ジェットコースターや植木といった、西の島に存在するありとあらゆるもので作られた「渦」の勢いはいまも緩んでいない。
空高く巻き上げられてごうごうと音を立てている渦はまるで竜巻のようだったが、渦からは風が吹かず、奇妙な現象が放つ不気味な印象に、しかしクロエはひるまずに風の魔法で近づいていく。隣ではイフが両手を燃やしながらしっかりした足取りで走っていた。
「なにか見えるか?」
「ううん、人とかはどこにも」
杖を振って上昇気流を発生。二階建ての建物の屋上まで飛ぶくらいの高さからクロエは周りを見回すが、やはりどこにも人の姿はない。
ならばあの渦は無人で起きているのだろうか。ネクサスの機械が不調を起こして渦を起こしている? でもそれは考えにくい、とクロエはかぶりを振って緩やかに下降、立ち止まっていたイフの隣に着地する。
この辺りはライドが集まっている場所からは少し離れていて、広々とした公園があるだけだ。短く整えられた草原の上には薄く雪が積もり、クロエの風やイフの炎で雪が散り、融けていた。
「やっぱり近くに人はいないわ」
「そうか…ならばあれはいったい誰が、いや、何が起こして――」
イフは言葉を続けられなかった。渦に巻き込まれている小さなパンダがこちらに向かって飛んできたからだ。
「どいてっ!」
杖を振って横向きの風を起こす。するとパンダは軌道を大きく外してクロエたちの横に墜落した。生き物をやってしまったとクロエはぞっとしたが、すぐに安心する。パンダは生身ではなく、コインをいれると動く機械の乗り物だと分かったからだ。
「こちらに向かって飛んできた?」
「これまで渦から物は飛んでこなかった。あの渦には敵意があるってことでいいよね」
「たぶんな」
渦に敵意があるのか、渦を起こしているものに敵意があるのか。はっきりとはしないが、いまわかることは、続いて植木がこちらに飛んできたということだけだ。
「燃えろッ!」
イフが叫んで両手を振ると同時に植木が着火し、すぐに燃え広がり、尋常ではないスピードで灰になっていく。
ここまですごい能力だったのかとクロエは驚いたが、頼りになって嬉しい気持ちのほうが上回っていた。そうだ。ふたりならこの渦に立ち向かってもなんとかなるに違いない。大丈夫、きっとうまくいく。
でも、本当にそうだろうか? 空からは数え切れないほどの瓦礫やベンチやコースターの車両が降り注いでいるのに?
「怯まずに全力を出すんだ!」
不安をかき消してくれたのはイフの大声だった。降り注ぐあらゆるものが吹き飛ぶのを想像して杖を振るが、全ての脅威を退けたわけではない。イフの炎は多くのものを燃やし尽くしたが、全てを灰にできたわけではない。
「まずい!」
「問題ない!」
どこからか声が響いた直後、クロエに迫る街灯のベクトルが急に変わった。上から紺色のパワードスーツが踏みつけるように飛び蹴りをかましたからだ。
「助けに来たよ、クロ!」
「フィー!」
「まだ向こうは混乱が続いているから、義兄さんたちに任せてこっちに来たんだ。それにあの渦、やっぱり魔法の力に由来するものだよ。中央で人が踊っていた。たぶんあれが引き起こしている」
早口めにフィルが言っている間にも物は飛んでくる。風を起こし、炎が灰にして、それでも処理しきれないものをロストテクノロジーが吹き飛ばす。
それでも渦は止まらない。勢いが衰えることもない。魔法を使うと体力が消耗することにやっとクロエは気がつき、肩で息をして渦巻く空を見上げた。
渦の一部の物が西の島の建物に激突し、その瓦礫が渦の一部となっていく。その繰り返しのせいで渦からの攻撃に終わりがないのかもしれない。
ピリオドのない文章、終止符のない楽譜、あれはそういう類のものだ。無理やりにでも終わらせなければならない。でも、どうやって――
「クロ、僕を渦に向かって吹き飛ばして」
「えっ」
「風の魔法で吹き飛ばすんだ。飛行機がカタパルトで発進するみたいに。僕がどうにかする」
わかった。クロエは杖を構えながらフィルの後ろにつく。不安がないわけではない。しかし迷っている暇はない。うまくいくか心配する余裕もない。
信用してくれるなら、自分も信用するだけ。ありったけの想像が魔法の力になっているのか、振りぬこうとする杖が重たい。だがクロエはそれをのりこえるように叫びながら杖を振りぬいた。
直後、紺色のパワードスーツははじかれたように空を飛んでいく。あたりには暴風がしばらく巻き起こり、イフとクロエは姿勢を崩してしまった。
最高速度のスーパーカーですら追いつけないであろう勢いをのせて、フィルを渦の中心に飛ばした。飛ばしてしまった。お願い。どうか戻ってきて!
