ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

40 / 41
最終決戦:後

「……やっぱりね」

 望遠鏡をのぞき込んでいたノームが呟くのをルピナスは聞き逃さなかった。言葉の意図を掴めず、戦艦の甲板という狙撃地点ではモノを狙えなくなっていた。ルピナスはスコープから目を離し、伏せていた体を起こしながらノームにたずねることにした。

「やっぱりって、なにがっすか」

「あいつはきっと油断していると思ってた。見た? クロエちゃんが攻撃した時の慌てっぷり」

「見えなかったっすよ、そこまでは」

「あいつ…モノはね、ピースサインに在籍していたのよ。だからクロエちゃんが『人間』のアニマだってことを知ってた」

「喋っていたのが聞こえたんすか。あんなに遠くなのに」

「自前の地獄耳じゃないわ。テクノロジーのおかげね」

 双眼鏡を軽く指で示すノーム。なるほど。中にマイクが仕込まれているのだ。1キロメートルは離れているのに。相当な精度のマイクに違いない。

「やっぱりって言ったのはクロエちゃんが目覚めたってこと」

「目覚めた?」

「人間のアニマとしての能力にね。私は土の魔法が、シルフは風の魔法が使えるように、シロにも…いや、クロエちゃんにも、そういうものがあるの」

「ファンタズム・コンセプション・マンカインドとしての…ってことすか」

「大昔から人間は道具を使って今日まで種の存続を成し遂げている。わかる? 道具を使うこと、道具をよりよくしてこと、それが人間のアニマとしての固有の能力なの。だから、あの魔法の杖は『改良』されたのよ」

「確かに杖の先端の宝石が、形が変わっていたっすね」

 スコープ越しにちらりと見えていた。ただの形のいい宝石だったものがまるで花開くような形になっていた。

 宝石の加工はきちんとした職人でなければああまできれいに変形しない。それが見事な花になっていたのだから、クロエの魔法の質は考えているよりも高いのだろう。

「早く動くわよ。次の狙撃地点はあのジェットコースターの建物の屋上! つかまってて、飛ぶわ」

 シルフが差し伸べる手を掴むルピナスとノーム。すると三人はふわりと空に浮き上がって飛んでいく。

 

 直接戦闘を仕掛けないのは、強大な魔法がぶつかりあいすぎることでのネクサスへの損害を必要以上に大きくしたくないのが理由だった。

 かといって戦闘への不参加はモノにとって都合のいいことだ。だからルピナスは魔法の力で狙撃銃を強化できないかと持ちかけ、四大精霊の風と土の魔法で強化狙撃による支援をしているのだった。

 

「モノもアニマだって言ってたっすよね」

「うん」

 次の狙撃地点――半壊したジェットコースターのプラットフォーム屋上――に着地し、狙撃準備をしながらルピナスはノームに話しかけた。

「どこを撃てば殺せるんすか。そもそもファンタズムって殺せるんすか? 肩に二発もぶち込んでるのにまだぴんぴんしてるんすよ。対物ライフルみたいな威力してる狙撃銃を喰らってるのに」

 土の魔法で狙撃銃を重くし、風の魔法で銃弾の威力を上げる。暴風で威力が上がっても反動がすさまじくてまともに弾丸がまっすぐに飛ばないところを、尋常ではない重さにしているからどうにか反動を抑えることできていた。

 これで理屈の上では対人用狙撃銃よりもはるかに威力の高い武器に仕上がっているはずだった。なのに勝負が決まらない。あいつはもう二回も殺せていたのにまだ生きている。

「これの弾を受けたら死ぬよ。イフも私も、シルフだってね。死にはしないかもだけど、まあ、大怪我するのは間違いないかな」

「ファンタズムだからとても高い耐久力があるわけではないってことすか?」

「うん。特別なことをしているはずだよ」

「体を頑丈にする魔法とかっすかね」

「かもしれない。だけど私は別の線を考えてる」

「というと?」

「奴の『本体』が別のところにある…とかね」

 首をかしげながらスコープの前に目を置く。本体、とはどういうことだろうか?

