祐介達は森を進んでいる。依姫によると、今いるのは都の外であり、近くにあるトラム(水平移動するエレベーターのようなもの)で都の居住区画に向かうとのことだ。
都は透明なドームが幾つかあり、(どうやらそれが結界らしい)区画ごとに分かれているとのことだ。居住区画、行政区画など。
月の裏側からは地球を見ることは出来ない。祐介は月の空を見上げている。
「どうしました? もう地球が恋しくなりましたか?」
「まあ……それもあるけど、月から見る空ってのも新鮮だなあって。」
「強そうなのにホームシックになるものなのね。」
玉兎の一人がそう言って笑う。
「そりゃ、誰がなんと言おうと俺は地球が好きだ。俺が生まれた星で、俺が生きた所だからな。」
祐介の答えがあまりにも真剣だったこともあり、玉兎は黙ってしまった。
「全く……月にもあなたみたいな人が欲しいものです。」
依姫は背中を向けたまま言う。
「そりゃ光栄「伏せろ!」」
弘行の叫び声を聞いた祐介は依姫の服の襟を掴み、その辺の茂みに引きずり込む。直後、依姫がいた所を銃弾が通り過ぎた。
「待ち伏せだ!」
暢がそう叫び、自ら前衛に躍り出る。その間に愛良がグリーンランド中佐をその場から退避させ、弘行は敵を探す。
「状況報告!」
「3-2は無事だ! 敵の位置をマーク!数は不明!」
「3-3は索敵中!」
「3-4、VIP確保!警護します!」
「了解。おい玉兎! 何ボンヤリしてるんだ! さっさと隠れないと頭吹っ飛ばされるぞ!」
祐介に怒鳴られた玉兎達は焦って物陰に隠れた。
「対応が早いですね。」
依姫は感心したように祐介へ言う。
「慣れてるからな。急進派の奴らか?」
「恐らく。私を狙ったのでしょう。」
そこへ弘行が滑り込んでくる。
「リーダー、敵の数が割れた。5人だ。ここから14時の方向。スナイパーが1。あとは突撃兵だ。」
「依姫、俺らがやる。いいな?」
「お手並み拝見させてもらいます。」
「了解。中佐!」
「わかってる。バルチャー、交戦を許可する!」
その声を聞いた4人は銃の安全装置を解除する。その瞬間、まるで獲物を狙う猛禽のような鋭い目つきになる。
「いつも通りやるぞ。」
いつもより少し低い声で祐介が言うと、3人もうなづき、森の中に入って行った。
「大丈夫なんでしょうか……」
「信じろ。うちの自慢の精鋭だ。」
森に突入した4人は散開し、低姿勢で茂みに隠れながら移動する。獣のように気配を消し、姿を隠す。
「攻撃開始だ。やれ。」
射程に入り、祐介が合図すると、暢がスナイパーの真正面から激しい弾幕で牽制、ひるんだスナイパーを弘行が狙撃する。
「敵襲!」
そう叫んだ兵士は次の瞬間、側面に回り込んだ祐介と愛良の挟み撃ちを食らい、銃弾に倒れる。不意をつかれた敵兵は瞬く間にやられていく。
「クリア!」
「制圧完了!」
祐介と愛良が周囲を確認する。すると、祐介の近くにまだ息のある玉兎が倒れていた。その玉兎は怯えている。戦意はなく、脇腹に被弾しているようだ。
祐介はしゃがむと、その玉兎の服を捲って傷の治療を始める。
「ひっ……何を……」
「動くな。手当てしてやる。」
祐介は慣れた手つきで銃創を治療し、玉兎を抱え上げた。
「ほら、落ち着きな。殺しはしないよ。」
祐介は撤退の合図を出す。程なくして4人は捕虜を連れて依姫達に合流する。レイセン達はなぜか驚いたような表情を浮かべていた。
「どうした?」
祐介は訝しげな表情で聞く。
「いえ……まさか敵を助けるなんて思ってなくて……」
それにレイセンが答えた。
「まあ、そうだろうな。」
依姫は疑問に思っていた。もしかしたら自分が死ぬかもしれない状況で、どうしてそんなに優しいのかと。
「依姫、こいつどうする?」
「え……ああ、捕虜にします。色々聞きたいこともありますし。」
「決まりだな。」
祐介は捕虜を背中に乗せる。
「あの……どうして助けてくれるんですか?」
「……さすがに無抵抗の奴は殺せないよ。俺らはそこまでイかれちゃいないからな。」
捕虜の質問に祐介は答える。
「それに、俺らのモットーは『時に拳を時には花を』だしな。」
暢は自慢気に言う。依姫はその言葉に首を傾げる。
「それってどういう意味なんです?」
「考えろ。そっちの方が分かりやすい。それより、さっさと都に行こう。」
弘行は辺りを警戒しながら言う。
「分かりました。こっちです。」
一向はトラムステーションに向かう。それほど離れていない所にトラムステーションはあり、形はモノレールに近かった。
「なあ依姫、このトラムの動力は?」
最近エンジニアに目覚め始めた暢がトラムを眺めながら聞く。
「電力です。レールには電磁石があって、それを利用して動かしています。」
