暗闇につつまれたセントラル。ルピナスが弱い明りをもって道を照らし、管理ブースがある上層を目指して階段を駆け上がる。
先導するルピナスはところどころの角で立ち止まり、素早く動いてクリアリングしていた。いまのところはRON構成員と出くわしていないが油断はできない。
「ルピナス。次の角を右に。そしたら大きな通路に出て、つきあたりが管理ブースの出入口」
「オッケーっす」
先導するルピナスは頷いて右に飛び出してクリアリング。ここから先は迷うことない直線だ。
「敵三名、つきあたりの大きな扉の前にいるっす」
「無力化できそう?」
クロエの問いに頷きが返る。予想通りだ。ルピナスの突撃銃と狙撃銃には消音機が装着されている。地下の研究所にある武器庫でルピナスが念入りに準備していたのをクロエは見ていたのだった。
暗がりの中でも非常灯の明かりはある。狙いをつけて射撃するのは簡単だ。だがクロエは別のことを不安に思っていた。空中戦艦を抑えたという報告をまだ聞いていない。作戦開始から3分が経とうとしている。そろそろ戦艦に動きがあってもおかしくない。
「撃ちます」
ぶずっ。静かなルピナスの射撃は肩あたりに命中したらしく、短い悲鳴をあげてRON構成員がどうっと倒れて動かなくなる。すぐに反撃が飛んでくるが、ルピナスが隠れながら何かを通路に投げたのをクロエは見た。
研究所の武器庫にあった簡易バリケード展開装置。それが通路の物陰に投げ込まれるとひとりでに黒いボールのような装置はがちゃごちゃと音を立てて展開し、即席の遮蔽物が出来上がる。
「なんだあれ!」
狼狽するRON構成員は手近な柱に隠れ、その間にルピナスがスライディングをして即席遮蔽物に移動。クロエは抜いていた拳銃を構え、深呼吸をし、先程までルピナスがいた壁に背中を預ける。
「俺が代わろうか」
「私がやる」
右手に銃、左手に杖。大丈夫だ。自分の想像が風の魔法に作用するなら、きっとこの使い方はあっているはずだ。杖に埋まっている宝石は淡い光を放っている。
〈右をやるから左を頼む〉
ルピナスからハンドサイン。頷き返したクロエは、ルピナスが狙撃銃に持ち替えたのを認め、ハンドサインのカウントダウンを認めた。3、2,1――
「届いて!」
隠れながら射撃、同時に杖で地面をたたく。銃身から飛び出した弾丸がぐるりと軌道を変えて、直進ではなく曲線を描いて飛翔するのをイメージする。風の魔法で銃弾を捻じ曲げるんだ!
二つ重なった小さな銃声の直後に二つの悲鳴。右の柱からは頭を砕かれた、左の柱からは肩を抑えてうずくまる構成員が倒れこんだ。魔法を使った射撃はノームから聞かされた技術の一つだ。シロもこの撃ち方を得意としていたという。
「さすがの貫通力っすね。ちゃんと殺せた」
「くそが…はやく、助けを…」
すぐにイフが飛び出していってクロエが撃った構成員の口に手をあて声を出させないようにした。苦しむRON構成員に銃口を向けながら、クロエはイフが縄で縛り上げるのを見た。乱暴な縛り方で見ていて痛くなりそうだ。
「んーっ、んーっ!」
「殺さないさ。うるさくしなければな。痛むだろうが、頑張れ」
イフは右手を燃やして構成員が出血しているところにあてがう。構成員の顔は驚愕と苦痛に満ち、次の瞬間には白目をむいて静かになった。
「傷はふさがったようだな」
「雑な治療だね」
「手段は選んでいられない。それに必要以上に殺しはしたくない」
ノームとイフのやりとりを耳にしながら、クロエはルピナスが管理ブースへの扉を開けようと準備しているのを認めた。
「鍵は?」
「かかってないっす。開けたらフラッシュバンを投げ込むっすから、それを突入の合図にするっすよ」
ガーデナーの訓練場で何度か見たシチュエーションだ。了解。クロエは頷いて振り返り、イフに耳打ちする。
「先にルピナスが光ってうるさい爆弾を投げる。その後でみんなで突っ込む。いい?」
「わかった」
簡潔な説明だったがイフはすべて納得したようだ。そのころには扉の向こうで閃光がはしり、音もキィンと響く。同時にルピナスがドアを蹴破って突入していた。クロエも拳銃を構えて後に続く。
「うわあ!」
「なんだよッ!」
壁に大きなモニター。その近くに頭を押さえて目をつむるRON構成員が三人。ルピナスはすでに左の構成員を撃っていた。頭から鮮血が噴き出て床や壁を彩っていく。
「敵だ!」
「撃ち返せ!」
近くの机に隠れながら残りの2人が拳銃を撃ってくる。だがイフが燃える手を振りかざすと机が燃え、たまらず体を出してきた。
「いまだ!」
杖を振りつつトリガーをひく。クロエの放った銃弾は二人の構成員の体に命中していた。風に乗った銃弾が、頭みたいなわかりやすい急所を外す――そんなイメージで放った銃弾は彼らの命を奪ってはいなかったようだ。
「俺が縛る」
すぐにイフが乱暴に縄で二人を締め上げた。燃える右手で止血もしたが、やはり熱の痛みで気絶してしまっている。
管理ブースの制圧が完了した。思っていたよりも敵の数は少ない。空中戦艦にはまだたくさんいるのだろうか?
