【完結】師弟 ―蟹座の黄金聖闘士の話―   作:駱駝倉

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修復師たち

 

 板間には聖衣が散在している。

 

 先端の欠けたもの、ひびの入ったもの。表面が大きく凹んだもの。いずれも修復されるのを待ちながら、戦いの記憶を語り続けている。

 

 聖衣との密やかな対話。

 

 それは修復師見習いシオンが楽しみとする時間だった。後年はそれに耽溺する危うさもあったが、まだ年端もいかないこの時点では、文字通りただの児戯だった。

 

「シオン!」

 

 不意に怒鳴り声が耳に届き、子供はびくりと弾かれたように振り返った。部屋の入口に渋い表情をした師ハクレイがいた。その後ろ、戸口の陰にもう一人いる。顔は見えなかったがその服装から聖域の者と分かった。十中八九、聖衣の修復に来た者だろう。

 

「お呼びですか」

 

「何度呼んだと思うておる。ここに聖衣がなければ蹴り飛ばしとるわ」

 

 慌てて子供は師に駆け寄った。陰にいた者の顔が明らかになる。その人物はシオンと目が合うと軽く手を上げた。

 

「ようシオン」

 

 かつてジャミールに滞在したことのある年上の少年だった。たしかマニゴルドと呼ばれていた。記憶の面影よりは大人びているが、何度か遊んでもらったので幼いシオンも覚えていた。ハクレイの弟に師事しているというから、言うなればシオンにとっては遠方の親戚のようなものだ。

 

 ただし予想と違い、聖衣を持ってきた様子はない。疑問を浮かべた子供の視線を受けて、ハクレイが言った。

 

「マニゴルドは聖域からの使いじゃ。一月ほど滞在するから、おまえが相手をしろ。手始めに明日はこやつと一緒にガマニオンを採ってこい。北の大岩のほうじゃ」

 

「泊まりがけですか」

 

「否、日帰りで行ってこい」

 

「かしこまりました」

 

 ガマニオンは、オリハルコンやスターダストサンドなどと同じく聖衣の材料に使われる金属の一種である。原料の鉱石は世に出回っていないので、修復師が自分たちで採掘し、選鉱し、精錬してから加工する。その鉱石を採掘してこいというのだ。

 

 ハクレイが去ると、シオンは聖域の使者の前でさっそく採掘道具の準備に掛かった。後ろから眺めているマニゴルドに、自分も成長したところを見せる機会だ。

 

 ところが背伸びしても、棚の上に置かれたザルにどうしても手が届かない。苦戦しているとマニゴルドが代わりに取ってくれた。身長差でいえばシオンの背は彼の腰くらいまでしかない。面白くない。

 

「ほらよ」

 

「……どうも」

 

 シオンは口を尖らせて礼を述べた。マニゴルドは腰を屈めてその顔を覗き込んだ。

 

「もしかしてシオン。俺のこと忘れてるか?」

 

「おぼえてます。聖域の積尸気使いでしょう」

 

 もっともらしく応える。しかし「もうおばけは怖くないのか」とからかわれて「うるさい!」と喚くはめになった。

 

「わたしはもう修復師見習いなんです。からかわないで下さい」

 

「そういう反応がガキなんだよ」

 

 マニゴルドは笑った。教皇宮では彼もまた子供扱いされていることを、シオンが知る由もない。

 

 翌朝、小さな修復師見習いは異邦人を先導して歩き出した。

 

「どこまで行くんだ」

 

「あの山のふもとです」

 

 子供が指差したのは遠くに聳える峰だった。青空高く、鷲が一羽風に乗っているのが見えた。

 

 直線では大した距離には見えなくても、山を下り深い渓谷を渡りまた険しい尾根を越えて、という行程だ。普通の人間が歩けば片道だけで丸一日は掛かる。

 

 そこをシオンは小宇宙を燃やして一足飛びに駆け抜けていった。岩を飛び越えていく姿は燕よりも身軽だ。マニゴルドも引き離されずに付いてきたが、「道理でジャミール出身の聖闘士が多いわけだよ」と、シオンにはよく分からないことを納得していた。

