこ』をさせたいんじゃなかったの」

「させたいからこうしたんだ。RONの奴らは全世界に向けてこう発表したらしい。次に空中戦艦への攻撃を加えたら、空中戦艦の火力をネクサスに叩き込むってな」

「ウソでしょ。そんなことしたら、みんな」

「死ぬだろうな。主砲がネクサスを覆うドームにあたってこれなんだ。次が撃たれたらドームの防護は期待できないし、生き残りがいるのもあまり期待はできないんじゃないか」

「あいつらどうしてもふざけた鬼ごっこをしたいのね。どうしてそんなにこだわっているんだろう」

 出来の悪い催しにRONが執着しているのは明らかだった。だがいまは考えている場合ではない。ARグラスが何事もなかったかのように動作するのを確かめたクロエは、ルピナスとロンが先頭に立っているのを見た。

「この道はなんなんすか」

「スタッフ専用の通路だ。ここからいろんなところに出入りできる。セントラルもそうだし、西の島や北の島にも行ける」

「じゃあこれで北の島に行こうっす。裏方さんの通路だっていうなら、誰にも見つからずに進めそうっすね」

「だが気をつけろよ。スタッフの全員が俺みたいな奴じゃない。RONのいいなりになったスタッフもいるはずだ」

「仕方がない話っすよ、そりゃ」

「命が惜しくない奴なんてそうそういないからな」

 あたりまえだ。今までテロ組織がどうとかなんて関わりがなかった人の方が圧倒的のはずの場所で、こんな目に遭えば助かるために動こうとするのが普通だ。

 ロンがそうしていないのはRONへの不信感が理由だと言っていた。テロ組織を信じる理由なんてかけらもない。クロエはそんなロンが心の強い人物なのだと改めて実感する。

 

 ロンの案内でスタッフ専用通路に出ようとしたが、クロエはその足を止めてしまった。なぜならARグラスが新たな通知を表示しているからだ。通知内容は「動画投稿サイトにてネクサス公式チャンネルが生放送を開始した」というものだ。

 確かにクロエはネクサスの公式をチャンネル登録している。通知が来るのも納得する。だがなぜこのタイミングで?

「どうしたんすかクロエちゃん。早く行かないと」

「ネクサスの公式チャンネルが生放送を始めたの。通知が飛んできた」

「生放送? そうか、ネクサスの人間がそんなことできるはずないんだ。やるとしたらRONの奴しかいない」

 戻って確認するぞ。ロンは踵を返して半壊したモニタールームの前で機械を操作する。するとまだ生きているモニターがネットブラウザを映し、動画投稿サイトを表示した。

「うちの公式チャンネルはこれだ。スピーカーもよし、モニターもよし、奴らが何をしゃべるのか聞いておこう」

「早く行った方が良いんじゃないのか。奴らの話なんて俺たちが聞く理由があるのか」

「理由ならある。情報は持っていればいるほど良い。もしかしたら、ネクサスを巻き込んでいる鬼ごっこについての言及もあるかもしれない。確認できる環境があるなら使うべきだと思うんだがね」

 イフの問いにロンは少しいらだっているように見えた。クロエはイフの隣に立って彼の肩に手をのせる。

「私もRONの放送は見た方が良いと思う。奴らが何かを発信しようとしているのなら、知っておいた方が良いはずなの。得はしないんだろうけど、損することはないから」

「わかった。君も言うなら立ち止まろう」

 頷いてイフはモニターに視線を向ける。生放送の画面は簡素なつくりのスタジオを映していて、背景には大きな壁一面のモニターが用意されている。

 

 

 

 しばらく待つと短い銀髪の女が画面に現れた。黒っぽいライダースーツのような服を着ている。眠たそうな目をしているが精悍な顔つき、近寄りたくない第一印象。クロエは思わず唾をのんでいた。

〈こんにちは。RONリーダーのモノです。私たちはいま、巨大遊園地ネクサスを襲撃、掌握し、あるゲームを催しています。それは鬼ごっこのようなもので、指定した来園客をセントラルまで連れてくるというルールです。鬼が勝てば来園客の解放を、負けたら皆殺し。単純で分かりやすいルールです〉

 園内放送で聞いた時と同じ印象の声だった。眠そうであくびを誘うような声だ。だがだめだ、だまされるな。クロエはモニター越しにモノをにらみつける。お前はテロ組織のリーダーなんだ、絶対に許さないし、許されない。

〈逃げる側、つまり、逃げ子に指定したのはたった二人です。対する追いかける側、つまり、鬼は他の来園客の皆様です。だからすぐに捕まえられる。そう思っていたんですが、あんまり鬼側が優勢でないみたいなんですよ。東の島で追い詰めたと思ったら子が雲隠れした。どこに行ったかもわからない。お手上げです。これじゃゲームにならない〉

