ケイネス先生の聖杯戦争   作:イマザワ

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第二十五局面

 地上でケイネスが下水道から上がってくるのを待ち構えていた衛宮切嗣は、魔力の波が押し寄せる独特の肌感覚を感知した瞬間、その場を即座に移動することにした。

 

 ――存在を感づかれているな。少しあからさま過ぎたか。

 

 アサシンの不自然な撤退から、ケイネスは間桐雁夜でも遠坂時臣でもない第四者の介入を推測したのだろう。

 

 恐らく今のは魔力的なアクティブソナーだ。

 

 切嗣の魔術回路は不活性だったし、起源弾も魔力を通さない限りはただの物質と変わりはない。魔力の反響パターンからこちらの位置を看破するのは不可能だろう。

 

 ゆえに、今のは牽制と警告だ。「これ以上つまらん覗き見を続けるつもりならばまずお前から殺す」という。

 

 苦笑が漏れる。

 

 こんなことを言われては尾行を続ける以外にないではないか。これから見られては困るようなことをするという宣言に等しい。

 

 バーサーカーによる下水道の大規模な破壊は、凄まじい騒音を撒き散らし、周辺住民の通報を招いている。パトカーのサイレンが近づいてきた。野次馬や下水道局の車両も続々と集まってきている。

 

 バーサーカーが負傷して動けぬ以上、間桐雁夜を射殺する好機であったが、この状況では断念せざるを得ない。そもそも間桐雁夜自身、人の気配を聞きつけて移動してしまったことだろう。放っておいても魔力切れの自滅で脱落するであろう陣営のことはとりあえず脇に置いていい。

 

 それよりもランサー陣営だ。

 

 アブラコウモリの使い魔を放ってケイネスが乗り込んだタクシーを遠巻きに追跡させると、切嗣は路肩に停めてあったライトバンに乗り込んだ。

 

 ●

 

 間桐臓硯は、刻印虫によって掌握させた雁夜の視覚と聴覚を通じて、初戦の一部始終を観察していた。

 

「雁夜め、お情けで見逃してもらったか」

 

 くつくつと喉を鳴らす。

 

 自らの「孫」が今夜を生き延びたのは喜ばしいことだ。こんな早々に脱落されては楽しみ甲斐がない。死んだ人間はもはや苦しまぬ。

 

 さてどうやって雁夜を壊してくれようか。それとも今のところは飴を与えて延命させるべきか。

 

「悩む、悩むなァ、いったいどうすれば奴はもっと苦しむのやら」

 

 美酒は飲み干せばなくなってしまう。しかし味わわぬなどあり得ない。そのような妄りがましい葛藤に心を躍らせながら、五百年を生きた怪物は舌なめずりをする。

 

 雁夜の見ているものを盗み見た。

 

「――うン?」

 

 雁夜の視界には、妙な光景が広がっていた。

 

 羊皮紙が、広がっている。雁夜が自分の手で広げている。

 

 魔道を歩まぬ凡俗にはまるで意味不明な図版と記号の羅列にしか見えぬであろうが、もちろん臓硯にはたちどころにその文意が理解できた。

 

 ――自己強制証文(セルフギアス・スクロール)

 

 権謀術数の入り乱れる魔術師の社会において、決して違約しようのない取り決めを結ぶときのみに用いられる、もっとも容赦のない呪術契約のひとつ。

 

 ――何だ? いつの間にそんなものを?

 

 震える手でペンを握る雁夜が、証文に己の名をサインする。

 

 その瞬間、呪戒が効力を発動し、自己強制証文(セルフギアス・スクロール)に書かれた二名の魂を永遠に拘束した。

 

「――やはり、痛覚は共有していなかったようだな、吸血鬼よ」

 

 何の前触れもなく自室に響いたその声に、臓硯は反応し損ねた。


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