ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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最終決戦:中

 目の前にいる元凶が、本当に立ち向かうべき敵が、とてもあわれで。クロエは思わず涙を流していた。

 魔法が使えて当たり前の世界で、魔法が使えない者は無能力者と呼ばれ、差別や迫害の対象となっていた。モノもまた無能力者だったが、努力してある程度の地位を得て、アニマ・ファンタズムの基礎理論すら書き上げた。

 だが無能力者のモノの成果は平然と横取りされ、それがきっかけでモノは人類の破滅を望んだ。意味の分からない話ではない。彼女の痛みは理解できたつもりだ。だが、間違いなく、間違った話だ。

 

 さく、と雪を踏んだ音が聞こえた。

 そちらを見ればイフが立ち上がろうとしている。ゆらりふらりとよろめきながら。腹を貫通した傷はふさがっている。

「サラマンダー! さあ、こちらへ」

「なあ、おい、モノ。誰がサラマンダーだって?」

 右手に炎をともしてイフが低い声で言った。怒気をはらんだ、いまにも殺しそうな気迫がそこにあった。

「俺はサラマンダーじゃない。人を憎んでもいない。ネクサスで起きたことは、お前が脅して、煽って、差し向けただけだ。人は愚劣だと? お前はそう思わせたいだけだ。そう思いたいのはお前だけだ」

「なぜだ…? 眠っているサラマンダーの記憶を掘り起こした、その手続きも踏んだ。なのにどうして?」

「どうしてだろうな。俺がお前の思ってるような奴じゃないからかもな」

「まさか。まさか、サラマンダーの記憶がかけらも残っていないのか。そうとしか考えられない、誰かが記憶をリセットしたのか!」

 盛り上がってるところ申し訳ないけど。心の中でクロエは呟いて風の魔法を発動させる。右手の拳銃でモノに狙いをつける。トリガーを引くのと同時に射線に暴風。銃弾の威力をぶち上げる想像。回避不能の暴力。

「ぬあッ!」

「これはどう? 結構痛いんじゃないの!」

「話の邪魔をするな!」

 モノが腕を振り上げるとあたりの瓦礫がクロエに向かって飛んでいく。上から打ち下ろすような風で無力化、しきれないものがあった。何本かの鉄パイプだ。

「クロエ!」

「うわっ!」

「いまは大事な話をしているんだ! たかが『人間』のアニマがでしゃばるな!」

 クロエの全身に鉄パイプがぶち当たる。戦闘服がなければ骨折していただろう、それだけの痛みが走り、杖と銃を手放して倒れてしまう。

「『人間』風情が『魔法使い』に勝てると思うな! シロだって魔法使いのアニマになる道を選べば、サラマンダーに勝てたかもしれないものを」

「く、くそっ…」

 自分の名を呼んでイフが駆けつけてくるのをクロエは認めた。しかし視界がふさがれる。モノが魔法でコンクリートの塊やらなにやらでクロエを囲い、見えるのは暗がりの中で白く輝いている雪くらいだ。

「クロエ! 大丈夫か!」

「そんな奴ほっといて、話をしよう。君は強がっているだけだ。何万もの人間が、反抗できるのにできなかった。それは奴らが愚かで、救いようがなく、少しも考えることをしなかったせいだ。人間の本質は醜悪と愚劣なんだよ。そんな奴ら、死ねばいいと思わないか?」

「思わない。お前が俺たちを捕まえるように差し向けただけだ。たとえ本質がそうだったとしても、それを煽ったお前が悪い。死ねばいいのはお前だ」

 前触れなくモノが発火するのが瓦礫の隙間から見えた。だが火はすぐに消えてしまう。イフの加勢に加わりたいが、瓦礫が体を押し潰すように積んであって上半身しか動かせない。どうにか左手で杖を握ったが、それだけだ。焦りと痛みのせいで魔法が使えない!

「そうか…本当に忘れたんだね。サラマンダーだった頃の記憶にアクセスできれば制御できると思ったんだけどな」

「制御とは言わねえよ。洗脳の間違いだろ」

 モノの体が発火と鎮火を繰り返す。イフの魔法をモノが上回っているのだろうか。風の魔法で威力を底上げできるかもしれないのに、どうして動けないでいるんだ。クロエの目に涙がたまる。痛み、悔しさ、焦り、そして仲間のために何もできない自分が嫌でたまらない。

「洗脳…響きが嫌だよね。どうしようもない時の最終手段って感じがするよ」

「クソッ! なんでこいつは燃えないんだ」

「私の方が魔法使いとしてのレベルが高いからさ。君はサラマンダーとしての力を取り戻しつつある。腹の傷が炎で治っているのが証拠だよ。だけどそれだけでは私に勝つことは出来ない。こうした魔法勝負ではね」

 再びモノの攻撃が繰り広げられたのか、がらがらどぉんと瓦礫の崩れる音がする。この杖が、杖がもっと良いものになれば、魔法の力を引き上げる能力が高ければ、窮地を脱する切り札になるのかもしれないのに!

