樹のアニマ、イグに案内された先は会議室のように開けた場所だった。円を四等分したような形の机が部屋の中央に集まり、それらに囲われるようにホログラム・プロジェクターが鎮座している。
「好きなところに座ってくれ」
白衣をただしながらイグが机に向かってゆっくりと手を振る。指先まで樹皮が幾重にも重なったような見た目で、クロエは思わず見つめてしまっていた。不便そうには見えない。普通の人間のように樹の指が動いている。
「クロ、ここに座ろう」
フィルに手をひかれて近くの席に座る。左隣にフィルが、右隣にノームが座って、向こう側にはルピナスたちガーデナーがいる。
「まずはこれを見てほしい」
イグが机の上にあるタブレット端末を操作すると、ホログラム・プロジェクターが薄い青色の像を結び始める。それは先程目にした紺色のパワードスーツだった。
「これは復元した、八百年前の戦闘用装着型強化外骨格。詳しい説明は省くが、装着すればそこのサイボーグよりも高いスペックを発揮する。並の銃弾や爆発、衝撃なんかでこいつに傷をつけるのは難しい。そもそも捕捉することが難しいだろう。こいつは背部に二基のブースタをつけていて、そいつで高速機動ができる。飛んで跳ねて暴れまくりだ」
まるでアニメだ。淡々とした説明を聞いてクロエは素直に思った。そんなものをフィルが着て戦うのはうまく想像できないが、使いこなせるのだろうか?
「さらに装着者にいろんなものを投薬する機能がある。主に鎮痛剤とかだな、過酷な環境でも長く活動できるようにしている」
「それは…大丈夫なの?」
危険なにおいがしてクロエは思わず問いかけていた。もしも危険なものならフィルが心配だ。着てほしくない。
「大丈夫だ。使ったらすぐに毒になるようなものではないし、大将にそんなことさせられないよ」
「よかった…」
「それでだ。他の装備の紹介をする。プロジェクターを見てくれ」
イグが端末の操作をすると、ホログラムのパワードスーツが消え、かわりに奇妙な服が表示された。近未来的・サイバーパンク――そんな世界観の映画で見たようなデザインだ。紺に近い黒色、ポケットやフードが良く目立つ、機能性を重視したらしい、奇妙ながらカッコよさもあわせもっている。
「珍しいデザインね。何も知らなかったら新しいファッションだって思っちゃいそう」
アニーが身を乗り出してホログラムを見つめる。彼女のおしゃれ心が刺激されたのだろうか。確かに着た人のカッコよさを引き立たせるようなデザインだ。イフが着たら似合うかもしれない。
「ああ、だが珍しいのはデザインだけじゃない。機能もだ。これはピースサインで活動していた戦闘員が着用していた服の復元だ。完全ではないけどな」
つまり戦闘服ということだ。八百年前の戦いで全員がパワードスーツを装着できたわけではないのだろう、とクロエは考えた。
どんな組織にも予算やコストの問題がある。ピースサインはハイエンドのパワードスーツを持っていたが、全ての戦闘員に配備する余裕はなかった。だから全く別の戦闘服を用意したのかもしれない。
「これに使われている合成素材は軽量で頑丈だったが、現代ではこれを真似できなかったんだよ。だからノームに協力してもらって、魔法の効果を織り込んだ素材を使っている。ガーデナーの特製スーツよりも防御効果は上だ」
「部分的に魔法の服ってことすか」
「そうだ。特注品だな。ここにいる全員が着れるだけの数は用意した。もし撃たれてもある程度はなんとかなる。ナイフでやられたとしてもどうにかなるだろう。だが無敵になるわけじゃない。パワードスーツもそうだが、過剰なダメージを受ければ……」
「死ぬってことっすよね。ま、私たちの仕事用スーツよりも頑丈だっていうなら、あっちの方がデザインも好きだし良いことだらけっすよ。ねえ隊長、私たちの制服、あれにしません?」
