ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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大男と占いのお話

 事情聴取が終わった。警備員だけではなく警察官も交えて聴取は進み、滞りなく進んでいた。

 駅の警備は強化され、フィルはこれ以上の旅行をしないことを警察官から推奨された。だがフィルはそれを断り、ガーデナーの追加召喚を提案したのだった。

 メーベル家を護衛する組織「ガーデン」があることと、その実力は広く知られている。ガーデンの戦力が民間の護衛サービスに使われることもあるからだ。

 

 そういうことなら、とフィルは旅行の継続を肯定的に見られて解放された。中断することにならなくてクロエは安堵したが、不安が消えたわけではない。

 アコニットを見れば、彼女は板状の機械、スマートデバイスでガーデンに連絡を入れていた。

「カメリア、ルピナス。今すぐ現地に来てもらう。他のメンバーも手配できればしてくれ。ステージBの態勢を敷きたい。すまないな、私一人ではどうにもならなかった。よろしく頼む」

 電話を切ったアコニットは長くため息をつくと、手を貸してくれた赤髪のオールバックの大男に視線を向ける。

 彼は警察の前で特にそわそわした様子は晒さなかったが、口数は少なかった。勇敢な協力者ということで好意的に見られていたのもあるが、クロエにはあまり話したくないように映ったのだった。

「ところで、その、あなたのお名前はイフといったわね。一人でネクサスにいこうとしていたのかしら」

「待ってくれ、答える準備をさせてほしい。どこから話せばいいか考えているんだ」

 アコニットの問いかけに大男は困ったように返した。

 

 どういうものかは見当がつかないが、彼は問題を抱えているらしい。

 事情聴取が終わった後にフィルが恩返しをしたいというと、大男は「自分の話を聞いてほしい」と頼んでいた。それならば行く予定だった喫茶店で話せばいいだろうとフィルは提案し、四人で向かうことになった。

「そうね、落ち着いた場所で話したいわよね。ごめんなさい」

「いや…すまない。実を言うとこの状況を俺はまだよく飲み込めていないんだ。きちんと話はする。そこは大丈夫だ」

 だが表情からは不安そうな気持ちが隠しきれていない。イフと名乗っていた大男を見上げながら、しかし自分も同じ気持ちだとクロエは思う。

 メーベル家の養子となって暮らしてからも記憶を喪ったことの不安が拭われたことはない。今日は変な既視感が連続している。それに一番不安なのはフィルのはずだ。予告もなく――あっても困るが――誘拐されかけて怯えないわけがない。

 だがフィルは何もなかったように振る舞っている。彼は自分の弱いところをさらけださない。しっかりした足取りで前に話していた喫茶店「ブルーリバー」へと向かっていた。

「ここは僕におごらせて。みんなには助けられてばかりだったから」

「いいのか?」

「もちろん。お話をゆっくり聞かせてほしい」

「ありがとう。そんなに面白いとか楽しい話ではないが。言ってしまえばある種の相談だ」

 恥ずかしそうにイフが応えてフィルの後に続く。そうして店のドアを開けて中に入っていった。クロエは店の外にある食品サンプルを少しだけ眺めてから最後に店に入っていく。そうだ、注文はチョコレートパフェとホットココアにしよう。

 

 ブルーリバーの店内はとても簡素かつ良い雰囲気で綺麗だ。感想を求められたら率直にこう述べるだろうなとクロエは思う。

 全体的にコンクリートの灰色が目立つ駅だが、この喫茶店はまず色が違う。木目のタイルや壁で温かみがあり、程よく置かれている観葉植物の緑色が歓迎の意を示していた。場所の目的や性質が雰囲気でがらりと変わっている。

 壁際には小さなステージが用意され、そこでは青いスーツの四人組が落ち着いた調子のジャズを演奏している。かなり凝ったことをしているのだなとクロエは圧倒されていた。

「いらっしゃいませ! 空いている席へどうぞ」

 喫茶店の店員が声をかけてくる。だがその店員は人間ではなかった。

 人と同じように四肢を持ち二足歩行をしている。だが頭には獣の耳が生えていて、おまけに尻からはオレンジの毛をまとった尻尾がのぞいていた。柔らかそうな長髪と同じ暖かい色をしている。

 猫女。端的に表すのならそういうのだろうとクロエは思う。だが彼女にとって驚くことではあっても世間一般の人々にとって日常の風景なのだろう。フィルもアコニットも猫女をあって当然のように見ている。