表情に怪訝の色を浮かべながらクロエはモニターの前に立ってコントロールパネルを眺める。どれがドーム管理のスイッチだ?
「それよ。そこの赤いスイッチ!」
ノームが指さして教えてくれる。クロエは手を伸ばしてスイッチに力を籠めると、パチンと音がしてモニターに新しいウィンドウが表示された。
「閉鎖されたドームを開放します、だって!」
「ええ。あとはシルフがうまくやるだけ――」
ドォンと体が震えるような大きな音が響く。直後に地震のような振動がクロエを襲った。すぐにしゃがんで振動に備えて直感した。空中戦艦の砲撃だ。ネクサスのどこにも当たってはいないが、すさまじい衝撃だ。
〈誰ですか~ドームを開けたのは。私たちの所属じゃないですよね。すぐ閉じないと、今度はネクサスに向けて撃ちますよ〉
外から大きな声が響いた。女の声、RONのリーダーを名乗ったモノの声だ。
「シルフ、まだ時間がかかっているみたいね」
「のんきに言ってる場合じゃない!」
「大丈夫よ。信じて。あの子は約束を違えたことなんてないの」
こんな時でもノームは穏やかな調子を崩さなかった。クロエの焦りが止まるわけではなかったが、そうするだけの信頼をおいていることだけはわかった。
〈歯向かうのはいいんだけど、でもさ、あなたたちの行いのおかげで大勢が死にますよ。いいですか。英雄ごっこはやめてはやくドームを閉じなさい〉
自分のせいで来園客が死ぬ――背筋どころか全身が凍り付くような恐怖だった。クロエの視線は、さっき自分が触ったスイッチに注がれている。これを戻せば、奴は、モノは攻撃を取り下げるのだろうか?
「聞いちゃダメっす」
「奴の言うことは信じるな!」
ルピナスとイフの鋭い声がクロエの心に響いた。イフはそのままクロエの肩に手を置く。炎は出ていないのに彼の体温が心地よく広がって、クロエは思わず目を開いた。
「奴はRONだ。罪のない人々を殺すことを何とも思っちゃいない悪人だ! それがドームを閉じたからって戦艦での攻撃を諦めてくれると思うか!」
「…思わない」
「君もそう思うんだろ! なら、ドームを閉鎖するなんてダメだ! 不安なのはわかる、怖いよな、俺だってそうなんだ。だが、そこの小人が信用しているシルフって奴を頼むしかないだ。顔を見たこともないやつを信じる方が、RONのクソ野郎の言葉に従うより全然マシなんだ!」
かがんで視線を合わせるイフ。少し涙ぐんだ彼の激情の叫びに、クロエは顔が熱くなるのを覚えた。恐ろしさが、仲間たちから分け与えてもらった暖かい気持ちに塗り替わっていく。そうだ。勇気をもらっているんだ。
〈聞こえませんか~戦艦からデカい声出してるはずなんですけど。聞こえないならしょうがないな、殺すしかないよね。主砲の狙いをつけおわったからもう終わりだよ。ドームを開けた奴も、セントラルの近くで戦ってる奴も、ここから逃げられると思ってる低脳どもも、もう終わり。全員死ねよ。5、4――〉
秒読みまでやり始めた。本当にシルフとやらは空中戦艦で破壊工作をしているのだろうか? 涙を拭ってクロエは窓から外の様子をうかがう。隣では狙撃銃を構えたルピナスが険しい表情で空を見上げた。
「まずいっすよ」
「主砲がこっちを向いてる!」
「頼むっすよ、シルフさん!」
ルピナスの叫びとモノの秒読みが終わったのはほとんど同時だった。
ドォンと腹の底まで揺るがすような音。失敗だ! 自分が叫んでいるのにクロエが気づいたのは数秒後のことだった。
数秒。それだけあれば主砲の攻撃がネクサスを直撃して甚大な被害が出るはずだった。自身のような衝撃が襲ってくるはずなのだ。
クロエは叫びをやめ、窓の鍵を外して身を乗り出す。
真っ先に見えたのは宙返りする巨大な砲弾だった。上から下にではなく、下から上に翻って空中戦艦に向かっていく。ありえない。だがこの世界には魔法が存在する。
「やったっす! シルフさん、すごいっすよ!」
放った攻撃が手元に戻っていく。そうして巨大戦艦はその姿を隠すほどの大爆発に身を包んで、金属がひしゃげる、巨人の悲鳴のような音が遅れて聞こえてきた。
ほとんど間に合わないようなタイミングでシルフは自分の仕事をやってのけた。開放されていくドームと炎に包まれ沈みつつある空中戦艦を見て、クロエはまだ自分の仕事が終わってないことに気づいた。
現代のRONとサラマンダーの関係を確かめること。ネクサスの近くの海に落ちつつある空中戦艦、そこにいるはずのモノなら知っているはずだ。