「サラマンダーや私は戦場の真っただ中にあっても死ぬことはなかった。でもそれは、とてつもなく頑丈な体があったから命があった、というわけではないの」

「どういうことっすか」

「魔法で身を守っていたのよ。サラマンダーなら炎の魔法である種の壁を作って、たとえ大砲だろうと爆弾だろうと威力を弱めていたの。自己再生、治癒能力が高かったのもあるけどね」

 ノームの言いたいことは理解できた。当時の戦場であればいま自分が使っている魔法強化済の狙撃銃よりも威力の大きい武器が飛び交っていたはずだ。そこにいて生きながらえているのは相応の理由がある――モノが生きているのにも理由があるということだ。

「確かに。あいつの体は無防備な感じがする。魔法的な防護はあまり施されていない」

「シルフさん?」

「あいつは魔法使いのアニマだけど、戦い慣れしているわけじゃないんだと思う。イフを寝返らそうとしていたのだって、自分一人で私たち全員をやれるとは考えていないはずだから。だから、きっとやれる。あいつを殺して、それで終わりよ」

「っすよね。さあ、集中!」

 スコープの向こう側ではイフが爆発を引き起こしまくり、クロエの風の魔法があたりの建物を吹き飛ばしまくっている。ふたりの猛攻にモノは引き下がることしかできていないらしい。

 ちょうどいいタイミング。トリガーを引く。があん! 耳がおかしくなるような銃声に顔をしかめつつ、ノームの喜びに満ちた声を聞いた。

「命中よ! ルピナス、いい腕してるのね」

「一応ガーデナーなんすよね、私」

「やっぱりガーデナーってみんな強いんでしょ――」

 ノームの言葉が途切れた。なにかがあった。見たのか聞こえたのかは分からない。ルピナスは次の弾を撃つタイミングを探りながらスコープを覗く。

「――ルピナス。奴の首のあたりを撃てる?」

「難しいっすね。やってみるっすけど」

「もしかすると奴を倒せるかもしれない。たぶんね」

「なにか分かったんすか?」

「確信は持てない。でもやってみる価値はある」

 

 

 

 ルピナスの狙撃――おそらくはノームとシルフの手によって魔法的に強化された――のおかげで戦いやすくなっている。

 西の島の広場、あたりにはお土産屋や食べ物屋だったものの残骸が散らばっていて、すぐ近くの自販機が中の液体をばらまきながら宙に浮くのをクロエは認めた。

 飛来する自販機を風の魔法でねじ伏せつつ射撃。メリーゴーラウンドに退避したモノをイフが炎の大剣を手に追っていく。

 懐のスマイスが震える。通話通知。片手ですぐに操作し終えたクロエは、スピーカーからルピナスの声を聞いた。

「クロエちゃん! 奴の動きを止めてほしいっす! もしかすると奴を倒せるかも!」

「うん!」

 近くのライドを利用して攻撃すればルピナスのリクエストに応えられるかもしれない。

 目をつけたのは派手なネオンが目をひく回転ブランコだった。回転する軸を中心にいくつものブランコが吊り下げられ、回転すると遠心力でブランコが傾斜して上昇する遊具だ。

 回転ブランコを風の魔法を使ってけしかけることができればモノの動きを制限できるかもしれない。ちょうど、イフが回転ブランコの方へとモノを追いかけている。やるなら今を逃す手はない。

「イフさん! そこのあたり、広めに焼き尽くして!」

「いいぞ!」

 両腕を交差させて少しためてから振り払うのをクロエは見た。すると、やや間があいて、クロエが考えているのとほとんど同じくらいの場所が爆発、爆炎があたりの建物を焼いていく。

 これでモノは建物の屋上に行くこともできないだろう。逃げるとすれば空だけ、そこだって回転ブランコを旋回させて突っ込ませられる。想像だ。風の魔法を行使する、想像。どんなことだってできる。いまなら、アルストロメリアの杖を使うなら、なんだって、どんなことだって。

「いけッ!!」

 頭のどこかが焼ききれそうなほどの想像は鈍い頭痛となって眩暈もする。だが。ありったけの想像で重くなった杖を、振りぬく!

 

 まともにあたれば体がバラバラになりそうなほどの強風が吹く。すぐに釣りさがったブランコはヘリコプターのプロペラよろしく回転し、金属のひしゃげる音が響いていった。

「なんだ!?」

 炎から逃れるために空へと逃げたモノは頭を押さえていた。音がうるさい。ひしゃげる金属、爆発、回転ブランコとは思えない旋回音、暴風――それらの音はモノへと牙をむいている。

「でも決定的じゃない。君たちの攻撃はめざましいけど、決定的じゃないんだ。せいぜい動きを止めるくらいじゃないか。まったく脅威じゃない!」

 宣言するようなモノの言葉はクロエの耳に届いていた。それはどうかな。あまり油断してると足元をすくわれるんだ、知ってるか?

「動きを止めれられるなら上等!」

 杖を振り上げる!

