ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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シロ・ピースフィール

 これが昔のあなたよ。思っていたよりもすぐに、しかし緊張が解けそうなくらいには長い時間をかけて戻ってきたノームが見せたのは一枚の写真だった。いろんなことがありすぎて時間の感覚がおかしくなっている。

 ノームと写っているのはクロエにそっくりな白衣の少女だった。胸元のネームプレートには「シロ・ピースフィール」と刻まれている。

「私はシロって名前の人だったってこと?」

「そう。でも、この話をする前にもっと昔の話をしましょう。そんなに難しくはないわ」

「聞かせて」

「もともと、この世界の『理』には『魔法』なんて概念はなかった…言っている意味、わかる?」

「わからない。ことわりってなに?」

「『理』とは…そうね、物理法則や不変の常識…重力がどうとか、酸素と水素が化学反応で水ができるとか、そうしたものの『かたまり』と思ってもらって構わない。大昔のこの世界の理には魔法は存在しなかった。あっても物語に語られるフィクションだったの。つまり虚構、嘘、ありえないものだった」

「だけどそれが、ありえるものになった?」

 ノームは頷いて間をおいた。次の言葉を考えているのか、それとも集中させようとしているのか、クロエにはわからない。

 

 まだ言葉は続かない。クロエは振り返って仲間たちの様子をうかがった。誰もが困惑の色を隠していない。理だとか魔法だとか、フィクションで語られるようなことをこの小人は当然のように話している。明確な温度差がここにあった。

「いい? ある時にね、この世界とは別の世界が『接続』してしまったの」

「別の世界とつながった?」

「この世界の人々は別世界のことを『魔法世界』と呼ぶようになった。接続点…今はもうないけど、玄関口のような場所があったの。そこから魔法世界の理が流入してきた。場所とは言ったけど物理的なものじゃないわ。概念のお話よ」

「目に見えない門が開いて、別世界のものが流れ着いてきた?」

「そうよ。そうして魔法世界の人々がこの世界に流れ込み、魔法という概念もこの世界の理に組み込まれていった。誰かが手を加えたわけではなく、あるがままの流れがそうさせたの」

「もしかしたら、この世界の誰かも魔法世界に行ってしまった?」

「数は少ないけどね。だから当時のニュースでは神隠しが流行っているなんて話題になっていたみたい」

 クロエは黙ってカップに手を伸ばして口をつける。ホットココアはすこしだけぬるくなり始めたが、味が劣ってきたわけではない。ちょうどいい暖かさと甘さだった。

 後ろを振り返ると、仲間たちが困惑した表情をして話に耳を傾けている。ルピナスはアコニットとカメリアに耳打ちしながらメモをとり、ロンとアニーは頭を指で叩きながらフィルに視線を向けている。

 

 だがイフだけはとても真剣な表情で聞いていた。

 受けとりようによってはふざけているような話だが、それが現実のものだと受け入れているようだった。そりゃそうだとクロエは思う。イフは火の魔法めいたものを扱えるのだから、虚構だなんだと蹴り飛ばせない。むしろこれが本当だという前提をおけば彼の理解の助けになるのかもしれない。

「魔法世界から流入してきた魔法使いたちと魔法という概念。それらはこの世界の大きな発展につながったの。元から幅を利かせて文明の基礎となった科学に、魔法の学びが融合したことで、この世界の人類はさらに進化した文明を手に入れたのよ。その結果が私を産みだした」

「え?」

「聞いてみたいんだけど、クロちゃんは私をなんだと思っていたの?」

「それこそ魔法世界から流れ着いた、この世界のものではない生き物…とか」

「ちょっと違ったわね。言うなれば私は人造人間」

「え?」

「アニマ・ファンタズム・エレメンタル・ノーム。土の精霊という概念に形を与えた存在が私なのよ」

「ええ!?」

 驚きに目を開き、クロエの動きが止まった。

 

 

 

 ノームはなんと言った? アニマだって?

 予感がクロエの思考に芽生え、成長していく。まさか。思わず口から出た言葉をクロエは続けた。

「もしかして、アニマって…この世界にいるアニマって種族は、人につくられたの?」

「ええ。どうしてそう思ったの?」

「そんな予感がしたの。悪い予感がね」

 マジかよ! 横でロンが叫んでいた。

 彼の近くにいる面々が声量に驚き、誰も言葉を発せないでいる。クロエもなにを話せばいいかわからないでいた。アニマが過去の人類が創り出した種族だといわれて、はいそうなんですか、とはならないだろう。アニマの立場に立つ者ならなおさらだ。

「俺が…俺たちが創られたって? マジかよ…」

「ロンさん」

 近くにいるルピナスが声をかける。普段通りの声色だった。振り返るロンの顔色は悪い。普通の人間が知るよしのない、聞いてはならないであろう秘密を知ったのだから無理はない。クロエは心の中で頷いた。

 そうだ。私だって自分についての秘密を恐れている。でも、涙ながらに話すフィルの前から逃げるなんて論外だ。

「ロンさんはロンさんっすよ。これまで助けてくれたから、分かるんすよ。そうだったとして、なんか問題があるんすか?」

「あのなあ、俺は…俺は…いや、そんなあっさりよ、問題があるんすか、って流されたらよ。ないって思っちゃうだろ。ありがとうよ。すまない、話の腰を折っちまったな」

 ノームに視線を向けて小さく手を振るロン。その表情からは緊張は消えていた。ルピナスの、それこそ魔法のように人を明るくする力。彼女の交流術にクロエは感謝のウインクを送る。

