ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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送迎のヘリコプターにて

 ヘリコプター機内で青紫の髪を揺られながら、ルピナスは不思議そうな顔をして視線を向けている。

 彼女が見ているのは赤いロングコートを着た大男だ。彼とは初対面だが、その鍛え上げられた肉体はさながら戦士のようで頼もしい印象がある。

 

 自分の雇い主であるメーベル家、その息子であるフィル・メーベルと彼の旅行の連れをネクサス近くの公園までヘリコプターで輸送し、その後はフィルの護衛につく。それがガーデナーとして今日の緊急で追加された任務だった。今日は休暇日だったが、アコニット隊長の指名とあれば断れない。

 旅行の連れにはメーベル家の養女のクロエと、自分の上司であるアコニット、そして記憶喪失の大男「イフ」がいる。このイフこそが鍛え上げられた体を持つ人物で、アコニットだけでは阻止できなかったフィルの誘拐を未遂に防いだのだという。

 

 これだけの戦うための体をしているのだから格闘技かなにかの選手だろうとルピナスはあたりをつけた。だがそれは外れていた。スマートデバイスでネット検索をかけてみたが、それらしい記事は見つからなかったのだ。

 きっとRONの連中がイフの体を見れば勧誘するのかもしれない。奴らは力のある者を好み、拒まず、共に弱肉強食の世界を実現するための駒として求めている。ルピナスはイフが視線に気づいてこちらを見返してきたのに気付いた。

「なにか…顔についているのか?」

 ヘリコプターのプロペラ音に負けない声だった。ルピナスは首を横に振って、彼に聞こえるように意識して口を開く。

「とても鍛えられた体をしているなと思っていたっす。それだけよく鍛えるのにはかなりの時間と努力がいるはずっすから」

「そうなのか?」

「そこらの格闘技の選手と同等かそれ以上っすよ。戦い方さえ学んでいれば一気に有名になれるんじゃないかって」

「自慢じゃないが喧嘩には慣れているらしい。だが格闘技となると話は違ってくるはずだ」

「でもトレーニング次第でどうにもなるっすよ。そういや、ネクサスには記憶を取り戻すために行くってアコニット隊長から聞いたっすけど、なにかあてが?」

「占い師の言葉にとりあえず従っているだけさ。ネクサスに行くことが記憶を取り戻すことにつながると」

 オカルトになんて興味のなさそうな顔で真剣に言っている。目に見えない導きに信頼を置こうとしているのは明白だった。

「フィル君たちがネクサスという遊園地に遊びに行くって話を聞いた。彼の好意でこうしてここにお邪魔させてもらってる、ということだ」

「なるほど。事情はだいたいわかりましたっす。こっちでも調べてみるっすよ、あまりあてはないんすけど…それとこれ。このスマートデバイスをお貸しします」

 ルピナスは壁にかかっていたバッグから小さな板状の機械を取り出して手渡す。

「使い方は分かりますか? 電源を入れるのはそのボタンを押せばオッケーっす」

「これか? 難しそうな機械だ」

「案外簡単っすよ。ここを押せば電話が掛けられるんす。電話帳をここから開いて、そこを押せば――」

 イフに対してスマートデバイスの貸与しようという提案はフィルからのものだった。

 すでにルピナスは設定を終わらせ、イフに使ってもらうだけの状態にしている。機械の使い方を説明するのも苦手ではない。とんとん拍子に説明を進めていき、あとは理解できたか確認をするだけだった。

「だいたい分かった。これは返さなければいけないから、返す時に連絡をいれればいいんだな。連絡先はフィル君に。それかクロエ君にという話だったか」

「そうっす。どちらもつながらなければ、私かアコニット隊長に連絡してくださいっす」

 納得したようにイフが頷き返したのと目的地に着いたのはほとんど同時だった。

 窓からは広い公園が見える。まばらに人はいるが、疲れた様子でヘリコプターを見上げているのが見えた。もしかすると彼らは歩きでここまで来て休んでいたのかもしれない。彼らの邪魔をするようでルピナスは申し訳なさを覚えた。

 