 

 数時間かけて鉱床に到着した。

 

 そこはジャミールの集落よりだいぶ低地にある森の中。山陰の岩場から石を掘り出しては、運びやすいように砕いて鉱脈を含んだものだけを籠に詰めていく。

 

 単純作業が続く。だるいの腰が痛いのと、マニゴルドはひとしきり愚痴っていた。それが一段落すると、ようやくシオンに水を向けた。

 

「聖衣を直しに来る聖闘士とは、どういう話するんだ」

 

「何も」子供は手元に目を落としたまま言った。

 

「え、興味ねえの? なんで聖衣が壊れるはめになったかとか、普段はこいつら何してんだろうとか。相手が大人だから話しづらいのか? それとも喋る暇がねえのか。大変だな、おい」

 

 よく口が回る人だとシオンは思った。

 

「もしかしてジジイに禁じられてるのか」

 

「ジジイなどと呼んではおこられます。ハクレイ様です」

 

 マニゴルドの無礼を指摘してから、シオンは言った。聖衣の持つ戦いの記憶を見るほうが楽しいから人と話す必要はないのだと。

 

「人はうそをついたり、みえをはったりします。聖衣はほんとのことしか言いません。だから聖衣だけでいいんです」

 

「あー。それで俺をおまえに付けたのね。なるほど」またしても一人で納得している。

 

「よし、じゃあ聖衣が知らないような、聖衣を着けてねえ時の聖闘士の話でもするか。ちなみに俺は嘘を吐くのも大好きだ」

 

「じゃあ聞きません!」

 

「おら、耳塞いでると作業できねえぞ」

 

 聖域にいる聖闘士とそれを支える者たちのことを、マニゴルドは語った。彼の口から語られるのは戦女神に仕える闘士の姿ではなかった。笑ったり喧嘩をしたり酒で失敗したり愚痴をこぼしたりする、どこにでもいる男たちの姿だった。シオンはいつしかその話に引き込まれ、手が止まっていると何度か注意された。

 

「――で、そういう時は闘技場を使うんだよ」

 

「とうぎじょうってなに」

 

 大人びた口調を心がけていたシオンも、マニゴルドの砕けた態度に巻き込まれて、年相応の子供に戻っていた。

 

「地面を平らにして戦いやすくした、開けた場所のことだ」

 

「へんなの」

 

 実際の戦いは足場など整っていない場所でも起こるはずだ、という趣旨のことを訴える。

 

「そうだな。でも闘技場で経験積んだ連中はたいがい山とか孤島とかでも修行するから、べつにいいんだよ」

 

「じゃあマニゴルドもジャミールに修行にきたんだ」

 

 素直な連想に、マニゴルドは苦笑して言葉を濁した。

 

「あのね、わが師は修復師だけど聖闘士でもあるんだ。すごいでしょう。むかしはメイオウグンとたたかって勝ったんだって。マニゴルドもわが師とたたかってみるといいよ」

 

「そのうちな。ハクレイのジジイは自分より強いって、俺のとこのジジイが言ってたから、どんだけなのかちょっと興味ある」

 

「すごくつよいよ」

 

「分かった分かった」

 

 そんなことを話しながら二人は聖衣の材料集めに精を出した。

 

 岩を砕く間にも語らいは続く。と、不意にマニゴルドの足元に黒っぽい筋が入った石が転がり現れた。隣に並んでいたシオンが拾い上げて渡した。石に含まれる黒い筋こそが目的の鉱物だ。

 

「しってる? こうせきは地面の中から生まれてくるけど、空からおちてきたやつもあるんだって」

 

「隕鉄のことか?」

 

「インテツっていうのはしらない。目にみえないくらい小っちゃい星のかけらが、むかしは雨みたいに地面にふってたんだって。聖衣はそういうので作ったんだって」

 

 ちなみに宇宙由来の鉱物としては、金とプラチナが有名である。どちらも巨大隕石が地球に衝突した時にもたらされたという説が、現代では一般的だ。

 

