空中戦艦はいまや半分が水没しつつある。艦尾のほうは大部分が水の中だが、艦首部分はまだ水の上にある。かなり危険な状況だが、艦首近くにある建物にはまだ入れそうだ。
ボートを戦艦の艦首近くに停止させたルピナスは、一番初めに戦艦の甲板に乗りこむ。やや傾いているがすぐに沈むことはなさそうだった。
「早く来るっすよ!」
「わかった!」
クロエ、イフ、ノームの順に戦艦に乗りこむ。まだRONの構成員がいるかもしれない。クロエは拳銃を抜いて構え、ルピナスの後に続いた。
「どこを調べるんだ」
「船橋よ。あの上に突き出た部分があるでしょう」
イフの問いかけにノームが答える。船橋。操舵室ともいう場所のはずだ。確かにそこなら何かがあるかもしれない。前で扉のバルブを開けようとするルピナスを見ながら、クロエは深呼吸をした。
船橋内の階段を駆け上がり、ついに大きな部屋に出る。おそらくは操舵室、船長が指示を出していそうな部屋だ。用途不明の機械がいくつもある。あれで戦艦の装備を制御していたのかもしれない。
「やっぱりね」
「どうしたの?」
「この戦艦は八百年前のものを復元したやつよ。当時、似たようなものはいくつかあったの。地下深くとかで眠っていたものを掘り起こしたのね」
こいつの出自はフィルが装着しているものとほとんど同じらしい。へえ、と返しながらクロエはあたりに目を配る。どんなものでもいい。現代のRONとサラマンダーを結びつける証拠になるものはあるだろうか?
「おい…なんだあれは」
イフが外を見て呆然とした声を出している。ここの調査よりも重要なものに違いない。クロエは作業を中断してイフの視線をたどる。
西の島であらゆるものが渦を巻いていた。
ジェットコースターの車両、植木、看板、ベンチ、建物。西の島にあったであろうあらゆるものが渦を巻くように宙を舞っている。
「竜巻ってこと?」
「なら風がここまで飛んでくるはずだ」
「そうよね。それに、私は魔法を使ってない…」
ノームに向き直ってクロエは様子をうかがう。あれは自分の魔法じゃない。無自覚のうちに使って暴走したのだろうか? この小人ならなにか分かっているのかもしれない。
「間違いなく魔法よ。誰かが暴れているの」
「誰かって?」
「シルフじゃないのは確かよ。西の島の魔法は風の魔法じゃない」
「じゃあ誰なの? 本当に魔法なの?」
知らないよ。聞き覚えのない声。女のようにも男のようにも聞こえる声だ。
声が聞こえたほうを振り返ると性別がよくわからない人が壁のそばに立っている。月を編み込んだバカでかい黒い帽子に黒いローブ。占い師のような格好だ。
「あんた!」
「イフさん?」
「俺を助けてくれた占い師だろ、そうだよな!」
困惑気味に問いかけるイフに無言の頷きが返る。静かな所作だ。こんな状況でも落ち着きを忘れない、度胸がある人物なのかもしれない。クロエはそんな印象を抱いた。
「ごめん、遅くなって。戦艦をやった時の衝撃が思ったよりも大きくてね」
「ケガはないの?」
「私はシルフよ? アニマ・ファンタズム・エレメンタル・シルフ。ケガなんてしても風が吹くように消えてなくなるの」
占い師風の人物はシルフを名乗った。風の精霊のアニマ。この空中戦艦を海に落とした立役者だ。
「あんたがシルフだったのか!」
「ええ。イフ、記憶は戻ったかしら?」
「まだだ。だがあんたの占いのおかげで散々な目にあってる。落ち込んでいるとすればそこだけだ」
「そうよね…ごめんなさい」
「西の島がめちゃくちゃになっているのはあんたの仕業じゃないんだな。本当だな?」
もっと聞きたいことがあるはずだ。だがイフはそれを抑えている。そんなふうに見えてクロエはシルフの言葉を待つことにした。
「ここにいる誰でもなければ、私たちの他にも魔法を使うやつがいるってことなのよ」
「誰なのか分かるか? 占いであたりがつけられないか?」
「無理ね。でも、ここで手をこまねいていたら、ネクサスの外にも被害がでるのは明らかよ。様子を見に行かないと」
全員では行けない。シルフに鋭く発言したのはノームだった。
「ここでRONとサラマンダーとのつながりを洗う必要がある」
「…そうか、そうだね。ここに潜入してた私が調べ物をする。ノームとそこの人はここに残って、イフとシロ、いや、シロじゃないんだっけ。クロエって名前よね。二人に外の様子を見てもらうわ」
ダメっす。クロエちゃんを守るのが私の仕事なんすよ。ルピナスはクロエのそばに立ち片手でかばうようにして言葉を続ける。
