「弘行! 弘行!」
魔理沙は弘行の姿が見えなくなっても叫び続けていた。そして、その場に崩れ落ちて泣き出してしまう。
「魔理沙……」
霊夢はかける言葉がなかった。そして、涙が溢れ出していることに気づく。自分は何にも縛られることのない存在のはずなのに、なぜだろう。
祐介から渡されたドッグタグを見ると、なぜか苦しい。ああ、そうだ。父親が死んだ時と同じ感覚だ。悲しい、寂しい、そんな感情が溢れ出してくる。
だけど、咲夜は泣いていない。気丈に振る舞って見せようとしていた。暢は最期まで笑っていたのだから、自分も笑っていようとした。そして、分かっていた。過去を変えて、暢が死ぬ原因さえなくなってしまえば、暢が死ぬという未来も変わるはずだと。死は避けることのできない宿命ではあるが、あの場所で死ぬという運命は変えられる。
「待ってて、暢。」
また暢が幻想入りするという保証はない。あの異変自体が無くなれば暢が幻想入りする理由は無くなる。でも、その時はなんとしてでも、自分が外の世界に行ってでも、見つけ出してみせよう。きっと、暢ならそうする。あのしぶとさが移ったのかもしれない。そう思った咲夜はくすりと笑った。暢が死んだはずなのに、なぜか笑っていられる。まるで、暢が隣にいてくれているかのように。
「それで、これからどうするかプランを立てないとね。」
霊夢は握りしめたドッグタグのボールチェーンをお祓い棒に巻きつけると、袖で涙を拭って立ち上がる。祐介は3度、命を賭して自分を助けてくれた。きっと、自分が幻想郷を守る鍵で、命を投げ出すだけの価値があると踏んだからだろう。1人の命で多くの命が救えるなら、それは気の毒だが仕方ない犠牲だろう。
でも、その1の犠牲ですらこんなに辛いのだ。まして、密に過ごした思い出があるから、さらに辛い。そして、目の前には彼を生き返らせられるかもしれない手段があって、それを使えば彼を始めとして、幻想郷や、外の世界の大勢が死ななくて済むように今を、過去を、未来を変えられるかもしれない。霊夢はその両肩に押しつぶされそうな重みを感じた。きっと、これが命の重みなのだろう。彼らの背負っていたものを肩代わりしたのだ。
「プラン? あの雷人をどうかする……殺すしか思いつかないぜ……」
魔理沙が言う。確かにそうだろう。いたらいたでこの未来を作り出してしまう。でも、違う気がすると霊夢は思った。時々祐介が苦しんでいたことを思い出したのだ。人を救うために人の命を奪うというジレンマに。
「他にもあるわ。」
咲夜は霊夢の思いを汲み取ったかのように微笑むと、プランを話した。
「つまり、兄さんは誰にも受け入れてもらえなかった、さらには殺されそうになったのがこの異変を起こした原因なら、その原因を取り除けばいいのよ。この世界も捨てたもんじゃないと思わせてあげればいい……なんてどうかしら?」
「……続けて。」
霊夢は咲夜の話に興味を示す。さらには魔理沙もその話にかじり付いた。
「暢が私にしたように、兄さんも旦那様に預ければいいと思うわ。恐らく、旦那様にも私がこう考えてることはお見通しで、今頃待ち構えてるはずよ。あり得る事象の1つだもの。」
「……魔理沙、それでいいかしら?」
霊夢は魔理沙に視線をやる。魔理沙は強く縦に頷くと、涙を拭った。間も無く過去に到着するのだ。
時間転移装置が止まると、そこは暗い森の中だった。咲夜には見覚えがある。暢と初めて出会った場所なのだ。
無数の松明が何かを追いかけているのが見える。あそこに雷人と咲夜がいるのだろう。霊夢たちはそれを追いかける。暢に鉢合わせないように周りに気をつけながら。
3人は緊張感と高揚感を感じる。見つかるのではないか、どこからだけが来るのかという緊張と、祐介たちは何度もこれを感じてきて、今は自分たちがやっているのだと、自分たちの知らない彼らの足跡を追っているような気分だった。
すると、前方の方に人影が見えた。群衆とはぐれた村人ではない。あの黒ずくめに手に持った自動小銃は間違いなく暢だ。ただ、霊夢たち3人には全く気付いていない。咲夜を探しに来て、雷人を見つけたところだろう。
「咲夜、あれって……」
「ええ、暢ね。確か、村人の足止めをして私を探しに行くはずよ。ここで待ちましょう。」
すると、暢はスタングレネードを群衆に投げつけてその場を離れた。辺りからは怒号や悲鳴が聞こえてくる。
