ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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救出作戦:開始

 東の島の中央部、そこには大きな屋外劇場がある。子供向け番組から派生したヒーローショー、劇団による公演、ビンゴ大会などのイベント、そうした楽しい催しごとのための場所だ。

 だがいまは緊張と暴力に満ちようとしている。劇場の真ん中には十字架にはりつけにされた少女が、これを囲うのはRONの構成員と多くの来園客たちだ。構成員は全員が武装していて、来園客は怯えながらもあたりに神経を張り巡らしている。

 

 本来ならば今日の劇場は昼からあるイベントを催すことになっていた。「最新のスーパーカーに試乗できる! かつてない爽快感に包まれて風となろう」と東の島のあちこちに旗が、劇場には四台のクルマ、東の島には専用のコースが用意されていたが、もう誰も気にしてはいない。

 劇場の近くには背の高い建物が並んでいて、そこを抜けるとメリーゴーランドやコーヒーカップが待ち構えている。それら遊具は稼働を続けているが、誰も乗り込んでいない。いまやネクサスは遊園地の楽しさや期待ではなく、RONが広げようとしている血と暴力と死に満ちようとしている。

 

 いままさに死が手で触れようとしている――アニー・ルンデンは雪に顔を濡らし、拭うこともできず、目をつむって力なく息をついた。

 RONが悪趣味な鬼ごっこを展開し、子にクロエと知らない青年を選んだのを見たアニーは、クロエを捕まえて引き渡すことでこの悪夢のような出来事が終わるのだと信じていた。

 だがアニーは自分の考えが浅かったことを後悔した。脱出するためにクロエを探していると、あっという間に拘束されてこうしてはりつけになってしまった。

 なぜ自分に手を出すのか、鬼を捕まえるのはおかしい、そうやって抗議したが、RONの人間は「お前が子の関係者だからだ」としか返さなかった。

 テロ組織の言うことなど信じずに、ひたすらに疑い、安全を求めるように振る舞えばよかった。だが反省を活かす機会は訪れないだろう。鬼は万を超える来園客、子はたった二人。子が助けに来れば殺されないという話だが、この状況で誰が助けに来るのだろうか。

 しかもクロエとの仲はかなり悪い。アニーがここで処刑されたとしてもそれは「仕方がないことだった」とされるに違いない。

 

 

 

 どこかで声が聞こえた。ゆっくり目をあけて耳を澄ませる。寒さと痛さで五感が鈍っていたが、確かに誰かが「あそこに子がいたんだ!」と叫んでいた。

 声が響いた何度目かであたりを囲っていた来園客の半分が劇場を離れていく。残った来園客たちはきっと子が助けに来るのを待っているために動いていないのだ。アニーは笑った。あいつが来るわけないのに、なにを期待しているっていうのよ。

 

 また誰かの声が響いた。

「あれを見ろ! 上だよ上!」

 どうにか見上げようとしてアニーは確かにそれを見た。背の高い建物の屋上が燃えている。いや、手が燃えている人が立っている。

 降雪が強くなりつつあり、しかもはりつけにされてよくは見えない。だが人の手が燃えているなんて。子に選ばれた青年がそんな超能力を持っていると聞いたばかりだ。まさか本当に助けに来たんだろうか?

「あいつは燃える手の男じゃないか!」

「よく分かんねえが追い詰めるチャンスだ!」

「捕まえれば助かるのよ!」

 残っていた来園客のほとんどが我先にと建物の中に突っ込んでいく。アニーを取り囲んでいるのは僅かな来園客と、三十人近いRONの構成員。見えた限りでは構成員の何人かも走り出した来園客たちの背中を追っていたようだった。

(いったいなんだっていうの? 燃える手の人ならあそこにいるかもしれない。でもクロエがここに来るわけないでしょ。こんな状況で顔を出せるはずがない)

 それに関係は最悪だ。向こうに非があるわけではないのに、嫉妬に駆られて思いつくままに攻撃をしていた。

(もしクロエを悪く言わなくても、顔を出せばすぐに捕まるか殺されるなら来るわけない。逆の立場ならそうしてる。それを差し引いても悪いことをしたわね。どうしようもない目に遭わないと反省さえ出来ないなんてね)

「まだ死ぬなよ。お前にはまだ生きていてもらわないとな」

 RONの構成員が手にした拳銃でアニーの顎を押し上げる。少しだけ痛かったが、そうしたのを表に出す力もなかった。

(フィル様に会いたかったな。いまどうしているのかしら。RONに捕まる前に逃げ出せていたのかな。会いたい、会いたい)

「黙んじゃねえよなんとか言え!」

 拳銃の動きが乱暴になる。息をするのも苦しくなって涙がでるが構成員の男の動きが緩む様子は一切なかった。

「殺すならッさっさとやれば?」

「まだ生きててもらわねえと――」

 アニーは自分の顔が一気に湿って目を閉じた。悪臭がする。鉄のにおいに近い。

 目をあけると、眼前で構成員が鮮血をぶちまけてどうっとうつぶせに倒れていた。後頭部に大きな赤い穴があいているのを認めて声を出してしまう。誰かに狙撃されたのだ。RONを狙った何者かに。