「だからね、聖衣は星のかけらでできてるんだってハクレイ様がおっしゃってた」

 

「こいつが星ねえ。ただの石じゃん。山の中で地味に風化してくのがお似合いだ」

 

 マニゴルドはコインほどの大きさの石を目の高さに持ち上げた。口元が嘲りに歪んでいる。それを見てシオンは腹が立った。

 

「本当だよ。燃やすとよけいな混じりものと分かれてきれいになるんだ」

 

 ふうん、と年上の少年は呟いた。

 

 やがて日も傾く頃、二人は家路に就いた。

 

 早く帰って夕食にありつきたい。その一心で勢いよく山肌を疾走していたシオンは足を止めた。浅瀬を渡る直前だった。一拍遅れて背後に到達したマニゴルドも立ち止まった。

 

 行く手に一頭のヒグマがいた。

 

 まるで黒い小山だった。がっしりと盛り上がった肩に太い四肢。厚い毛皮と肉が全身を鎧のように覆っている。そして足先から覗く鋭い爪。風向きが変わると獣の臭いがはっきりと流れてきた。荒く太い呼吸がシオンの前髪を揺らすほどに近い距離だった。

 

 子供の足が速すぎて、互いに相手に気づく前に接近しすぎてしまったのだ。川辺に木が密集していて視界が狭まっていたという理由もあるが、今から悔やんでも遅い。

 

 シオンがこの危険な獣を見たのは初めてだ。けれどその大きさと力強さにただならぬものを感じた。ちなみにヒグマの前肢での一撃は牛馬の首すら叩き折るという。しかも獰猛で執念深く、狡猾なほど頭もいい。

 

 熊は感情の読めない眼でシオンを見ていた。

 

「シオン。敵から目を逸らすなよ。できればそのままゆっくり下がれ」

 

 子供は連れに言われた通りにゆっくりと足を引く。

 

 その刹那、黒い嵐が襲いかかってきた。

 

 ほぼ同時に襟首を後ろに引っ張られた。ヒグマの尖った爪が唸りを上げてマニゴルドの頭を狙う。そう、シオンではない。それを庇って盾になった者を狙った。

 

 マニゴルドは片腕で頭を庇った。避ければシオンに当たるからだ。

 

 シオンは間近にそれを見るしかできなかった。叫ぶ余裕すらなかった。降りかかってくるのは人の力と比べるのも馬鹿らしいほどの巨大な力。当たれば頭蓋骨など簡単に砕けて脳が散るだろう。

 

 しかしマニゴルドも小宇宙を体得した聖闘士の候補生。耐えきってはねのけた。ヒグマは後ろ足だけで後ずさった。巨体が少しだけ遠ざかる。聖域の少年は腕を振った。それから白い歯を剥いて笑った。

 

「わはは。やっべえ」

 

「マニゴルド!」

 

「うるせえ大声出すな。あいつ、なんて獣だ?」

 

 答える声を掻き消す勢いで再び巨大な掌が振りかぶってきた。避けても避けてもヒグマは執拗に襲ってくる。シオンは怖さに歯を噛み締めるのが精一杯だが、マニゴルドは涼しい顔をしていた。

 

「へーえ。あれが熊か。思ったより化け物じゃねえか。殺すとまずい生き物だったりするのか? ほら、ジャミールの神様の使いとか、そういうのあるだろ」

 

「しらない」

 

「じゃ、穏便にお引き取り願うか。ちょっと我慢しろよ」

 

 突如として至近距離で小宇宙が膨れあがった。

 

 突き刺さる苛烈な圧力に、シオンは「ひっ」と叫んでしゃがみこんだ。普段の修行でハクレイが発するものとも異なる、容赦ない威嚇。氷の針で肌の下を刺されているようだ。思わず逃げたくなった。現に梢から鳥が何羽も羽ばたいて逃げていった。

 

 熊は違った。ぐわんと太い首を振るうと、再び突進してきた。獣の眼には明らかに殺意があった。

 

「あれー。怒らせちまったかな」

 

