ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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聖人計画

 違いが争いの原因になってしまう。思い浮かんだ考えを口にしながら、クロエは別のことを考えていた。

 確かに差異は軋轢や断絶を招いて人々の争いの元になるだろう。だが差異がなければ、誰もが誰とも違わなければ、みんな同じだとしたら、それで本当に争いはなくなるのだろうか? 自分と違う考えの者はなく、同じことを話し、考え、行動する。そんな奇妙な世界は誰も血を流さないのだろうか?

 

 少し長くなったが、クロエは自分の考えをきちんとノームに伝えきれた。反応は思っていたよりも好印象のように見えて、心のどこかで安心する。

「記憶をなくして一年、クロちゃんはしっかり者になったのね」

「メーベルの教育が良かったのよ」

「教えられたことや学んだことをどうするかは、やっぱりその人の資質によるところがあるわ。実際、魔法を使えない『無能力者』と呼ばれていた人々は迫害されていた。生活を支えていたものが科学から魔法科学に変わって、社会に必要なのは魔法が使える人だけになった」

「だからって迫害なんてする?」

「当時はそれが当然と考えている人が多かったわ。私が知る限り、シロちゃんはそんなふうに考えてなかったけどね。話を戻すわ。はじめにことを起こしたのはサラマンダーだった」

「ファンタズム・エレメンタル・サラマンダー?」

「そうよ。彼がはじめにアニマのセーフティを外した。人類に危害を加えないようにするための魔法的な仕組みを、魔科技の連中はすべてのアニマに背負わせていたの。サラマンダーは自力でセーフティを外して、人類に反旗をひるがえしたのよ」

 人類に逆らわないように仕組まれていたアニマたち。良き隣人という立場を強要してきた当時の人類は、そのツケを払うことになったのかもしれない。

 当然の報いだ、とクロエは思った。無能力者を迫害するのが当然の風潮になってしまったのなら、是とする連中が報いを受けるのは当然だ。

「サラマンダーは弱肉強食を掲げて人類との戦いを始めたの」

「弱肉強食? それって!」

 今日を悪夢のような一日に変えた奴らと同じことを言っている。ルール・オブ・ネイチャー、RONだ! クロエは思わず叫んでいた。

「ええ。あの時のサラマンダーも同じ名前の組織を率いていた。RONを名乗って人々を殺すためだけに活動を始めて、すぐに戦争になった。RONは無能力者も有能であればどんどん味方にしていた。なぜかわかる?」

「差別されていて、だから魔法を使える人への恨みが強かったから?」

「そのとおり。無能力者の部隊は想定以上の戦果を挙げていたわね。無能力者たちも、実力のみで評価してくれるサラマンダーとRONをありがたがったんじゃないかしら」

 考えてみれば納得できた。出来て当然のことができない。だから虐げられている。他にどれだけ優れた能力があったとしても、魔法が使えないという一点のみで迫害されて当然の時代。そんななかで優れた能力をもっていることを評価され、用いてくれるのなら、どんな組織であれ恩義を感じるのではないだろうか。

 想像しながらクロエは頷いた。自分だって、つねに優しくしてくれるフィルのことを信用している。もしもフィルに厳しすぎる態度をとられつづけていたら、間違いなく抱いている印象は変わっていただろう。

「RONに対抗して人類は連合軍を結成して、最初は数の差でRONを圧倒していたの。でもサラマンダーは連合軍のアニマのセーフティをどんどん外していって…」

「戦力差が逆転した?」

「ええ」

 待ってくださいっす。手をあげたのはルピナスだった。困惑しているのを隠さず、ノームを見つめていた。

「どうしたの?」

「セーフティというか、洗脳っすよね。洗脳がとけたアニマがみんなRONについたってことっすか。なんか想像つかないんすけど…だってそうでしょ。んなヤバい組織についていくのをみんなが選ぶとは思えないんすよ」

「確かに全員がRONにくっついたわけじゃない。でも、連合軍の人類が無能力者を迫害していたことに心を痛めていたアニマもたくさんいた。こんなのは間違っている、だけどセーフティのせいで人類に表立って攻撃することができない…」

「じゃあRONは機会を用意したことっすか。洗脳をといた。あとはやりたいことをやれ、って…」

「ええそう、サラマンダーはそういう考えで動いていたの。それで…最初はRONが劣勢だったけど、次第に形勢が逆転して、連合軍は壊滅寸前までいったの。でも、連合はただではやられなかった。アニマだけを殺すウイルスをつくってしまったのよ」

