ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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夢の中の導き

 見たことのない街が眼前に広がっていた。あたりは公園らしく、整えられた芝とベンチと歩道が整然と配置されていて、川の向こうには高層ビルが並んでいる。

「ここ、どこ?」

 クロエは茫然と景色を眺めていた。こんな場所は見たことがない。いったいここはなんだろう? どうしてまわりに誰もいない? そもそも――さっきまでベッドで仮眠をとっていたはずなのだ。

「なるほど。夢ってこと…」

「ものわかりが良くて助かるわ」

 後ろからの声に振り向くと、そこにはあの小人がいた。草と土の色のローブを着た小人はクロエに近づくと手を握って歩き出し、近くのベンチへと連れていく。

「座って話でもしましょ」

「…これも夢なのね。あなたは…私の無意識のところで作られて、動いている」

「残念だけどちょっと違うの。魔法を使ってあなたの夢に入りこんでいる」

「また魔法? 都合が良すぎるって」

「そう嫌わないで。悲しくなっちゃう。それに話したいことはそんなことじゃないの。確かめたいことがあるのよ」

 小人がクロエを見上げている。クロエも黙って見つめ返す。小人の顔は漫画のようにデフォルメが効いている印象があるが、かわいらしい雰囲気を放っていた。

「あなたはここまで頑張ってきた。とてつもないストレスを抱えて、でもどうにかここまでやってきている。頼れる仲間があなたを支えてきていた」

「確かめたいことってそれ?」

「ここまでの出来事で変わった経験はあった?」

 そもそもが理不尽な鬼ごっこに巻き込まれている。変わった経験どころの話ではないがこれは夢だ。魔法がどうとかいうが結局は夢だ。なにを話したっていいだろう。

「あなた絡みのこと。魔法の杖のこと。どういうわけか風を操る魔法が使えるようになったこと。それにイフさん。右手を自分の意志で燃やせるようになったって…炎の魔法のようなものも使えるみたいだった」

「変わった経験とは、魔法との接触そのもの…ということね」

「そう言い換えられるかも」

「他には?」

「変わったこと…RONがネクサスを襲ったでしょ。それだって十分変わったことって言えると思う」

「確かにそうね。不運、不幸、いろんなことが悪いほうに積み重なって現状が広がっているわ」

 どこまでも広がる青空。夢で見ている景色なのに、背景の高層ビルや空気感はどこかで見たような気持ちになる。そうだ、この小人とここで会話をしたことがあったはずだ。今日になって何度か経験したデジャヴだ。

「……」

「どうしたの?」

「前に、あなたと話をしたかもしれない。ちょうどこんな感じの場所で。そういうデジャヴがきたの」

「それも『変わったこと』ね。ねえ、そのデジャヴはデジャヴではないって言われたら、どう思う?」

「どうって…」

 今まで見たデジャヴがそうでないとしたら? 瞬間的に飛躍した想像力の産物かもしれない。フィルの誘拐未遂を的中させた予知能力かもしれない。だが、本当にそうだろうか?

「考えてみるとバカっぽい。予知能力かもしれないし、想像力が見せた錯覚かもしれないし。そうね、どうって言われてもわからない」

「バカっぽいなんて言わなくていいのに。悲しくなるわ」

「だって現実味がない」

「いま始まったことではないでしょ?」

 小人は楽しそうに笑ってみせた。自分の夢だとしてもどうにもならないことはある。そうでなければ悪夢など存在しえない。そう。悪夢に片足を突っ込もうとしている。

「なにが言いたいの」

「そのうちわかる」

「はい?」

「あなたが来てくれればわかるわ」

「時間がない。私にはやらないといけないことがあるの」

「親友との再会とネクサスからの脱出。あなたの事情は知っているわ」

「なんで知って…」

「最初に言ったでしょ。あなたの夢に入りこんでいるって。あなたのお友達のフィル・メーベルは私のところにいる。だから彼の護衛の発信機も機能しない」

 もう言い訳が出来ないほどに小人はあらゆる情報を握っていた。ここで起きていることは自分が見ている夢の世界の範疇をこえている。クロエはそう直感した。

 それに小人はなんと言った? フィルが小人のもとにいる? 彼から届いたメールのことを思い出した。最後の目的地は小人の居場所でもあるのか。

「あなたの言うことが本当だとして。いま、あなたは、どこにいるの」

「あなた方のいる場所の近く。手を握って。道を教えるから」

「道ですって?」

「地下のスタッフルームからたどりつくための道。さあ、握って」

 小人の方から手を差し伸べてくる。少し迷ってクロエは小人を見つめ、ゆっくりと手を伸ばし、しっかりと握る。

 すると見覚えのある間取りの部屋が見えた。地下のスタッフ休憩所だ。視点はどんどん進んでいき、そこの扉を開けて地下通路を進み、いくつかの角を曲がって地上へ出てから山を登っていく。そうして最後に見えたのは、雪をかぶった石造りの門だった。

