ライフストリーム!   作:白月リタ

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Ⅱ.モノクロシスターズ ⑨

 

 

「ディヴィジョンフォーラム?」

 

六月もいよいよ折り返し地点となった水曜日の午後。俺はデスクの背後の窓越しに外の様子を確認しつつ、話を振ってきた香月社長に聞き返していた。雨が強くなりそうなら小夜さんと朝希さん、そして営業に出ている風見さんを纏めて迎えに行こうと思っていたのだが、むしろ小雨になってきたな。これなら夕方までには上がるかもしれない。

 

「正式名称で言うと、『ライフストリーム・ジャパンディヴィジョンフォーラム』だね。君がさっきコンビニに行っていた時にメールが届いたんだ。会社として招待したいとのことだったよ。」

 

「キネマリード社が開くイベントということですか?」

 

「イベントと言えばイベントかもしれないが、雰囲気としては『説明会』に近い催しらしいね。六本木にある二、三百人規模の小さな会場で、壇上に立ったキネマリード社の人間がライフストリームに関する説明をする……といった感じの集まりさ。『企業のプレゼンテーション』って表現が一番適当かな。」

 

あー、そっちか。説明会と言われるとピンと来るな。要するに華やかなそれではなく、『お堅いイベント』であるらしい。やろうと思っていた書類の作成に向き直りながら、香月社長へと相槌を打つ。

 

「プレゼンの対象はライフストリーマーですか?」

 

「企業やプレス用の席もあるようだが、主目的は日本のライフストリーマーへのガイダンスだろうね。キネマリードとしては日本を拠点にするライフストリーマーにもどんどん収益化してもらいたいし、その上でもっと再生数を伸ばして欲しいはずだ。よってノウハウを教えようってわけさ。」

 

「……何だか奇妙な話に感じられますね。運営元がユーザー向けの『勉強会』を開くんですか。モノクロシスターズの収益化を目指している私としては、少し皮肉なイベントに思えてしまいます。」

 

そういうことをやるくらいなら、収益化をすんなり通して欲しいぞ。審査結果待ちのストレスから生じた不満を漏らしてやれば、香月社長は苦笑いでフォローを投げてきた。

 

「キネマリードだって意地悪で拒んでいるわけじゃないよ。本音で言えば、審査など無しに全ての動画に広告を挟めるようにしたいだろうね。その方が儲けが出るんだから。……だが、それをやってしまえば権利侵害の訴訟が頻発するはずだ。おまけにコンプライアンスの面でメディアからボコボコに叩かれて、株主たちからは文句の雨あられさ。」

 

「それはまあ、理解できますが……だからこそのガイダンスというわけですか。」

 

「そういうことだと思うよ。日本を市場として認識していますよと説明して、収益化をするための条件なんかを事細かく解説し、招いた収益化済みのライフストリーマーに『講演』をしてもらう。そんな具合のイベントになるんじゃないかな。」

 

ライフストリーマーたちが再生数や登録者数を伸ばし、収益化をすることがキネマリード社の利益に繋がるわけだ。……うーん、不思議なシステムだな。運営側にとっての投稿者は客であり、『下請け』でもあるということか。

 

「つまるところ、広告業の下請け業者に仕事のコツを説明するわけですか。」

 

キーボードを叩きながら己の解釈を伝えてみると、香月社長は愉快そうに笑って首肯してくる。比喩が気に入ったらしい。

 

「諧謔のある解釈の仕方じゃないか。それで合っているよ。他企業から広告掲載の依頼を受けたキネマリード社が、投稿者に看板とポスターの管理を委託しているわけだね。しかし日本ではまだ看板の手入れの方法どころか、そこにポスターを貼って金を稼げることすら知らない人間が多い。だから北アメリカから遥々普及活動に来ようってわけさ。……君も聞きに行くかい? 海を渡って開拓地を訪れた、偉大な宣教師様のお言葉を。」

 

「いやまあ、興味はあります。香月社長はキネマリード社の人間の話を聞きたいんでしょうけど、私としてはライフストリーマーの話に惹かれますね。誰が出るかはメールに載っていましたか?」

 

「載っていなかったし、ライフストリーマーが講演をするというのは単なる私の予想だよ。詳細が確定したら改めて連絡してくるんじゃないかな。……イベントの性質上、ディスカッション形式のプレゼンくらいはするはずだけどね。日本国内で登録者数が多くて、かつ収益化済みのライフストリーマーに話を持ち掛けているんだと思うよ。あるいは北アメリカから有名な誰かを連れて来るというのもありそうだが。」

