【完結】師弟 ―蟹座の黄金聖闘士の話―   作:駱駝倉

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柔らかな日々の追憶

 

 教皇宮を出た射手座の黄金聖闘士は、我知らず溜息を吐いていた。秘密裏に命じられている女神探索は遅々として進まない。今も何度目かの報告を終えたところだ。長期戦覚悟とは言え、結果を出せないでいるのは何とも不甲斐なかった。本来は人手を割いて大人数で捜索すべきなのだが、敵軍に悟られてもいけないと、事情を知る者は限られている。

 

 現在在位している黄金聖闘士は、彼と、魚座のルゴニス。獅子座のイリアスは聖衣こそ持ち歩いているが聖域のために動くことはないだろうから、実質二人しかいない。しかも魚座は平時でも聖域の防衛を担っているので、自由に動けるのはシジフォス一人と言ってもよい。もっと黄金が揃っていればいいのに、と彼が思ったとしても仕方ない。

 

(あいつらも早く拝領できればな)

 

 共に黄金として戦おうと誓い合った友の顔を思い浮かべながら、自宮でしばらく寛ぐ。

 

 と、上から教皇の弟子が下りてきた。人馬宮を通り抜ける際に会釈していく様子がいつもと違ったので、シジフォスは彼を呼び止めた。振り返った顔は精彩を欠いている。

 

「元気がないようだが、それは誰かへの届け物か? 見舞いにでも行くのか」

 

 少年が手にしている籠を指差すと、「ああ、これ」とマニゴルドは熱もなく笑った。「上で貰ったおやつ。べつに誰かにやるわけじゃないよ。シジフォスさんにあげようか」

 

 この前の礼もまだ受けていないし、少しくらい貰う権利はあるはずと考えたものの、シジフォスは先に確かめておくことにした。

 

「誰かへの届け物でないとしたら、おまえは籠を持ってどこへ行こうとしていた? 本当は友達と一緒に食べようと思って持ってきたんじゃないか」

 

「うるせえ」

 

 図星とみて、シジフォスは更に踏み込む。

 

「相手はアルバフィカという子だな。喧嘩でもして会いに行きづらいというなら、俺も一緒に行ってやろう」

 

 嫌がる少年の腕を取り、下の天蝎宮へ続く階段へ足を向ける。我ながらお節介だと思った。先の見えない探索の任務を一時でも忘れたいという逃避もあったかもしれない。

 

「あいつとはもう会わないんだよ!」

 

「なんだ、絶交でもしたか? 俺もアスプロスから十回くらいは絶交されたなあ」

 

「そうじゃねえ。あいつは魚座の聖衣を継承するための修行に入ったんだ。もう誰とも会わないんだよ。それを忘れてた俺が間抜けなんだ」

 

 菓子を女官に貰った時はそれを忘れていて、いつものように一緒に食べようと下りてきた。ところが階段を下りるうちにアルバフィカに会うなと言われたことを思い出した。教皇宮に戻って一人で食べる気にもなれず、惰性で十二宮を下りてきたらシジフォスに声を掛けられた――ということらしい。

 

「ルゴニスのおっさんがもう来るなって言うんだ。行ったら駄目だろ」

 

 そうだな、とシジフォスも困ってしまった。修行を邪魔するのは良くない。俯いている隣の少年を見下ろし、代案を出してみる。

 

「そのおやつを俺と二人で食べてもおまえも面白くないだろう。下に俺の友人がいる。そいつらにも分けてやって皆で食べよう。菓子なんて滅多に口に出来ない奴らだから、きっと喜んでおまえを迎えてくれるぞ」

 

「気い使うなよ」

 

「なに、おまえの菓子を餌にして、最近会ってない奴らとの距離を埋めたいだけの俺の打算だ」

 

「そう」

 

 少年は唇の端を歪めると、前を向いた。

 

 シジフォスはハスガードを見つけて声を掛けた。大柄な友人はどこにいても目立つ。やってきたハスガードは、シジフォスの横にいた少年に目を留めた。

 

「マニゴルド……だったか?」

 

「ハスガード、アスプロスは?」

 

「ああ、呼んでくる」

 

 走っていったハスガードと隣のシジフォスを見比べて、マニゴルドは「あんたの友人って、あいつら?」と聞いた。

 

「そうだ。おまえも知っているだろうが、二人とも良い奴なんだ」

 