「見えた?」

「ええ…石の門? そんなのが見えた」

「そこまで来たら招待するわ。でもそこまでたどり着くのはゆるくない。いい、あなた方を狙う人々が迫っているの。気を抜かないで。もし危ない目にあったなら、誰が相手でも抵抗して。私たちも抵抗する。あなたには生きてもらわなくちゃ」

 

 

 

 ふわ、と世界が離れていく感覚があった。夢の世界を抜け出し、現実の世界へと戻るあの感覚。クロエはぱちりと目を覚ましてすぐに飛び起きた。

「クロエちゃん?」

「ルピナス。ここの地図を頼めるかな。ここのっていうか、スタッフ用の地図。地下通路を確認できそうなやつ…ロンさんならわかる?」

 それならこれだ。ロンが机の引き出しから取り出したのは少しくたびれた厚い紙の地図だった。電気ポットのある机に広げたのを見て、クロエは夢で見た「道」を思い出しながら指でなぞっていく。

 ぞっとする感覚だった。あの時見た視点の通りに道が存在している。地上へ上がる秘密の階段があり、山を登っていくと石の門がある――

「どうした? その門がどうかしたか」

「ロンさん…私、そこに行ってみようと思うの」

「門に? あそこはなにもないぞ。一応、なんかを祀っているとか、そういうものらしいが神頼みをする状況じゃないだろ」

「そこにフィーがいる。間違いなく」

「なんだって?」

「夢で見たの。あの小人が夢に入りこんできて、そこにいるって教えてくれたのよ」

 ロンは何も言わなかった。表情がすべてを物語っていた。おかしなことを言っている人、奇妙な態度をとっている人、そんな人に向けてしまうようなそれを、クロエはひるまずしっかりと見つめ返す。

「クロエちゃん。もう少し詳しく説明してくれるっすか」

「仮眠していた時に夢を見たの。そこにはあの小人がいたのよ。この杖をくれた…覚えてる?」

「もちろんっすよ」

「小人はこう言ってた。あなたの事情は知っていると。親友との再会とネクサスからの脱出をしたいことを知っていると。そして親友は自分のところにいるって、だから護衛の発信機も機能していないって」

「連れ去ったってことなんすか」

「敵対するような感じじゃなかった。どちらかというと保護しているんだと思う」

「…それでどうなったんす?」

「小人は道を教えてくれたの。この休憩所から小人のいる場所までの道をね。それで地図を見て確信したわ。ねえ、私はここの従業員でもないし、従業員しか知りえないような情報を握れる立場でもない。なのに滞りなくこの地図をなぞって石の門のところまで導いてみせた。それが、小人が嘘をついていない証拠になる。そうでしょ」

 ロンの目を見てクロエははっきりと言い切った。奇妙なものを見る表情は次第に変わっていく。自分の言葉に納得できるところがあったのだ、クロエはそう思うことにした。

「クロエが言うのならほぼ間違いないだろう。だが小人の狙いがどうにも掴めん」

 椅子に深く座ってイフがクロエを見つめる。荒唐無稽と軽く見ることのない姿勢で、どこまでも真面目に考えを深めようとしている。

「率直に言う。これは罠だと思う」

「罠? イフさん、考えすぎなんじゃ――」

「小人が情報を掴んでいることは理解した。そっちじゃ知り得ないようなことまで知っているんだからな。でもフィルが小人のもとにいるとは言い切れない」

「そこだけ嘘をつかれている?」

「可能性はある」

「だけど行ってみる価値はあるよ。アコさんたちの位置情報が途絶えたのも山だし、あてもなく探すより良いと思うんだ」

 クロエはイフの目を見つめて言い切った。イフは小さくうなる。考えているのだ。思いつく限りの可能性を吟味している。

「……わかった。小人の誘いに乗ってみよう」

「イフさん!」

「でも怪しいそぶりを見せたら小人は敵だと判断する。それでいいか」

「いいわ」

 決まりだな。イフは立ち上がって首を回した。クロエも席を立って休憩所の扉の前まで歩く。

「アニーもついてきて。一人でいても危ない。RONがほったらかしにするとは思えない」

「そ…そうね、そうよね。わかった、ついていく」

 ぴしりと席をたったアニーが最後尾に。ルピナスから机の上の地図を手渡されたクロエは深呼吸をしてドアノブに手を伸ばした。

 

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