 

「……夏目さんや豊田さんは、その条件に当て嵌まっていますね。」

 

どちらも国内だと登録者数が多いチャンネルの持ち主だし、収益化も出来ているぞ。まさか話が来たりするのかと指摘してみれば、香月社長は眉根を寄せつつ首を傾げてきた。

 

「私もまあ、二人は候補に挙がって然るべしだと思うが……現時点で連絡が来ていないってことは望み薄だね。壇上に立ってもらう場合、招待する法人よりも先に連絡を送るはずだ。君にそういう知らせが届いていない以上、別の人間が選ばれたんじゃないかな。」

 

「残念ですね。……聞き手としては招待されるでしょうか?」

 

「多分されると思うよ。イベントを開く目的のことを考えれば、キネマリードは目ぼしいライフストリーマーを片っ端から招待するはずだ。うちのクリエイター全員にメールが届くかもね。」

 

「となると、ホワイトノーツは総出で行くことになるかもしれませんね。」

 

ただ、招待を受けるかどうかの問題もあるな。勉強熱心な夏目さんは行きたがりそうだけど、豊田さんはわざわざ名古屋から東京に来ることになるし、実家の工場の仕事の都合だってあるはずだ。そしてモノクロシスターズの二人は学校がある。幾ら何でも平日には開催しないと思うが、参加するかは個々人のスケジュールと価値観次第だろう。

 

先に連絡して知らせておこうと思案しながら、香月社長に質問を送った。

 

「日程はいつですか? スケジュールの問題もありますし、早いうちにクリエイターたちに知らせておきます。」

 

「七月三十日の土曜日だね。十三時半から十六時半までの三時間だそうだ。書いていなかったから確実ではないが、別に招かれていなくても入れるシステムだと思うよ。キネマリードとしてはガラガラになるのを避けたいだろうし、自由参加にしても満員で立ち見が出るという事態にはならないはずさ。」

 

「そういうイベントが小規模な全員参加形式になってしまうあたり、日本におけるライフストリームの認知度の低さを実感します。」

 

「なぁに、数年後には何もかもが変わっているよ。キネマリードもそれを理解しているからこそ、今のうちに種を蒔こうとしているんだろうしね。」

 

是非ともそうなって欲しいぞ。……でもまあ、二ヶ月前ほどには疑っていないかな。日々クリエイター越しにライフストリームと関わっていると、物凄いスピードで広まっていることが伝わってくるのだ。このまま日本に定着してくれれば、数年後には段違いのユーザー数になっているだろう。

 

そういう視点に立って考えてみると、一番凄まじいのは香月社長かもしれないな。運営元であるキネマリード社が日本向けのガイダンスを開く前に、マネジメントのための会社を設立してしまったわけだ。そんなもん無茶苦茶じゃないか。フライングにも程があるぞ。

 

改めて香月社長の豪胆さを認識している俺に、当の本人がふんすと鼻を鳴らして言葉を飛ばしてくる。

 

「行って、聞いて、ノウハウを盗んで、キネマリード社との関係の切っ掛けを構築し、そしてクリエイターの青田買いをしようじゃないか。『選出』をキネマリードがやってくれるから、こっちは気楽に声をかけられるぞ。直接スカウトし放題だよ。」

 

「何とも強欲な発言ですね。」

 

「折角開いてくれるんだし、骨の髄まで利用してあげないとね。キネマリードもそれを望んでいるはずさ。クリエイターが儲けるほどに私たちが儲かり、私たちが儲ければキネマリードも儲かり、そうやってユーザーが増えていけば広告主もハッピーになれる仕組みなんだから。正に夢のようなシステムじゃないか。新世代のビジネスに乾杯だ。」

 

「怪しい商法の紹介みたいに聞こえますが……まあ、スカウトは程々にお願いします。今はまだ私しかマネージャーが居ないので、抱えすぎるとパンクしますよ。現状の仕事量を考えると、頑張ってもあと二、三組が限界ってところですね。あくまで現状の話であって、クリエイターたちが忙しくなっていけばその限りではありませんが。」

 

将来を見越した意見を放った俺へと、香月社長は肩を竦めて返答してきた。担当の引き継ぎはあまりやりたくないのだが、仕事量が増えていけばやらざるを得なくなるかもしれない。『人員が少ない最初のうちだけ、場繋ぎ的に担当する』という事態は起こってしまうはずだ。今からだと遠い話だけど、頭には入れておこう。

 