「よく知らない。前に少し会ったことがあるだけだ」

 

「そうか」

 

 兄貴風を吹かせてマニゴルドの頭に手を乗せようとしたら、逃げられた。

 

 ハスガードに連れて来られたアスプロスは、硬い表情をしていた。

 

「何の御用でしょうか、射手座のシジフォス様」

 

「止せよアスプロス」

 

 シジフォスは顔をしかめ、ハスガードがちらりとよそを向いた。僅かに沈黙が生まれたが、アスプロスがその空気を破る。

 

「分かったよシジフォス。それで何の用だ」

 

「ああ。マニゴルドが菓子を持っているのでな、皆で食べようと思って」

 

 祝い行事でもなければ口に出来ない物が食べられると聞いて、ハスガードの顔がぱっと明るくなった。まだ酒よりも食べ物のほうが嬉しい年頃だ。

 

「それはありがたい。なあアスプロス」

 

「俺は、なぜ菓子を持っているマニゴルドが暗い顔をしているのか知りたい。シジフォス、きみが立場を悪用して巻き上げたのでなければいいが」

 

 腕を組んで言い放つアスプロス。シジフォスが弁解しようとするより早く、マニゴルドが口を開いた。

 

「カツ上げされたわけじゃねえよ。いつも一緒に食ってた奴がいなくなったから憐れんでくれただけだ」

 

「そういう言い方をするな。さあ、食べよう」

 

 シジフォスは三人を促し、石に腰掛けた。

 

 籠の中には、練った小麦粉を揚げてシロップ漬けにした菓子がきつね色の輝きを見せて待っていた。表面だけでなく、噛めば中からもシロップが浸みだしてくる、ひたすら甘い菓子だ。間もなく四人とも手がべたべたになった。

 

「ところで一緒に食べる者がいなくなったってのは、どういう意味だ?」

 

 ハスガードは尋ねながらもりもりと食べ続けている。マニゴルドはふて腐れた顔で黙り込み、シジフォスが代わりに成り行きを話した。聞くうちに、ハスガードの顎の動きが鈍くなり、ついには止まった。

 

「シジフォス。この菓子は俺たちが食っていい物じゃないだろう。どうしてマニゴルドをそのアルバフィカという子のところへ行かせてやらなかった」

 

「どうしてって、魚座のルゴニス様が面会を禁じたんだから、従うより無いだろう。アルバフィカというのはルゴニス様の弟子なんだ」

 

「なるほど魚座の後継者か。なおさら一度は会うべきじゃないか。魚座の黄金聖闘士は毒に強い者でなければ務まらないと聞く。もしかしたら修行途中で二度と会えないような……その、不幸な事故が起きることだってあるのに」

 

「修行中の死など珍しくもない」

 

とアスプロスが冷ややかに口を挟んだ。

 

「だからこそだ!」

 

 ハスガードは強い口調で叩きつけた。「別れの挨拶もしないまま離れて、後で『奴は死んだ』と知るほうの身にもなってみろ。どうしてあんな言葉を最後に掛けたんだろう、伝えたいことがあったのに、と後悔する羽目になるんだぞ」

 

 シジフォスが言う。「死ぬとも限らないだろう」

 

「それならそれでいい。だけどマニゴルドにとっては前触れもなく友達がいなくなったようなものだ。俺だって、おまえたちがある日突然消えたら泣くぞ」

 

「止めろよ」とうんざり顔でアスプロスが呟いた。「先方がマニゴルドに改まったことを言いたくなくて、敢えて黙ったまま接触を断ったということもありうる」

 

「確かにあり得る話だ」

 

 シジフォスが口を添え、それからマニゴルドを振り返った。「どう思う」

 

 急に話を振られた時、彼は菓子を思いきり頬張っていた。年上三人の視線が集まり、急いで飲み込む。

 

「俺は、あいつに会えないのは仕方ないことだと思うし、会えなくてもいいよ。今日はちょっと忘れてただけで、本当はそんな寂しくないしさ」

 

「嘘吐け。この前の晩よりだいぶ元気がないぞ。我慢せずに突撃して来い」

 

「あのな、ハスガードさん。俺は前に一度、ルゴニスのおっさんから言われてたことを無視して痛い目に遭ってるんだ。また同じようなことをやらかして、あの二人とうちのジジイに迷惑掛けるわけにはいかないんだよ」

