ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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世界の真実

 クロエと行動を共にしてきた仲間たちは、フィルとクロエと小人の三者を見守っていた。小人は椅子の上に立ち、フィルは目に涙をためながら口を横に結んでいる。

 悲愴な面持ちの親友はどこから話すか考えているようだった。クロエは口を開かず、じっと待ち続けている。これを話せば嫌われるだろうとも言っていた。それほどのなにを隠し、嘘をつき続けていたのだろう?

 親友と再会できた喜びに不安が影を伸ばしていく。表情がかげったのを自覚したクロエは、テーブルの上のホットココアに手をつけようとして、小人が微笑みながら声をかけてきた。

「それ、好きなんでしょ?」

「ホットココアが?」

「ええ」

「落ち着くし、好きだよ」

「変わらないのね、そういうところって…自己紹介が遅れたわね、クロちゃん。私はノーム。ずっと長いことここに住んでいる。彼と、フィルくんと知り合ったのは一年前。ネクサスがこんなことになって、だからフィルくんは護衛を連れてここに来たのよね」

「一年前って…」

「いまと同じ、冬の時期ね」

「そう。フィーがここに来たのは、安全な場所がここだから?」

 クロエの問いにノームは首を横に振った。

 そうか。クロエは心の中で納得した。もしもノームの住処が安全な場所ならフィルはそこへ行くように言うはずだ。だがRONが襲撃をかけた時にフィルは早くネクサスを出るように言っていた。だから、ノームの住処は安全な場所ではないのだ。

「じゃあフィル様がここを目指していた理由は…いったい、なんだったの? 安全な場所ではないなら、なにをしたかったのです」

「安全を求めていたわけじゃないんだ。アニー。僕には、いや、僕たちにはある目的があった。それが重要で、クロエやみんなに隠してきたことなんだよ」

 力なくフィルはテーブルに手をついて少しうなだれていた。どこまでもしんどそうで、隠していたことを明かすのは相当な心の負担があるのは間違いない。

 だがクロエは、フィルがどれだけ苦しくても話してもらわなければならないことを理解していた。だからクロエは言葉を選んで口を開いた。

「なら、どうしてフィーはここに来たの? アコさんたちには説明はしたのよね」

「説明はしたよ。アコニットとカメリアのふたりには事情を全部話している。最初は信じてもらえなかったけど、でも、いろいろあったから信じてもらえた。クロ。これから話すことは、どれもこれも本当のことなんだ」

「うん」

「僕も整理する時間が必要なんだ。だから最初から話すことにするよ。僕が遺跡の発掘に参加しているのは知っているよね。昔の時代にあった建物だ。古びて朽ちて埋もれたりしているやつだよ」

 クロエは頷き返した。フィルが「世界の過去」に興味があったのは知っていた。

 現代に伝わる歴史は資源をめぐる争いや、宗教をめぐる争いが記されている。そうしてさかのぼっていくと、ある時から過去の時点の歴史を刻んでいたものが極端に少なくなってしまう。

 歴史が白紙同然でなにも残っていないのは約八百年前からあとのことだった。フィルはそれを解き明かしたい。そう言っていたのを覚えている。

「結論からいうと、僕の願いはかなったよ」

「八百年前のことを知りたいって話?」

「うん。一年前にこの辺りを発掘していたんだ。その時にはもうネクサスは建っていた。いまと変わらず多くの人が遊びに来ていたんだよ。それで、ネクサスから少し離れたところに遺跡があったんだ。分析では約千年前の巨大な施設の跡だよ。その調査に僕も参加していた」

 ゆっくり思い出すような口調だった。クロエはホットココアを飲みながらフィルの話に耳を傾けつつ、まわりの様子もうかがう。誰もがフィルの言葉の続きを待っていた。

「遺跡の調査をしていたら床が抜けたんだ。ああ、事故にあったんだ。結構な高さから落ちて足をくじいて動けなくなってしまったんだけど、その時にノームと出会った。彼女は僕に治療魔法をかけて足を治してくれて…クロにも覚えがあるはずだよ」

 すぐにクロエは理解した。アニーを助けた時のことだ。撃たれてしまったが、土のドームを展開したノームに救われた時のこと。撃たれた傷が回復したのはノームの魔法のおかげだった。

 同時にクロエは驚きに目を開く。一年前に親友と小人が出会っていた? そして親友は魔法が実在することを知ってしまった。その出来事は自分がメーベルの養子になる前の話か、後の話か、どちらなのだろう?