「今!」
「魔理沙!」
咲夜が合図すると、霊夢が魔理沙に指示を出す。魔理沙は何も言わずに箒に跨ると、箒に八卦炉を取り付け、猛スピードで飛び出した。狙いは雷人の確保だ。
群衆より前、多少スタングレネードの影響を受けたのかフラフラしながら歩く雷人がいた。その姿を見つけた魔理沙は問答無用で首根っこをつかんで箒に乗せると、そのまま紅魔館方面へと飛び去っていく。魔理沙の姿を霊夢と咲夜も飛んで追いかけていく。作戦は上手くいった。
「やるじゃない魔理沙!」
「へへ、どんなもんだぜ!」
ーーーーー
眠っているのだろうか、暖かい布団か、液体に包まれているようだ。気怠げな気分だが、なんだか心地よさを感じる。このまま瞳を閉じて眠っていようか。
指先を動かすのも億劫に思えた。だが、目を覚まさずにはいられなくなった。誰かの呼び声が聞こえる。行かなければならない、そう感じて、目を覚ます。
そこはあたり一面に彼岸花が咲いている野原だった。目の前には背の高い、赤髪を2つに束ねて大鎌を持った女性と、小柄で幼児体型で、卒塔婆を持った少女が立っていた。
「やれやれ、その若さで死んでしまうとは……まだ三途の川を渡ってはいませんが、貴方に判決を言い渡します。有罪です。理由はわかりますか?」
この手を血に染めたから? 金属とプラスチックの塊で、大勢の人間と、元人間を撃ち、命を奪った罪? それは、受け入れるべきともう割り切っている。
「違います。確かにそれは悪とも言えますし、それ以上の人間を生かすことに繋がったから善とも解釈はできます。私が貴方の1番の罪と思っているのは、あそこで生きることを放棄したことです。」
放棄した? あの3人を死なせては幻想郷の未来はない。だから、自分たちが死んだほうがより多くの人を生かすことに繋がるはずだ。
「そうでしょう。でも、貴方たちはあのガスを止める術を探そうともしなかった。最初から死ぬと決めた事が罪なのです。その決断が、どれだけの人を泣かせたと思っているのですか? 足掻きなさい。最後まで。最後まで諦めなかったのならば、私も怒りはしません。貴方への罰は、生き延びる事です。どんなに辛くても、苦しくても天寿を全うする日まで、生きる事を放棄しない。それが貴方への罰です。」
もう死んでいるのに、出来っこない罰を言い渡すんだな。閻魔ってそんなに暇な仕事なのか?
「いいえ、貴方はもうすぐ生き返ります。運命が変わるのです。運命の輪が逆に回り出します。恐らく、この幻想郷で生きた事も、兵士として生きた事も忘れて、分岐点まで時が巻き戻る事でしょう。そこからが、貴方への罰の始まりです。さあ、お行きなさい。三途の川を渡るのはもっと未来の話です。」
視界が白んで行く。見慣れた手が薄れていく。そして、視界も意識も薄れていく。
「貴方の友は先に行きました。また会えるでしょう。私とも、彼女たちともいつかまた……」
声はもう聞こえない。だけど、彼女という言葉が何度も頭の中をこだまし続けた。誰の事だっただろう、さっきまでははっきり覚えていたのに、だんだん記憶から薄れていってしまう。
必死に糸を手繰り寄せるように、その名を思い出し、忘れたくない、その思いで口に出す。声にならない叫びとして、愛しいその名を、虚空へと向けて放った。
ーーーーー
紅魔館の前に着くと、咲夜はため息を吐かずにはいられなかった。この時からかと思って落胆しそうになった。美鈴が門に寄りかかって眠っているのだ。
そんな美鈴に代わってか、門が開き、長身の男が現れた。カイル・スカーレット。総てを見通す吸血鬼だ。カリスマとでも言うべきか、その風貌から滲み出る威圧に3人は気圧された。3人に連れられて縮こまっていた雷人も、さらには縮こまってしまう程だ。
「ようこそ、紅魔館へ。博麗の巫女、魔女に……未来の我が娘たちの瀟洒な従者よ。目的は分かっている。」
「お久しぶりでございます、旦那様。」
咲夜は恭しく頭を下げる。うむ、とカイルも軽く会釈をすると、4人を中へ招き入れた。その途中、美鈴の頭を小突くのも忘れない。
館内へ入ると、カイルは歩きながら話を始めた。
「この先の未来に何があったかはもう見通した。なるほど、この後咲夜を連れてくる彼も死んでしまうのか。そして、彼らに未来を託され、その運命を変えたくて、此処まで来たか……さぞ勇気のいる事だったであろうな。」