「節操なく粉をかけるつもりはないさ。ちゃんとダイヤの原石を見極めるよ。」

 

「何にせよ、イベントのことは覚えておきます。キネマリード社が日本にも目を向けてくれるのは素直に嬉しいですし、行ってしっかり話を聞くことにしましょう。」

 

「ん、そうしようか。好奇心旺盛な風見君も行きたがるだろうから、社員は全員参加かな。『啓発セミナー』にプライベートで無理やり行かせる会社は寿命が短いし、ここは潔く休日出勤扱いにしてあげよう。広量な私を褒めたまえ、駒場君。私は褒められて伸びるタイプだぞ。」

 

「さすがは香月社長ですね。度量があります。」

 

流れ作業で褒めてやれば、社長は鼻高々にえっへんと胸を張ってきた。もはやお馴染みのやり取りになりつつあるな。俺も太鼓持ちが板に付いてきたらしい。こんな雑な叩き方で喜んでくれるのは、恐らく香月社長だけだと思うが。そういう意味では良いコンビだぞ。

 

兎にも角にも、イベントは一ヶ月以上先の話だ。とりあえずはぼんやりと覚えておくだけで充分だろう。ディヴィジョンフォーラムの話題が一段落したところで、事務所のドアが開く音が耳に届く。営業中の風見さんが戻ったのかと目を向けてみると──

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます。」

 

おっと、やけに早いな。色違いの傘を手にしているモノクロシスターズの二人が視界に映った。まだ三時過ぎだぞ。学校はもう終わったんだろうか?

 

「おはよう、二人とも。」

 

「おはようございます、朝希さん、小夜さん。学校が早く終わったんですか?」

 

「はい、今日は五限で終わりだったんです! ……それより、これ! じゃーん!」

 

いつもより更にテンションが高いな。学校が早めに終わったから嬉しいのかもしれない。俺の問いに答えながら駆け寄ってきた朝希さんが、セルフ効果音と共にスマートフォンを突き出してくる。その画面を香月社長と二人で見てみれば……おー、通ったのか。ライフストリーム運営から届いた、広告掲載を承認する旨のメールが目に入ってきた。

 

「これは……そうですか、再審査無しで通りましたか。やりましたね。おめでとうございます。」

 

「おめでとう、二人とも。ようやく頑固な運営を納得させられたようだね。」

 

手放しで祝福した俺たちに、朝希さんがぴょんぴょん飛び跳ねながら口を開く。いやはや、肩の荷が一つ下りたぞ。最低限の削除で何とかなったな。

 

「はい、やっと通りました! 今日の昼休みに送られてきたんです! すぐ知らせたくて電話しようとしたんですけど、小夜ちが直接話すべきだって言うから……だからずっと我慢してて、五限目のことは何にも覚えてません!」

 

何にもか。……まあ、今日くらいはいいんじゃないかな。二人がやっとスタートラインに立てためでたい日なんだから、学校の先生も許してくれるはずだ。喜びを全身で表現しながら説明する朝希さんへと、ちょっと恥ずかしそうな面持ちの小夜さんが注意を投げた。

 

「朝希、飛び跳ねないの。傘の水滴が散るでしょ。……まあその、駒場さんたちが色々調べてくれたお陰で申請を通すことが出来ました。本当にありがとうございます。」

 

「ありがとうございます!」

 

「うんうん、私も社長として嬉しいよ。……特に駒場君は頑張っていたから、褒めてあげてくれたまえ。彼の手帳を見れば一目瞭然さ。収益化に関して調べたことがびっしり書かれてあるからね。若干引くくらい熱心に動いてくれていたんだ。」

 

引かないで欲しいぞ。香月社長が何故か自慢げに語るのを聞いた二人が、それぞれの反応を寄越してくる。

 

「分かってます。駒場さんにはその、これからの活動を通してお返しを──」

 

「駒場さん、ありがとう!」

 

「ちょっ……こら、朝希! 何してんのよ!」

 

びっくりしたぞ。小夜さんが照れ臭そうな表情で話している途中で、椅子に座っている俺に勢いよく抱き着いてきた朝希さんは、胸元からこちらの顔を見上げてにへっと笑ってきた。どうすればいいんだ、これは。

 

「駒場さん、駒場さん。私と小夜ちでちゃんと恩返しするから待っててね。たーくさんお返しするから!」

 

「あー……はい、楽しみにしておきます。」

 

「朝希、離れなさいってば! はしたないでしょうが!」

 

「はしたなくないよ。感謝のハグじゃん。小夜ちはやらないの?」

 

