アムールトラは、床に敷かれたフワフワの布団の上で目を覚ました。どうやらいつもの時間に目が覚めたようだが、気分は良いものの頭は少しぼんやりとしている。そして横になりながら、アムールトラはひとりごちた。
アムールトラ「ああ、うなされずに眠れるって素晴らしい事だよなあ…!ちょっと前までは眠るのが怖かったのに、もっと眠りたいと思えるようになるなんて…。」
彼女は目覚めのたびに感じる幸せをしみじみと噛み締めながら、二度寝しようと再び目を閉じた。だがその時…
イエイヌ「おはようございます!ご飯にしますか?フリスビーですか?それとも…お・さ・ん・ぽ⁉︎」
惰眠を貪ろうとする彼女の企みは、イエイヌによってあっけなく阻まれた。なぜ起きたのが分かるのだろう…そう疑問に思って聞いてみた事もあったが、本人曰く「なんとなく」だそうで、結局なにも分からなかったのだった。
アムールトラ「おはよう。朝っぱらから元気だね、キミは…。」
そう言ってアムールトラは半ば呆れ顔でむっくり起き上がると、華奢な手でイエイヌの顔をわしゃわしゃと撫でくりまわした。イエイヌは目を閉じ、尻尾を振りながらうっとりした顔をしている。
パークの危機を退けてから、アムールトラはイエイヌと彼女のおうちで一緒に暮らしていた。あの日吹き飛ばされたおうちは、後日ラッキービーストがやってきて修理してくれたおかげですっかり元通りになっている。
そしてイエイヌと一緒にテーブルに着きジャパリまんを頬張っていると、ふと壁に飾られた絵に目がいった。
キュルル、サーバル、カラカル、イエイヌ、両腕のあるアムールトラ、そして2人のヒト…、アムールトラはヒトがいた昔の事も、ビーストとして過ごした日々もほとんど覚えていなかった。なのでこの2人が誰なのかはもはや分からなくなっていた。
そしてその周りには、キュルルが出会ったフレンズたちが書き加えられていた。紙一枚ではとても収まりきらないので、今では3枚組の大作となっている。
それから正面に座っているイエイヌに目をやると、彼女はまだ興奮冷めやらぬ様子で目をキラキラさせていた。
イエイヌ「これからなにをしましょうか!あ、ひょっとして今日もお掃除があるんですか?」
アムールトラ「いや、今日はお休みだよ。やっぱり休み休みやらないとへたばっちゃうからね。」
イエイヌ「いつもパークのお片付け、ご苦労様です!では今日は、ゆっくり過ごしましょうか。」
パークの危機は去ったが、まだ各地にそれに伴った爪痕が残っている。そこでアムールトラは他の力自慢のフレンズたちやラッキービーストと一緒に、その撤去作業を行っていた。もちろんイエイヌも彼女と一緒にできる範囲でお手伝いをしている。
アムールトラ「まあ中には『みんなの広場』みたいに、ビーストだった時の自分が壊したものもあるからね、責任持って最後までやり遂げるよ。」
すると玄関からキュルルの声がした。
キュルル「おっはよーう!」
2人が並んで外に出てみると、そこにはキュルルとカラカルが立っていた。
あれからキュルルは、サバンナの大きな木の上に自分のおうちを建てて暮らしている。しかし彼は、そのままじっとしている子ではなかった。
キュルルはカラカルと一緒に、トラクターや日に日に整備されてゆくモノレールに乗ってパーク中に手紙や伝言を届けるメッセンジャーとなった。それに加えて、乗り物でフレンズの円滑な移動の手助けもしている。
イエイヌ「おはようございます。今日はどうされたんですか?」
キュルル「朝早くにかばんさんから連絡があってね、ようやくバス型セルリアンに壊された研究所の修理の目処がついたらしいんだ。それでゴリラさんたちが来てくれるそうなんだけど、もし手が空いてたら2人にもお手伝いに来て欲しいんだって。」
アムールトラ「今日は掃除がないから構わないよ。…ところで今朝は3人じゃないんだね、もしかしてサーバルは向こうにいるの?」
カラカル「ええ。あの子かばんさんにべったりなのよ。」
パークの危機が去ってから、2人はちょこちょこ顔を合わせていた。今ではお互いかけがえのない大親友として、強固な絆でしっかりと結ばれている。
アムールトラ「そうか、大切なお友達なんだね。よし、それじゃあ早速出かけようか、イエイヌ。」
イエイヌ「そうしましょう!おっと、これも忘れずに。」
そう言ってイエイヌが、棚の上に置かれていたサファリハットをアムールトラに手渡した。この帽子は元々かばんさんがアライグマにプレゼントしたもので、最後の戦いの後、消えてしまった色あせた帽子の代わりにと彼女がアムールトラに被せてくれたのだ。
アムールトラ「ありがとう。」
彼女はにっこり笑って帽子を受け取ると、燃えるようなオレンジ色の髪の上にしっかりと被せ、みんなとトラクターに乗り込んだ。
キュルルとカラカルは運転席に、アムールトラとイエイヌは牽引されているトレーラーに座った。あえて屋根に飛び乗らなかったのは、高い所が苦手なイエイヌを気遣っての事だ。
そしてトラクターがゆっくりと動き出すと、キュルルの腕のラッキービーストから声がした。
腕ラッキー「安全運転で行くカラネ。到着までかなり時間がアルカラ、寝ててイイヨ。」
キュルル「うん、いつもありがとうラッキー。」
そしてカラカルが、トレーラーに座り込んでいる2人に声をかけた。
カラカル「そういうわけだから、アンタたちもゆっくりしててね。」