「そろそろ終わりにしようか。サラマンダー。君に記憶がなかろうが、強引に制御することは出来るんだよ。さあ『再演計画』の本当の始まりだ!」

「バカなこと言ってんなよ、燃えろ!」

 直後に爆発音。イフの大魔法が炸裂したのだ。クロエは目を閉じ、動揺する心を落ち着けようと深呼吸。大丈夫だ。すぐに戻れば、イフはきっと大丈夫だ。

「そうら!」

「うおあっ、うう、ううお…」

 イフさん! 杖を握りしめる手に力が入る。イフはなんらかの攻撃を受けたらしい。精神的な干渉に違いない。

「言って分からないなら教えるしかない。私の憎悪を分け与えよう」

「なんだこれは! くそっ、頭の中に入ってくる」

「八百年の憎悪だ…抵抗なんてしても無駄だよ。そう、無駄なんだ。いいかい、人類がきれいなものだと思っていたとしても、それは全部夢だよ。全て幻想なんだ。ファンタジーだ。泡のように、最初からなかったかのように、ありはしないんだ」

「くそ、が…」

「最初にサラマンダーに教育した時のことを思い出すよ。君は温厚な性格だったからね、どれだけ言って聞かせても分かってくれなかった。だからこうして分からせたんだよね」

 瓦礫の隙間から見えたのは、モノがイフの頭を掴んで触れているところだった。そうして魔法で洗脳をしているのか。早く、早く抜け出さないと!

 

 

 

 ぼう、となにかが光った。緑色に。クロエの視線はそこに向く。いったいなにが?

 見れば魔法の杖だ。杖の先端の宝石が輝いている。その強さは次第に強くなって直視できなくなる。いったいなにが起きているんだ。なにが…

「うそでしょ、宝石が…」

 引くように光の輝きは弱まってやっと直視できるようになった。緑の宝石の形が変わっていく。ここに工具も道具も機械もないのに。CG映画でも見ているわけでもない。

 まるで花が開くように宝石の先が変形する。鮮やかな緑の宝石が花開いていく。その様子にクロエは目を奪われていた。緑の宝石のアルストロメリアだ。

 どういう原理でこうなっているのか分からない。でもこれだけは分かる。どんな美術品よりも美しく、花を咲かせる杖からはとてつもない力を感じる。魔法の杖は進化した。断言してもいい。この杖があれば、こんな瓦礫の山は!

 

「吹き飛べ!」

 瓦礫の中でクロエが叫ぶ。

 やや間があいて、瓦礫ががた、と崩れ。

 竜巻が瓦礫の山の中で生まれて何もかもを吹き飛ばしていく。まるで天災だ。立ち上がったクロエは自分が魔法で起こした事象を落ち着いて見つめ、静かに杖で地面をたたく。

 まるで今の出来事が嘘であったかのように竜巻が消え、クロエは目を瞑り、静かに開く。目の前には全身を炎に包んでふらついているイフと、彼から少し離れたところにモノが嬉しそうに立っていた。

「どうやって立ち直ったんだ…まあいいや、君がイフと呼んでた奴はもういない。それはサラマンダーだ」

 悪夢で対峙した燃える男。それに酷似した、いや、それそのものが、現実にいる。悪夢で手にしていたように、現実のイフも自分を貫いていた白銀の大剣を手に、うつろな目でクロエを見ていた。

「違う」

「違わない」

「違う! サラマンダーじゃない! 彼は、イフさんは、イフさんなんだ!」

「じゃあ確かめてみればいい。それがサラマンダーなのか、違うのか」

 あざけるような口調でモノが笑った。心底おかしそうに笑う。

 イフの右手に握られた大剣が燃えていく。クロエは杖を構えて想像する。自分が思い描く最良の行動。それは――

「な、に…?」

 クロエに向かっての向かい風。燃える男にとっての追い風。あまりにも強すぎる風にモノも姿勢を崩し、顔をあげたときにはそれを見ていた。

 