 シオンは抱き上げられた。おかげで迫り来る獣の荒い息と殺意を背中に感じる羽目になった。間近から見上げたマニゴルドの顔は真っ直ぐに前を向いている。頃合いを見計らっているようだった。

 

 ぐん、と視界が上に昇る。宙に飛んだマニゴルドの腰が動き、強烈な蹴りが前方に――シオンにとっては背後だ――繰り出される。微かな反動。なにかが潰れる音がして、赤い飛沫が飛び散った。

 

 振り向こうとしたら、後頭部を押さえつけられた。

 

「見るな」とマニゴルドは囁いた。「見たらおまえ、今夜は怖い夢見るぞ」

 

 けれどシオンは見ることを選んだ。頭を失った黒い巨体がよろよろとさまよい歩き、やがて地鳴りを立てて地に伏した。

 

「……死んだの?」

 

「さてねえ。熊と出遭ったら死んだふりしろって聞くけど、熊が死んだふりしたらどうすっかねえ」

 

 そう言うとマニゴルドは一人で浅瀬に入っていった。そうして鼻唄を歌いながら足に付いた返り血を洗い流している。

 

 血の臭いを付けたまま集落に入れば長老であるハクレイはいい顔をしないだろう。それが想像できたのでシオンも後を追った。

 

 もう一度ヒグマのほうを見れば、うずくまる小山は二度と動く気配を見せなかった。

 

          ◇

 

 戻ってきた二人から事情を聞き、ハクレイは重々しく述べた。

 

「何はともあれ、大事な工具が無事で良かった」

 

「そっちかよ」

 

とマニゴルドは呆れた。「可愛い弟子に怪我がなくて良かったーとか、弟から預かった奴が無事で良かったーとか、なんかあるだろうが」

 

「おまえらなぞ怪我を負うても勝手に治るじゃろうが。どこか痛むなら唾でも付けておけ」

 

 ぞんざいな扱いに文句を言い立てても無視された。

 

「シオン。席を外せ」

 

 師の命令に従う前に、子供はマニゴルドのほうを振り向いた。彼が頷いてみせると、子供は後ろ髪を引かれながら部屋を出ていった。

 

「懐かれたようじゃな。目の前でヒグマを倒したお陰かの。おぬしも満足したろう」

 

 どこか嫌味な響きは詰責の前触れか。マニゴルドは先に弁解を試みた。

 

「仕方ねえだろ。鉱床への通り道だったんだ。誰かがまた遭遇するかも知れねえし、利口な獣には復讐心を持つやつもいるって聞いた。だから下手に手負いにさせたら後々却って厄介なことになると思ったんだよ。それが間違ってたっていうなら謝るよ」

 

「そんなことは言わん。獣と鉢合わせたのはシオンの落ち度じゃ。仕留めたというならそれで構わん。それはそうと、少し散歩に付き合え」

 

 少年は答えない。その暇がなかった。

 

 彼は咄嗟に横に倒れこんだ。勢いを殺さずそのまま転がり、立ち上がる。寸前までいた所に老人が人差し指を向けていた。

 

「ははははは! 勘は良いようじゃな小僧!」

 

「笑ってんじゃねえぞクソジジイ!」

 

 青い燐光が宙を舞う中、少年は部屋を逃げ出した。

 

 逃げる間にも何度となく冥界波が絡みついてくる。嵐の海に翻弄される小舟の気分だった。奮闘虚しく小舟が転覆したのはそれから間もなくだった。

 

 そして気づけば見慣れた黄泉比良坂。

 

「ぼさっとしとらんで構えろ悪たれ。いくぞ」

 

 それは時間にすればほんの十五分程度だっただろう。その僅かな間に、少年はハクレイの攻撃にさんざんに翻弄され、したたかに打ちのめされた。

 

 シオンの「一度戦ってみるといい」という戯れ言に同意したせいかと心の底から後悔した。

 

「し、死ぬ。まじで死ぬ……」

 

「なんじゃ、若い者が散歩くらいでだらしない」

 