 

「むう……」

 

 低く唸ってハスガードは口を閉ざした。その時アスプロスが

 

「魚座様の言葉も解釈次第で何とかなるけどな」

 

と言わなければ、その場は沈んだことだろう。

 

「さすがアスプロス」とシジフォス。

 

「手があるのか?」とハスガード。

 

「会いに行くのが駄目なら、偶然通りがかったことにする。具体的には、魚座様が教皇宮に出仕して留守の間にアルバフィカを表に呼び出す。魚座の住まいには従者がいないと聞くから、外からの呼びかけがあれば弟子が対応するしかないだろう。そこへ偶々マニゴルドが別の用事で通りがかったとして、二人が顔を合わせたことを知る者がいなければ咎め立てもできまい」

 

「もし魚座様が予想より早く戻ってきたら?」

 

 アスプロスは射手座の友人を見やった。

 

「そこはきみの出番だ、シジフォス。十二宮の守護者として、上から下りてくる敵を人馬宮で食い止めろ」

 

「うわお」

 

 シジフォスは、聖衣を授かってからは決して人前では出さないおどけた声を上げた。

 

「ハスガードはアルバフィカを道まで引っ張り出せ。口実は何でもいい。籠城している敵を平原までおびき出す役割だと言えば、要領は分かるだろう」

 

「おう」

 

「おびき出すついでに退路も断ってくれ。相手が出てきたら、後はマニゴルド次第だ。ちゃんと話せるといいな」

 

 マニゴルドは答えず、黙ったままアスプロスを見つめた。ハスガードがふと首を傾げた。

 

「ところでアスプロスは何をするんだ」

 

「俺はマニゴルドに荷物運びを手伝わせて、魚座の住まいの前を通る」

 

「一人で楽してずるいぞ」

 

「馬鹿言え。頃合いを見計らう難しい役だ」

 

 澄まして言うアスプロスの腕を、ハスガードが笑いながら叩いた。それを見てシジフォスも笑う。笑い合う三人に、一番年下の少年は納得したように頷いた。

 

 籠の中身がなくなった。

 

「アスプロスは甘いのが苦手だった?」

 

 マニゴルドはアスプロスの手元を見て尋ねた。手つかずの菓子が残っている。

 

「いや、美味しかったよ。これは持って帰る」

 

「こいつの癖なんだ」

 

とハスガードが横から言った。「新年とかパンアテナイア祭とかで、菓子が振る舞われる事があるだろう。そうすると全部食べないで必ず半分持って帰る。一人でゆっくり味わうんだと」

 

 友人に説明を任せ、アスプロスはその端正な顔に微笑みを浮かべている。そうしていると少し教皇に雰囲気が似る、とシジフォスはこっそり思っている。

 

 それなら良かった、とマニゴルドが立ち上がった。教皇宮に戻る彼に付き合ってシジフォスも腰を上げた。魚座のルゴニスがいつ出仕するかついでに調べておけと、アスプロスから指示が飛んだ。

 

 十二宮の階段を上るシジフォスの耳に、後ろから「なんで」と呟く声が届いた。振り返れば、悪童らしからぬ深刻な顔が見える。マニゴルドは考え込んでいた。

 

「なんであんたたち最初ぎくしゃくしてたんだ? 最後のほうの仲の良さ、あれが元々のあんたたちだろう? 喧嘩してた訳でもなさそうだったけど」

 

 三人が揃った時の短い沈黙で、彼らの間にわだかまりがあることをマニゴルドは気づいていた。

 

「ああ。喧嘩なら分かりやすかったんだが……」

 

 彼ら三人は聖闘士になったら共に戦おうと誓い合った仲だった。それがいつしかアスプロスは微妙に距離を置くようになった。きっかけは、己が射手座の黄金聖闘士に任じられたことだとシジフォスは考えている。

 

「……色々あってな」

 

 使い古された言葉で濁す彼に、少年は薄く笑った。

 

「まあいいけどさ。皆して俺をアルバフィカに会わせてくれようとしてるのも、三人で何か他愛ない事をしたかったからだろ。体よくだしに使われてやるから、仲良くしなよ」

 

 思わず拳骨を落としたくなる衝動に駆られたが、シジフォスは溜息を噛み殺すことでそれを我慢した。

 

「おまえ、可愛くないな」

 

