ネクサス アンコール   作:いかるおにおこ

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ネクサス入園

 予約をしていたクロエとフィルとアコニットは先にネクサスへの入園を果たしていた。大きな荷物は受付で渡していて、のちに園内ホテルで受け取ることになっている。

 通常入園となってしまったイフと、ルピナスとカメリアというふたりのガーデナーはやや長い列で入園を待たざるを得なかった。受付で並んでいるはずのイフが心配だったが、これ以上なにかできることもない。なんとかなってほしいと願うしかない。記憶も戻ってほしい。クロエは言葉なしに願っていた。

 

 とても幅の広い道を歩いていたが、フィルは道の端にあるベンチを手ぶりで示してから座り込んだ。

「そこのベンチでカメリアとルピナスを待とう。少し話でもしよう、ヘリコプターの中で疲れちゃってさ…」

 クロエは頷いてフィルの隣に座る。彼を挟むようにアコニットもベンチの雪を払ってすとんと座った。

 あたりを見回すと、ネクサスの園内はどこまでも石畳が続いていて、しかし雪がない。

 勢いこそ弱いものの休みなく雪は降り続いている。きっと地面の下に雪を融かす仕組みがあるに違いない。そんなことを考えながら、クロエはフィルの肩を軽くたたいた。

「なんだい?」

「これっていま、イフさんも待っているの?」

「いいや…場所までは決めてなかったけど、スマイスを返してもらうって話をしてる」

 頷き返すクロエ。確かにヘリコプター機内でフィルがイフにスマートデバイスを貸すことにしたのは覚えている。これがスマイスだよと言ってイフが困惑したことも。

 世間一般ではスマイスと略称される機械。小さな板状の機械で、電話をかけたりインターネット検索をかけることもできる。地図の表示やSNSの利用など便利なアプリケーションも使える。必要であればAR(拡張現実)技術にも対応可能で、無いと生活に困る機械だ。

 実際の説明はルピナスというガーデナーがやっていた。彼女の説明は丁寧だったが、イフがきちんと扱えるかどうかは分からない。クロエはそれを不安に思ったし、フィルもそうなのだろう。彼はスマイスを触って通話をかけようとしている。

「イフさんに連絡をとるの?」

「うん。こっちからの連絡を受け取れなかったらスマイスを返してもらうのが難しくなっ

てしまうからね。一応、貸したスマイスの位置情報はこっちで確認できるから出向くことはできるんだけど。出来ればそんなことしたくないし。イフさんの目的が目的だから邪魔したくなくてね」

「そうね。ちょっと悪いことしている感じあるかな」

「干渉されすぎるのも嫌だって思うかも。さて…」

 スマイスを耳に当ててしばらく待つとフィルが話を始めた。スピーカーからのイフの声は小さいながらもクロエにも聞こえている。

〈えー…なんだ?〉

「もしもし?」

〈フィル君か、なにがあった〉

「特にはなにも。その機械をちゃんと扱えるかどうか確かめたかったんです」

〈心配しすぎだ。気にしてくれてありがとう〉

「よかった」

〈いま並んでいるところだが、少し退屈でね、時間つぶしにつきあってくれないか?〉

「いいですよ」

〈このネクサスという遊園地は、元からこういう城があって改装をしたのか? 妙に防御がうまいつくりをしていて気になったんだ〉

 奇妙なことを言う。ヘリコプターの中でフィルから渡されたパンフレットの地図を見た印象を喋っているのだろう。しかし印象が楽しそうとか迷いそうではなく「守りが強そう」というのは奇妙だった。

「えっと…いえ、お城は元々なかったんです。ネクサスをつくるにあたって、あのお城も設計されたんじゃなかったかな」

〈そうだったのか〉

「守りがうまいってどういうことなんです?」

〈この城にたどり着くには蛇行する上り坂を行かなければならないし、坂をよく見降ろせる建物もある。守りには適している。そのままの意味だ〉

 確かに出入り口のゲートを抜けた先はかなりの幅広の道がある。歩きでお城――セントラルにたどり着くルートの一つに緩やかなつづら折りの坂を上るものがある。

 来園客に向けたお土産屋や仮装グッズを売る売店なんかもあるから、その建物を使えば正面からくる「敵」に対しての迎撃は容易に行えるのかもしれない。

 

 だが。そんな「敵」なんているのだろうか。クロエは空を見上げる。静かに雪を落とす曇り空が広がっていた。

 飛行機がないほど昔の時代なら地上からの侵攻だけを考えればいいだろう。だが現代の技術ではその考え方は甘い。しかしクロエが驚いていたのは「敵」が攻めてくるなんて発想をイフがしていることだった。

「なるほど……面白い発想ですね」

 クロエは自分と親友が同じ驚きを共有していることに安心する。同時にイフの言いたいことも察しがついた。記憶がない彼がRONのニュースだなんて強い印象を受けるであろう物事を見てしまって、そんな発想をさせたのかもしれない。

〈そうか? RONという連中はずっと前からいて人を襲っているんだろう? ならここだって守りはしっかりしていないとおかしくないか。奴らはなんの罪もない人を殺しているんだぞ、ここが狙われないって保証も理由もない〉

「もちろんネクサスだって防衛の力は持っています。持っているけど…」

〈ここは遊園地で軍事施設ではない。だから大掛かりなことが出来ないのは分かっている。あっても少し武装した警備員とかだろう…こうした工夫で地上からの攻撃には備えられているんだ。昔の城のような守りの機能を備えていることは分かって少しは安心していたんだ〉

