【完結】師弟 ―蟹座の黄金聖闘士の話―   作:駱駝倉

4 / 62
大いなるあこがれについて
面白くない出来事


 

 聖域を巡った翌日、少年は腫れ上がった顔で夕食の席に現れた。動きも緩慢で、服の下にも怪我をしているようだ。階段で転んだと言う。

 

「おまえがそう言うなら追求はせぬ。手当は受けたか」

 

 軟膏や貼り薬をされているのは見れば分かるが、念のためセージも怪我の具合を確かめた。

 

 少年は平静を装っていたが、触られる場所によっては顔をしかめた。腫れた箇所も熱が引けば痛々しい痣になるだろう。殴った者が手加減したか、あるいは大した力がなかったか。傷はどれも単純な打撲程度で、骨が折れたり内蔵が傷ついたりしている箇所は無かった。

 

 二人は食事を始めた。

 

「もし後で赤い小便が出たら私か使用人に言え」

 

「腹は守ったさ。こういうのは慣れてる」

 

 血尿が出たことがあるのか、少年は冷静だ。そしてどこか満足げだった。理由を問われてこう答えた。

 

「どこも変わらねえと思ってさ。臭くて汚ねえ町の裏通りでも、女神のお膝元でも、歓迎のされかたってのは同じだった」

 

 そうと分かれば楽勝だ、と口元を歪める。

 

 教皇は説教をしようとは思わなかった。元浮浪児の感想は間違っていない。ただ見通しが甘いだけで。

 

 聖域は閉鎖的な階級社会である。新入り虐めは通過儀礼、指導と称しての理不尽な暴力は日常茶飯事だ。まして共通語であるギリシャ語が不便なうちは標的になりやすい。時の教皇によっては、虐めを精神修練の一環として奨励したことさえあった。セージが教皇になってからはだいぶ減ったが、あまりに苛烈な暴行に耐えかねて身や心を壊す若者もいる。

 

 聖域外の土地で修行をし、十分な実力をつけたと指導者が認めて初めて聖域にやってくる者が多いのは、このせいもあるだろう。セージとその兄が聖域入りした時も、すでに理不尽な暴力を跳ね返すだけの力と度胸を身に付けていた。

 

 しかし彼の前に座っている子供は違う。聖闘士を目指す者が相手では、己の身を守る術も立ち向かう力もないに等しい。うまく立ち回る知恵くらいはあるかもしれないが。

 

 どうしようかとセージが考えていると、

 

「なあ、俺のナイフ返してくれよ。悪いことには使わないから」

 

と、さりげなさを装って少年が言った。

 

 彼の持ち物は、聖域を出る時のために、追い剥ぎに使っていたナイフも含めて全て残してある。それを返せと言うのだ。階段で転んだだけなのに武器を欲しがるのか、と揚げ足を取ることもできた。だがセージは真面目に答えた。

 

「駄目だ。却っておまえの身を傷つける結果にしかならん。ここでは刃物が護身の役に立たんことが分かるだろう。まずは基本的な身体の動かしかたを覚えるといい」

 

 ひよこ豆が食卓に転がった。「はあ?」

 

「下の訓練場で、おまえと同じような新入りの子供たちがやっている基礎訓練がある。それに参加する気はないか。友もできよう」

 

 面倒くさい、と少年は顔をしかめた。聖闘士になる予定もないのに参加したくなかった。

 

「だからこその基礎訓練だ。町に帰るとしても、今のままでは元の追い剥ぎに戻るだけだろう。そしていつか捕まるか、返り討ちに遭うかして、野垂れ死ぬ。それも一つの道だが、体を鍛えて力の使いかたを覚えたら、もっと他の生きる道が見つかるかも知れないと思わないか? 選べる道を増やしてみないか?」

 

 少年は答えず拾った豆を口に放り込んだ。指に付いたオリーブオイルをぺろりと舐め、何も聞かなかったかのように豆と玉ねぎのサラダを頬張り始める。

 

「気乗りせんか。もしかしたら今日おまえを殴った者がいるかもしれないからな。怖くて当然だ」

 