俺から身を離しつつ小首を傾げた朝希さんへと、頬を染めている小夜さんが返事を返す。少し驚いたけど、朝希さんらしいストレートな表現の仕方だと思うぞ。……しかし、どうにもむず痒くなってくるな。何だか恥ずかしくなってしまうから、俺は誰かに感謝されるのが苦手なのだ。

 

「や、やらないわよ! 普通しないでしょうが! 男の人に抱き着くなんてダメなの!」

 

「……もしかして小夜ち、えっちなこと考えてる? ハグだよ? ハグ、知らないの?」

 

「ハグくらい知ってるわよ、バカ朝希! とにかくダメなの! もう禁止! ……っていうかあんた、いつもこんなことしてるんじゃないでしょうね?」

 

「私はバカじゃないし、いつもはしてないよ。初めてやってみたけど……駒場さん、良い匂いしたよ? 小夜ちもやってみたら?」

 

良い匂い? 香水とかはつけていないんだけどな。謎の発言を疑問に思っている俺のことをチラッと見た小夜さんは、真っ赤な顔でバッと目を逸らして朝希さんに応じた。

 

「しないってば! 言葉で感謝すればいいでしょうが! どうして急に外国風のやり方になるのよ!」

 

「分かったよ、そこまで言うならもうしない。何でそんなに怒るのさ。……これ、何の匂いですか?」

 

小夜さんに頷いてからすんすんと俺の肩の辺りを嗅いでくる朝希さんへと、ちんぷんかんぷんな気分で応答する。

 

「……自分では分かりませんね。スーツの匂いですか?」

 

「スーツっていうか、どっちかって言うと駒場さんの匂いな気がします。……すっごく良い匂いです。」

 

「ちょちょっ、あんた……いい加減にしなさいよね。迷惑でしょうが。」

 

えぇ、汗の臭いとかじゃないよな? 一応清潔さには気を使っているつもりだが、ちょびっとだけ不安になってくるぞ。俺の首元に鼻を近付けていた朝希さんを、小夜さんが強引に引き離したところで……今度は香月社長が興味深そうに顔を寄せてきた。気になってしまったようだ。

 

「……私にも分からないね。無臭だよ。強いて言えばクリーニング店特有の香りがあるくらいかな。駒場君がジャケットを綺麗に保っているようで何よりだ。」

 

「まあ、このスーツはクリーニングに出したばかりですから。……それより香月社長、近いんですけど。」

 

「だって、『良い匂い』と言われたら嗅いでみたいじゃないか。……んー、不思議だね。朝希君は鼻が良いのかな?」

 

「そんなことないと思いますけど、でも絶対します。クリーニングの香りでもないです。小夜ちも嗅いでみてよ。」

 

制服の首根っこを掴まれた状態の朝希さんが促すのに、やや顔の赤みが引いてきた小夜さんが返答する。ちらちらと俺の方に目をやりながらだ。……良い意味らしいからまだマシだけど、自分の『におい』のことを話されるのはちょっと嫌だな。昼に食べた蕎麦の匂いだろうか?

 

「かっ、嗅ぐわけないでしょ。失礼じゃないの。」

 

「だから、良い匂いなんだってば。全然失礼じゃないよ。……やってみて、小夜ち。これで小夜ちも分かんなかったら、私の鼻がおかしいのかも。香月さんもやったのに、小夜ちだけやんないのは変でしょ?」

 

「朝希はこんなこと言ってますけど……いいんですか? 駒場さん。」

 

「……まあ、はい。構いませんよ。」

 

やるのか。別に小夜さんだけがやらなくても変ではないと思うけどな。奇妙な状況に困惑しつつ、小夜さんが恐る恐るという様子で確認するのを動かず眺めていると……彼女は俺の首の辺りで鼻をひくつかせた後、目をパチパチさせながら声を放った。

 

「……するわね、良い匂い。」

 

「でしょ? でしょ? 何の匂いだか分かる?」

 

「分からないけど、でも何か……凄く良い匂いがするわ。嗅いだことのない匂いが。」

 

「面白いね。私には分からないのに、小夜君と朝希君には分かるのか。双子だからなのかな?」

 

香月社長が首を捻りながら言ったところで、探るように俺に顔を近付けていた小夜さんと至近距離で目が合う。すると一瞬だけピクッとしてから硬直した彼女は、パッと離れて撮影部屋の方へと歩き出した。

 

「ぁ……はい、もう終わり。着替えるわよ、朝希。早く来られたんだから、時間を有効活用しないとね。」

 