 悲鳴のような金属の変形音と共に回転ブランコが暴風射出! モノに激突する直前で「見えない手」が回転ブランコを受け止める。それでも吹き荒れる風はブランコの回転を止めない。あたりで続く爆発の炎を煽って渦にする。モノを閉じ込める準備はこれで整った。あとはルピナスたちの一撃を叩きこむだけだ!

 

 があん――

 遠くからの射撃音、が聞こえたと同時にモノは回転ブランコに激突されてなすすべなく飛んでいく。見えない手は霧散してしまったかのようだ。

 これまでのルピナスの狙撃は高い威力はあったはずだが、モノを仕留めるには至っていなかった。だが最後の射撃は確実にモノを傷つけたに違いない。なにが違ったのか、弱点を撃ちぬいたのか、とにかくモノが飛んでいった先を追わなくては。

「クロエ、俺も連れて行ってくれるか」

「もちろん」

 杖を構えるクロエの肩にイフが手をのせる。準備は出来た。あとは飛ぶだけだ。

 

 

 

 

 

 

 飛んだ先はちょっとした街を思わせる景観の広場だ。だが戦闘の余波や最初にモノが起こしていた「渦」のせいで荒れ放題になっている。

 ど真ん中にある噴水にモノは倒れていた。近くにはぐちゃぐちゃに変形した回転ブランコが沈黙している。近くに着地したクロエは杖と銃を構え、イフは白銀の大剣を燃やしながらゆっくり歩いて近寄っていく。

 モノは立ち上がろうとすらしていない。無理やり呼吸を続けているような、どこか人間のする動きとは微妙に違っている。なんだ? まるで人間にそっくりのものが動いているような奇妙な感覚にクロエは顔をしかめた。

「こいつ…」

「イフさん」

「…上手く言えないが、こいつ、生き物なのか?」

 たぶんね。答えたのはモノの声ではなかった。後ろから駆け寄ってきたノームとシルフ、そして狙撃銃を抱えたルピナスの姿にクロエは表情を緩める。

「どういうことだ、たぶんって」

 イフはモノから視線を外さず、武器もおろさずにノームの言葉を待つ。

「生き物の体が八百年も持つと思う? ファンタズム・コンセプション・ウィザード、つまり魔法使いのアニマになったモノは、精霊とかそういう概念のアニマではないのよ」

「もっと分かりやすく言ってくれ」

「魔法使いは八百年前にはあたりまえに存在していた。どこにだって生きていた。魔法を使えない人もいたけど、それは少数で、やっぱり魔法使いは遍在する存在だった。精霊のような概念のものではないの。あの時代ではあたりまえの生き物だった」

「つまり…体の寿命があったってことか」

 うん。ノームはクロエの隣に立ち、倒れるモノの体を見下ろす。まだモノは起き上がろうとすらしていない。

 

 違う。クロエは直感した。モノはもう動けない。だましていた体の寿命が限界を迎えたのか、それとも別の理由で、モノはもう動けないのだ。

「どうして…」

 震える声。指先ひとつも動かせないモノは、焦点のあわない目で夜空を見つめながら、どうにか聞こえるくらいにかすれて震える声を出していた。

「どうして…私は、魔法使いの、アニマ、なのに」

「だからだよ。君の本当の体はとうに限界を迎えていた。その体だって自分の魔法かなにかで作った代替品でしょ。見れば分かるよ。長い間、ファンタズムとして生きていたんだから。一方で君の精神はほぼ無限の寿命を得た。ファンタズム・コンセプション・ウィザードに成ったんだからね」

「負ける、はずが…」

「でも魔法使いは遍在する存在だった。かつての日常にあふれていた。だから肉体は滅ぶよう出来ていた。精霊のアニマの私たちはそうじゃないけどね…肉体が滅べば精神にもダメージはいくはず。そうでしょ? だから君は精神だけを別の器に移すことにした。そうすることで疑似的な不死になることにしたんだ」

 どこか得意になったような調子でノームは言葉を続ける。受けるモノはやはり微動だにしない。できないでいる。

「でもそれも終わりだ。いびつな不死も、まっとうな不死も、いつか終わりを迎える。それがいまってだけ」

「…そんなわけがない」

「終わるよ。始まりがあって終わりがないなんてこと、あると思う?」

「私は、愚かな、人類を…サラマンダーと、ともに」

「諦めなよそんなの。よくやったと思うけど、結果はこれ。諦めておしまいにしよう」

 モノに歩み寄るノーム。無防備なように振る舞う小人はモノのレインコートに手を伸ばす。掴んだのは首元。一気にひきはがす。

 