「違げえよ。階段で転んだって言っただろ。怖かねえよ。嫌なんだよ」

 

「ほう。何が嫌なのだ?」

 

「だって、訓練っていうのはきっと、先生のやることを馬鹿みたいに大勢で繰り返したりするんだろう。そんなの俺のガラじゃない。今更大人しく教わるなんて、馬鹿らしくてできねえよ」

 

「教わるのができないと」

 

「ああ、そうだ。俺は誰にも何も教わらずに生きてきた。必要なことは自分で、見て、考えてきたんだ」

 

「だから今日も講義から逃げたのか?」

 

 先ほど女官が女官長と連れ立って来たぞ、と告げると、少年の顔色が変わった。パンを掴んで慌てて逃げだそうとするのを、先回りして席に留める。

 

 セージは隣に座って、女官とのやりとりを話して聞かせた。

 

 デスピナという名のその女官は、前回の失敗を彼女なりに分析し、今日こそはと気合いを入れていた。しかし、講義の場に少年は現れずじまいだった。一日を棒に振った女官は、せっかく教皇から仰せつかったお役目を全うできずに申し訳ない、とセージの前で項垂れていた。女神降臨の際に教育係となるための練習のはずが、最初からつまずきっぱなしだった。

 

「彼女はおまえが戻ってくるのを期待して、誰もいない部屋でずっと待っていたそうだ」

 

「色男は辛いね」

 

「戯れ言を」

 

 セージはゆっくりと椅子の背に身を預けた。ふて腐れた顔に穏やかに話しかける。

 

「私はおまえが早くここに馴染めればと思って、言葉を教える者をつけた。不要ならそれでいい。だがなぜ講義を受けなかったのを隠した。叱られるのが怖かったのか」

 

 相手は開き直って鼻で笑った。

 

「そんなのが怖くて追い剥ぎやってられるか。あんたの機嫌取るにはそれがいいと思ったんだよ。哀れなガキにもお情けを掛けてくれる、ありがたい教皇様」

 

 権力者たるセージに阿る者は少なくない。けれど子供にまでご機嫌取りをされたとなると、腹立たしさより先に情けなさがくる。詰責を恐れたと言われたほうがまだ良かった。

 

「おまえは初日から勉強を嫌がっていたようだが、何が気に入らない。デスピナとの相性の問題ならば、講師を変えよう」

 

「どうせ無駄だよ。俺は逃げる」

 

「何がそんなに嫌なのだ」

 

 少年はニンニクを効かせたナスのペーストをパンに塗りたくった。聖域に来てからの彼のお気に入りだ。好物を放ってまで逃げ出す時ではないと悟ったらしい。

 

「俺を机に縛り付けようとした」

 

「机に」

 

 誰が、と問おうとして愚問だと気づいた。女官がしたことに決まっている。

 

 貴族の子弟への教育も、教師が鞭を振るいながら行う時代である。ヨーロッパの悪習を知っているセージも驚きはしなかった。ただ、眉間の辺りに力が入るのを感じる。

 

 それから根気よく聞き出した話をまとめると、初めは穏やかに始まった一対一の講義は、すぐに飽きた少年と、なんとか座らせて講義を続けたい女官との格闘になった。業を煮やし、言うことを聞かない生徒を机と椅子に縛り付けようと、女官が応援を呼んだ。その隙に少年は逃げだした――ということらしい。

 

「デスピナの話がつまらなかったか」

 

「話っていうか。飯でもないのにずっと座ってるなんてできない。尻がそわそわする。グラグラする。それを縛られてまで我慢するなんて、絶対に嫌だ」

 

 どうやら問題は講義の内容や理解力ではなく、生徒が机の前に座っていられないことにあるようだ。

 

 無理もない、とセージは思う。浮浪児には座学を受ける機会も習慣もなかっただろう。講義を受けずに行方をくらませたのは、子供なりに身を守るためだった。

 

「よく話してくれたな。ギリシャ語については少し考えよう。ひとまず明日の講義は無しだ。デスピナを悪者にせず、よく正直に話してくれた」

 