「えー、小夜ちは何の匂いだか気にならないの?」

 

「ならないの。いいから早く来なさい。」

 

「はーい。」

 

一度も振り返らずに早足でドアの向こうに移動した小夜さんに続いて、未だ気になっている雰囲気の朝希さんも渋々撮影部屋へと入っていく。そんな二人のことを見送っていると、香月社長が再度俺の首元を嗅いできた。もう謎のままでいいじゃないか。

 

「……やはり分からんね。実に不思議だよ。ミステリーだ。」

 

「私も不思議ですが、これはギリギリでセクハラですよ。私が風見さんに同じことをしたら余裕で犯罪でしょうし、『逆セクハラ』ってやつです。」

 

「おっと、やめるから訴えないでくれたまえ。……ひょっとして、若さが影響しているのかな? 嗅覚が衰えるという話は耳にしたことがないが、有り得そうに思えるよ。味覚も視覚も聴覚も年々劣化していくんだから、嗅覚だってそうであるはずだろう?」

 

「社長はまだ『衰える』って歳じゃないですよ。」

 

香月社長がそうなら、俺もそうだということになってしまうぞ。そんなわけで間接的な自己弁護をした俺に、社長が苦笑しながら首肯してくる。

 

「考えていくと泥沼になりそうだし、解明するのはやめておこうか。『良い匂い』なんだから良しとしておこう。」

 

「そこは私としても安心できる点ですね。あの年頃の女性から『クサい』と言われたら、ショックで立ち直れないところでしたよ。」

 

かなり傷付くだろうな。何せ想像だけでがっくりしてしまうほどなのだから。半笑いで相槌を打った後、話の内容を真面目なものに切り替えた。

 

「とにかく、二人のチャンネルが収益化できたのは一安心です。ホワイトノーツの社員としても、個人としてもホッとしましたよ。」

 

「ん、私も同じ気持ちだよ。……次の動きは決まっているのかい?」

 

「小夜さんと朝希さんに関しては、動画化可能なゲームのリスト作りですかね。LoDをメインに据えるとはいえ、他のタイトルを挟んで目新しさを保つのは重要です。折角通った収益化が剥奪されないように、実況するゲームは慎重に選んでいきたいと思っています。」

 

「直接パブリッシャーに働きかけて許可を取るのもありだと考えているんだが、君はどう思う? ちなみに実際に許可を得られるかどうかではなく、現段階で挑むか挑まないかという意味だよ。」

 

香月社長が腕を組んで尋ねてくるのに、短く黙考してから回答する。まあ、易々とは許可が下りないだろうな。それを踏まえた上でチャレンジしてみるか否かということか。

 

「やってみる価値は大いにあると思いますが……運良くゲーム会社から動画化の許可が下りたとして、ライフストリームの運営がどう判断するかですね。」

 

「そこなんだよ。まだシステムが整っていないから、誤解で削除されることもありそうなんだ。」

 

「ただ、今のうちからゲーム会社との関係を築いておくのは良いことですよ。断られたとしても、働きかけたという事実は残ります。いつかライフストリームでマーケティングをしたいと先方が考えた時、ホワイトノーツの存在を思い出してくれるかもしれません。……やるだけやってみましょうか。それでもし許可が下りたら、二人にリスクを説明した上で動画にするかしないかを選んでもらいましょう。」

 

「まあ、そうだね。『やるだけやってみる』という考え方は嫌いじゃないよ。別に金がかかるわけでもないし、挑んでみようか。」

 

香月社長が話を纏めたところで、私服姿の朝希さんと小夜さんが事務所スペースに戻ってきた。ゲームのことも勉強しておくべきだな。小規模なディベロッパーが直接ゲームを販売できるプラットフォームも一般的になってきているようだし、今のホワイトノーツでも付け入る隙はあるように思えるぞ。

 

「駒場さん、LoDやりませんか? 小夜ちが先に編集するって言うから、デュオで一戦やりたいです!」

 

「交代交代でしょ、朝希。その次の一戦は私が『先生役』で、あんたが編集をやるんだからね。」

 

「……小夜ち、1v1で負けたじゃん。私が先生役って決まったじゃん。ズルいよ。」

 

「あれはノーカンってことで決着が付いたでしょうが。しつこいわよ。」

 

朝希さんの文句に小夜さんが反論しているのを横目にしつつ、香月社長に問いかけの目線を送ってみれば……彼女は苦笑いで肩を竦めてくる。

 