「魔法という力を手に入れて『魔法科学技術』を、当時は魔科技って言っていたけど、それを確立させた人類は文明を進歩させた。流れ着いた魔法ってね、想いを形にする力なのよ。どういうことができるかは行使者の資質に依るところが大きいんだけどね」

「想いを形に? こうなったらいいなとか、そういうこと?」

「端的に言えばそうね。癒しの魔法の資質があれば人を癒すことができたし、水の資質があれば水を操ることもできた。逆に資質がないものはできない。できたとしても結果は芳しくない」

「私は風の資質が、イフさんには火の資質があったってことか…」

 それは自分たちの起こしてきた超常現象が魔法の範疇にあることが前提だったが、こう考えると少しは理解できる。

 

 すべては理解できない。今日初めて聞いた「世界の真実」にクロエは心から納得は出来ていなかった。あたりまえだ。こんな話をきいて素直にすべて信じられるだろうか?

 しかしこれまで語られた話は自分たちのやってきたことと重なってしまっている。イフは火を操れるようになった。自分だって杖の力を借りて風を巻き起こせるようになった。信じられなくても、自分たちの足跡を消し去ることはできない。

「魔科技を発展させた人類はある計画を打ち立てたの。プロジェクト・アニマ。魔科技によって万物に魂が存在することを知った人類は、魂に形を与えられないかと研究を始めたのよ」

「万物ってことは、動物や植物ってことよね」

「猫のアニマとかをクロちゃんも見たはずよ。でも当時の研究者たちはそれだけで飽き足らなかったのよ。彼らは『幻想』に形を与えようと研究を始めて、成功してしまった」

「だからノームはつくられた。形を与えられた虚構や幻想として…」

 クロエの呟きにノームは言葉なく頷いた。

「プロジェクト・ファンタズム。幻想として伝わるものを形にするその計画も成功した」

「そんなことがあったの…」

「私の正しい名前はさっきも言ったわね。アニマ・ファンタズム・エレメンタル・ノーム。エレメンタルっていうのは四大精霊のことで、火と風、土と水の四つの精霊がいてね。ノームは土の精霊のこと。古い人々が世界を解釈するために想像した概念が、アニマ・ファンタズムの技術で形になった。ほら、けっこうかわいく出来上がったんじゃない?」

 冗談っぽくノームは笑ってみせた。古い人類が成し遂げたプロジェクト・アニマと、それによって創り出された生き物。

 

 古い人類はなんて愚かだったのだろう。クロエは素直に思った。神がいるとは信じていないが、そうした上位存在へのあこがれでもあったのだろうか。そうでなければ…そうでなければ、こんなことはしないだろう。

「なんか言いたいことが?」

「昔の人って、なんていうか、思いあがっていたんじゃないかって。まるで自分が神かなにかになろうとしていたんじゃないかって。あなたには悪いけど、プロジェクト・アニマなんて考えた人はバカだったんじゃないかしら」

「シロちゃんもそう言っていたわ。記憶をなくしても、根っこのところはあまり変わらないのね」

 懐かしむような目でノームは笑う。その視線に耐えられなくて、クロエはコーヒーカップに手を伸ばした。

「そうだったの」

「ええ。シロちゃんは私の観察係だったの。初対面でそんなことを言ったのよ。まっすぐすぎて危ない子だなって思った。クロちゃんもまっすぐないい子ね。だからここまで来れた」

「えっ…」

「話の続きをしましょう。プロジェクト・ファンタズムは成功して、四大精霊をモチーフにしたエレメンタルシリーズも創られた」

「アニマを創って、当時の人々はなにがしたかったんだろう」

「自分たちの技術や文明の証を残したかったんだと思う。自分たちはこういうことができた。魔科技の可能性はここまで突き詰めてきたんだ。誰も自分たちに敵うことはない――そうした驕りが、あの大戦を引き起こしたのよね。いま思えば」

「どういうこと?」

「答える前に考えてみてくれる? あの時代には魔法を使える人と、使えない人がいたの。そうなったら人類はどうすると思う?」

 ロクなことにならないだろう。断言してもいい。良い方向には舵はきられない。

 

 本当かどうかはっきりしない昔の時代の話で考えなくてもいい。現代で恐怖を振りまくRONのことを中心に考えても同じように断言できる。

 RONの起こりは、主に貧困が目立つ地域での活動だったはずだ。富裕層への攻撃を仕掛けて経済格差をなくそうとした。弱肉強食を叫び、一方的な略奪を正当化して、賛同と反発を連れ歩きながら活動を広げていった。

 いまはただの殺戮を繰り返すテロ組織になっているが、それを差し引いてもクロエが断言できる理由が残っている。人は、どんなものであれ差が生じれば、これをきっかけに争いを起こせるのだ。

 フィルに愛を向けていたクラスメートは、彼と同じ家に暮らす養子を妬んだ。

 RONの恐怖に支配された遊園地の客たちは、彼らとは違う「鬼ごっこの子」という立場の人間を殺してでもつかまえて差し出そうとした。

 そうだ。差異は、違いは、争いや諍いへと続く道へつながっているのだ。だから魔法が使える、使えない、という違いは、やはり争いにつながっただろう。それはやがて世界を揺るがす大戦につながったのではないか。そんな予感がして、クロエは静かに語ってみせた。

 

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