 運動場の真ん中にヘリコプターがそっと着陸する。パイロットを務めていた同僚のカメリアがオートパイロットを起動させて、メーベルの屋敷にヘリコプターを帰還させる手続きをとるのをルピナスは見守る。

「問題なさそうっす?」

「異常を見つけるのが難しいくらいよ。点検もおしまい、帰りの燃料も十分。あとは勝手にこの子が帰ってくれる」

 赤に白のメッシュが入った短髪。それと灰色のスーツでカメリアがコクピットから出ていく。ルピナスもそれに続いて「あと三分後に自動操縦で帰還します」とヘリコプターから機械音声が流れたのを聞いた。

「あとはフィル様の護衛っすか。確かしばらく滞在するんすよね」

「ネクサスにあるホテルで泊まるって聞いてる。私たちの部屋も追加で申し込んでいるからそこのところは大丈夫よ」

 カメリアは機内から自分の荷物をとって点検を始めた。アコニットをいれてガーデナーが三人。大抵のことはなんとかなるだろう。

 戦いよりは学びが得意そうな顔をしているカメリアだが、ルピナスは彼女の実力を知っている。隊長のアコニットに次ぐ実力はガーデナーとしての訓練を通して培われていた。

 やけに大きな公園、サッカーのゴールくらいしかものがない運動場の土の色はガーデナーの訓練施設のことを思い出させた。ルピナスが自分のワークネームを授かった場所。いまでも日々の訓練で汗を流す場所。

 ルピナス。自分のワークネームとなった花の名前。彼女の灰色のスーツの内ポケットにはルピナスを模ったアクセサリーが入っている。認識票として、そして最終試験の合格を祝うためにアコニットが作ってくれたものだった。

 

 

 

 最終試験は一組二人。自動小銃を装備して標的を射撃しつつ、要人役のダミー人形――気絶して脱力しているのを再現するために自立出来ないもの――を連れて、訓練場に用意された屋内戦闘を再現した仮設会場のゴールを目指す。寒い風が吹く去年の秋のことだった。

 試験に合格できれば、訓練生の「フラワー」から晴れてボディーガードの「ガーデナー」となれる。ルピナスが経験した最終試験の合格率は二割近くだった。ところどころで要人役のダミー人形が被射撃判定となるのが厳しい場所があったとルピナスは聞いたが、どこがそうなのか分からなかった。

 その理由はルピナスが優秀だったからではない。むしろ彼女の能力評価は下から数えたほうが早かった。努力を怠っていたわけではない。しかしルピナスの個の力は特筆すべきものではなかった。だから最終試験のどの場面も、困難を題材に複雑怪奇な絵画が描かれているように思えたのだ。

 高い能力を持っていない自分がガーデナーになれた理由。それはカメリアのおかげだとつい最近までルピナスは信じていた。たまたま運が良かった。訓練生の中でも逸材と言われていたカメリアと組めたおかげで(それもアコニットが作った公正なくじ引きで!)厳しい最終試験を突破できた。

 

 そんなことを共に買い物をしていたカメリアに話して、がっかりした顔をされてしまったのをルピナスは鮮明に覚えている。

「あんたの穏やかな性格や広く周りを見る視野の大きさが、私と力を合わせる大きな鍵になった。他の人と組んでいたら私だって最終試験を失敗していたかもしれない。でもそうなってないのは、ルピナスのおかげなの」

 穏やかにカメリアが諭すように言った言葉は、ルピナスの胸の中に今でも響いている。思わず涙があふれて、ゴミが目に入ったとお決まりの言い訳をして、ルピナスは楽しく買い物を終わらせたのだった。

 確かに、言われてみれば、あの最終試験のさなかで言葉を発していたのはカメリアよりも多かったかもしれない。脱力した要人の代わりのダミー人形を背負い、訓練用ペイント弾を装填した拳銃を握りしめながら、待ってとか今だとか言っていたのは自分だった。ルピナスは思い出して、認識票代わりのルピナスのアクセサリーを取り出して眺める。

 

 

 