「へへっ」

 

 空の籠を振り回すマニゴルドを連れて、シジフォスは教皇宮を目指した。

 

          ◇

 

 それから数日後。

 

 彼らは行動を起こした。

 

 まず大岩をハスガードが担いで運んできた。どこで拾ってきたのか、牛三頭分はありそうな大岩だ。魚座の住まいの前にそれを置き、大声で魚座の黄金聖闘士を呼ぶ。しばらくして出てきたのは、アスプロスの予想通りアルバフィカだった。門を塞ぐように置かれた大岩を見て、何事かと目を丸くする。その美貌を初めて見たハスガードは一瞬言葉を忘れた。

 

「魚座様に頼まれて持ってきたんだが、今おられるだろうか」

 

「あいにく先生は留守にされています。代わりに弟子の私がご用件を承りますが、何でしょうかこの岩は」

 

「なんだ、師から聞いていないのか? こちら側に廻って見てみるといい」

 

 素直に門から出てきたアルバフィカに場所を譲るふりをして、ハスガードは門と岩の間に立ち塞がる。万が一マニゴルドの顔を見るなり家に逃げ込まれないようにするため退路を断ったのだ。

 

 陰から頃合いを窺っていたアスプロスが道へ出た。小さな包みを持っている。その後ろに、申し訳程度の荷物として訓練用の防具を持ったマニゴルドが続く。

 

 大岩を一通り観察しても、特に意味は見出せない。魚座の弟子は不審そうに眉をしかめた。

 

「ただの岩ではありませんか」

 

「そんな……。おかしいな。ここへ運んでくれと頼まれたんだが、何かの間違いかな。確かめてくるから少しこれの番をしていてくれないか」

 

 質朴そうな候補生に言われてアルバフィカは戸惑う。岩ごときに見張り番など必要ないだろう。いや、実は一人で運べる程度の軽い物なのかも知れない。真面目な彼は考えこむ。どうしようかと視線を巡らせた時に、丁度そこへ通りがかったマニゴルドの姿を見つけた。

 

「あ」

 

 その声に、マニゴルドも彼のほうを見た。

 

「よう、アルバフィカ」

 

 アスプロスが後ろを振り返った。マニゴルドに「手伝いありがとう。ここまでで良いよ」と声を掛けて荷物を引き取った。代わりに包みを渡す。往来に残ったマニゴルドはアルバフィカを見つめ続けた。アルバフィカは不思議そうに首を傾げたが、会ってはいけない人物に会ってしまったというような気配は見せない。

 

「久しぶりじゃないか?」

 

と言うアルバフィカに、マニゴルドは

 

「そうだな。おやつ食おうぜ」

 

と包みを掲げて歩み寄った。

 

 大丈夫そうだと見て、ハスガードも「それじゃ番をよろしく」と言い置きその場を去った。

 

 マニゴルドは石に寄りかかった。

 

「前に来た時は、おまえが寝込んでるってルゴニスのおっさんに聞いた。もう体は良いのか」

 

「ああ、もう落ち着いた」

 

「やっぱり薔薇の毒で?」

 

「いや違う」

 

 アルバフィカは首を振り、友人を見つめた。

 

「私は先生から聖衣を継ぐための修行に入ったんだ。修行が終わるまでは他人と会うことを一切禁じられた。おまえももう来るな」

 

「分かってる。今日が最後だ」

 

 素直に頷いた悪友に、アルバフィカの眼が険しくなった。

 

「……おまえ、分かってて来たな」

 

「うん。この後はおまえたちの修行を邪魔したりしねえよ。だから今日が最後」

 

 道の向こうからはハスガードとアスプロスが二人の様子を見ている。

 

「しかし驚いたなあ、魚座様のお弟子があんな綺麗な子だったとは。仮面無しで現れるのは少々感心しないが、魚座様はいいのかな」

 

「さあな。シジフォスが『見て驚くなよ』とか抜かしてたのは、仮面無しの素顔のことだったのかもな。マニゴルドは見慣れているようだし」

 

 彼らの視線の先で、マニゴルドが包みを解いた。

 

「アスプロス、あれは?」

 

「さあ。最初から彼の荷物だ」

 