「これも『業務』の一環さ、駒場君。二人の肩慣らしに付き合ってあげたまえ。」

 

「まあはい、社長がオーケーしてくれるなら私は問題ありません。やりましょうか。」

 

「なら、こっちに私のパソコン持ってきますね。小夜ちのは編集で使うので。」

 

「手伝います。」

 

別に離れていてもプレイできるわけだが、朝希さんは話しながらやりたいらしい。撮影部屋からパソコンを持ってくる作業を手伝っていると、香月社長が思い出したようにモノクロシスターズの二人に声をかけた。

 

「そうそう、駒場君は来週名古屋に行くんだ。欲しいお土産があったら頼んでおきたまえ。」

 

「名古屋? 仕事で行くんですか?」

 

「ええ、出張です。月曜日に行って水曜日の夜に帰ってくるという日程ですね。その間の送迎は風見さんに任せてあるので、すみませんがよろしくお願いします。」

 

営業車は金曜日に納車される予定なので、特に問題なく送っていけるはずだ。いざとなればタクシーを使えばいいんだし、どうとでもなるだろう。小夜さんに答えつつ説明した俺に、モニターを持っている朝希さんが要望を飛ばしてくる。

 

「私あの、羊羹みたいなやつ……ういろう? あれを食べてみたいです! あと、カエルのお饅頭も。」

 

「こら、朝希。遠慮は? 遠慮って文字はいつ頭から消したの?」

 

「大丈夫ですよ。さくどんさんと一緒にお土産屋を巡ることになりそうですから、ついでに買ってきます。」

 

「さくどんも……じゃなくて、さくどんさんも行くんですか?」

 

小夜さんに睨まれて言い直した朝希さんへと、一つ頷いて肯定を返す。

 

「名古屋観光の動画を撮るために、一緒に行くことになりました。」

 

「観光動画ですか。……駒場さんは、私たちもそういうのをやった方がいいと思いますか?」

 

「良し悪しというか、チャンネルの方向性次第ですね。あくまでゲーム実況専門のチャンネルにしたいか、それ以外の色も少し出していくかの違いだと思います。」

 

「……小夜ち、どう?」

 

分かり易く悩みながらの朝希さんの呼びかけを受けて、そっくりな表情になっている小夜さんが応答する。俺はゲーム以外の動画の割合を増やすのもありだと考えているけどな。

 

「どうなのかしら。……駒場さん、どうですか?」

 

「お二人がやってみたいのであれば、チャレンジしてみるのも良いんじゃないでしょうか。ゲーム以外の場面で活動しているお二人を見て、視聴者が親近感を持ってくれるかもしれませんしね。プラモデルやダンスの動画と同じように、普段とは違った側面を見せられるはずです。」

 

「そもそもゲーム以外の動画は、ゲーム実況だけだと飽きられちゃうかなと思って入れてたんですけど……ちょっとだけ増やしてみるのは悪くないかもしれません。二人で考えてみます。」

 

「そういう動画はゲーム実況よりも権利関係の面で作り易いので、撮れるようになっておくと潰しがきくかもしれません。何にせよ急いで決めることではないので、ゆっくり考えてみてください。どの方向を選ぶにせよ、全力でフォローしていきますから。」

 

もし彼女たちがゲーム以外にも手を広げていくのであれば、夏目さんとのコラボレーション動画を提案してみるのも面白いかもしれない。朝希さんと小夜さんのチャンネルで一緒にゲームをして、夏目さんのチャンネルでは三人でチャレンジ企画をするって感じで。

 

……いや、違うか。逆の方が良いな。さくどんチャンネルでゲームをして、モノクロシスターズのチャンネルでゲーム以外の動画を上げるべきかもしれないぞ。そっちの方が新鮮味があるし、違った角度から楽しめそうだ。

 

いやいや、どうなんだろう? ゲーム実況をメインにやっているチャンネルなのだから、ゲームを挟んだ方が夏目さんを受け入れ易いか? さくどんチャンネルの方でも、いきなりゲームの動画を出されたら困惑するかもしれないぞ。……ぬう、ここも悩まなくてはいけない点らしい。俺は双方を知っているが、視聴者は片方しか知らない場合もあるんだもんな。そういったことも踏まえて組み立てるべきだろう。

 

「大いに悩みたまえ、諸君。それが人生さ。」

 

揃って黙考している俺と小夜さんと朝希さんに対して、クスクス微笑んでいる香月社長が言葉をかけてくるのを耳にしつつ、とりあえず『授業』のためのパソコンの設置を進めるのだった。

 

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