「ええ…イフさんは戦いのことが考えられるんですね」

〈みたいだな。記憶をなくす前の俺もこんなことばかり考えていたのかもしれない。ネクサスの地上の守りは固いように見えるが、空からはどうなんだ? 空からRONの奴らが攻めてきたら…〉

「守りはもろいかもしれませんね。でも僕はいい対抗策なんてもってないし、考えつけもしませんよ」

〈いや、君はネクサスの責任者ではないんだ。こんなことを話すのがおかしかった、すまない〉

「なにも悪いことしてないでしょう。大切なことに気づけて良かった。こっちがお礼を言わなきゃ。それにイフさんがとても良い人なんだって改めて確かめられてよかった」

〈なんだか照れるな。そろそろ俺の番みたいだ。予約なしでも待ち時間は思っていたより短いな。きちんとこの機械は返させてもらうよ、それじゃあまた。ありがとう。クロエ君にもよろしく伝えておいてほしい〉

 そうして電話が切れた。スマイスの画面を閉じたフィルはふっとクロエに振り向く。その横でアコニットが小さく笑っていた。

「彼はとても用心深いみたいね。記憶がなくてもRONのことを心配するなんて…記憶がないからこそ、あの喫茶店のテレビニュースが強く心に残ったのかも」

「アコニットのいうとおりだと思うよ。だって不安でしょ、あんなことする人たちがいるって知ったら…」

 クロエは深くうなずく。RONが活動を始めたのはほんの三か月ほど前で、当時から破壊活動を始めていて、活動規模はどんどんひどくなるばかりだった。

 

 

 

 初期の彼らは主に貧困の目立つ地域で富裕層への攻撃を仕掛けて経済格差を埋めようとしていると報道されていた。弱肉強食を掲げ、略奪を正当化し、歩くような速さで活動範囲を広げていった。

 だが今となっては、経済格差を埋めるためといった建前さえ奴らは捨てたのだ――クロエはそう考えている。今朝のテレビニュースのように富裕層を標的にした「ただの殺戮」はあれが初めて起こったものではない。

 奴らは経済格差の強烈な訂正を提示するのではなく「強者が弱者を支配する」暴力的な世界を作りたいのだろう。そのために各地に潜伏し、恐怖と暴力と死をまき散らし、クロエの心に恐怖と勇気を湧き上げさせていた。RONは恐ろしい存在だが、立ち上がって戦わなければならない相手だ。

 だから最近になってアコニットやルピナスのもとで戦う術を学んでいた。自分の身を守ることはできるし、簡単な武器なら使うこともできる。成果は確実にあった。同時に不安も抱えていた。

 それが出来たところで自分はどこまで戦えるのだろう? 個人が戦えるようになったところで根本的どころか局地的な解決にもつながらないだろう。しかし、いざという時にただやられるだけの弱者にはならなくなった。はずだ。

 

 

 

「確かに不安よ。でも、怖がってばかりじゃダメだと思う」

「クロ?」

 思わず言葉が出ていた。だがクロエは自分の内側からあふれる思いを止める気はなかった。

「怖がってばかりじゃあいつらの思うつぼなのよ。だから…屈しない気持ちが大事なんだと思う」

「うん…そうだ、その通りだ。クロの言っていることは正しい。でもね、もしもクロが戦いたいとかって話なら、僕は反対したい」

「どうして」

「君が戦いにいくなんてことはあってはならない。傷つけられただけじゃなくて死んでしまったりしたら、とてもつらいよ。君だけじゃない、誰が死んでもだ。そうならないようにみんなが頑張ってる。大陸政府の人や国際同盟とか、身近なところで言えばガーデナーたちだ。だから…君は戦わなくていい。でも怖がってばかりじゃダメってことには賛成だ」

 ガーデナーは護衛のために命を張ってくれているじゃないか、と思ったが、これはそういう問題ではないとクロエは理解した。勇気を持つことと無謀なふるまいをするのは別のことだ。

「……わかった」

「うん」

 短い言葉のやりとりだが安心できた。アコニットも頷いている。

「いざというときに立ち向かうのはガーデナーの仕事よ。私たちの仕事ってそれくらいしかないんだから。クロの気持ちは私がしっかり大切にする。だからしっかり守られていて」

「わかった」

 アコニットがにこりと笑みを返して視線をクロエの後ろに向けた。振り返ると、多くの人に紛れて二人の灰色のスーツの女性がこちらに駆け寄ってくるのが見える。赤と白の短髪と、青紫のセミロング。カメリアとルピナスだ。

 二人を守るのに三人。十分すぎるような気もするが、そこでクロエははっとした。駅で突然起きた事件が再び起きないと決まったわけではない。彼らが捕まったとも聞かない。自分にできることは何があっても大丈夫なように気をつけることくらいだ。

 深呼吸をしてクロエはネクサスの城を見上げる。セントラルという名前のそれはかなり巨大で、中には多くの施設があるとパンフレットにはあった。列車の中で読んだのを覚えている。

「クロはセントラルのゲームセンターが気になるって言ってたっけ」

「えっと…うん、そうだったわね」

「だよね。まずはホテルの部屋で荷物をあれこれして、それから遊びに行こう!」

 フィルの言葉に頷いたクロエは彼の手を握って前に歩き出す。何があっても大丈夫なように。

 

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