ケイネス先生の聖杯戦争   作:イマザワ

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第三十二局面

 ケイネスの胸元にコンテンダー・カスタムの銃口を突き付けていながら、即座に発砲しなかったことには理由がある。

 

 衛宮切嗣は、すでに未遠川の水質調査を行い、キャスターの潜伏場所を特定していた。

 

 時間的余裕はなかったので、その風体を使い魔ごしに視認するだけに留まり、いまだマスターの姿は確認できていないが、ともかく切嗣はすでにキャスターの喉元に手を掛けたと言ってよい状況であった。

 

 〈魔術師殺し〉としての本領――起源弾は、相手が強力な魔術師であるほど凄まじい威力を発揮する。

 

 すなわちキャスターだけは、わざわざマスター殺しなどという迂遠なことをせずとも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 とはいえただそれだけの根拠でキャスターへ襲撃をかけるつもりもなかった。いかなるスキル、いかなる宝具を持ち、どのような搦め手で根拠地を守っているか知れたものではない。

 

 最低限、起源弾の必中を見込める距離にまで確実に間合いを詰めるだけの材料が必要であった。

 

 合理主義の化身とも言える切嗣にしては奇妙なことに、自らのサーヴァントである〈騎士王アルトリア〉の力を借りようなどとは考えなかった。選択肢の一つとして考慮することすらなかった。

 

 騎士道という名の流血賛美思想などひとかけらも理解できないし、したいとも思わない。

 

 それに比べれば、目の前の酷薄な男の行動原理はよほどわかりやすく、「信用」に値する。

 

 交渉の行方如何によっては、この男をキャスター討伐プランに利用することも視野に入れていた。

 

 同時に、より差し迫った理由もあった。

 

「……よくやった、雁夜。命を助けられたな」

 

 切嗣は、自らの肩にひとかかえほどのサイズの生物がとまり、喉元に鋭利な器官を突き付けているのを感じていた。

 

《まったく、無茶をする……! 死んでいてもおかしくなかったんだぞ!》

 

 

 鋭く目をすがめる。キチキチという生理的嫌悪感を覚える鳴き声とともに、恐らく翅同士を擦り合わせて遠方の主人の声を届けてきていた。

 

「いったいなぜ私が供も連れずに行動していると思っていた? 衛宮切嗣、お前をおびき出すためだ」

 

「勝ち誇るには少々足りない状況だと思うがね、ロード・エルメロイ。間桐の翅刃蟲が僕の喉を裂いたところで即死はない。人体に対する理解が足りないよ。どう転んでもお前は死ぬし、僕はかなりの確率で治癒魔術が間に合う。悪くない条件だ」

 

 使い魔ごしに、間桐雁夜が息を呑む気配が伝わってきた。

 

「おやおや、まさかこのご大層な花火を派手に撃ち放ってキャスターに感づかれる危険を冒すつもりかね? 名にし負う〈魔術師殺し〉がそんなリスクジャンキーだったとは驚きだ」

 

 殺意の込もった眼光を交わし合う。

 

 あまりにも微妙な判断を要する状況だった。離れた場所に待機させている舞弥の射撃によって、ケイネス自身の攻撃は封殺できる。

 

 しかしそうすればスズメの使い魔が舞弥の正確な位置を特定し、抹殺に向かうだろう。遮蔽物の多い市街戦でどちらが勝つかはなんとも言えない。

 

 この二要素を度外視すれば、完全な即死が見込める自分の方がやや有利ともいえるが、本格的な戦闘が始まればキャスターに感づかれるし、わずかでも隙を見せればケイネスは令呪でランサーを呼ぶだろう。

 

 煮詰まり過ぎている。


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