「フィーは魔法が実在するって知ったのね」

「うん。この世界には魔法がある。いまでは使える人がごく限られているだけで、実在するんだ。それで、足を治してもらって、ノームから教えてもらったんだ。その遺跡で僕がしでかしてしまったことをね」

「しでかしたこと?」

「そう。僕が落ちて、その衝撃で古い機械が稼働終了の動作をしてしまったんだ。機械はステイシス・フィールドを形成する大きなカプセルだったんだよ、人がひとり入れるくらいのね」

「ステイシス…なに?」

 停滞空間。時間の流れを極端に遅らせることができる場所よ。横からノームが教えてくれた。ノームは椅子に座って、床につかない足を振り子のように動かしている。

「上から落ちてきたフィルくんはステイシス・ハイバネーション・クレイドル…ようは時間を止めて人を保存できる機械にぶつかったの。そのせいで機械が誤作動を起こしたのね」

「ノームの言っているとおりだよ。ノームはクレイドルって機械のことを手短に教えてくれた。話が終わらないうちにカプセルのふたが開いて、中を見た。そこに君がいたんだよ。クロ、君はそこにいたんだ」

 思考がとまった。なにも考えられない。なにかを考えることもできない。

 

 

 

 クレイドルとはSF映画で出てくるような冷凍保存装置なのだろう。人を冷凍保存して、遠い未来で解凍して復活させるとか、そういう類の機械。

 そこに自分がいた? 話が理解できない。

 クロエはどうにか思考放棄をしようとする自分をおしとどめた。親友が、フィルが、涙を流しながら話をしているのだ。最後まで聞かなければ。

「君はクレイドルでずっと眠り続けていた。八百年もの時間をそこで過ごしていたんだ」

「でも私、私は孤児院の記憶があるのよ」

「刷りこみなんだ。クレイドルはもう稼働できなくて、だからメーベルの家に君をうつした。目覚めた君は記憶がなかったんだよ。孤児院から引き取られた養子だってことは、ほかの人たちに対するカバーストーリーでもあったんだ」

 カバーストーリー。事実を隠すための虚構。偽の情報。

 メーベルの養子というカバーストーリーは役目を果たせていた。実際にアニーは虚構を真実のように掴んで、自分を妬んでいた。クロエは感心する。誰が考えたのかは知らないがよく頭がまわるらしい。

「…話の続きは?」

「あの遺跡の地下深くでノームから教えられたんだ。クレイドルをあけてしまった僕には聞かなければいけない義務があるといってね。そして君が、八百年も前の君が、誰にも語られないことを成し遂げていたんだってことを知った。君がいなければ、いまの僕たちはいなかったんだ」

 八百年もの眠り。ノームがテーブルに何枚かの写真を置いていく。そこには作業着姿のフィルと、いまと変わらないローブ姿のノームと、そして古めかしい大型のカプセルが写っている。カプセルの中には黒髪の少女がいた。間違いない。写っているのはクロエだった。

「結論から言えば君は世界を救ったんだ。八百年前に起きた大戦争を起こした元凶を封印したんだよ」

「封印?」

「全身全霊をかけた大魔法。それで君は、敵と自分を結び付けて封印したんだ。君がクレイドルで眠り続ければ敵も眠り続ける。そういう魔法だったらしい」

「フィーが私を目覚めさせたなら、元凶ってやつも目覚めてしまった?」

「うん。僕はこの世界に傷をつけようとしてしまった。深すぎて癒えない、どうしようもない傷を」

「だけどそんな…それっぽい凶悪な人なんていないわよ。聞いたことない」

「そうだね。ひとまずこの話はここで区切って、もっと昔の話をしないと。続きはノームの方が詳しいから、任せていいかな」

 涙をぬぐいながらフィルは小人に視線を向けた。もちろん。とんと膝をたたいて、しかしノームは一度部屋を出て行った。

 

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