軽い調子のルピナスにため息をつくカメリア。すぐに「却下だ」と返すアコニットは、しかし戦闘服の話によく耳を傾けていた。
「こういう服はな、昔の時代ではテックウェアと呼ばれていたらしい。軽くて頑丈で高機能。見た目もいいしな。これは大将以外のみんなに着てもらう」
やった! ルピナスが嬉しそうに声を出してカメリアにハイタッチを求める。カメリアがしぶしぶ合わせたのを見たクロエは微笑みがこぼれるのを止められなかった。こんな状況でもルピナスは明るさを失っていない。それはルピナスと親しいカメリアがいるからだろうか。
「他にも装備を紹介したいところだが…残念ながら武器の復元までは間に合わなかった。まあ、武器なんて現代のものでも十分に通用する。現代の武器、まあ銃とか銃とかだが、それは別の部屋で大量に用意している。そこはあとで案内するから省略する。服を持ってくるから、少し休憩にしよう」
イグが台車に大きな箱をのせて会議室に戻ったのは五分後のことだった。あの中には戦闘服があるに違いない。
「いよいよ反抗作戦についての話だな」
イフが前向きな調子で言葉を投げていた。イグは頷き、再びプロジェクターを操作して、今度はネクサスの立体全体図が浮かぶ。
「今回の作戦の目的はRONとの対決だけにとどまらない。ネクサスに囚われた万単位の来園客の解放も作戦目標とする。先に客の解放の話をしよう」
「どうやって解放する?」
「解放――つまり来園客の脱出は簡単ではない。ネクサスから脱出できない原因はふたつある。ネクサス全体を囲っているドームと、RONの恐怖支配だ。片方だけを解決しても脱出は不可能だ」
「物理的原因と、精神的原因か」
イフが頷きながら考え込むようにうなる。クロエも真剣に耳を傾け、イグの身振りに視線を向けた。
「ああ。まずは物理的原因をどうにかする話をしよう。ネクサスの中央にある巨大な城があるな。セントラルという名前だ。これのかなり上の方に管理ブースがあるんだ。スタッフは『王の間』とか呼んだりするらしいが」
「管理ブースか…」
「そこにたどりつければドームの格納はできる。だが、RONの恐怖支配を解かなくては、ドームをどうにかしても来園客は助からない。自分から助かりたいとも思わないかもしれないな」
イグの言葉にクロエは頷いた。
そうだ。自分たちを追いかけてきた人々は、RONに命を脅かされたからそんなことをせざるを得なかっただけだ。脅されなければ自分たちに対して攻撃も加えなかったはずだ。逆らえば殺される――とてつもない重圧の下で来園客はいまでも苦しんでいる。
「精神的原因の話だ。RONの恐怖支配を脱するには、自分たちがRONと戦っても勝てると思わせるんだ」
まさか魔法を使うのか? そうだとすれば魔法ではなく催眠みたいだ。クロエは考えを巡らせながらイグの話の続きを聞く。
「大将とクリスがRONの大部隊と戦ってみせる。圧倒的な力の差で圧倒する大将たち、武器を落とすRON、あとはどうなるかわかるだろ」
「パワードスーツとサイボーグについていけばなんとかなるかもしれない…そう思うかもってこと? でもそれは、見通しが甘いんじゃない。だってRONの大部隊の中には来園客が絶対に混じってるわ。もし巻き添えにして客を傷つければかえって逆効果なんじゃ?」
大丈夫だよクロ。隣のフィルが力強くうなづいてみせた。
「フィー?」
「僕は訓練を受けてきた。ここでも、家の中でも、可能な限りね。それに義兄さんならもっと大丈夫。実際の戦闘経験なら義兄さんの方が豊富で、頼りになる」
「でも危険よ」
「あのパワードスーツなら問題ないさ。並の銃弾や爆発なんて無傷同然なんだ。油断しているわけじゃない。とても頑丈で強い体が手に入ったなら、お客さんを傷つけることも少なくなると思う」