 包みからは果物が出てきた。教皇の弟子とその友人はいつも菓子や果物のような贅沢な物を食べているのかとハスガードもアスプロスも憤ったが、虫を食べることもあると後で聞いて一気に冷めた。しかもそれが事実であることをシジフォスが保証するので、むしろ気の毒になった。

 

 それはさておき、マニゴルドはザクロの実を半分に割って、片方を友人に手渡した。アルバフィカは宝石のような赤い粒を一粒、口に入れた。

 

「酸っぱいぞ」

 

「あれ、外れかあ」

 

 マニゴルドも手元の実から粒をほじって食べてみた。確かに甘味より酸味が強かった。

 

「もう少し熟すのを待つしかねえか」

 

「それなら今食べよう」

 

 熟すのを待っても、もう二人で分け合う機会はないから。言外の意味を正確に受け取り、マニゴルドはザクロの実に歯を立てた。ぽろぽろと赤い粒がばらけた。

 

「これ、女神への供え物からはね除けられたやつなんだけどさ。ザクロはキリスト教だと再生と永遠の命の象徴だけど、ギリシャ神話だと冥王に攫われたペルセポネが冥界で食った果物だっていうよな。そんなの冥王と敵対してるアテナに捧げていいのかね」

 

「少しは勉強したか」

 

「少しはな」やや間を置いてから悪童は言葉を継いだ。「俺は冥界でザクロを食べても、地上に戻ってこれるようになるんだ」

 

「なんだ。エレウシスの秘儀でも覚えるのか」

 

「違うって。お師匠の技を継ぐことになった」

 

とへらりと笑った。アルバフィカは我が事のように喜んだ。友人が口では不平を垂れながらも、師を慕っているのはよく知っている。

 

「それは良かった。教皇猊下の技を継げる者などこの聖域にはいないのだぞ! 絶対に期待を裏切るなよ。ああでも、本当に良かったな」

 

「おう」と少年は鼻の下を擦った。「俺も聖闘士を目指すから」

 

「あまり猊下に迷惑を掛けるなよ」

 

「おまえも頑張ってルゴニスのおっさんの後を早く継げるといいな」

 

「うん」

 

 それを言いに来たんだ、とマニゴルドは結んだ。

 

 彼の横で、アルバフィカは赤い実を両手で弄んだ。

 

「……私はこの修行を終えたら魚座の黄金聖闘士になる。おまえが何の聖衣を授かれるかは分からないけど、もし猊下の後を継げたら黄金位だ。次に会う時は二人とも黄金になれてたら、いいな」

 

「そうだな」

 

「いいだろ」

 

「うん。いい」

 

 それから二人は言葉少なに酸っぱい実を囓り、ぽろぽろと赤い粒を地面にこぼした。食べ終わると二人はいつものように「じゃあな」と別れた。

 

 

 道を戻ってきたマニゴルドを、ハスガードとアスプロスが出迎えた。

 

「素っ気ないなあ。もっとこう、感動的に盛り上がる別れかたをすればいいのに」

 

「なんであんたの好みに合わせなきゃいけないんだ」

 

 ハスガードの感想を鼻で笑う。しかし少年はすぐに真面目な顔になり、協力してくれた彼らに礼を述べた。

 

「二人ともありがとう」

 

 素直に謝意を表せるようになったのは、セージとハクレイの兄弟が言葉と拳で躾けた賜物だ。どちらが説教でどちらがゲンコツを担当したかは省略する。

 

 アスプロスが頷き、抱えていた小道具をハスガードに押しつけて片付けを頼んだ。相手の返事を待たずに彼はマニゴルドを連れて十二宮へ向かった。

 

「あんたが十二宮に何の用?」

 

「魚座様に謝りに行く」

 

「どうしてだよ。せっかくばれないようにシジフォスが足止めしてくれてるのに。と言うかあんたも上まで行くの? 長いぜ階段」

 

「俺は十二宮には入れないよ。もう念話でシジフォスに伝えてあるから、じきに魚座様が下りて来られる」

 

 十二宮最初の白羊宮の手前。二人は目的の人物が来るのを待った。やがて現れたルゴニスは、初めて見る組み合わせに目を細めた。相手が口を開く前にアスプロスが一礼する。

 

「候補生のアスプロスと申します。この度は魚座のルゴニス様にお話ししなければならないことがあり、ここでお待ちしておりました」

 

「私に?」 

 