 異質なものを見たような心の反応をしているのは自分だけだ。同じ記憶喪失のイフも驚いている。クロエは平静を装いながら猫女が胸元につけている名札に目を向けた。

(シー・タビー・ケー? 彼女はアニマなのね。ネットでどういうのかは知っていたけど、実際に見るのは初めて…結構かわいい感じね。スタイルのメリハリも大きいし、人気のある店員さんなのかも)

 アニマ。魂を意味する古い言葉で呼ばれる種族。動物や植物の要素を持つ人類。普通の人類との比率は7:1でアニマの方が少ないとフィルから聞いたことがあった。

「耳と尻尾がある、それも猫の? どうなってるんだ」

 驚きを口から溢れさせたのはイフだった。受け取る人によっては態度や言葉が失礼だったかもしれない。しかし猫のアニマは気にする様子もなく笑顔を向けていた。

「もしかしてアニマを見るのは初めてなんですか?」

「アニマ? ああ、君のような人間がアニマというのか。とてもその、なんだ…すまない。引きとめてしまった」

「いえいえ。ご注文が決まりましたらお呼びくださいね!」

 シーはお辞儀をして店の奥へと去っていく。そんなやり取りをしている間に空いている席をフィルが見つけていた。

「ここは良さそうだね。窓も近いし外の様子も見えるよ」

 壁一面の大きな窓が近くにあるテーブルを示してフィルが先に座る。その隣にクロエが行き、対面にはアコニットとイフが座った。

「私はホットココアとチョコレートパフェがいいな」

「僕はカルボナーラにしよう。アコニットとイフさんは?」

 コーヒーとサンドイッチにするわ、というアコニット。イフはメニュー表を眺めて難しい顔をしていた。

「……これがいい、これにしよう」

「チョコレートパフェかい? わかったよ」

 先ほどのシーという店員が銀のプレートを持ってこちらに近づいてきていた。プレートの上には四人分の水。ちょうどいいタイミングだなとクロエは思う。もしかすると彼女は耳かカンがいいのかもしれない。

 ご注文はお決まりでしょうかとシーに言われてフィルがすらすらと答える。どちらも滞りなく話し、滑らかな流れでシーはまた店の奥へと戻っていった。

 

「それでイフさん。話を聞いてほしいってことだったけど、どんな話なんですか」

 あたりに視線を投げながらフィルが切り出す。イフはまだどう話すかを考えていたらしく、すぐには口を開かない。

「……ネクサスにいかなきゃならない。俺は占い師からそう聞かされたんだ。失った記憶はネクサスで取り戻せるだろうってな」

「え?」

 なんてことだ。クロエは思わず口を開いてそのままにしてしまった。記憶喪失の人間と出会うのはこれが初めてだ。同じ境遇の人間なんて一生のうちに出会えるだろうか? フィルもアコニットも驚きに目を丸くしている。

「昨日、俺は記憶がない状態で目が覚めたんだ。どこかのホテルにいて、部屋には占い師の女がいた。彼女が言うには行き倒れていた俺を助けてくれたという。礼をしたかったがカネは持っていなかった…だが彼女は親切でね、しばらくは困らないだけの現金を持たせてくれたし、占いもしてくれた。記憶を取り戻すきっかけになるだろうと言ってね」

 そんな占いがあるなら自分も受けられないだろうか、とクロエはぼんやり考えながら、言葉を探しているらしいイフの口に視線を向ける。

 同時に考えを巡らせていた。

「記憶を取り戻すきっかけはネクサスという遊園地にある、というんだ。遊園地と俺の記憶がどう結びつくかわからないが、助けられた礼をするなら彼の占いを信じるようと思ったんだよ。それに、君たちに会えて占いをもっと信じることが出来た」

「というと?」

「占い師はノースポイント駅で興味深い出会いをすると言っていた。まさにいまがそうじゃないか?」

「まるで予言者だ」

 フィルの言う通り、イフの話に出てくる占い師の言葉はあまりにもハッキリしている。占いはもっとふわふわしているものじゃなかったか? 今日のラッキーカラーはなんとかで、ラッキーナンバーはなんとかとか。

 

 予言級の占いに突き動かされる記憶喪失の大男が語る話は、下手を打てばネットに転がっている雑なフィクションと同類に聞こえるだろう。

 だがクロエはイフの言うことを信じたかった。親友を助けてくれた人間がこんなつまらない嘘をつくだなんてことがあるだろうか?