「いけーっ!!」
「フィーッ!!」
イフとクロエの叫びは渦に向かい、それに呼応するかのように白い光がはしった。渦の勢いは次第に弱まり、渦にのまれていた瓦礫や標識なんかが次々と落下していく。あたりに来園客がいれば間違いなく死人が出ていたであろう光景に、クロエは再び叫んでいた。
「フィー! やったわ! 上手くいったの!」
長々と続く不協和音に終止符がうたれたような、そんな晴れやかな気持ちで空を見上げるクロエ。彼女の目は空を向いている。どこかにいるはずだ。フィルがどこかに。
だから、こちらに飛んでくるのがフィルなのだと思った。すぐに違うとわかったのは、コンクリートの塊が先にずどんと墜落し、その近くにフィルが落ちようとしているのを認めたからだ。
あのパワードスーツならば空中での姿勢制御はできるはずだ。そうしていないのは大きなダメージを負ったからに違いない。クロエは杖を振って上昇する風を、フィルが落下する場所に作り出す。落下する金属の体の速度が落ち、雪にふわりと着地。だがフィルはあまり動いていない。
「フィー!」
「ううっ…」
「大丈夫なの、ケガは!?」
「動けないな…」
声が震えている。そのことがクロエに嫌な予感を抱かせ続けていた。
「そんな顔しないで、僕は死なないよ。そこまでの傷じゃない。ただ、すぐには戦えないってだけ…」
「すぐに移動しないと。私につかまって、イフさんはここをお願い」
任せてくれ。両手に炎を灯してイフが渦のあったほうを見る。クロエもそちらを見てみたが、確かに誰かが浮いている。あからさまに魔法だ。ジェットパックで浮いているわけじゃない。だとすると、あれがサラマンダーなのか?
「戦艦に渡るときに寄った桟橋、あそこにフィーを隠すわ」
「いい案だ」
風の魔法でフィルを浮かせてから背負う。紺色のパワードスーツはとても重いはずだが、どうにか背負うことは出来ている。短い時間でこれだけ魔法の応用が利くのは、自分が人間ではないからなのだろうか。人類のアニマだからこれが出来て当然なのだろうか。
だとしたらそれでいい。親友を危険なところから遠ざけられるのならなんだっていい。ついでにあの浮いている奴をぶん殴れるのならもっといい。
「腕に力ははいる?」
「うん、なんとか」
「つかまっていて。さ、飛ぶよ!」
強くイメージして杖を突きだし、フィルを背負ったクロエの体がふわっと浮き上がってから砲弾のように飛翔する。
遠くなる地面、全身を叩く向かい風、自分自身が自然現象の一部になったような、錯覚。背中には親友がいる。だからこれは錯覚だ。
ゆるりと着地し、フィルを横にしてからひきずる。桟橋の小屋まであと少しだ。
「ねえクロ」
「なに?」
「ありがとう。いや、ごめんね…かな」
「ごめんねは嫌かな。ありがとうの方が好き」
「そっか、そうだよね」
「うん」
「…あいつは君とイフさんにしか頼めない。四大精霊のアニマも、まだ戦艦で調べ物をしているんでしょ。なにかが分かれば、状況も一気によくなるかもしれないけど…」
「時間がかかるかもしれない」
「だから頼れるのはイフさんとクロだけなんだ。でも、どちらにも帰ってきてほしい。僕はね、まだ、話したいことがたくさんあるんだ」
話し方が心細そうなのは痛みのせいだけはないはずだ。不安や恐怖。弱みをあまり見せないフィルの無防備な部分を見つけて、クロエは静かに抱きしめる。
「私も。もっと話したいことがあるし、一緒に遊びたいことだって山ほどあるよ。だから絶対に戻ってくる。イフさんも一緒に。約束する」
「ありがとう…あいつもきっとアニマだ。なんかのファンタズムなんだと思う」
頷き返してクロエはドアを開け、部屋にフィルを横にする。装備は外さない方がいいはずだ。表情はうかがえないが、きっといい笑顔で見送ってくれているに違いない。
「いってくる」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん」
ドアを閉めてクロエは歩く。桟橋の小屋から少し離れたところで杖を構えて自分の周りに風の渦を集め、向かうべき場所へと狙いを定める。
大切な人がこんなに傷ついて、もしかしたら殺されていたのかもしれない。ぐぐ、とクロエの目に力が入った。あいつは、あの渦を起こしていた奴には、絶対に容赦しない。