 ルピナスは絶句していた。いまの自分の顔は、彼女の驚愕に満ちた表情とそっくりかもしれない――クロエは小人の話を整理しようと集中する。

 

 アニマは人類に制御されていたが、RONのサラマンダーはそれを外すことで連合軍のアニマは自由になった。自由を行使した結果、劣勢だったRONが優勢になり、追い詰められた連合軍は対アニマに特化したウイルスをつくってしまった。

 クロエが驚いていたのは、当時の人類が対アニマのウイルスをつくったということだった。自分たちの文明の足跡を残す、そのために創られた種族。都合のいいように創った生物。だから、苦しませるのも殺してしまうのも、たいした罪悪感はなかったのかもしれない。

 罪悪感があったとしても戦時下だ。人道や道徳や倫理なんて役にもたたなかっただろう。それでもクロエは深いため息をついた。古い人類はなんて愚かだったのだろう。いや、いまの人類もそんなに変わっていないかもしれない…

 

「サラマンダーはアニマ。RONの戦力の過半数もアニマ。だから、連合はウイルスを積んだミサイルをRONの拠点に撃ち込んだ。その拠点があった場所が、現代の第九大陸よ」

 マジかよ。ロンの声が横から聞こえた。アニマである彼の驚きの言葉は、クロエのある記憶を呼び起こした。

「アニマは第九大陸では生きていけない…」

「あまりにもウイルスの濃度が高くてね、浄化しきれないの。私も第九に行ったことはあるけど、すぐに引き返したわ。あの土地はどれだけ処置をしても、アニマは二度と住めないでしょう。それでね、連合とRONの戦争は一度落ち着いたの。その間に第三の勢力が、あのウイルスをどうにかしたのよね」

 第三の勢力。とんでもないウイルスの影響を現代の第九大陸のみにおしとどめた実力を持つなら、専門の医療組織とかなのだろうか?

「名前はピースサイン。リーダーはシロ・ピースフィール。つまり過去のあなたが率いていた組織が、アニマを絶滅の危機から救ったのね」

「まったく実感がない…記憶なんてかけらもないし」

「仲間たちと一緒にシロはどうにか治療法を見つけた。ミサイルでばらまいたウイルスとはいえ、部分的には魔法で作られたウイルスなのよ。だから呪いと呼んだ方がいいのかもしれない。とにかく、治療法を見つけて、広めた。連合も、RONも、シロが率いていたピースサインに助けられたのよ」

「それからどうなったの」

「連合はピースサインへの感謝の意を示して、RONは敵意を示した。ウイルスに頼った軟弱な人類を滅ぼす邪魔をするな…そんなことをサラマンダーは言っていたの」

「サラマンダーも死ぬかもしれなかったのに?」

「弱い奴は要らないってことよ。強いアニマなら、そんなウイルスで死なないってサラマンダーは考えていた。本当にそういう傾向はあったけどメチャクチャよね。とにかく、RONの矛先はピースサインに向いて、静まっていた争いが再開した。でもそう長くは続かなかった」

「私が…いや、シロが大魔法を使ったから?」

 この話を始める前のことを思いだした。

 ステイシスだかクレイドルだかいう機械で眠り続ける前にシロ・ピースフィールは封印の魔法を使ったとか言っていた。ノームがゆっくりと頷くのをみたクロエは、自分の予想があたったことを確信した。

「そう。シロはサラマンダーを封印するための魔法を使った。とはいえ、人間が幻想のアニマに魔法で対抗するのは困難、というより無理があるの」

「どうして」

 種が違うからなんだ。ノームではなくフィルが重く答えた。彼の目にはまた涙があふれている。

「違うって…どういう意味?」

「アニマは魔法が存在の根っこの部分にあるんだ。出自が出自だからね。だから、ファンタズムともなれば、より魔法の適性が強くなる」

「じゃあシロはどうしたの。修行でもした?」

「時間が十分にあればそれでよかったのかもしれない。でも、サラマンダーがピースサインを滅ぼそうとするのに長い時間はかからない。だから、だから、シロは…人間であることをやめたんだ」

「え?」

「そうしないと封印魔法が使えなかったんだよ。サラマンダーと対等の力を持たなければ、封印なんてできなかった……そう聞いたよ」

 

 人間であることをやめた。

 封印魔法を行使するため。

 シロ・ピースフィールは人間ではなくなった――これはクロエが人間ではないことを意味していた。

 

 フィルが言っていたのはこのことだったのか? いや違う。あの話し方なら別のことで苦しんで泣いていたはずだ。

 それに自分が人間ではないとはどういうことだろう?