 最終試験が終わったあとで試験をパスできた者たちには自分のワークネームをつける義務がある。ボディーガードとして本名を使わずに生活することを強いられるのだ。そんなワークネームは花の名から選ばなければならない決まりがある。

 想像力。貪欲。そんな花言葉を幼い時に知ったのがきっかけで上に登る花を見て、心を奪われていた。だからルピナスを選んだのだ。

 花の名を選んでから二週間後、アコニットから呼び出しを受けたルピナスはからアクセサリーを手渡されたのを覚えている。白と黄色のルピナスを模ったネックレス。これを見ると勇気が湧いてくる。

 ネックレスをスーツの内ポケットにしまって、ヘリコプターの椅子の下にしまっていた長い箱を開ける。冬の寒さにルピナスはスーツ姿で耐えられそうにないと思い、コートを持ち込んでいた。箱から取り出したのはベージュのコート。前と後ろに白と黄色のルピナスがデザインされている。

「それ好きよね。初めての給料で買ったオーダーメイドのコートでしょ?」

 先にヘリコプターから離れていたカメリアが笑みを投げてくる。

「うん。このルピナスのデザインも私がお願いしたんすよね」

「おかげであんただってすぐわかる。さあ行こう。みんな先に向かってる」

 カメリアの言うとおり、アコニットやフィルは先を進んでいる。その後ろをイフとクロエが歩いていた。その身長差や積もっていた雪に刻まれた足跡の差がまるで親子のようにみえたが、それ以上に奇妙な印象をルピナスは感じとった。

 

 なんといえばいいのか、それが一枚の絵として成立している。

 友情、憎悪、親愛、敵対、平和、剣呑、日常、帰路、流血、冬、春――どんなタイトルであったとしてもなんの違和感もない。

 こうした奇妙なビジョンを見るのは初めてではない。ルピナスがこういうものを見た時は、それを見せてくれた人たちが何らかの特別な関係になるのだ。

 過去の友人と見知らぬ男が見せたビジョンは二人が恋人になるものだった。ふたりは程なくして恋人になっていた。

 別のケースでは、学生時代にいつもいちゃついている恋人同士を見て「別離」の印象を受け取ると、次の日には彼らはケンカ別れをしていた。

 

 今日知り合ったばかりのクロエとイフが並んだだけでこんな印象を持たせるのだから、ふたりがこれから親交を深めることがあればどうなってしまうのだろう? 恋人同士は考えにくいから師弟関係とかだろうか? そんな期待を抱きながら、しかしルピナスは望めるものではないかもしれないと考えていた。

 イフはきっとここでのことが終わったら自分たちとは離れてしまう。記憶が戻るにしろ戻らないにしろ、ネクサスでの行動が終われば自分たちとのつながりは切れるだろう。

 つながりが切れてもクロエとイフの個人的なつながりが作られるのだろうか。これまで印象のビジョンを見てきた経験から考えればなくはない。

「あんたどうしたの。具合でも悪い?」

「ちょっとね」

「例の…なに、印象?」

「うん」

 カメリアに追いついたルピナスは歩きながら言葉を続ける。以前にカメリアにはビジョンの話はしていて「あんたならありえる話かもね」と信じられている。

「クロエちゃんとイフさんで印象のビジョンが見えたっす」

「どんな?」

「わからない。ボキャブラリーが貧弱って話じゃなくて。どんな名前をつけるのも不正解って感じっすね」

「そんなことある?」

「あるっすよ」

「不思議ね。あんたの印象のビジョンって話も不思議だけど。そうね…『まっさら』ってどう? どんな名前も違うと感じるってことは、まだ名付けられるべきじゃない。どうしても名前をつけたいのなら…やはりなににも染まってないものを使うのが良いと思ったわ」

「なるほど、まっさら。それが一番近いのかも」

 まだクロエとイフは「まっさら」な印象を放っている。でもそれも少しずつ薄れてきた。

 これまで見てきた印象の見え方と変わりはない。だからこの二人はきっと、今後になにか特別な関係を結ぶだろう。善いか悪いかはまだ、まだ分からない。まっさらならどちらにも転がっていく。

 

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