ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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プランB

 ふと、クロエはあることに気がついた。自分が「人類」のアニマだとしたら、どうして第九大陸で生きていられたのだろう。あそこはアニマが生きていけない土地だ。そのいきさつだって聞いていた。

「ねえ、フィー」

「うん」

「どうして私は生きているの。だって第九大陸って――」

「君の能力を抑えるためだった。確かに第九大陸はアニマが立ち入れない土地だよ、でもクロは、アニマでもあり人でもあるんだ。アニマの部分が魔法的なウイルス…呪いのせいで弱まっても、人として生きていくことはできる」

 なるほど。聖人計画の準備のために、シロが抱えていた能力を制御する必要があったのだろう。メーベルの家が第九大陸にあったのは都合のいい偶然だったに違いない。

「きっと、今日になって聖人計画を発動させたのは、クロが第九大陸から離れたからだ。クレイドルの修理はそれよりも前に終わっていたんだよ」

「フィーは聖人計画を全部知っているわけではないの?」

「僕はあの計画に賛成していなかった。だから…知ろうとすらしなかった。僕よりも詳しいのは父さんと義兄さんと、あとは…」

 涙で赤くなった顔でフィルはノームに視線を向ける。だが次に部屋に響いた声はノームのものではなかった。イフの落ちついた調子の声だった。

「なるほど、よくわかった。大昔にそういうことがあったんだな。でもな、別の話をさせてほしい。これからどうするか、だ。秘密にしていた聖人計画とやらはもう使えない。どうやってこの状況を打ち破るかを考えなくては」

「そのためにも聖人計画の話をさせてほしいの。クレイドルの準備は出来ていた。あとはクロちゃんの記憶を取り戻すだけだったの。方法は…簡単にいえば、クロちゃんにストレスを与えて内に眠るシロちゃんを目覚めさせようとした。手始めにフィルくんを誘拐しようとして、結局は失敗したのよね、あなたのおかげで」

 臆することなくイフを見つめるノーム。対するイフも冷静に、しかし視線はどんどん厳しくなっていた。

「クソみたいな計画をぶち壊せてよかったよ」

「計画は失敗した。それに予想外のことも起きた。この時代のRONがネクサスを襲撃して、あなたとクロちゃんを追いかけまわした」

「ああ」

「でもよくわからないの。RONにいるはずのサラマンダーがクロちゃんを狙うのはわかる。でも、あなたを狙う理由がわからない」

「俺に炎の魔法の素質があるからか?」

「理由にするには小さすぎる。それに、RONのリーダーはモノという名前だった。サラマンダーではなかったの」

「裏のボスがサラマンダーなんだろう」

「かもしれないけどね。でも、いまの時代のRONが、サラマンダーの関わりがない組織だって可能性はなくならない。サラマンダーは潜伏しながら別の組織の立ち上げをしているのかも。本当のことは私たちが知るよしもない」

 話を戻すわね。そう呟いてノームはクロエに視線を向けた。真剣な表情は、お前にとても関係がある話なのだと訴えているように思えて、クロエは頷いてみせる。

「計画は失敗した。だけどクロちゃんにストレスを与えるという目的は達せていた。RONに追われてフィルくんとも再会できない…それで、もしかしたらシロちゃんが表に出てくるかもしれないと考えた。でもそれは違った」

「私は、クロエ・ブルームのままだった」

「あなたたちをここに導くときにある結界を通していたの。魔法的なフィルターでろ過したと考えてもらうのがわかりやすいかも。それでわかってしまった。私の親友は、シロ・ピースフィールは、二度と戻ってくることがないんだって」

 聖人計画は最初から失敗の結末を迎えるだけだったんだな。静かにイフが声を響かせた。彼にゆっくりと視線を向けたノームは声もなく涙を流していた。小さくはなをすすって大きく息をする。

 

 クロエにとって聖人計画は悪夢そのものだ。

 自分を殺して、過去の自分を呼び起こして世界の危機を未然に防いでもらう。

 どこまでもふざけた計画だ。大勢が背負うには重すぎるものを一人に背負わせて解決しようとしている。人間ですらなくなった者を二度も供儀にするだなんて、そんなバカな話があるわけない。聖人計画の全容を聞いたいま、クロエの心にあったのは怒りだった。

 だが、心の中にあわれみも同居しはじめた。聖人計画に深くかかわったこの小人は、八百年前に離別した親友と再会する望みを絶たれたばかりだった。

 もしもフィルが今日どこかで死んでしまったとしたら、自分はいったいどうなってしまうだろう? 少なくともノームのように静かに悲しむなんてできない。感情をあらわにして叫んでしまうにちがいない。

 聖人計画への怒りは消えないが、長く生きていた小人をにらみつけることは、クロエにはできなかった。計画が成功しても親友と二度も別れなければならないのだ。つらくないわけがない。涙を流さないわけがない。

 

