ルピナスはシルフとノームの後に続いて戦艦の奥の方へと歩みを進めていた。
複雑に入り組んだ暗い道に、目印として光る付箋を壁に貼っていく。それは昇り藤、つまりルピナスの花弁をかたどったデザインだ。これで戻るときに迷うことはないだろう。安心しなが先を行くルピナスは、前のふたりが歩みを止めたのを認めて、ふたりが注目しているものに視線を向けた。
それはくすんだ灰色の石板だった。クイーンサイズのベッドくらいはありそうな大きさで、しかしそれは壁に埋め込まれている。寝室ではなく遺跡のような雰囲気の部屋でルピナスはノームの頭に少し触れた。
「あの…このデカい石がなんかあったんすか」
「あったよ。これが探していたもの、なんだと思う」
「現代のRONとサラマンダーのつながりを示す証拠っすか」
ノームが頷く。シルフも険しい表情で石板を見つめている。まずいことが起きているのは間違いない。
「結論から言えば、サラマンダーは現代のRONとつながりがある」
「えっ」
「証拠はこの石板よ。シロが封印魔法に使った道具なの。ほら、暗いから見にくいかもしれないけど、くぼみがあるでしょ」
目をこらしてみれば確かに一人分のシルエットが見えなくもない。懐からスマートデバイスを取り出してライトをつけてみれば、ノームの語ったことに間違いなかった。
人のシルエットのくぼみのそばには別の形のくぼみがある。まるで剣のような形と長さをしていた。
「つまりサラマンダーはここで封印を解かれたってことすか。RONが持っていたこの戦艦で自由になった?」
「少し違うシナリオだと思う」
「どういうことっすか」
「雪の上で歩けば足跡がつく、ほこりのある机を指でなぞると跡がつく、なんにでも痕跡はのこる。魔法のものにも痕跡はあってね。サラマンダーが封印から抜け出たのは、たぶん、一週間以内よ」
話が違う。ルピナスは自分が考え込んで顔に力が入るのを自覚した。そうでもしないと事態の把握ができない。
「えっと…クロエちゃんが地下遺跡で目覚めたらサラマンダーも封印解除されるって話だったと思うんすけど」
「うん」
「クロエちゃんは一年前、サラマンダーは一週間以内。これっておかしくないすか。それとも誤差とかそういうことっすか?」
違うと思う。ルピナスの横でシルフが呟いた。彼女も険しい表情で、なにかを見定めるような視線で石板に対峙している。
「シロの魔法が解けても封印が続いていたと考えたほうがよさそう。誰かの手によってね」
「この戦艦に魔法使いがいたってことっすよね」
「たぶんそう。そいつのかけていた追加の封印を誰かが解いたか、追加の封印が限界を迎えたか、それよりも重要なのは、RONとサラマンダーに繋がりがあるのが分かったってことでしょ。あとはモノとかいうリーダーを探して、話を聞きだす」
「サラマンダーも外に出ているのなら早く探し出さないとっすね」
わかってるじゃない。シルフが言うのと、ルピナスのスマートデバイスが振動するのはほとんど同時だった。メールの通知だ。確認すると、視界の下の方でノームが見上げてくるのがちらりと分かる。
「誰から?」
「クロエちゃんからっすね。フィル様がケガしたので桟橋の小屋に隠したって、そういう内容っす」
「なるほど。ここの調査は終わったし、彼を回収しにいきましょう」
「戻るなら目印をつけたから使ってくださいっす」
助かるわ。ノームが先をいき、その次にシルフが続く。再びルピナスは一番後ろをついていく形になるが、思わず足が止まった。
「どうしたの?」
「いや…」
なんでこんなことをするんだ。ルピナスは「嘘」の印象をノームとシルフの背中から感じとって、立ち止まってしまった。ふたりは何に嘘をついているのだろう? 何を隠したかったのだろう? 何を知られたくなかったのだろう?
ルピナスは決意するように息をついて、肩に吊った突撃銃を構える。銃口はノームとシルフを交互ににらんでいた。
「…冗談のつもり?」
「そんなの言えるわけないよ。あんたたち、嘘をついているな」
「なんのこと? 早くいくわよ」
一発だけ射撃。銃弾はノームの頭をかすめる。ノームも、隣のシルフも、表情をひとつも変えない。現代兵器なんて食らっても死なないから余裕っていうのか。
「あんたたちから嘘の『印象』がする」
「印象?」
「私の『印象』はいままで嘘をつかなかった。外れたことはなかったんだ。だから今回も印象は正しい。このままじゃ、あんたたちを信用なんてできない。どこでなんの嘘をついたか教えてほしい」
「…あなた、無自覚に魔法を使っているのね」
「話をそらさないで。この場所で嘘をついているなら、あんたたちがRONと一枚嚙んでいると考えるのは当然のこと。私は、これ以上、クロエちゃんもフィル様も危険な目に遭わせられない。あんたたちを外に出せない」
「戦って勝てると思うの?」
「思ってない。でも、時間を稼ぐくらいは出来る。私だってガーデナーなんだ」
視線を動かしてARコンタクトレンズの操作をするルピナス。視界に投影されたウィンドウから起爆コマンドを入力。すると、目印代わりに貼っていた光る付箋が爆発を起こし、貼ってあった場所を吹き飛ばしていた。
「…あの目印は爆弾ってこと」
「爆弾はまだ用意している。潤沢とはいえないけど、私が持っている数ならこの部屋を丸ごと吹き飛ばすことくらいわけない」
「死ぬわよ、私たちは死なないけど」
「時間を稼ぐくらいは出来る、そう言ったはず」
自爆、自爆か。まるでテロリストだ。死ぬほどくだらない冗談にルピナスは笑いをこらえた。最後の最後で妙な印象を放ったこいつらが悪い。こいつらが外に出れば、もしかするとフィルもクロエももっと危険な目に遭うかもしれない。
事実、フィルはいまケガをしているという。そんな彼に怪しい奴を近づけるだなんて出来ない。自爆してでも時間を稼ぐ必要がある。自分のワークネームの花弁で自爆するなんて。ガーデナーの最終手段をこんな形で使うなんて。フィルも、クロエも、自分の犠牲で少しでも危険が増えることがないとしたら、それでいい。ふたりとも命をかけて守るのにふさわしい人間だ。
「…あなたが本気なのはわかった」
「教えてくれる気になった?」
「シルフ、この子に本当のことを話さないといけない。この子に死なれても困るし、足止めをうけても困る。仲間が死ぬのはもうごめんよ」
仕方がないねとシルフが応える。シルフもノームも反撃する様子は見せない。警戒を解かないままルピナスは様子をうかがうことにした。
「ねえ。銃もおろして、爆弾を視線で起爆するのもやめにしよう。戻りながら話をするわ」
「本当に?」
「これも嘘だって思うの?」
「…いや、今の言葉に嘘の印象はなかった」
満足そうにうなずいたノーム。ほっとしたように息をつくシルフ。ふたりはルピナスに手招きをして先を行きながら話を始める。
「…ちょっと! 待ってほしいっす!」
口調はいつものものに戻した。誰とでも打ち解けられる話し方だ。四大精霊の語る本当のことを聞き逃してはならない。たとえこの戦いに関係がなかったことだとしても、自分が銃を向けて爆弾まで使おうとしたことなのだから、最後まで聞かなければ。