 

 があんと高い威力をひけらかすような暴力的な音は二度、三度と続く。

 音がすると構成員の誰かの頭から鮮血が炸裂して雪に倒れる死体になっていく。アニーはこの状況を理解できずに絶叫した。想像していなかった光景。目の前で凄惨な殺しが繰り広げられていって、考える力がこぼれ落ちていく。

「じっとしてて」

 後ろから聞こえる声は銃撃から身を守ろうとした構成員のものだろうか? いや違う。聞き覚えのある声だ。だからアニーは絶叫をぴたりととめた。妙に温かみを帯びていたように聞こえて、アニーは思わず声を震わせてしまう。

「あんたクロエなの?」

「正解。ロープを切るわ。動かないでよ」

「いったいこれはなんなの? あいつらが死んでいく」

「あんたを助けるためにみんなが頑張ってる」

「みんな?」

「あとで話す。少し待ってて」

 後ろでじゃこじゃこと縄を切る音を聞きながら、アニーは七度目の銃声が響いて七人目の構成員の頭が赤く炸裂したのを見た。

 ただただ恐ろしく、同時に夢見ていた光景が、クロエの言う「みんな」によって繰り広げている。自分を助け出すためにテロ組織と立ち向かっている。なんてことだろう。助けにくればあっさりやられてしまうはずなのに、クロエと「みんな」はどれだけの勇気を振り絞ってここにいるのだろう。

「どうして助けに来てくれたの」

「あんたに死なれると別の誰かが同じ目にあうの。それだけは避けたかった」

 淡々と言おうとしてできていない。クロエの不器用さに心をほぐされながら、しかし彼女たちが考えたであろう作戦がよく練られたものだとアニーは確信した。

 どこかの建物の屋上にスナイパーを配置し、RONを混乱に陥れてから直接に救出を試みる。その前段階として一般人を遠ざけるために偽の情報を流して、作戦を進めやすくしているのだ。たぶんそうだ。

「縄は切った。立てる?」

 はりつけから解放されてアニーは地面にうつぶせになってしまった。

 周りのRONが囲ってこないのはどこかにいるスナイパーのおかげだが、その圧力がいつまで続くかわからない。なのに自分のものではないかのように体が動かせない。

「どうしたの」

「力が入らないの。ふざけてなんてない!」

「わかった。ルピナス来て。イフさんと一緒にアニーをクルマに運んでいく」

 クルマ? どうにか立ち上がろうと体に力を入れようとするが、両脇に手を入れられて仰向けにさせられて、アニーは自分が引きずられているのを理解した。

 クロエが今日見たのとは違う格好をしている。汚い感じの黒いコート。少し見ただけならRONの構成員に似ている。長い黒髪も一本にまとめて、だが中性的な顔立ちはなにも変わらない。男の子だと言われても信じてしまいそうだ。

「あいつなにやってんだ!?」

「人質を引っ張ってやがる」

「俺たちの仲間じゃない! 殺せ!」

 構成員たちの怒声が聞こえた直後、アニーの体が投げ出されて屋外劇場の陰に転がっていく。その直後にいくつもの銃声が連続し、重なり、クロエの体が踊ったのをアニーは見てしまった。

「クロエ!」

 目立った血しぶきはなかったが何発かの銃弾を受けたのは間違いなかった。だが直後に炎の壁がRONたちとクロエの間に広がり、どこからか強そうな大男があらわれてアニーを背負っていく。

「誰!?」

「クロエの仲間だ」

「それならあいつも連れ出さないと!」

「君が先だ。彼女も俺も防弾装備はしている。時間がない、ルピナスッ!!」

 腹の底まで響くような大声だった。赤髪の大男が駆け込んだ先に白いクルマ――それも一目でスーパーカーだとわかる――が急ブレーキをかけながら飛び込んでくる。

 臆することなく大男が止まりつつあるクルマに近づき、助手席のドアを乱暴にあけてアニーを投げるように詰め込んだ。

「わっ!」

「クロエが撃たれた! いま奴らをとめてはいるが早く回収だ!」

 オッケー! 短い返事のあとで運転手がアクセルを踏む。クルマのリアが滑りながらも前進し、だが運転手は素っ頓狂な声を上げた

「土のドームだ」

「なんですって?」

「そこにあるんすよ! クロエちゃんが撃たれた場所に! でもいまのうちならやれるかな」

 窓を開けた運転手は半身を乗り出し、いつの間にか手にしていた拳銃で構成員たちに攻撃を始めた。そうしながらも急にハンドルをきり、巧みなアクセルワークとサイドブレーキでクルマをドリフトさせる。

「なにしてんの!」

「ひき殺すんすよ!」

 獣のようなスキール音。積雪を気にもとめないような挙動で銃撃しつつ車体を滑らせて構成員たちにぶち当てていく。耳がおかしくなりそうな騒音と衝撃とでアニーは思わず叫んでいた。

 

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