「ええ。なにをどうしても結末は変えられなかった。シロちゃんはもうどこにもいない」

「計画は失敗した。それで、だ。話の続きをするのがいま大切なことなんだ。君の気持ちはわからないでもない。だが、いま、ここでどうするか、その話を続けなければ」

「…仮に聖人計画が失敗しても代案はあったの。プランBよ。機密環境で開発された装備をつかって、少数精鋭でサラマンダーを倒す」

「そんなことができるのか?」

「実はネクサスの地下に研究所があるの。セントラルの地下深くにね。そこからの連絡では、まだRONは気づいていない。それにこの隠れ家から研究所に行くこともできる」

「出来すぎた話だ」

「ピースサインの拠点があったのがここなのよ。研究所のひとつやふたつ、あった方が自然じゃない?」

 ノームの言葉に納得しそうになる。どこまで本当のことを言っているかはわからないが、これは疑問を抱くところではないだろう。ウソばかり並べて困るのはクロエたちだけではない。ノームも自身の首を絞めることになるのだ。

「…研究所とやらに案内できるのか」

「もちろん。その前に、ちょっといい?」

「なんだ」

「あなたも記憶がないんですってね。どう、なにか思い出した?」

「簡単に思い出せるのならなにも苦労はしない」

「自分が何者かを想像したことは?」

「ない。俺に記憶がなく、喧嘩がそれなりに強くて、炎を操る魔法が使える。その事実だけを受け止めている。記憶がないことは恐ろしい。だがそれは、この恐ろしい状況を抜け出してから怖がればいい。違うか?」

 違わないわ。ほほえんだノームは壁に向かって指をさした。すると壁が崩れ落ち、どこまでも暗い道が現れる。おおお、と風がうなる音を聞いて、クロエは思わず身構えた。

 横目にアコニットとカメリアがフィルの、ルピナスがクロエのそばに立っているのを認める。いつの間に動いたのだろう。少し離れたところではロンがスナイパーライフルを抱えていつでも動けるようにしている。杖と銃の準備は万全だ。

 

 

 

 ノームを先頭に洞窟を進んでいって一分も経っていないはずだ。だがクロエは進む方向の先から光が漏れていることに気づく。早い。北の島からセントラルまでの直線距離を歩いていくのを考えても早すぎる。

 先頭を歩く小人、土の精霊のアニマ、彼女がなにか細工をしたにちがいない。あたりは土と岩だらけだ。クロエが想像したのはエスカレーターのように歩行を補助する歩道だ。気づかないうちに全員が素早く移動できた。そう考えた方が納得できた。この世界に魔法は存在するのだから。

「この先が研究所よ」

「どういう装備をつくってるの?」

 ノームの住処で聞きそびれたことだった。歩きながらクロエはこの質問を投げる機会をうかがっていた。

「昔の兵器の復元。強化外骨格、パワードスーツ、そう呼ばれていた戦闘服ね」

 名前だけなら見聞きしたことはあった。それは漫画やアニメみたいなフィクションの世界の産物で、主に装着者の能力を向上させる。

 

 想像上の道具で、現実にあるもので近いのはサイバネティクスだろうか。生物に機械を接続する技術。欠損した四肢に機械義肢があてがわれるのは現代でよくあることだし、クロエも時々見かけることがあった。それにもっと身近に義兄のクリスがいる。彼は全身サイバネティクス処置を受けたサイボーグだ。

 だから装着する強化外骨格のほうがサイバネティクスよりも想像の輪郭がつかめない。期待が上がっていくなか、クロエは不安も膨れ上がっていくのを感じていた。

「復元って言った?」

「言ったわ」

「どのくらいまで進んでいるの?」

「ほとんどすべてよ。あとはもう装着するだけ。問題は数がひとつしかないってことね」

 歩みを進めてノームは自信ありげに言ってみせた。膨れていた不安は霧散していく。だが代わりに別の疑問が浮かんでくる。クロエは足を止めて尋ねてみることにした。

「誰が復元しているの? ノームがやってるの?」

「私だけじゃ無理だった。だから彼に協力してもらったのよ」

 彼? ノームが指さす向きに振り返ってみるとフィルがいる。僕は大したことはしていない。クロエに近づきながらフィルは言葉を続けた。

「信用できる人がいたんだ。彼に作業のほとんどを任せている」

「彼? もしかして、メーベルで働いている人なの?」

「働いていた人なんだ。退職した元従業員、サイバネティクスの部門で働いていた技術者さんで、僕の信頼している人でもある。いろいろお世話になったんだ」

「初耳よそんな話」

「話してしまったら、そこから計画が漏れるかもしれなかった。不用意に話すことは出来なかったんだよ。それで、少し前に彼から連絡があったんだ。例のパワードスーツの復元はほとんど完成したって」

 思わずクロエは目を丸めてしまった。フィルは聖人計画の代案、プランBに深くかかわっている。そんなのいままで少しも感じさせなかったのに。親しい人間がこれだけのものを隠し続けていたことに深い驚きを抱いてしまう。

「あっ」

「なに?」

「プランBも聖人計画の話なんだ、君が聞いて愉快になるわけがないよね。ごめん」

「怒ってるわけじゃないの。ただ…驚いてる。いままで一緒にいたのに、フィーのこと、なにもわかってなかった」

 そこまで話してクロエはあることに気がついた。石の門からノームの住処に導かれた時の出来事だ。

 あの時見た奇妙な夢で自分はパワードスーツを着てフィルを助けようとしていた。誰かがフィルをさらっていた。誰だろう。誰なんだ。分かるはずなのにわからない、奇妙なもどかしさにクロエは締め付けられるような頭痛を覚えた。