 どこをどう見ても人間だ。首が長いわけでもない、しっぽが生えているわけでもない。体から枝が伸びているわけでもない。

 そう、体は普通の人間となにも変わらない。変わっているのは杖の力を借りて魔法を使っているくらいじゃないか。

 

「人間をやめたって、どういうこと」

 なんとか言葉をしぼりだしたクロエは、息が切れそうになっているのを自覚した。嘘の香りが少ない話のなかで、自分が人間ではない別の何者かだと言われてしまっている。落ち着いている方がおかしい、だってそうでしょ。

「アニマになったんだよ」

「え? そんな、どうやって…アニマは古い人類が創ったんでしょ、私はどこからどう見ても…人間よ」

「そうなんだ、そのとおりなんだ。人類という概念のアニマになったんだよ。アニマ・ファンタズム・コンセプション・マンカインド。君は、いや、シロ・ピースフィールは、それになったんだ。なることを選んだんだ」

 なるほど。なるほど。クロエはどんな顔をしているのか自分でもわからなかった。ハンマーで頭を殴られたような衝撃。痛みだけが抜かれて、しかしうまく考えがまとまらない。

「概念のアニマとなったシロは封印魔法を行使してサラマンダーを封じた。そのあとでクレイドルで長い眠りについたんだ。僕が謝らなければいけないのは、それからのことだ」

「…聞かせて」

「君の眠りを妨げたということは、サラマンダーの封印も解かれたということになる。でも目覚めたはずのサラマンダーは目立った行動をとらなかった。裏の世界でじっと息を潜めている。人類への敵意は消えてなんかいないはずだ!」

 涙をぬぐうこともせずにフィルはほとんど叫ぶように話していた。その必死な様子を見て、クロエはようやく意識が現実に向いたのを自覚した。

「だから! 僕には、責任があったんだ。人類の安寧の鍵を壊したのは僕だ。だから、僕がどうにかしないといけなかった。でもっ、なにができるっていうんだ! だから、だから…家族の力を借りようとした」

「メーベルの力ね?」

「クリス義兄さんと父さんに、事情を説明して、ノームに会ってもらった。父さんたちはすぐに『聖人計画』をまとめようとしたんだ」

「なに、それ?」

「クレイドルを修理しつつ、どうにか君の喪った記憶を取り戻して、シロ・ピースフィールを取り戻す。それからまた、サラマンダーを封印してもらう――そんな筋書きの計画だよ」

 理解はできた。父親のウィンストンと、義理の兄のクリスは「クロエ・ブルーム」ではなく、失った記憶にいるはずの「シロ・ピースフィール」を必要としていた。聖人計画はクロエの中で眠っているはずのシロを呼び起こそうとするものだったのだろう。

 聖人計画が成功すれば、シロが目覚めて再封印ができるに違いない。でも、成功すれば、シロはまた眠りにつかなければならない。そうなれば自分は。いや、それ以前に、シロが目覚めたら自分はどうなる?

 親友が大泣きしながら話している理由を、はっきりとクロエは悟った。

 聖人計画とは、クロエを犠牲にして世界の安寧を確保する計画なのだ。成功すればクロエは死に、サラマンダーも沈黙し、平和な世界を人類は謳歌できる。

 だからまわりもざわついているのだ。

 たった一人を犠牲に、世界の平和を。メーベルの人間ならば簡単に決断できただろう。だがフィルは、メーベルの子供は、そうではなかった。クロエの目に涙が急に浮かぶ。

「どれだけ反対しても僕は無力だった。僕は…僕にはなにもできなかった。僕が君とサラマンダーを目覚めさせたのに、後始末を全部君に押しつけることを、止められなかったんだ! ごめん、ごめんなさい、僕は、君の親友でも、なんでもない…」

 クロエは目に涙をためながら眺めていた。椅子から崩れ落ちたフィルの姿を。涙して震える親友の姿を。

 周りの声が次第に聞こえなくなった。嗚咽をあげながらクロエも椅子を離れ、うずくまるフィルを抱きしめる。

「フィー、フィー!」

「どうして? 僕は君に、君に殺されても、おかしくないんだよ」

「そんなのするわけない。泣いてくれている、フィーを! 傷つけるなんて、するわけない!」

「クロ…ごめんね、クロ。クロ…」

「話してくれて、ほんとうにありがとう。つらかったよね。聞けてよかったって、心の底から思うんだ。あなたの親友で、ほんとうによかった」

 それからはお互いに声にならない嗚咽をあげた。

 クロエとフィルはお互いに抱き合い、涙でお互いの顔を濡らし、震える体を寄せる。時が震えと涙を静めるまで。

 

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