ケイネス先生の聖杯戦争   作:イマザワ

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第十三局面

「……ビンゴだ」

 

『はい。こちらでも確認しました』

 

 ワルサーWA2000セミオートマチック狙撃銃の、不釣り合いなまでに巨大なスコープを覗き込みながら、衛宮切嗣は目を細めた。

 

 特殊なアダプターを先端に装着した暗視スコープのため、昼間の使用でも視界には問題がない。

 

 レティクルの中心付近では、二人の男が古びた日本家屋の庭先に佇んでいる。

 

 一方は情報にあったケイネス・エルメロイ・アーチボルト。もう一方は彼の召喚したサーヴァントであろう。距離は目測で100メートル程度。家屋の密集する環境ゆえ、これ以上距離を取ると射線が通らなくなる。

 

 彼らの前には、目を疑うような数のネズミたちが集まってきている。いかなケイネスが「神童」ともてはやされる天才であろうとも、あんな無茶苦茶な数の使い魔を使役できるはずがない。してみるとサーヴァントの能力ということになるが――

 

 衛宮切嗣は聖杯戦争に参戦するマスターの一人であり、サーヴァントを視認したらその能力値を脳裏に感受する能力もまた他のマスターと同じく得ている。

 

 あのサーヴァントの能力値(パラメータ)は明らかに白兵戦を前提とするものだ。間違ってもキャスターのクラス適性を得られるようなタイプではない。

 

 切嗣は無線に語り掛けた。

 

「片目だけを覆う奇妙な仮面をつけ、小動物を大量に使役する能力を持つ、白兵戦重視の英霊……舞弥、君は心当たりはあるかい?」

 

『そもそもさして詳しくもありませんが、聞いたことはないですね』

 

 ステアーAUG突撃銃を構えて別方向からケイネスらを監視しているであろう硬質の美女――久宇舞弥は、淡々と答えた。

 

 無理からぬ話だ。彼女にとって人生と呼べそうなものは、衛宮切嗣という慈悲なき殺戮機械の機能を補助・保守するためのサブユニットとしての生である。神話や歴史のお勉強などができるほど余裕のある暮らしではなかった。

 

 二人は既にケイネスらにいつでも十字砲火を叩き込める位置についていた。舞弥は切嗣よりもさらに敵に近い配置だ。お互いの得物の射程距離の問題もあるが、何より舞弥は斥候兼、囮としての役割も担っている。

 

 彼らが稚拙で無力なネズミの使い魔を捕らえたのは、ほんの三十分前のことである。

 

 ――よほどの未熟者が分も弁えず参戦しているのか……あるいは(・・・・)

 

 実に、ケイネスの仕掛けた情報策略の本質を朧げに理解し、無視するのみならず逆に利用してのけたのは衛宮切嗣のみであった。ネズミの腹を手早く切開して、軍用発信機を埋め込んでいたのだ。

 

 結果、最速でランサー陣営は最も危険な男に本拠地の位置を特定されるに至ったのである。

 

『仕掛けますか? 同時に撃てば、ケイネスを仕留められる可能性はあります』

 

 一瞬、思案する。

 

 サーヴァントは濃密な神秘の塊であり、魔力の関わらない物理攻撃では傷一つつけることはできない。だが、マスターはそうではない。

 

「……やめておこう。仮面の色男の敏捷性はA+ランク。サーヴァント基準でも最高峰だ。予想しない方角から超音速で飛来してきた小さな礫に反応して叩き落とすぐらいのことは造作もないだろう。それに、名にし負うロード・エルメロイが何の防護術も備えてないとは思えない」

 

 切嗣はスコープから目を離し、潜伏していた家屋の壁に隠れた。煙草に火をつける。

 

 ライターの火が、中年と呼ぶには若すぎるが、あまりにもくたびれすぎて老いているような印象を与える男の姿を浮かび上がらせる。

 

「しばらくは監視だ。彼らが他の陣営と事を構え、サーヴァントの意識が己の主から離れた瞬間を狙う」

 

『了解』

 

 だが、長期戦となるかに思われた監視は、ほどなく終わりを迎えることになる。


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