「ちょっといい? イフさんは…どうして自分の名前を言えるの?」

 アコニットの問いはクロエも疑問に思っていたことだった。記憶喪失というなら自分の名前なんて分からないはずだし、知る由もないだろう。

「ああ、これは本当の名前じゃない。占い師がつけてくれた。『もしも』とかそんなのを意味する言葉らしい。以前の俺は何者なのか分からないのが不安だと占い師に言ったんだよ。そしたら彼女はこう答えた。過去を喪っても未来を創ることはできる。だからあなたには多くの『もしも』が待っているから不安に思うことはない、と」

「そうだったの。ええ、いい名前ね」

 納得したようにアコニットが頷く。クロエも水を飲みながらイフの話を聞いて、彼の表情を伺う。彼は本当のことを言っているような気がした。

「占いとは未来を見る儀式、運勢を感じ取るため目、理を知るための道…それらを解釈して未来を幸せに導く行いなのだとあの占い師は言っていた。俺にはよく分からなかったが、あの落ち着いた雰囲気で言われれば半分納得した。もう半分はまだ納得がいっていない」

「というと?」

「なんで俺は記憶喪失になったんだ? 頭を強くぶつけたのなら怪我をしているはずだろ、でもそんな傷なんてない。体に問題はどこにもなかった。なのに俺は…理由もなく記憶を喪ってる。不安も怒りも感じている。そもそも行き倒れていたなんて、俺はなにをしていたんだ? してしまったんだ? そうだ、納得がいかないんだ。なにもかもが」

 クロエには心から共感できる話だった。自分が何者か分からないことの言い表せない不安はとてつもなく大きい。そうなってしまった理由があるのなら、自分の中の不安をおしつけて少しは楽ができる。だがクロエもイフもそんな楽ができる境遇になかった。

 フィルもアコニットも真剣にイフの話を聞いていた。フィルの恩人というだけでなく、この場にいる記憶喪失の自分のことを考えてくれているに違いない――クロエは直感し、心の中で感謝をささげながら口を開いてみる。

「えっと…イフさん。私も記憶喪失なの」

「そうなのか?」

「うん。記憶喪失になった理由も、両親がどうしているかとかも分からない。それで一年前にフィーの家に養子に迎えられて、こうして今ここにいる。だから記憶がなくて、自分が本当はどういう人間だったか分からないとか、そういうのが不安に感じるのは他人事だと思えない」

 フィルもアコニットも頷いている。

「だから私はイフさんを放ってはおけないよ。私たちはこれからネクサスに向かうから、イフさんも一緒に行こうよ。ね?」

 アコニットが少しだけ目を大きくさせたのをクロエは見逃さなかった。だがフィルが自分を見つめてくるのを横目に見て、クロエはフィルの肩をつかんだ。

「お願い。イフさんをネクサスまで連れて行こうよ」

「一番良い方法じゃないと思うよ。本当なら警察とかに相談したほうがいい」

「わかってるそんなの」

「僕は反対してない。むしろ賛成だ。助けてくれたから恩返しがしたいしね。アコニット、異論はないよね」

 もちろんですとも。余裕を感じさせる言葉づかいでアコニットが笑う。

「決まりだね。イフさんはどうしたい?」

「本当にいいのか? でもだめだ。ネクサスに行くカネが足りないかもしれない」

「それは僕が出すよ。お金のことは気にしないで大丈夫」

 ありがとう。深く頭を下げるイフにフィルは慌てて頭をあげさせようとした。

「でも時間がかかりそうね。ほら、窓の外を見て」

 そんなやり取りを見ながらアコニットが注意を向けさせるように話した。彼女の視線は窓越しにいる大勢の人々に向けられている。

「あの人たちのほとんどはネクサスに行くはずよ。駅前のバス乗り場から直通の便が出ているけど、この調子だと一時間は待ちそう」

「そんなにかかるのかい」

「たぶんだけど。ここから十キロは離れているから歩きも疲れそう。雪も降っているし歩きで三時間はかかりそうね」

「ネクサスには三日いるつもりだから着くのが遅くなっても大丈夫だけど…イフさんは事情が違う。あまり遅くなるのはちょっとマズいよね」

 アコニットとフィルのやりとりの中、イフがもの言いたげにしている表情をクロエは見逃さない。だが彼は言い淀んでいるのだ。

 着くのが遅くなるということは俺が君たちの旅行の時間を長く奪うことにつながるんだ。きっとそんなことを言おうとして、しかしトゲをばらまきたくないと思っているのかもしれない。クロエはそんな予想をして自分が代弁してみることにした。