 ハクレイは他愛ないことのように言う。しかしこの老人は、称号こそ祭壇座の白銀聖闘士という大人しめのなものでも、何度となくアテナ軍の一番槍として敵を蹴散らした男だった。老いてなお黄金位の若者たちに引けを取らない、あるいはそれ以上の猛者の一人である。セージが「自分より強い」と兄を称賛する所以だ。もっともそのセージ自身も普段は爪を隠した鷹なのだが。

 

 少年が岩場に引っ繰り返って降参すると、老人もようやく拳を収めた。

 

「セージは格闘も手ほどきしておるのか。よく時間があったのう」

 

「え? なんで知ってんの」

 

 マニゴルドは反射的に問い返した。が、やがて意味を悟って頬が緩んだ。翻ってハクレイの表情はどこか渋い。

 

「あ、あんたの弟子も散歩とやらのお供すんのか」

 

「いいや。シオンは連れて行けとうるさいが、積尸気使いでない者にこの世界を見せてものう」

 

「やる気はあっても素質がないなんて、あいつも気の毒にな」

 

 現時点でアテナの陣営にいる積尸気使いは、セージとハクレイ、そしてマニゴルドの三人だけだ。彼らよりも有能な使い手がこれから見つかる可能性はあるが、戦場に出す前に数年を掛けて鍛える必要がある。修行するまでもなく完成されている積尸気使いがいるとすれば、それはすでに他陣営に属しているか、ただの化け物か、どちらかだ。

 

「こればかりは努力では補えん。幸い修復師の才が豊かな子だから、そちらを伸ばしてやるづもりよ。無論、本人にその気があれば聖闘士にもなれよう」

 

 マニゴルドは身を起こした。

 

「ハクレイさんよ。俺はどう。聖闘士になれそう?」

 

「そんなことは己の師に聞け。と言いたいところじゃが、セージの立場を考えると逆に質問しづらいか。一応おまえも蟹座を継ぐ立場じゃからのう」

 

 魂を操り死に導く積尸気使いでなければ、蟹座の務めは果たせない。言い換えれば積尸気使いとしての道を歩き始めたマニゴルドは、他の者よりその称号に近い。そうと判っていても少年は手を振った。

 

「無い無い。そりゃねえよ。もし俺が第七感に目覚めてたとしても、蟹座だけはねえ」

 

「そんな強く否定せんでもいいじゃろう」と言うハクレイはなぜか笑いを含んでいる。「セージが悲しむぞ」

 

「お師匠は何も言わねえよ」

 

 老人の眼が意外そうに見開かれた。反対にマニゴルドの眼は不愉快さで細くなる。

 

「本当だよ。称号の話になると機嫌悪くなって黙っちまう。だから俺、自分が何座の候補なのかも知らねえ。だいたい継ぐもなにも、蟹座はうちのお師匠の称号じゃんか」

 

 ハクレイが口を開きかけたので、遮るように少年は言葉を継ぐ。

 

「考えてもみろよ、ジイさん。もしも俺が蟹座の候補だったら、なんでお師匠はそれを教えてくれねえんだ」

 

 己の持つ称号を弟子に継がせる気があるなら、押し黙る必要はない。弟子の出来の悪さに継がせるのを諦めたにしては、セージの態度に変化はない。

 

「だったら蟹座の候補じゃないって考えたほうが自然じゃねえか」

 

「なるほど。一理ある」

 

 ハクレイを感心させることに成功して、マニゴルドは気をよくした。

 

「なんてな。ごちゃごちゃ言ったけど、本当は蟹座なんてありえねえだけだよ。だってあれはジジイが後生大事に抱えてるもんだろ。そんなの貰えるわけがねえ。貰いすぎだ」

 

 老人が顔を歪めたので、口が滑ったことに気づく。少年は居心地が悪くなってそっぽを向いた。

 

 それから聞こえたハクレイの声は、いつもより抑え気味だった。

 

「……マニゴルドよ。前にも言ったがわしのところへ移ってくる気はないか。腕っ節はともかく、少し性根を入れ替えたほうが良い」

 

「根性が拗くれてるのは生まれつきだよ」

 

「たわけ」

 

 言い捨てて老人は先に現世へ戻っていった。

 


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