「なんだ。モノレールとリニアモーターカーを組み合わせたみたいなものか。電力は?」
「第一行政区画にある発電用リアクターから。」
「リアクターか……」
一同はトラムに乗り込む。1両目は動力車で、自動運転だが、万一に備えて運転台が付いている。2両目は停電時に動かせるように小型リアクターを搭載した電源車。3、4両目は客車だ。
『南部水栽培区画発、第二行政区画行き。間もなく発車します。』
車内放送の後に扉が閉まり、トラムは発車した。コロニー内をしばらく走行すると、隔壁に着いた。そのゲートの奥にもう一つ隔壁がある。
「なあ、なんだこれ?」
弘行が窓の外を見て言う。
「エアロックだな。まさか宇宙空間を走るのか?」
祐介はその隔壁をエアロック(気密区画。宇宙船と外をつなぐ区画)と判断した。
「ええ。あなた達が月の都と呼んでいるルナコロニーは幾つものコロニーの集合体です。全て結界で見えないように隠していますし、地球からは月の裏側は見えませんから。」
月は地球に対して常に表側を向けているので、裏側が見えることはない。裏側には幾つものクレーターが存在する。それは人によっては気持ち悪いと思える造形だ。
トラムはエアロックを通って宇宙空間を走る。窓の外には無数のクレーターが見える。
「クレーターの中にコロニーを作っているんですね……」
愛良はコロニーを観察している。
「そういえば行き先はどこなんだ?」
グリーンランド中佐が依姫に聞く。
「第二行政区画にある月面軍本部です。」
いきなり本部かよ。バルチャーの面々はそう思った。
その間、玉兎達は祐介達の装備をまじまじと眺めていた。月面軍の火縄銃に銃剣を付けたような外見のライフルと祐介達の銃では格が違う。
「祐介さん、そのグリップの後ろのはなんですか?」
レイセンは祐介のG36Cの
「ストック。または銃床。構えた時に肩に当てる事で銃身が安定し、射撃時に反動を抑えるのさ。」
祐介はその場でG36Cを構えてみせる。特殊部隊らしくキマっている。
「地球の軍も馬鹿に出来ないわね。」
依姫が呟く。
「そりゃ、地球じゃしょっちゅう戦争やら紛争が起きてたから、兵器の進歩が早いんだよなコレが。その副産物としてコンピュータやら航空機やら便利な物が出来たしな。」
「こういうの皮肉って言うんだよな。」
祐介の回答に暢が茶々を入れる。
「暢さんならその火縄銃みたいなの改造出来るんじゃないですか?」
「ほえ? 俺っちに改造させるのかよ。祐介の方が工作上手いじゃんか。」
「お前がやれ。これ分隊長命令な。」
「はぁ〜!? というか、完成品を持ってきたから後で見せる。」
「先に言え! なんだよその料理番組みたいな『完成品はこちらになります』は!」
そんなほのぼのしたやり取りを見て周りの玉兎達は笑っていた。
「いつもあんな感じなんですか?」
バルチャーを見ていた依姫はグリーンランド中佐に聞く。
「普段はな。戦闘になるとさっきみたいに真面目になるが。いつも気を張ってると体が持たないんだろう。」
そんな時、ライフルの簡易メンテナンスをしていた弘行が顔を青くした。
「……なんだこりゃ!? 機関部がぶっ壊れてる!?」
「はぁ!?」
「何したんだお前は!?」
暢が弘行からライフルを引ったくって分解する。慣れた手つきでネジを外し、パーツごとに分解すると……
「弘行、強装弾なんか使ったか?」
「いや、通常弾だ。」
「……わかった、それが原因だな。」
「どういうことだ?」
「前、地球に来たアホどもの銃がヘッポコだったろ? あれは月の重力下で使うことを想定していたのを地球の重力下で使ったからだ。さて、地球で使う前提の銃を重力6分の1という月で撃ったら……」
「……地球で撃った時以上のガス圧で機関部アボーン?」
「そういう事。リコイルスプリングとファイアリングピンが死んでるなこれ……モリソンに連絡しておく。予備パーツは?」
「一応あるから直しておいてくれ。」
そんな事をしているうちにトラムはエアロックをくぐり、次のトラムステーションに到着する。
『次は居住区画です。』
居住区画は高いビルが立ち並んでいる。三角柱の途中に球体がついているような形のビル、地球で見慣れたビルと、様々な形状のビルがあった。
「これだけの都市の電力を補えるって、行政区画のリアクターどんだけだよ。」
暢は街を見ながら呟く。
「次のトラムステーションが第二行政区画です。」
いよいよ本部。それでもバルチャーは気を抜かない。このとき、祐介、暢、愛良は自分の銃もぶっ壊れてるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。