 偉いな、と褒めてやると、少年は片眉を引き上げて冷笑した。

 

「どうせ俺が悪いってことになるんだろ」

 

「そう思っても尚おまえは話してくれた。私に機会をくれた」

 

 それが嬉しいのだと伝え、頭を撫でた。意味が分からない、と少年は少し首を傾げた。その仕草だけは幼かった。

 

 食後、二人でセージの私室に戻った。部屋には茶器を乗せた盆が用意されていた。茶葉は清からの輸入品だが、金の縁取りのあるガラスの茶器はトルコのものだ。それを少年に部屋の中央へ運ばせた。

 

「ついでに淹れてくれぬか」

 

「やりかた知らねえよ」

 

「私の言う通りに」

 

 いつもはセージが自分で淹れるが、この日は子供に注がせてみた。慎重な手つきと真剣な顔を、老人は見つめた。

 

 頭の回転は悪くない。その気になれば口も回る。劣悪な環境で育ったにもかかわらず、体も健康だ。体格は小柄だが動きは俊敏で、掏摸も得意だと本人も威張っていた。本人の名乗るとおり、まったく下町の小悪党だ。

 

 しかしそれで終わらせるのは惜しい。

 

「ああ、美味しい。ありがとう」

 

 老人が言うと、少年の頬が少し緩んだが、

 

「おまえは今、茶の淹れかたを教わった。どうだ、物を教わるというのは、悪いことばかりでもないだろう。他のことも教われないはずがない」

 

という言葉に、嵌められた、と髪の毛をかきむしった。その仕草に思わずセージは微笑んだ。

 

「おまえも飲んでみなさい」

 

 勧められるまま、初めての茶を口に含んだものの、少年はその渋みに顔をしかめた。次はもっと飲みやすい茶葉を試してみようとセージは思った。

 

「ところで昼間はどこに行った?」

 

「色々」

 

 同年代の子供と遊んでいるという答は予想していなかった。幼くても聖域にいる者は全て、教皇を頂点とする階級社会の一員だ(女神はこの際関係ない。人の身では到達できない頂だ)。聖闘士を目指す者は厳しい訓練に明け暮れ、遊んでいる余裕はない。才能があってすでに聖闘士と認められている者は、聖域にありながら只の子供に過ぎない者を相手にしない。大人になればまた話は違うが、選抜意識を刷り込まれた子供は残酷だ。

 

「聖闘士の修行に混ざるのは、今のおまえには難しかろう」

 

「そんなことしてねえよ」

 

 聖域内をくまなく探検し、どこへ行っても鍛錬に励む連中(言葉にはしなかったが、手荒い歓迎をしてくれた連中を含む)ばかりであることに辟易した少年は、墓場にいたという。前日セージに連れられて行った静かな丘で時を潰し、夕方に十二宮を抜けて帰ってきたそうだ。

 

「墓場は人がいないからな。ゆっくり話を聞けた」

 

「誰がおった」

 

「死んだ奴ら」

 

 亡者の魂を呼び、その声を聞いていたと、異能の少年は事も無げに言った。本人にとっては生者よりも心安い遊び相手なのだろう。

 

「生前の性格は関係なくあいつら素直だからな。ここの事情を恨み辛みを交えて色々話してくれるよ」

 

 セージは溜息を吐いた。生の輝きを見せるために少年を聖域まで連れてきたのだ。少しは生者とも交流してほしい。

 

「死者の恨み辛みを聞く時間があるなら、訓練へ行ってこい。言葉もそこで覚えられるだろう」

 

「うへえ」

 

 世界各地から聖域に集った候補生は、知識階級出身でない者も多い。そんな彼らにギリシャ語と聖闘士としての基礎知識を教える教室がある。飽きっぽい子供にはそこへ通わせてもいいだろう。

 

「だが放っておくとおまえは怠けそうだな。誰か適当な者をおまえの目付役、仮の師匠としよう。訓練への行きと帰りに、その者に挨拶をしてこい」

 

