ケイネス先生の聖杯戦争   作:イマザワ

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第八局面

 三か月の時が経過した。

 

 結論から言うと、ディルムッドの修行は一定の成果を見た。

 

 その霊基の中には、数こそ少ないものの魔術回路が生じ始めていた。

 

 元から神秘の塊であるサーヴァントの肉体に、人工的な神秘を繰る術は定着しやすかったのか、ただの人間が魔術を修めるよりもだいぶスムーズに課程をこなしていった。

 

 今やディルムッドは、どうにか「見習い」の域を脱しかけている。もっとも、その本質は魔術師ではなく魔術使いではあったが。

 

 ●

 

「使い魔を量産せよ」

 

 あるとき、小源(オド)の観想のための瞑想に明け暮れていると、今生の主たるケイネス・エルメロイ・アーチボルトがやってきた。

 

 その背後には、銀の流体が楕円状に蟠りながらついてきている。まるで忠実な家令か何かのように、音もなく主に付き従っていた。

 

 魔術礼装――月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)。ケイネスの意のままに形を変え、攻撃・防御・索敵に活用可能な必殺武器である。

 

 艶やかな水銀の従者は、大気の僅かな流れによって表面にさざ波を立てている。写り込んだ周囲の景色が不規則にゆらめいた。

 

 その背中――というか上部というか――には、何故か異臭のする袋が載せられていた。幾本かの銀の触手によって抱えられている。

 

「は……我が主よ、それは一体……」

 

「だから、使い魔を量産せよ」

 

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)がディルムッドの前に袋を置いた。

 

 ケイネスが顎で示すので、やや躊躇いながらもディルムッドは袋のとじ紐をほどいた。

 

 中身を目の当たりにした瞬間、呻きが漏れる。

 

 大量のハツカネズミの死体が詰め込まれていた。

 

「生贄用の貯蔵を取り寄せた。すべて雌だ(・・・・・)。あとはわかるな?」

 

 ディルムッドのホクロに秘められた魔力は「魅了」である。相手がほとんど知恵持たぬ小動物であれば、「魅了」を通り越して「支配」の域まで術をかけることも可能だろう。

 

 本来、使い魔の操作にかかる魔力消費を、ホクロに肩代わりさせることによってコストパフォーマンスを向上させ、使い魔の大量生産をさせようというのだ。

 

「我が主よ、もしやこのために私に魔術を……?」

 

「まさか。これはただのついでだ。貴様に魔術回路を開かせた理由は別にある。それから――」

 

 ケイネスは懐より、奇妙な物品を取り出した。

 

 刺々しくも禍々しい装身具に見えた。中心に切れ長の目のごとき穴が開いている。どうやら右目の周囲のみを覆う仮面のようなものらしい。

 

「さる高名な人形師の作品だ。さすがに魔眼すら封ずる冠位魔術師。畏怖すべき完成度だな」

 

 試しに装着して見ると、肌に吸い付くように馴染み――直後に痛みが走った。

 

「ぐっ……!?」

 

「微細な棘を伸ばし、毛細管現象によって貴様の血を内部に取り込んでいるのだ。これによって霊的に接続され、貴様と一緒に霊体化できるようになる。基本的にはつけておけ。そのホクロから真名を暴かれることもあろう」

 

 ディルムッドは、己のホクロから野放図に放射されていた魔力が、仮面によって堰き止められていることを感じ取った。生前にこのような魔具と巡り会えていれば、あるいはもう少しマシな最期を迎えられたのであろうか。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは踵を返した。

 

「使い魔の製作に専念せよ。最低でも千体はこさえてもらう」

 

「は……仰せのままに」

 

 相変わらず、主の意図はよくわからない。それほど大量に作っては、必然的に一体ごとの性能は落ちる。満足な偵察活動など望めまい。


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