 どこまで本当のことを言っているのかクロエには判断がつかなかった。

 いくらロンがかくまってくれているからとはいえ、ネクサスを掌握したRONならば地図情報なんかはいくらでも手に入れられるはずで、追跡はできるように思える。だがモノはクロエたちを見失ったと話している。嘘か、誠か。クロエの全身に緊張が走った。

〈それでですね、子のあぶり出しをしようと思います。その宣言をするための生放送なんですよね。たぶん子の二人も見ているでしょう。見ている前提で話します。あとで園内放送もした方がいいかな、まあおいといて話の続きを。とりあえず子の関係者の客を捕まえました。身柄はこちらで確保しています〉

 まさかフィルが? 一瞬だけクロエは最悪の想像をしたが、それは違うと断言できた。フィルはアコニットとカメリアに守られ、アコニットたちガーデナーも簡単に捕まりはしない。

〈それでは子の関係者を映します。映像回して〉

 モノの指示の後で機械を操作する音が聞こえると、次の瞬間には背景のモニターに屋外の景色が映し出されている。誰かが十字架にはりつけにされているのが見えた。

 

 捕まったのは少女だろうか。クロエが目を凝らすと画面がズームインする。

 長くさらさらしたきれいな金髪。ブランド物の白いロングコート。画面越しで少し粗いが顔立ちはまさに美少女。間違いなく、捕まってしまったのはアニーだった。

〈この少女は子の一人、クロエさんの関係者です。お友達ではないみたいですよ。セントラルのホテルで険悪そうにしていましたから。仲が悪いどうしですね。それであぶり出しについてですが、そこの彼女は私たちが処刑します。助かる方法はただ一つ。子が彼女を助けに行くことだけです〉

 驚愕した。クロエは自分が聞いた言葉がでたらめなように聞こえた。だがイフやルピナスの反応を見れば、自分の耳がおかしくないことを認めざるを得なかった。

〈ああでも仲が悪いんですものね。いっそ死んでくれれば…とまでは思っていなくても、子が危険をおかして助けに来るもんですかね? 采配を間違えたかもしれません。ま、どちらにしろ助けに来なければ彼女は殺します。その後でテキトーに来園客を捕まえて同じように縛って、また同じことをしますよ。子が助けに来なければずっと来園客が死んでいくんです〉

「なに言ってるのこいつ。ふざけるんじゃないわよ」

〈そういうわけで簡潔にルールを追加します。いまから一時間後にはりつけにされた彼女を子が助けなかった場合、彼女は処刑され、新たにランダムに来園客から一人選んで縛り、同じことをします。子が助けに来た場合、彼女は助かり、追加の犠牲者も出ません。ただ、子は相当なリスクを負うことになるでしょう。なにせ東の島の大ステージが舞台ですからね。待ち構える鬼の数は多いですよ。知恵をださなければ成功しないでしょう。頑張ってください〉

 モノの声がスピーカーか何かで聞こえるようになっているのか、映像の中のアニーはどんどん恐怖に歪んでいた。一時間後に死ぬかもしれない、いや死ぬのだろう。嫌いな感情をぶつけていた相手が助けてくれるわけがない。そんな絶望が膨れ上がっているのだろう。

「やっぱあれアニーちゃんっすよね、ね、クロエちゃん」

「間違いなくあいつよ。なんでこんなところで捕まってるの…」

「わからないっすけどRONの情報収集能力は思っていたよりも高いみたいなのは確かっす。だって個人の交友関係を調べられないとアニーちゃんを狙って捕まえるなんて出来るはずが――」

 ルピナスは言葉を続けなかった。口をぽかんと開けて目だけがあちこちに動いている。

「どうしたの」

「――奴らはなんでそんなことをしたんすかね」

「なんでって、分からないけど趣味の悪い催しがしたかったんでしょ?」

「そうじゃないっす。いいっすか、アニーちゃんが逃げる側の関係者ということで捕まえられたのは、クロエちゃんのことを調べないとRONは知りようがないんすよ」

「ルピナスがさっき情報収集能力が思ってたより高いって言ったばかりだよね」

「問題なのはそこじゃないんすよ。どうしてRONはクロエちゃんのことを調べ終えていたのかが問題なんすよ。その情報を握ってないと逃げ子の人間を選べなくないすか?」

 つまりこういうことだ。RONは何らかの方法で事前に情報を掴んでいた。情報の中には個人の交友関係も含まれていて、自分が狙われたのはRONが自分の情報を掴んでいたからだった――

 クロエは自分の言葉でルピナスに確かめるように話した。そうです。その通りなんすよ。ルピナスは目をつむって静かに息をつき、壁に背を預けて天井を仰いだ。

「RONの目的は最初からクロエちゃんだった。そうは考えられないすか」

「そんな!」

 思わず大きな声が出てしまった。どうしてテロ組織が自分を狙う必要がある? いや、メーベルの養子という立場がそうさせているのだろうか?

