ケイネス先生の聖杯戦争   作:イマザワ

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第十一局面

 ディルムッドが放った千体の使い魔たちには、情報を収集する機能はおろか、主と感覚を共有する機能すらない。

 

 ハツカネズミの外見から推し測れる以上のことは何一つできない。一般人の子供よりも無力な存在である。

 

 ●

 

 バーサーカーのサーヴァント、「湖の騎士ランスロット」は、獣のような低姿勢で実体化した。

 

 喉の奥で低い唸りを上げながら、狂乱に濁った瞳を左右に走らせる。魔力の消費を抑えるために、黒い全身甲冑は纏っていない。だが、バーサーカーを一見してわかる情報などその程度であり、どのような年恰好の人物なのかはまるで判然としない。その姿は常にぼやけ、霞み、二重三重にブレていた。

 

「っ……、どうした、バーサーカー」

 

 荒い喘鳴を発しながら問うてくるマスターを無視し、ランスロットは突如雷光のごとき速度で床を蹴った。

 

 瞬間的に跳ね上がる魔力消費に、マスターの間桐雁夜は呻く。

 

 バーサーカーの手が、無力な小動物を捕らえていた。微弱ながら魔力の匂いがする。

 

 ハツカネズミを顔の真上に掲げ、何の抵抗もなく握り潰した。絞り出されてきた血肉を、頬も裂けんばかりに開かれた口で飲み干す。

 

 聖杯によって植え付けられた狂乱の呪いによって理性を失ったバーサーカーだが、マスターの魔力供給に大いに不安が残るであろうことは本能的に悟っていた。

 

 ごくわずかだが、これでも多少の足しにはなる。

 

 ●

 

 ハツカネズミたちが向かった先で何を目撃し、何をされようが、それをディルムッドに伝える手段など持っていないのだ。

 

 できることはただひとつ。

 

 ディルムッドの思念に従って移動すること。

 

 ただそれだけである。

 

 ●

 

「御覧なさいリュウノスケ。なんと愛らしい玩具でしょう」

 

 キャスターのサーヴァント、「青髭公ジル・ド・レェ」は、巨大な目玉をぎょろつかせながら慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 

 その掌の上にはハツカネズミの使い魔がぐったりと身を横たえている。

 

 自分の顎を掴みながらしげしげと差し出された小動物を眺めるのは、剽軽でありながらどこか余裕と威厳を有した年若い青年である。

 

「えっと、旦那。それは……イケニエとか? そういうの?」

 

 ジル・ド・レェのマスター、雨生龍之介は眉をひそめて問う。彼は目先の快楽を求めて無辜の市民を何人も惨殺してきた連続殺人鬼であったが、動物にはほとんど何の興味もなかった。畜生をいくら虐げたところで、そいつの人生観が滲み出るような奥深い反応など期待できないからだ。

 

「まさかまさか。なんと恐ろしいことを言うのですリュウノスケ。こんなに愛らしいのに」

 

 キャスターでありながら意外なまでに鍛え上げられた手が、優しくハツカネズミの背を撫でる。

 

 そして、猿轡を噛まされ、両手足を拘束された幼い子供の前にしゃがみ込んだ。

 

「小鍋と火を用意なさい、リュウノスケ。このモフモフした可憐な天使の正しい使い方を御覧に入れましょう」

 

 意味を理解したわけではない。これから起こることを推察できたわけもない。だが縛られた幼子は、くぐもった悲鳴を上げてその場から逃れようともがいた。

 

 すべては無意味だった。


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