 それに研究所ではパワードスーツの復元をしているという。夢でもパワードスーツを着ていた。奇妙な偶然。不安で不穏な予感をクロエは感じ取っていた。

 

 

 

 重い自動式の扉が開いてクロエたちは静かに研究所の中へと足を踏み入れる。壁も天井も白く、床だけが黒い。どこを見ても照明をきれいに照り返していて、どこか映画の世界に入りこんでしまったかのようだった。

 こっちだよ。ここからはフィルが先導して、すぐに大きなエレベーターにたどりつく。地下深くの施設のさらに下。どこまで隠そうとすれば不安が晴れるんだろう。エレベーターの階層表示を眺めながらクロエはそんなことを考えた。どこまで隠そうとしても、やっぱり不安なままかもしれない。

「なあノーム」

 イフが警戒を隠さない声色で声をかけた。この大人数でも不足なく収容できるエレベーターの箱のなかで少し声が反響している。

「相手は空中戦艦でネクサスのドームを砕いた。ネクサスの客のほとんどを恐怖で支配している。知ってるよな」

「もちろん」

「パワードスーツがどんな性能を持っているにしても、それだけではどうにもならない。ああ、プランBにケチをつけたいわけじゃない。奴らは多くの兵力と、脅しで客も兵力に変換してとんでもない量の物量を有している。パワードスーツひとつでひっくり返せると思っているなら、勝つ見込みがないと感じ取れるが」

「私もそう思う。でもね、プランBはそれだけじゃない。詳しくは降りてから伝えるわ。それでいいわよね、クリス」

 イフの顔色が変わった理由と自分の驚いた理由は違う。クロエは確信して後ろを振り返った。

 名前を呼び間違えられたと思って怪訝そうにしているイフ。そんな彼の隣に、ここにいるはずのなかった義兄がぬるりと姿を現したのをクロエは見た。

 足から上へと光学迷彩が解除されるのを見て近くにいたアニーが短い悲鳴を上げる。義体の偽装機能。前に見せてもらった時よりも迷彩の完成度は上がっている。間違いなく上がっている。周囲の風景を完全にとらえ、呼吸すら殺し、完全な擬態に近似していた。

 そんな鈍い白色のサイボーグに、イフはあまり歓迎しない視線を向けてつぶやく。

「…あの時の武者か? こいつを加えればプランBの懸念点が解決できると?」

「言っておくが、オレはお前たちの逃走を支援し続けてきた。このボディが発揮する能力でな」

「ボディ? あんたなんなんだ。人間なのか?」

「脳だけはな。他は全部機械だよ、燃える男」

 そうやって呼ばれるのが嫌いなんだよ、義兄さん。イフの表情が一層険しくなるのを見て、クロエは気まずさに目を細める。

「なんだと」

「まあまあケンカはおさえて…義兄さんもなに言ってるんだ。イフさんは味方なんだよ、挑発するようなこと言わないでよ」

 フィルが間に入って仲裁しようとする。功を奏したのか、不満げな表情を拭わないままイフが先に視線をそらした。だがクリスは顔をイフに向けたままだ。

「義兄さん、なんか言いたいことでもあるの」

「率直に言うが…記憶喪失で魔法使い。素性もわからない。それが味方だってことが不安要素だ」

 やめてよ。フィルが強い口調で言うのと、クロエが目を丸くしたのは同時だった。クロエが驚いたのは声の大きさではなかった。

 ただ悲しく、切なくなった。クリスが指摘したことは自分にもあてはまる。魔法が使えて、記憶がない。イフと違うのは素性や過去がはっきりしていることくらいしかない。

「プランBはみんなで奴らと戦うんだよ。なのにどうして和を乱すようなことを言うの。義兄さんだけが戦うんじゃないんだよ」

「……そうだな。フィルも、クロエも、ガーデナーも…お前も」

 クリスはイフを強い目線で見つめて少しずつ姿を消していった。ため息をついてイフがエレベーターの壁に背中を預ける。

 勘弁してよ、とフィルがぼやくのをアニーが心配して近づいていく。その様子をクロエは見て、服の裾が引っ張られたのを認めた。ノームが愉快そうな笑みを浮かべて見上げている。どうしてこの状況で笑っていられるんだろう。八百年も生きていれば感覚が普通の人とは違ってくるのかもしれない。

「ワクワクしてこない?」

「私は…全然」

「相手は強大なテロ組織と火の精霊。こっちは少数精鋭。魔法使いと最新鋭の装備よ」

「誰かが怪我するかもしれないし、死ぬかもしれない。それに…今度こそ、私は人を殺すことになるかも。ワクワクなんて全くしない」

「今度こそ? そうか、そうよね」

「えっ」

 大昔の自分は誰かを殺したのかもしれない。シロ・ピースフィールは誰かを、きっと。でもそれは確かめたいことではない。少なくともいまは。

 

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