「善は急げって言うじゃない。私も早めに着くのがいいと思う」

「でも方法が――いや、解決できるかもしれない。確認したいことがあるんだけど、追加のガーデナーはどうやってここに着くと言っていたかな」

 アコニットがわずかに動きを止めた。フィルの問いかけに何かをひらめいたのだ。

「彼女たちはヘリコプターで来るはず。それも大きめのものを使うから、私たち四人が追加で乗っても問題ない。駅の近くに空き地があるはずだから、そこで拾ってもらいましょう。ネクサスの近くには大きめの公園があって、そこはあまり人がいないようだから…ヘリがちょっとだけ着陸しても問題ないはずよ」

「それなら解決できそうだ。アコニットのアイデアでいこう」

 大げさな方法だが、ネクサスの入り口までたどり着ければこちらのものだ。クロエは自分たちが入場の予約をとっていることを思いだした。

 予約した客を優先的に通す入場の仕組みをとっていることはフィルから聞かされていた。日々多くの来園客を迎えるために設備は最適化され、予約さえしていれば混雑時でもすんなりと通してくれるのだという。

 クロエはイフのほっとしたような表情に目を向けた。彼は入園予約をしていないが大きな障害にはならないだろう。

 パンフレットやネットで見たことがあるが、入口は多くの入場口が用意されていて、あれらすべてが予約客のために使われるとは思えなかった。

 いくらかは予約していない人たちが使えるはずだし、待つにしても駅前でバス待ちするよりも待ち時間は短くなるなるだろう。混んでいるのはネクサスへと続く道だけだ。

 

 

 

「お待たせしました」

 シーという猫のアニマの店員が小さなカートに注文した品々を載せてやってきた。慣れた手つきで皿をテーブルに移していくのを見ながら、クロエは視界の端に壁にかかったモニターを認めた。何かのニュースを報じている。

「第四大陸でテロ発生。実行グループはRON。富裕層を狙っての凶行か」

 見出しを黙読したクロエは目を丸くした。RON。ルールオブネイチャーズ。ここ最近から活動を始めたテロリスト集団だと聞いたことがある。

「クロ? 何を見てるんだい」

「ほらあれ」

「あれってニュース? うわ、テロがあったって、ひどいな」

 モニターが映し出しているのは爆破された街の様子だった。ビルは崩れ、車道は穴があき、広く放映するにあたってあまりにも凄惨な様子は映し出されていないが、きっと多くの人が亡くなってしまったのだろう。

「現在の死亡者数は100人を超えており」

「重軽傷者はあわせて453人確認されています」

「犯行グループはRONと見られており、現在も人命救助や調査が行われており――」

 ホットココアのカップに静かに口をつけてクロエは考える。

 予告なく多くの人が死んでいく。命を奪われる。それはもしかしたら今日の自分だったかもしれない。あの街には生き残った人々の悲しみと憎悪がにじみ、広がり、渦を巻く。なぜRONはなにも悪いことをしていない人々を殺そうと動いているのだ。

「なあ。その、ルールオブネイチャーズってどんな奴らなんだ」

「えっ」

「あんなことしでかしたんだ。悪いことをしているのは分かるんだが、俺は奴らのことも忘れてしまったみたいだ」

 嘘の混じった様子は一切ない。イフは申し訳なさそうに言った。

「彼らは、奴らは、テロリスト集団だよ。恐怖で自分の主張を通そうとする奴らだ。話し合いを捨てて暴力を振るって目的を達成しようとしているんだ」

「なにかの目的があって大勢の人を殺している?」

「奴らは弱肉強食の世界を創造しようとしている。強い者だけが生きて、弱い者が滅びる世の中にしたい。カネと権力に頼る弱者を、暴力をもって排除しようとしているんだ」

「なんだってそんなふうにしたいんだ。意味が分からん」

「僕もだよ。でもこうは考えたことがある。なんの力もない人々が普通に暮らしていること自体が彼らにとって許せないことなんじゃないかって。奴らから見たら僕たちがこうしてネクサスに遊びに行こうとしていることだって許せないことだって考えるんじゃないかな」

「だとしたら狂っていやがるな。そうじゃなくてもおかしな連中だが…さっきの黒服連中もRONって奴らなのか」

「そこまでは分からない。けど、たぶん違うんじゃないかなって思う」

 納得したように黙るイフ。クロエもフィルの意見に賛成だった。

 RONの手口ならば無差別に殺して回っただろう。フィルに手をかけた後で自分かイフか、それともアコニットか。彼らが銃を手にしていればあっけなく殺されていたに違いない。弾が尽きるまで駅の客を殺してまわり、煙が晴れるようにどこかへ消えていく。

 そんな想像をして体が寒くなったのを感じたクロエは黙ってホットココアに口をつけた。この温かさと甘みが自分を支えてくれている。そしてここにいる友人たちの優しさが自分を守ってくれるような気がした。

 

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