「これで、あの異変はなかった事になるのかしら?」
霊夢が問うと、カイルはううむと唸った。
「保証はない。遠回りでも近道でも目的地が同じなように、違う状況でも同じ結果になる事はあるのだ。一概には言えん。だが、そうならない事象もある。」
カイルがある一室の扉を開けて雷人を招き入れる。そこには、雷人の体に合う服や小物、そして、女物の服も用意されていた。
「もうすぐ君の妹も此処へ来る。今日から君は紅魔館の一員だ。今日からは、十六夜雷人と名乗るが良い。」
カイルはしゃがんで雷人と目線を合わせると、さっきとは打って変わって優しい声で話しかけた。雷人はそれに素直に従う。カイルのカリスマ性のなせる技なのか、娘がいるから扱いに慣れているのかは不明である。
すると、霊夢たちの体が光に包まれ、透け始めた。そんな事が起きたのだがら3人は当然慌て出す。すると、カイルは3人に落ち着くように言った。
「おめでとう。運命が変わり、分岐点へと時が戻り始めた。これだから人間は面白い。運命へ抗い、変えてしまえる。それが羨ましくてたまらないよ。さあ行くが良い。君たちの望む未来がそこにあることを願おう。」
霊夢たちは体が消え、意識が途切れていく中、最後に一言呟いた。ありがとう、と。それが誰に向けられたのかはカイルには理解出来なかった。
「客人かしら?」
物陰からカイルに声をかけたのはパチュリーだ。うむ、とカイルは首肯する。
「明日から忙しくなるぞ。なんたって、我が家に2人増えるのだからな。いつの日か、レミリアとフランの良い友となってくれるはずだ。」
「人の血を吸う吸血鬼が人の子を育てるなんて、中々に滑稽な話だと思うわ。」
そんなパチュリーの言葉を受けたカイルはクスリと笑った。
ーーーーー
ある日、3台の自転車が裏道を駆け抜けていた。幻想入り2年前だ。あのテロが起こることもなく、3人の少年はいつも通りにバカ笑いしながらあちこち遊び歩いていた。
先頭の祐介の声が聞こえなかった最後尾の暢がスピードを上げて祐介の隣に移動したその時、暢は何かに突き飛ばされて左にハンドルを切ってしまった。祐介がそれに巻き込まれ、さらには後続の弘行が巻き込まれ、団子になって左に倒れてしまう。そこにあったのは大きめの用水路で、たまたま柵が壊れている箇所だった。
恨むぞ暢、そう叫ぶ祐介と弘行、そして悲鳴をあげる暢はそこで不思議な体験をした。突如空間に切れ目ができ、その中に吸い込まれたのだ。中には無数の目玉があり、正気を失ってしまいそうになる。あまりの恐怖に3人が目を閉じると、そのまま眠るように失神してしまった。
暢が目覚めると、そこは真っ赤な部屋の、まるで高級ホテルにでもあるようなふかふかのベッドの上で、これまた見たこともないような美女がいて、その美女に膝枕されているところだった。
「……は?」
「やっと目覚めたようね、暢。」
暢は何故その人物が自分の名前を知っているのか不思議でならなかった。それと同時に、どこかで会ったような感じがしてならなかったが、生憎こんな綺麗な親戚もクラスメイトもいた事はない。
「その顔だと、何があったかわからないって様子ね。まあ良いわ。今度は時間がたっぷりあるのだから……とりあえず、おかえりなさい、暢。」
ーーーーー
弘行はぶつくさ文句を言いながら森を彷徨っていた。自転車はスクラップになってるし、ドブ川に落ちたはずなのに変な森にいるわで夢なら覚めて欲しかった。
「おおい、祐介! 暢!」
叫んでもカラスが飛び立つだけで、友は出てこない。やれやれ、と弘行は木に腰掛けて今後のことを考えようと思った。そんな時、隣にちょこんと誰かが座った。金髪で、黒いとんがり帽子をかぶった美少女だ。弘行の好みどストライク。
「ん? 迷ったのか?」
「迷うもクソも、気がついたら此処にいた。今日は厄日かも。」
「良い神社知ってるぜ。今度お祓いしてもらったらどうだ?」
「そりゃいいな。」
弘行は魔理沙のジョークにクスリと笑う。魔理沙は満足気にしながら立ち上がると、弘行の前に立って手を差し伸べた。
「お困りなら私の家に招待するぜ?」
普通なら、初めて会っていきなり家に招待されたら警戒して行かないだろう。だが、弘行には目の前の少女に見覚えがあるような気がして、そして、信用していいと何故か確信が持てて……その手をいつの間にか握っていた。
「おかえりだぜ、弘行!」