 あらわになった首元には奇妙な形の宝石があった。

 オレンジ色の百合に見えるそれは、モノの体に埋め込まれている。だがクロエにはそれが百合をかたどったものだと断言できなかった。半分くらい砕け散っていて全体像がうまくつかめないからだ。でも、たぶんそうだ。

「なんだこれ」

「こいつの精神。本体って言った方が伝わりやすい?」

 驚きに満ちたイフの言葉にシルフが応えた。ふわふわと風に乗るように空を浮くシルフは上からモノを見下ろしている。

「こいつが死人同然になっている理由はもう分かったでしょ。本体のこれが砕けたから、こんなふうになってしまってる」

「…ルピナスの狙撃か!」

「正確には私とノームの魔法支援があるけどね。本体の宝石は普通にやったって壊せない。ダイナマイトとか持ち込んでもね。とにかく、物理ベースの魔法スナイプが奴を倒したってこと。イフとクロエのおかげで動きを封じれたのも大きかった」

「ありがとよ」

 短い言葉にどれだけの思いがこもっているのだろう。イフの少し震えた声にクロエは涙腺が緩んだのを自覚した。泣きたいわけではないのに。

 彼の感謝はこの戦いが終わったことだけにとどまっているわけではない。モノが魔法使いのアニマと知っているなら、きっと戦いのさなかの会話だって聞こえていたはずだ。サラマンダーが記憶と能力を喪失したのがイフだということも分かっていたはずだ。

 でもシルフは彼をイフと呼んでくれている。自分がシロではなくクロエと呼ばれていることが嬉しいのと気持ちは似ているはずだ。

「サラマンダー…助けて…」

「そりゃ無理だ。残念だが。俺は人類への憎悪なんて持ち合わせちゃいない。記憶がないからかもしれないが、元を正せばお前が洗脳したんだろ。拒む理由はいくらでも考えつくけどよ、お前に協力する理由はひとつもないんだ」

「…なんで、どうして」

 あわれな人だ。これ以上傷つけたくない、クロエの中にそんな気持ちが芽生えつつあった。不当に扱われたこと、同胞たちのために立ち上がろうとして、でも手段を間違えた。そのつけがこのありさまだ。

「クロエちゃん」

「ルピナス?」

「顔に出てるっすよ。気持ちは分からないでもないです。でも、容赦はしないで。クロエちゃんの情けは、優しさは、こんな奴に向けられるべきではない」

 ボディーガードの真剣なまなざしにクロエは静かにうなずいた。

 モノの行いは「今日のぶんだけ」を振り返っても許されるものではない。人類が愚鈍だとしても、それは彼女の行いが赦されることにはならない。それにモノは――

「うん。わかってる」

 ――自分の親友、目覚めさせた恩人、フィル・メーベルを傷つけたのだ。

「ノーム、こいつにとどめを刺す。これを全部壊せばいいのか」

「そうだよ。イフの炎とクロエちゃんの風があれば、完全に破壊できる」

 隣でイフが全身を燃やし始めた。熱は感じるがストレスではない、そんな奇妙な感覚を覚えながら、クロエは拳銃をルピナスに預ける。

「危ないから少し離れてて」

「了解っすよ」

 下がっていくルピナスを横目にクロエも杖を構えて風を集める。狙いは砕けたオレンジの百合の宝石。少し上を見れば苦しみにあえぐモノの表情があった。

「終わらせるぞ」

「サラマンダー、やめて…」

「お前はやめたのか?」

 炎に焦げるイフの声。自分が吹き飛びそうな風を集めていつでも放てるようにして、クロエはイフの横顔を見た。いままで見たことがないくらい穏やかで、そこに怒りの色はない。

 意外だった。自分をここまで苦しめた存在を前に怒りをあらわにするのは間違ったことではないはずなのに。だけどイフの表情は険しいものではなかった。

「さよならだ」

 全身の炎をごうっと激しく噴き上げながらイフが大剣をオレンジの百合に突き立てる。同時にクロエが飛び上がって杖を振り下ろし、上から下に吹き荒れる豪風を生み出した。

 

 遠く離れた場所でも西の島に渦巻く炎の柱が見えることだろう。飛び上がってから空に浮くクロエは、炎の柱が天から地へと燃やし尽くすように、ドリルが穴を穿つように、モノの本体を消し去っていくのを見守っていた。どういうわけか涙が流れるのが止まらない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。