 熱も炎もいとわずに燃える男を抱きしめている。クロエは復活したはずの敵を、まるで仲間に対してするように、正面から抱擁している。

「離せ…俺は、人類を、燃やしにいくんだ」

「絶対に離さない!」

「邪魔すればお前を、燃やすぞ」

「偽物の気持ちに惑わされちゃダメ。ねえイフさん。私のこと、覚えてる?」

「――ピースフィール?」

「ううん。私はクロ。クロエ・ブルーム。あなたと知り合って、ずっと冒険してきた。何度も困難を乗り越えてきた。あなたに助けられたことだって何度もある。だから、今度は、私が助けるの」

「助けなどいらない。俺は、俺はサラマンダーだ」

「違う! あなたはイフ。サラマンダーなんかじゃない! 数えきれないほどの『もしも』を目の前に広げる、希望にあふれた人なの!」

 ぎゅう、と抱きしめる力を強くする。

 緑のアルストロメリアの杖が、魔法の炎と熱から守ってくれているが、近づけば近づくほど熱が何もかもを焦がしていきそうだ。

「俺は、俺は…」

「思い出して。あなたは、イフは、これまでなにを見てきたの? なにをして、なにを考えて、なにをしたいと思ったの? あとでゆっくり聞かせてよ」

「俺は…そうだ…」

「人類が憎いからって滅亡させようなんて奴の考えにそうですねって返事をするなんて、あなたはしない。そうでしょ?」

「…そうだな――」

 燃える男は呟いた。心と心がつながったような感覚。クロエは魔法の杖を上に持ち上げる。想像していたことを現実に起こすなら、このタイミングしかない。

 ふたりの姿を風が包む。物を傷つけるような暴風ではない。触れるだけで癒されるような風だ。燃える男の炎がはがれて空を舞い、消えていく。その様子をモノは愕然とした表情で見つめていた。

 

「まさか…サラマンダーの炎が? なぜだ…」

 放心したように眺めるモノ。だが彼女の視線は迫る炎に向いて驚きの声をあげてしまう。ただの炎の魔法ではない。指向性を持った風の渦が威力を上げている。

 どちらかひとつだけなら受けてもダメージは殆どない。格下の魔法使いたちの攻撃だからだ。だが痛みも熱もある。

「あってたまるか! こんなことが!」

 吹き飛んでから着地。モノが全力で叫ぶのをクロエは聞いた。それよりも彼女にとって響いたのはイフの言葉だった。

「ありがとうな。おかげで助かったよ。あんな洗脳で操られちまうなんてな。君を傷つけてしまった。すまない」

「気にしないで。イフさんが戻ってきてくれて嬉しいんだ。あとはあいつをやっつけるだけだ、容赦しないで」

「分かってるさ。俺たちならやれる。そう思う」

 イフは白銀の大剣を構え、クロエは緑のアルストロメリアの杖と拳銃をモノに向ける。

「やれると思ってるのかい? こっちは『魔法使い』のアニマなんだ。目覚め切っていないサラマンダーに『人間』のアニマなんて――」

 そこでモノが大きくのけぞった。肩から血も出ている。遠くからも銃声。この音はルピナスが持っていた狙撃銃特有のものだ。

「――普通の弾じゃないね。だが、まだまだだ。私を止めるだけの力はないね」

「そいつはどうかな」

 大剣を燃やしながらイフが迫っていく。後押しをするようにクロエが杖を振って風を起こし、右手の拳銃を連射する。

 モノの魔法で横から飛んできたコンクリートの塊がイフの斬撃をそらし、上から壁のように降ってきたジェットコースターの車両がクロエの射線をふさいだ。さらに追加でルピナスの狙撃銃ががあんと鈍く響く音を立て、再び命中した。

「くっ! 的あてはうまいみたいだね」

「よそ見をするなよ!」

 イフが左腕を払うとモノの周りが爆発! そのまま高い炎の壁になって閉じ込め、クロの風が壁をなびかせる。

「悪くない連携だけど、この程度では――」

「ものたりないんだろ!」

 全身を燃やしながらイフが炎の壁を突っ切る。その背中を追いかけながらクロエは風を起こして跳躍。高い場所からモノに向けて拳銃を連射する。

 当たらなくてもいい。風の魔法で威力が増した銃弾は、きっと奴にとっての脅威になるはずだ。現に外して地面に着弾している銃弾は、あたりの雪や地面を深くえぐって拳銃弾ではありえない柱を立てている。弾が尽きるまで撃ちまくるんだ!

「サラマンダーが強くなってきているのは理解できるさ! でもどうして! 人間のアニマが急に強くなっているんだ!」

 叫びながら下がっていくモノ。追わないわけにはいかない。クロエは近くの建物の屋上めがけて風に乗って飛び、イフは敵の退却経路を爆発させながら前に進んでいく。

 

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