「だがルピナス。結論を急ぎすぎてはいないか」

「イフさん」

「RONが事前に情報を集めていたかもしれない。そのせいでクロエが狙われた。これは筋が通っている。だが奴らが集めた情報は他の個人のものもあるだろう。集めた情報を基にした『子の候補リスト』からたまたま、クロエが最初に選ばれてしまった。そういうことだってあるかもしれない」

「確かにそうかもっすね…」

「診療所で放送を聞いた時、モノは『子を選ぶ基準は面白そうかどうか』と言っていたはずだ。奴らにとって面白そうなのは事前に情報を掴んだ個人のことだったんだろう。大富豪の養子だから奴らのお眼鏡にかなったのかもしれない。それと、右手が燃える俺も追加で選んだのかもしれない」

 イフの落ち着いた声は彼の話の理解を助けていた。もしかしたらそうなのかもしれない。状況は良くも悪くもならないが、話の筋が見えると印象が変わってくる。クロエは深呼吸してから思ったことを口にする。

「それじゃあ私の周りにRONの関係者がいたってこと…もありえる?」

「まさか! そんなわけ――」

 ないことはないだろう。否定しようとするルピナスをイフが手で制する。

「――じゃあなんすか。メーベルの人やクロエちゃんの友達とかにRONの人間がいるってことすか」

「可能性としては考えられなくはないって話だ」

「でも奴らが探偵かなんかを雇って調べさせてたってこともあるかもしれないんすよ」

「なにも俺は君や、君に近しい人を疑っているわけじゃない。嫌っているわけでもない。ただ、望ましくないことがあるかもしれない、そう考えているだけなんだ」

「…すみません。少し落ち着きが足りなかったっすね」

 ルピナスは深呼吸を何度かして少し離れた壁に手をついた。ガーデナーもこんな緊張状況が続けばいつものようにいかなくなるのかもしれない。そこまで考えてクロエはイフの方を見た。

 彼は記憶もなく、原理も分からないのに手が燃え、火を操るある程度の異能もある。加えてRONの鬼ごっこに巻き込まれたら冷静ではいられないはずだ。だが彼はどこまでも落ち着いているように見える。記憶をなくす前の彼はいったい何者だったのだろうか。

「それで、クロエ」

「うん」

「はりつけにされていたのは君の知り合いなのか?」

「あいつとは、アニーとはお互いに嫌いあっているのよ。アニーはフィーが好きで、メーベルの養子の私が嫌いなの。私とフィーの距離が近いのが気に食わないのよ」

「そうか…じゃあこれからどうしたいと思っている」

 クロエは言葉に詰まった。なにをしたいかはもう決まっている。だが言葉に出すのに勇気が必要だ。

「焦らせたくはないが時間がない。奴らはあと一時間弱でアニーを処刑してしまうだろう。俺の意見は後で話す。まずは君の気持ちを聞かせてくれ」

「…あいつが死ねば他の人も同じように殺される。それは避けたい。自分のせいで、いや、奴らのせいだけど、見殺しにはしたくない」

「ああ」

「無茶なことを言ってるってわかってる。いまの私たちが自分のことで手一杯だってこともわかってる。だけどどうにかしてアニーを助けてやれないかな。なんとかしたいんだ。RONに好き勝手させたくない」

「俺もそうだ。奴らの思うようにさせていれば状況は悪くなる。鬼ごっこを途中でやめて皆殺しに走るかもしれない。だから方法を考えよう。ルピナス、ロン、ありったけのネクサスの情報を集められるか。そこの机で作戦会議だ。しっかり考えれば…うまくいくかもしれない」

 私は反対なんすけどね。ルピナスが壁に貼ってあったネクサスの地図をはがし、イフが指した机に乗せて言葉をつづけた。

「クロエちゃんを守る。これが私の仕事なんすよ。なにがあっても守り通す」

「ルピナス」

「危険から遠ざけるのが最善だけど、こんな状況が続けばいつかは難しい選択を選ばざるを得ないこともあるはずっす。きっといまがその時なんすよね」

 ありがとう。ルピナスをハグしたクロエは思わず涙を流していた。

「俺も参加しよう。奴らに一泡吹かせてやろうぜ」

 ロンが元気づけるように声を上げた。頷き返したクロエはぱしんと軽く頬をたたく。

 自分一人が危険を冒すのではない。イフとルピナスとロンもそうなのだ。

 涙に潤んでぼやけているがロンも深く頷いてくれていた。元々クロエたちを匿ってくれたのだ、初めから覚悟が決まっていたのかもしれない。

「ありがとうみんな。ありがとう。RONにはもう誰も殺させない。そんなことができる気がするよ」

 

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