「私はクロエちゃんを守るガーデナー、ボディーガードなんすよ。それを調べ物のためにここに残れって冗談じゃないっすよ」
「ふざけてないよ。君、ああして渦を巻いている木でも街頭でも止められるの?」
「わからない。でも壊すことはできるはずっすよ」
吊っている銃や戦闘服を叩いて示してみせるルピナス。でも違うんだ。シルフの発言の意図をクロエは理解した。魔法に対抗できるのは魔法か、それと同等の装備くらいだ。
フィルやクリスならどうにかできるかもしれないが、ルピナスの装備では飛んでくる植木やジェットコースターに対応するのは困難を極めるだろう。風の魔法ならこちらに飛んでくる物を吹き飛ばしたり、炎の魔法なら燃やしてやり過ごしたりできるかもしれない。
「ルピナス。私のことなら心配しないで」
「クロエちゃん!」
杖で床を叩いてクロエは笑ってみせた。守られるばかりじゃない。だから信じて送り出してほしい。もしダメだったとしてもルピナスのせいじゃないんだ。
「…クロエちゃんの『印象』がとてもいいっすね。こんなのも出るんだ。すごいなあ」
「時間がないの。お願い、ルピナス」
「今回だけっすよ。私の装備じゃ相手が悪すぎます。守ろうにも逆に足を引っ張ってしまう。それでクロエちゃんが危険にさらされるのは本末転倒ってやつっす。ここは従うっすよ」
「ルピナス、ありがとう」
片手をあげてひらひらさせてウィンクするルピナス。彼女はノームたちとここの調査を続けるはずだ。西の島に渡るにはあのボートを使うしかない。
「そうだ。せっかくだからクロエの風の魔法で西の島まで飛んでみたらどう」
シルフが帽子をなおしつつそんなことを言う。魔法で海を越える…やれるかもしれない。これができるくらいでなければ、あの危険な渦近づくことも出来ないだろう。
「やってみる」
「あなたの魔法歴は長いはずだけど、それはシロの話ね。あなたは今日初めて魔法を使ったんだから、しっかりイメージして。無意識でどうにかしようとすると失敗するわ。想像するの。自分の魔法で起こる物事をね」
想像する。自分が操る、風の魔法で、少し遠いところまで飛んでいく。
「わかったわ」
「なら甲板に出て、彼と一緒にあれを止めるのよ」
肩をつかまれたクロエは驚いて振り返る。イフが無言でうなずいて先を行くように促していた。
甲板に出たクロエは杖を構えて念じる。風の渦が体を運んで、向こうにある桟橋へと着地する――
「できるか?」
「やってみる…うぇっ?」
変な声が出た。イフがそっと力強く抱きしめたからだ。鍛えられた体が由来のごつごつした温かみにクロエは顔が赤くなるのを自覚した。もしかしたら鼓動だって早くなっているかもしれない。
「イフさん?」
「すまない、くっついていないと一緒にはいけないだろ。嫌かもしれないが…」
「違うの。嫌とかじゃない、少し驚いただけ。ホントよ」
早口になっているかもしれない。自分の感情にコントロールが効かなくなっていることに焦りつつ、クロエはもう一度イメージして杖を振った。
風が吹く。
ふわりとクロエとイフの体が浮く。
「飛ぶよ!」
「ああ!」
杖を振ると突風。はじき出されるようにふたりの体は海の上を飛び越えていく。全身に冬の風を感じて寒いが文句なんて言っていられない。
「すごいな!」
「あと少しっ!」
迫る海面、桟橋、地面。クロエはもう一度杖を振って上昇する風域を作り出す。落下に伴う勢いを和らげるためだ。
そうして桟橋に着地できなかった。空を飛んでいるときに姿勢が乱れて足から着地できそうになかった。だからイフが体を抱えてかばってくれたのだと理解した時には、クロエは下敷きにしてしまったイフからすぐに離れる。
「ごめんっ、ケガしてない?」
「問題ないさ。俺の体は…頑丈らしいからな」
服についた雪をはらってイフが立ち上がる。安心させるように微笑んでいて、まるでフィルが心配させないように振る舞うみたいだ。思わずクロエも笑いだしてしまった。
しかし気を緩めてばかりもいられない。まだいろんなものが形作る「渦」は生きている。誰がどうやって発生させているのか――確かめなければ。
「さあ行こう。気をひきしめてな」
両手を燃やしてイフが前を走る。頷いてクロエは杖を振る。追い風が自分をふわりと前に押し出すのを想像して。
「いいなそれ」
「練習、練習」
想像通りにクロエの体は前に前にと浮いていく。緩い曲線を連続で描いて移動、まるでアニメで見た魔法使いのように。魔法で走るのは自分で走るよりも快適だ。魔法があたりまえにあった時代ではみんなこうしていたのだろうか?