ケイネス先生の聖杯戦争   作:イマザワ

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第十二局面

 ディルムッド・オディナは、なんとも言えない面持ちで、一斉に集結してきたハツカネズミの使い魔たちを眺めていた。

 

 ケイネスが買い取った一軒家の庭先に、約千匹が一斉に後ろ足で立っていた。こちらの命令を待っている。鳴き声ひとつあげず、じっと見上げてくる。無遠慮に降り注ぐ日の光が、彼女らの黒い眼に光沢を与えた。

 

 一匹一匹は愛らしいと言えなくもないが、ここまで大量にひしめいていると、正直見ていて気分のいい光景ではない。

 

 彼女らを使役するために、まっとうな宿泊施設を利用することはできなかった。ゆえにディルムッドの基準からするとまるでウサギ小屋のような間取りしかないこの家屋を拠点にせざるを得ないのだ。

 

「で、どうなのだ、ランサー」

 

 

「……少々お待ちを」

 

 貴族としての誇りと自負の強い我が主が、自らの在り方を曲げてこの家を拠点として買い取ったとき、ディルムッドは意外の念に打たれた。

 

 ならば臣下としても成果を出さねばなるまい。

 

 

 片目を覆っていた刺々しい魔具を外す。ホクロの魔力が解放され、使い魔たちとの絆をより強く感受する。全身に開いた魔術回路に疼痛が走る。

 

 ここまで使い魔の至近にいれば、彼女らとの絆が途絶えていないかどうかはすぐにわかる。

 

「…… ל(ラメッド)- twelve(トゥエルヴ)ל(ラメッド)-thirteen(サーティーン)מ(メム)-twenty(トゥエンティ) eight(エイト)ח(ヘット)-forty(フォーティー)ס(サメフ)-five(ファイブ)צ(ツァディ)-forty(フォーティ) three(スリー)の六匹が帰ってきておりません」

 

「ふん」

 

 ――冬木市は東西に長く伸びた都市だ。

 

 ゆえに、その全域地図を20×50のマス目に分割し、それぞれのマスに一匹ずつ使い魔を向かわせる。

 

 使い魔自身に情報収集能力などないが、しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこには日本の環境では珍しくもないハツカネズミをわざわざ捕らえたり殺したりする何かが居るということだ。

 

ל(ラメッド)- twelve(トゥエルヴ)は遠坂邸の位置だ。ここが帰ってこないのはわかりきった話だが―― ל(ラメッド)-thirteen(サーティーン)が帰ってこないのは気になるな。間桐邸に近いが、ややずれている」

 

 ケイネスは腕を差し伸ばした。

 

apparent(面を上げろ),mei(我が) diaconus(奴婢)

 

 手首のあたりに空間のわだかまりのようなものが発生する。

 

 そこだけ気圧が明らかに異なり、可視光を歪めているのだ。

 

 やがて魔術迷彩が解除され、一匹のスズメが現れた。

 

 「風」と「水」の稀有な二重属性を有する魔術師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、流体操作の技巧と魔力のすべてを駆使して創造した使い魔だ。

 

 他を絶する圧倒的な機動力と、光学的・魔術的な迷彩能力、三種類の高度な魔力探査能力、鋭利な風の刃を放射する戦闘能力――そしてもちろん主と感覚を共有する機能もぬかりなく備わっていた。

 

 千のネズミを用いた策略の悪辣な点は、魔力を有している以上聖杯戦争の参加者としては対処しないわけにいかないことと、たとえ捕らえて調べ上げたところでディルムッドの稚拙な魔術の痕跡しか解析できないことが挙げられる。

 

Dilectus(指定) quaerere(索敵)

 

 下知を受け、濃密な神秘とシステムを有した小鳥は飛び立っていった。

 

 その速度は、ディルムッドの動体視力でなくば認識不可能な域にあった。


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