「仮ならジイさんが師匠でいいのに」

 

「止めたほうがいい。師は教皇と公言したが最後、訓練から抜け出せなくなると思え」

 

 師という存在は、聖闘士にとって特別なものだ。

 

 聖闘士の育成は、現役もしくは引退した聖闘士が内弟子を取る形で行われる。小宇宙と呼ばれる内的エネルギーを高めることが求められる聖闘士になるには、師弟が一対一で向き合う形が適している。

 

 聖闘士を目指す候補生が集団生活を送るのは、仲間意識を高めるためと、切磋琢磨して技倆を磨くためである。聖闘士になるためには必ずしも必要ではない。

 

 先の聖戦を生き延びた黄金聖闘士として、また教皇として、聖闘士の頂点に在り続けるセージに師事したいという者は多かった。純粋に人柄を慕う者。技や知識を得たいという者。権力者たる彼に近づいて、あわよくば聖域での栄達を望む者。

 

 その志あるいは野心は様々だったろうが、彼は誰にも教えを授けなかった。ここへきて弟子を名乗る者が現れれば、その者への風当たりは強くなるだろう。

 

 ふうん、と少年は熱のない返事を返した。

 

「本当は俺と関わるのが面倒なんだろう」

 

「そうは言うておらん。ここへ連れてきた責任もある。だが人を教える立場にはないということだ」

 

「俺には茶の淹れかただの、食事の作法だの、小うるさいくせに。そういうのは教えとやらに含まれないわけ」

 

「聖闘士としての教えにはほど遠いな」

 

 セージは笑い、空になった茶器に茶を注いだ。

 

 ふと、ある可能性に気づく。

 

「おまえは私の弟子になりたいのか」

 

 答は「嫌だね」の一言だった。

 

 拒否されたことにセージは安心した。と同時に拍子抜けした。本心がどうあれ、斥けられた。それが意外だったのだ。

 

(望まれて当然だと思っていたか)

 

 傲慢だな、と老人は自嘲せざるを得なかった。弟子を持つことを望んでいないのに、相手に望まれていると、どうして思えたのか。自惚れた老いぼれに過ぎないという事実をまたしても突きつけられた。

 

 その夜の会話はそれで終いになった。

 

          ◇

 

 さて、悪童に仮の師匠を立てるにしても、人選に選択の余地はなかった。

 

 教皇の庇護下にあるということで少年が特別扱いされるのを、セージは望まない。幼い者のためにならないからだ。二人のつながりは、知る必要のある者だけが知ればよい。

 

 少年は教皇宮で寝起きしているから、訓練場への通り道である十二宮の守護者が「師匠」であれば都合がいい。雑兵でさえない者が理由なく十二宮へ上がるのは不自然だが、もし師匠が十二宮に詰めているなら、その身辺の世話のために弟子が上がることもあるだろう。

 

「そういう条件にあてはまる人材は、そなたしか思い当たらなんだ」

 

「そうでございましょうな」

 

 厳格な表情の教皇と相対しているのは、誠実な魚座の黄金聖闘士である。

 

 二人は十二宮よりも低地にあるルゴニスの住まいで面談していた。聖域の外れに位置する庭園の中で、彼はひっそりと隠者のように暮らしていた。

 

「我が守護宮は十二宮の中でも最も教皇宮に近うございます。毎日上り下りしても、見咎められることはありますまい」

 

「頼まれてくれるか。口と悪知恵はよく回る悪童ゆえ、そなたには迷惑を掛けることになる」

 

 ルゴニスは庭の薔薇園に目を向けた。

 

 園内で薔薇の世話をしている彼の弟子は匂い立つような美しさで、花の艶やかさと相まって一幅の絵のようだった。その遙か手前から話しかける機会を窺っているのは、セージが連れて来た少年だ。

 

「アルバフィカは私以外の者とは親しく語らうこともなく、この薔薇園で育ちました。聖域で生まれ育ったのにアルバフィカを知る者はありません。それがたまに不憫に思われます。毎日ここに立ち寄って一言二言でも交わしてくれるなら、あの子の養い親として、願ってもないことでございます」