魔理沙に飛びつき、抱きつかれて弘行はさらに混乱する羽目になった。
ーーーーー
祐介は目が醒めると固くて冷たい石畳の上に寝転がっているということにだけ気づいた。眼前には青々とした空が広がっていて、吸い込まれそうだ。
「やーれ、参ったなこりゃ……」
「あら、お参りかしら?」
祐介の視界に、赤いリボンで髪の毛を束ねた少女が入る。巫女のような格好だが、とりあえず知ってる巫女服ではない。なんだかどこかで見たことあるような気はするが思い出せない。
「お参り……?ここは神社なのか?」
「ええ、そうよ。祐介なら覚えてると思ったけど、やっぱり忘れちゃったか……」
祐介はキョトンとした顔で霊夢を見つめる。
「なんで俺の名前知ってるのさ?」
「話せば長くなるし、私の正気を疑うと思うわよ?」
「もう十分狂気じみた体験してきたから、もう何言われても疑わねえよ……」
すると、霊夢はそんな祐介に手を差し伸べた。
「なら、中でゆっくり話すわ。」
「ん、頼む。」
祐介は霊夢の手を握る。懐かしい感じがして、何か心温まるような感覚に見舞われ、気づけば霊夢を抱きしめ、目からはポロポロと涙が溢れ出していた。
「あれ……なんで……」
すると、霊夢は少し驚きながらも祐介を優しく抱きしめて、そっと囁いた。
「今はたっぷり泣くといいわよ。心のどこかで覚えていてくれたのね。」
霊夢は泣きじゃくる祐介をしばらくあやし続けた。そうしているうちに、霊夢も堪えていた涙が溢れ出す。なんとか涙を流す前に、一言だけ伝えることができた。
「おかえりなさい、祐介。」
ーーーーー
「紫様、これが報告です。」
藍は紫に書類の束を渡した。外の世界の便利な道具を手に入れた藍は最近、忘れっぽい紫への報告を書類を使って行うようにしていた。そうすれば、忘れてもまた見返せる。でも、紫はこの事の報告だけは忘れはしないだろう。
「あの異変の起きる兆候はなく、外の世界も平和そのもの……ふふ、上出来ね。」
そう言ってお茶をすする紫に、藍は疑問を投げかけた。
「ですが、あの3人を何故幻想入りさせたのですか?」
「ただのご褒美よ。お互いの為にね。まあ、いつも通りの気まぐれと思って頂戴。」
「……わかりました。」
藍が部屋を去っていくのを確認した紫はこっそりスキマを開く。彼らを幻想入りさせてから既に2年が経過し、彼らも、みんなもすっかり馴染んでいた。そして、それぞれの想い人と幸せそうに過ごしている姿を見て、紫はクスリと笑った。
「貴方たちの勝ち取った未来よ。今度は、臆せずちゃんと伝えなさいな。」
紫はそう呟くとスキマを閉じて立ち上がった。
「さて、モリソンにちょっかいでも出しに行こうかしら。」
そんなスキマ妖怪の気まぐれなど露知らず、かつての戦士たちは銃を捨て、今をしっかりと生きている。外の世界の兵士が守った幻想郷と、幻想郷の守護者の守った外の世界、覚えている者はほとんどいない。それが、人里である物語として流行るのはまた別な話である。
やっと完結! だいたい艦これを書き始めた頃でしょうか、この小説を自分で見返して一言「何この駄文!?」
楽しく書き始めたはずが、削除しようかと考えてしまうほどでした……はい。
そんなこの小説もなんとか完結までこぎつけました。ここまでお付き合いくださった読者の方々、ありがとうございました!
この小説のオチですが、実は書くギリギリまで悩んでいたりします。咲夜の出自と兄の存在は決まっていたのですが、決戦どうする?と。最後まで祐介たちが活躍してしまえば霊夢たちの幻想郷での存在意義に関わる、なら、外の世界由来の部分は祐介たちが解決し、幻想郷由来の部分は霊夢たちに解決させようと方針を固めました。ぶっちゃけ、オリキャラがモリソン、逸波除いて全員死亡というのは最初から決まっていました。
最後に霊夢たちが未来を変えたため、この小説及びCombatZoneのストーリーは無くなり、祐介たちは兵士となることも無く、他のオリキャラたちもTF148が結成されなかったため、それぞれ自分の所属部隊で活躍するという最後でしたがいかがだったでしょうか?
カイルの言っていた通り、この話には無限に分岐点があり、様々な結末が考えられます。書き終えた今でもこんな終わり方ならどうだったかな?と思うほどに……
それでは、またどこかで。
そして、本作の一部オリキャラのモデルとなった友人に、この場を借りてお礼申し上げます。