<ハイスコア更新! トップエージェントは君だァ!!>
派手なジングルと共にAR投影された花火が目の前で上がり、クロエは思わず一歩下がってしまった。
彼女は手に黒い大きな拳銃を握り、そのマガジン部には太いケーブルがつながっている。ケーブルの終端は巨大なアーケードゲーム筐体につながっていて、クロエのプレーを精密に反映させていた。
エージェント・ダークレイヴン。以前からクロエがとても遊びたがっていたARガンシューティングゲームは稼働してまだ日が浅い。設置面積がおよそ5メートルの正方形、高さも2メートルはある大型筐体を稼働させられるゲームセンターはそう多くなく、ネクサスにあると知ったクロエはこのゲームで遊ぶのを心待ちにしていたのだった。
事前情報からしてとても面白そうだった。筐体に備え付けられているARゴーグルを装着して正方形の舞台に立つと、周りの景色がAR投影で全く別のものになるという。
森林地帯、山岳地帯、廃工場、白熱のカーチェイスのなかで大勢の敵と撃ちあう。機密情報を収めたメディアを巡る物語が分かりやすいアクション映画さながらに展開する。まるでその場面にいるかのような臨場感をクロエは大いに楽しんでいた。
変わるのは景色だけではない。正方形の舞台は場面ごとに一部がせりあがる。壁に隠れて銃撃戦をする状況ではプレイヤーの前の床がせりあがって壁の形になり、実際にプレイヤーはそれに隠れて戦うのだ。
筐体には複数のカメラが備わっており、それらが正確なトラッキングを実現する。そのおかげで、壁に隠れたり身をひねったりすると敵の攻撃を避けることが出来るのだ。
現実が塗り替わったかのような臨場感あふれる美術センスと、プレイヤーが実際に敵と戦うと錯覚するほどに体を使い、それを支えるトラッキング技術。家庭用ゲーム機ではここまで凝ったものは出せないだろうし、ゲームセンターに足を運んでまで遊ぶ価値が十二分にある。クロエは満足した表情でARゴーグルとガンコントローラを元の場所に戻した。
「クロはやっぱりすごいね! ハイスコア更新だってね。それに遊んでるところもカッコよかったよ」
「ちょっと間抜けな感じしない?」
「いやいやいやね、筐体の上の方にモニターがあるでしょ? あれでゲームの映像が見れてね。さらに君が動いているのも反映されていて…カメラワークもあって映画を見ているようだったよ」
「あのモニターってそのためにあったのね。遊んでる時は分からなかったわ」
フィルの言うように動きが間抜けではなかったとしたら、きっとガーデナーたちから受けた訓練のおかげだ。基礎体力を作るだけではなく、実際に武器を手にして扱いの手ほどきも受けている。素手と棒と拳銃。遊んでいる途中でも訓練を受けていた時の記憶がときおり蘇っていた。
クロエはフィルに預けていた杖を受け取り、少し離れたところで待っていたガーデナーたちに近づく。
その途中でクロエは視界の端に何かを見た。人が多いのに小さな子供がひとりでちょろちょろ歩いている。蛍光色の黄色の上着が良く目立っていた。
「ねえアコさん。ちょっとあれ見て」
「子供よね…一人で来るには早い歳に見えるわ。もしかして迷子?」
「だと思うの。あの子のところに行ってくる。迷子だったら店員さんに引き継いでもらうし」
「それならルピナス! クロエについていて。何かあったら連絡を」
了解っすよ~と軽い調子でルピナスが前に出る。フィルに視線を向けたクロエは、彼が「そこで待っているから」と近くのベンチを指さしたのを認めた。
小さな用事のために大勢でぞろぞろ向かうのは意味がない。幼い子供が相手なら余計な圧もかかってしまうだろう。そのことをフィルはきちんと分かってくれている。感謝しつつクロエは歩き出していった。
「ねえ。こんにちは。君は一人でここにいるの? お母さんやお父さんは?」
子供の肩を軽くつかみ、つとめて柔らかい口調でクロエは話しかけた。子供はプライズゲームで手に入れたらしいぬいぐるみを抱えて、ゆっくりとかぶりを振った。
「どこに行っちゃったんだろうね。お店の人にお母さんとお父さんを探してもらおうね」
「…うん」
泣きそうになっているのか顔が赤いが、それでも子供は涙を流していなかった。
「すごいね~泣き叫ばないのは良いことだよ。すごいよ!」
「ルピナス…」
「ほめてるんだよ。ほーら私もついていくよ。二人より三人。多い方が怖くないから、安心して」
ルピナスが子供の手を握って歩きだす。そのあとを追いつつクロエは子供に声をかけた。
「そういえば君のお名前は? 私はクロエ。そっちのお姉さんがルピナスっていうの」
「…サン」
「いい名前ね。サンはどこから来たの?」
「そんなに遠くないところ。第八大陸の西の方」
言い切るような言い方は涙を流さまいとしてのものだろう。ルピナスは偉いとかすごいとか評していたが、五歳くらいの子供が感情を思い切り出さないようにしているのは少し不自然に思えた。
もしかすると。クロエは不安を覚える。もしかするとサンはあまり良いとは言えない教育を受けているのかもしれない。両親に愛情を注がれていないのかもしれない。あるいは厳しすぎる教育を受けているのかも。
「サンはお父さんやお母さんにここに来たいって言ったの?」
「うん…ネクサスは大きな遊園地だし、そんなに遠くないんだし遊びに行きたいって。パパもママもお休みをつくって、日帰りで遊びに行こうってなったんだ」
思い違いで安心した。クロエは心の中でほっと息をついた。愛情をもって子供に接していないであれば、子供が遊園地に行きたいなんていうのを簡単に無視するはずだ。なによりサンは両親のことを悪く言っていないように思えた。小さな子供は世間体を気にした発言なんてしないはずだ。
すぐに制服を着た店員は見つかった。クロエはすぐに声をかけに早足で前に出る。
「あの、すみません。迷子の子供がいるのですが」
「迷子? ああ、この子ですね? お預かりして店内放送をしますね。ありがとうございます!」
はきはきとした態度の店員。見た感じはクロエと同年代のようで、おそらくはバイトの学生なのだろう。サンを連れてお辞儀をして去っていく店員に小さく頭を下げたクロエは、そのままルピナスを見た。
「よかったっすね。あの子の両親もすぐに来るっすよ」
「うん。それじゃ戻ろ――」
クロエのスマートデバイスが振動した。見ればフィルからの通話の通知が表示されている。騒がしい場所だから聞き取りにくいかもしれない。少しでも人が少ないほうへと歩きながら、クロエは通話に出た。
「フィー?」
「いますぐここから離れて! ネクサスから離れるんだ。僕たちも離れている」
「え? 離れてってどういう――」
「説明している時間がないんだ! 信じて、すぐにここを離れて!」
まだフィルがなにかを必死に伝えてくる。だがクロエはそれを聞くことは出来なかった。突如響いた爆発がすさまじい振動とノイズをばらまいたからだった。