 

 無視され続けていることに飽きて、悪童は足元にあった小石をルゴニスの弟子へ投げた。

 

 体のすぐ近くを過ぎた石に驚いて、アルバフィカが犯人を睨み付けると、犯人はふてぶてしく声を掛けた。

 

「おまえ、そうやってアブラムシ一匹ずつ取ってるのかよ? 俺そこに近づくなって言われたけど、なんなら手伝ってやろうか」

 

 アルバフィカは無言で背を向けた。少年もその背中に思いきり舌を出してその場を走り去った。一連のやりとりを見ていた大人たちは、微笑み未満の動きを唇に浮かべた。

 

「それにしても猊下、私に『頼む』などとおっしゃらず、お命じになってもよいものを」

 

「いや、これは教皇として命ずべきものではないと思うてな」駆け込んできた少年をセージは呼び寄せた。「このマニゴルドを連れてきたのは、教皇や聖闘士としての職分とは無関係だ。私の個人的な都合を命じるわけにはいかぬ」

 

「この程度のことを職権乱用としたら、世の権力者は何もできなくなります。猊下ほど清廉な教皇はおられないでしょう」

 

「何の話? 俺のこと?」

 

とギリシャ語の分からない少年は不思議そうに尋ねた。セージは少年を隣の椅子に座らせて答えた。

 

「ああ、そうだ。このルゴニスがおまえの師匠として名を貸してくれる。おまえからも礼を」

 

「ありがとよ」

 

「もっと丁寧に」

 

「旦那様にも主のお恵みがありますように」

 

「物乞いの真似は止めよ」

 

「だって丁寧にってジイさん言ったじゃないか。他にどう言うんだよ」

 

 二人の会話にルゴニスが小さく笑った。

 

「セージ様のおっしゃる意味が分かりました。確かに教皇としてのお役目ではありませんな。それでは不肖ルゴニス、マニゴルドのお目付役を承りましょう」

 

「済まぬ。よろしく頼む」

 

 こうして少年は日に二度、体を鍛える訓練の行き帰りに魚座の住まいへ顔を出すことになった。

 

 教皇宮への帰り道で、少年が聞いてきた。

 

「俺、ルゴニスのおっさんのこと、『先生』って呼んだほうがいいかな」

 

 たどたどしいギリシャ語で発音された「先生」は、女性形だった。なぜ、と口に出す直前に事情を思い出して、言葉を変える。

 

「デスピナに教えられたのだろうが、それは相手が女のときだ。師が男のときは違う」

 

 先生・師匠の男性形と、ついでに、生徒・弟子にあたる言葉も教えてやった。少年は二つの言葉を声に出して繰り返したが、ふとセージを見上げた。

 

「ジイさんもギリシャ語で呼んで欲しい?」

 

 その気遣いを装った陰に嘲りを聞き取り――錯覚だったかもしれないが――セージは苛立ちを覚えた。いっそのこと「かくも賢き長老様」や「大恩ある教皇猊下」といった敬称を教え込もうかと一瞬思った。だが彼はそうしなかった。

 

「おまえの好きに呼べ」

 

 少年は眉を上げて口を閉ざした。

 

 翌朝ルゴニスが教皇宮まで上がってきた。セージは少年の首根っこを捕まえて、彼の前に押し出した。

 

「済まぬなルゴニス。足労を掛ける」

 

「恐縮ですが、初日だけでございます。修練の場所が分からないといけませんし、マニゴルドが怠けないよう、教官に『師匠』の私からも一言挨拶しておこうと思いまして」

 

「そりゃないよ、ルゴニス先生」

 

 ニヤニヤしながら口答えした『弟子』に、ルゴニスは微笑みを返した。

 

 あっさりと誰かを――セージではない別の人間を先生と呼んだ少年に、老人は裏切られたような気がしていた。だがその感情が自分勝手なものであることも、よく分かっていた。だから「鍛錬中は死霊を頼るな」とだけ釘を刺して、早々に二人を送り出した。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。