真剣な表情でフィルが言いきった。
「だからきっとうまくいく。お客さんの気持ちは僕たちが高める。クロたちには物理的な原因、ドームをどうにかしてほしいんだ」
「大将の話を引き継ぐぞ。精神的原因は大将たち二人に任せる。物理的原因はほかのメンバーでセントラル上層に突入し、管理ブースへ到達。ドーム操作をして来園客を逃がすんだ」
ホログラムのネクサス立体図はセントラルにフォーカスし、城の中を上がっていくルートを示す矢印のアニメーションが再生されていた。
待ってくれ。矢印が管理ブースに到着したところでイフが挙手した。
「大事なことを忘れてないか? ネクサスの上空には空中戦艦がにらみをきかせている。俺たちの動きが目立ってRONの知るところになれば攻撃されるのは明白だ。サイボーグもパワードスーツも戦艦の攻撃に耐えられるとは思えん。それに攻撃されれば客が巻き添えになって大勢死ぬぞ。客の生き死にがどうでもいいならこの計画は問題ないが」
はっきりした低い声で、慌てる様子もなく、けれどどこまでも真剣な調子でイフは全員の表情をぐるりと確認していった。誰もが暗い表情でイフを見ている。
どうしたらいいんだろうか。クロエも考えてみたが、空中戦艦をどうにかできる妙案は浮かばない。
「考えはあるよ。もう仕込みは終わってる」
今日の朝食は食パンに苺ジャムだよ、くらいの気軽さでノームが答えた。クロエはそれに驚いたし、イフを見れば若干のいらだちが見てとれた。
「仕込み?」
「ええ。私たちの味方が既に潜入しているの」
「いつからだ?」
「今日の夕方にはもう」
「どうやって潜入したんだ」
「そうね……彼女もアニマなの。アニマ・ファンタズム・エレメンタル・シルフ。風の精霊のアニマ。ピースサインにも協力してくれていた。聖人計画には否定的だったけど、プランBに移行するなら参加したいって言ってくれていたの」
納得したようにイフが頷く。シルフというアニマは見たことがないが、ノームが嘘をつくとは考えにくい。潜入しているという話が嘘だったら、プランBを決行したら多くの客が死ぬか大怪我をするのは免れないのだ。
ノームというアニマを理解できているとは断言できない。だがクロエは、ノームが大勢の死を仕方がないと割り切る者ではないと信じている。もしそうなら、大昔にピースサインでシロと共に戦うなんてしないはずだ。きっとイフも同じようなことを考えただろう。
「風の精霊か。そいつなら空中戦艦を黙らせられるのか? 単独であれをどうにか出来るのか?」
「出来るわ。彼女は自分ができるって信じているし、私も出来ると信じている。少しでもダメそうと思ったなら、私も空中戦艦に潜入しているもの」
小人なら目立ちにくいだろうしやろうと思えば出来るのかもしれない。そんなことを考えながら、クロエはノームに目を向ける。彼女は言葉に軽薄な調子があったりするが、実際の態度はそうでもない。真面目で思慮深い小人、それがノームなのだ。
「それだけ言い切られたら文句は言えないな。俺もシルフがうまくやることを信じよう」
「話は決まったみたいだな。ドーム開放班の話の続きをするぞ。ホログラムを見てくれ」
イグが言うのを聞いてクロエは視線を向けた。仲間たちもそうしている。
本当にRONと戦うことになる。あの戦闘服を着て、セントラルを駆け上がり、ドームを開放する――最初はフィルと再会したいだけだった。だがRONは自分たちの平穏な暮らしを許さない。だったら立ち向かうしかない。でも本当に戦えるのか?
じわりとにじむ不安をクロエは自覚して、無理に拭うことはしなかった。少しだけだが、ガーデナーとしての訓練に触れたことはある。風の魔法だって杖があればうまく使える。うまくいかないかもしれないが、仲間もいる。不安はあるが、歩みは止まらない。