 厳めしい鎧を身に纏っているのに、ルゴニスの雰囲気はあくまでも穏やかだ。それに相対するアスプロスもまた、臆することなく堂々としている。

 

「立ち話で申し訳ないのですが、実は先ほど、このマニゴルドをお弟子のアルバフィカさんに会いに行かせました。本人は魚座様の言いつけに従ってお住まいに近づかないようにしていたのを、私が唆して連れて行ったのです」

 

 マニゴルドは呆れ顔で、ルゴニスは面白いものを見る目で、それぞれアスプロスを眺めた。

 

「なぜそのような事を」

 

「挨拶もしないまま友に会うことが叶わなくなったとなれば、後々まで悔いが残るかも知れません。遠方の修行地なら諦めも付くでしょうが、二人とも聖域にいるのですから余計です。我慢し続けて気詰まりするよりは、一度顔を合わせてしっかりと区切りを付けたほうが、修行に身が入ると考えました。部外者が勝手な真似をいたしまして申し訳ありません」

 

 男は聞いた。

 

「シジフォスも噛んでいるのだろうな」

 

「はい。足止めだけは彼にお願いしました」

 

 軽く苦笑すると、ルゴニスは弟子の友人に視線を向ける。アスプロスが白状してしまったから、マニゴルドも今更ごまかせない。

 

「ごめん。会った。でももう行かないから。さっきだって道を通った時に偶然アルバフィカが表にいただけで、あいつの邪魔をするつもりはなかったんだ」

 

「マニゴルド。アルバフィカと何か約束したか?」

 

「約束じゃないけど、二人とも黄金になれたらいいなって話を」

 

 ルゴニスは少年の肩を軽く叩いた。

 

「それなら励むがいい。ただし約束を果たすまで我が弟子の前に姿を見せるなよ。また同じ事をしたら毒薔薇の下に生きたまま埋めるぞ」

 

 そう言って彼は住まいの方角へ去っていった。大岩のことを伝え忘れたなと呟くアスプロスに、マニゴルドは非難の目を向けた。アスプロスは冷ややかに少年を見返す。

 

「どうして白状しちゃったんだよ」

 

「先手必勝だ。後で露見するより先に打ち明けたほうが傷が浅くて済む。これでもう精々おまえとシジフォスが教皇猊下から絞られるくらいだ。良かったな」

 

「良くねえよ。殺すって脅されたぞ俺」

 

 マニゴルドはぼやき、最初は乗り気ではなかったのになぜ協力してくれたのかをアスプロスに尋ねた。

 

「さすがに気の毒だからな。ハスガードに煽られて正面から乗り込んでいったら、おまえは魚座様に追い返されるか、住まいに押し入った不埒者として処分されかねない。聖闘士の中でも黄金位というのは、本来は候補生が気安く話しかけることもできないくらい、とても格が高いんだ。教皇の弟子というおまえの立場があれば処分はされないにしても、言いつけを無視された形の魚座様が怒ったら猊下へ苦情が行くだろう。前に遭った痛い目というのが何かは知らないが、おまえを助けてやったんだ」

 

 悪童は「へえ」と気のない声を上げた。

 

「それじゃあ俺がジジイに謝る時の説明も、あんたに話を合わせておく? それとも正直にばらしていい?」

 

と聞いた。アスプロスの視線が強くなってもにやりと笑うだけだ。ルゴニスに話した内容ではアスプロスが行動の主体だったかのようだが、端役のようなシジフォスも、名前の出なかったハスガードも、実際は最初から深く関わっている。アスプロスがしたように二人を庇う必要はあるのかと、悪童は尋ねているのだった。意味合いとしては、シジフォスにぶつけたからかいと同じだ。

 

「好きにしろ」

 

「恰好つけー」

 

 不意に声を立てて笑ったかと思うと、マニゴルドは階段を一段上がった。そうすると目線が同じ高さになる。

 

「素直になれよ。シジフォスはもっと三人で仲良くしたがってるぜ」

 

「うるさい」

 

 アスプロスはもう相手をするのが面倒になった。悪童の笑い声を背に、彼は十二宮の前から立ち去った。

 

 

 それから幾日経っても教皇宮からのお叱りはなかった。ハスガードにもシジフォスにも達しはなかった。

 

 ちなみに魚座の住まいの前に立ち塞がっていた大岩は、ルゴニスの帰宅前にハスガードがしっかり片付けていた。

 

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