ケイネス先生の聖杯戦争   作:イマザワ

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第十七局面

 ――〈破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〉。

 

 ディルムッドにとっては養父にしてドルイド僧、そして愛と若さの神たるアンガス神より賜った、艶めく紅色の長槍。

 

 ありとあらゆる魔力的な作用を遮断する力を有し、現代の魔術はもちろん、英霊らの宝具ですらその効果からは逃れられない。

 

 接触した瞬間にしか威力を発揮しないという縛りはあれど、たとえ自身より格の高い宝具相手であれ、「一方的に」「瞬間的に」「完全に」魔力を遮断してのけることができる点で極めて使い勝手は良い。

 

 ゆえに、この結果は必然。

 

 宝具の域にある帯呪(エンチャント)効果と言えど、〈破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〉の前では何の意味もないのだ。

 

 ディルムッドは、いささかの遅滞もなく次の攻撃へと繋げた。鉄柵を斬り飛ばした紅槍を手の中で回転させながら体側を入れ替え、さらに一歩踏み込みながら致命の直線をひねり出す。

 

 無論、生前のディルムッドであれば、ここまで何の工夫もなく直接的に相手の心臓を狙うような挙には出るまい。

 

 何しろ相手は重厚な甲冑を纏っている。生前所持していた魔剣〈大いなる瞋恚(モラ・ルタ)〉ならばいざ知らず、〈破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〉には鎧に対する特効性などない。まず間違いなく必殺は望めないだろう。

 

 だが、生前とは状況が違う。いま干戈を交えているのは人と人ではない。サーヴァントとサーヴァントだ。英霊が身にまとう鎧具足はすべて魔力によって編まれた疑似物質であり、〈破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〉の効果の適応対象なのだ。

 

 妖しいまでの光沢を湛えた紅い穂先が、何の抵抗もなく暗黒の胸甲を貫通し、内部の肉体を存分に食い破った。

 

 闇色の騎士の背中から魔槍の刃が飛び出る。鮮血が散る。

 

 ディルムッドはほんのひとかけらも油断などしなかった。ゆえに、ほぼ同時に繰り出されてきたバーサーカーの鉤爪に対して瞬時に頭を傾けた。顔の左半分が存分に引き裂かれ、左眼球を潰されても眉一つ動かさなかった。

 

 苦し紛れともいえる反撃は、しかし確かに紅槍が霊核を貫くのを紙一重で阻んでいた。

 

 裂帛と共に槍兵は〈破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〉を両手で掲げ持ち、バーサーカーの巨躯を頭上に持ち上げた。両腕のしなやかな筋肉が怒張し、血管が浮き出る。

 

 この挙は予測していなかったらしく、闇色の騎士は膝蹴りによってディルムッドの(アバラ)を粉砕する機を逸した。

 

 二騎分の質量と、自身の腹筋と広背筋と大腿筋と腓腹筋の力を総動員して、戦吼とともに狂騎士の頭蓋を地面に叩き込んだ。

 

 着弾点を中心に、セメントが爆砕する。放射状にひび割れが拡がった。

 

 とはいえ、サーヴァントに投げ技など無効である。地面に叩きつけた衝撃がダメージの根幹となる以上、物理攻撃を受け付けない存在に対して有効打にはなりえない。

 

 ディルムッドの狙いは、もう少し異なる。

 

 敵の胴を貫通したままの〈破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〉を両手で握りしめ、柄を胸甲に押し付けるように渾身の力を込める。

 

 ごき、ごき、ぶちり。

 

 頭蓋が埋没することで固定され、長柄による梃子の原理を用い、バーサーカーの頸椎は複雑に粉砕され、頸部を走る動脈と静脈が引き千切れた。


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