アムールトラ「そっか…、じゃ、お言葉に甘えて。」
そうしてアムールトラはゴロンと横になった。イエイヌもそれにならい、彼女に寄り添うように体を横たえた。
イエイヌ「そうですね、の〜んびり。」
空からは柔らかな日差しが降り注ぎ、あたりには気持ちの良い風が吹いている。さらにゴトゴトという心地よい揺れに、アムールトラの瞼が次第に重くなってきた。そんなまどろみの中で、彼女はこう呟いた。
アムールトラ「ビーストだった頃は、いつも悪夢から逃げるようにあてもなく駆け回っていた。でも今は、寝転がりながら目的地に向かって進んでる…。こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった、な…。」
その隣では、イエイヌがすでに寝息をたてていた。
アムールトラ「いつもそばで支えてくれてありがとう、イエイヌ…。私はこの先何があっても、決してキミを離さないよ。」
そうしてアムールトラは、左手でイエイヌをそっと抱き寄せるとそのまま眠りについた。やがてキュルルとカラカルも静かに寝息をたて始めた。
するとイエイヌがむにゃむにゃと口を動かした。
イエイヌ「わふ…、おかえりなさい、アムールトラ…。」
そんな彼女たちを起こさぬよう、トラクターは研究所に向かってゆっくりと進んでいった。
『わんわんぴーす』を書き上げたあと、私はビースト化が解けたアムールトラがイエイヌの元へと戻ってくる物語を想像していました。ですがおそらく一般的な読者の頭に浮かぶのはアニメ9話で、このままでは「あんなに健気なイエイヌが、ビーストにボコられて終わる救いのない話」と捉えられてしまうだろうと考えました。
なのでその差を埋めるべく、追加版としてお話を書く事にしました。
題名は本編と対になるようにしました。「ぴーす」と「かけら」、「わん」と「ふたつ」。また「かけら」と「ふたつの手」は物語前半ではイエイヌの存在とアムールトラの2本の腕、後半では居場所のないビーストとそれを抱きしめようとするキュルル・イエイヌ2人の手をそれぞれ表しています。
これはあくまでわんわん本編の要素を活かしたパラレルワールドですが、とにかくハッピーエンドを目指しました。
拙い出来ですが、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
◉登場人物
◯アムールトラ(ビースト)
通称『青帽の虎』と呼ばれる強い力を持ったフレンズ。
過去に何があったのかは定かではないが、現在はネコネコ団団長としてサーバル、カラカルを率いてセルリアンを倒しながらあてのない旅を続けている。
その腕っ節は申し分なく仲間思いで頼りになるが、軽率な行動が多く周囲を巻き込む事もしばしば。その度に落ち込むもののすぐまた繰り返してしまう、喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプ。
これまでの小説とは違う明るいアムールトラを書きたかったのですが、追加編では元気すぎるイエイヌに振り回されるヤレヤレ系主人公になってしまいました。
◯サーバル、カラカル
ネコネコ団団員。
なにかと危ういアムールトラが団長を続けられるのは、呑気なサーバルとしっかり者のカラカルに支えられている部分が大きい。
サーバルが大切なイエイヌの結晶をあっさり落っことしてしまったのは、まだ持たされたばかりで思い入れも少なかったからという事にしました。
◯キュルル
パークの片隅にあるのどかな村で生まれ育った少年。
まだ村の外に出た事はないため外の世界に強い憧れを持っていたが、たまたま村を訪れたアムールトラを一目見るなり夢中になってしまった。それから顔を合わせるたびに「一緒に連れてって!」とせがむものの、その度にあしらわれている。
実はわんわんぴーすの物語の前に女王セルリアンに取り込まれていた事になっています。そして救出された際には記憶を失っており、『無理に事件の事を思い出す必要はない、せめてこれからは何も知らず穏やかに過ごせるように』との両親の計らいで、争いのないこの村に連れてこられたという脳内設定があったりなかったり。
◯ヒグマ
執筆にあたりキャストを選ぶ際、たまたま原作に同じ名前のキャラクターがいるので登場させる事になりました。そしてあの目つきを再現するため、寝不足キャラへと変えられてしまった不憫な子です。
他人を危険に巻き込まないようぶっきらぼうな態度をとっていますが、とにかくまっすぐな性格のため恩は決して忘れません。武器を持ってなかったらアムールトラのために自らの腕を差し出す所でした、危ない危ない。
◯イエイヌ(キュルイヌ)
ある事件により、キュルルはイエイヌのフレンズとなってしまった。それによりヒトを遥かに凌駕した鋭敏な感覚を身につけたが、それがさらなる悲劇を生む事となる。
書いているうちにいつも語尾に「!」を付けて話すような元気な子になりました。私の持つイヌのイメージを持たせてみましたが、ヒトの感覚からすると大げさな愛情表現や行きすぎた忠誠心だと取れるような行動も多く、もしかしたら鬱陶しいと感じられるかもしれません。
◆余談
◯わんわんぴーす本編にてキュルルがイエイヌへと変わってしまった時、書き初めは全身から冷や汗が出ていたのですが、犬の汗腺は足の裏にしかないので両手足の裏からのみの発汗となりました。