【完結】師弟 ―蟹座の黄金聖闘士の話―   作:駱駝倉

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大義と私情

 

 橙色の炎の舌が炉の中を舐め尽くす。熱は容赦なく炉の外にも吹き出し、目玉が火ぶくれを起こしそうだ。

 

 けれど修復師は瞬きの回数すら減らして火の色を見つめている。よくも我慢できるものだとマニゴルドは感心した。

 

 作業小屋にある土間で、ハクレイが聖衣修復の材料を原石から精錬しようとしていた。その原石はマニゴルドとシオンが毎日せっせと採掘してきたものである。

 

 さすがに精錬までは素人に手伝わせないだろうと思ったが、マニゴルドは炉に石炭をくべたり、ふいごを動かしたりする役を任された。作業前はただの力仕事だと侮っていたが、認識が甘かったことを今更ながらに思い知る。ハクレイの指示は細かいし、うるさい。なにより空気が熱い。汗が顎から滴った。拭く暇もない。

 

 石炭を運んでいる子供に彼はぼやいた。

 

「鍛冶屋は大変だな。なあシオン」

 

「かじやじゃない。修復師」

 

 シオンは律儀に訂正した。ハクレイは目を向けることもなく、口を挟むこともなく、ひたすら火を見つめ続けている。

 

 それから不純物を流し捨てた液状の鉱物を取り出して、別の材料を準備してある器に移し替える。そしてまた火に入れて融かす。聖衣が造られた古い時代からほぼ変わらない工程だそうだ。

 

「ふいご止め」

 

 厳しささえ響く声に、マニゴルドは素直に手を止めた。黄泉比良坂では積尸気使いがそうであるように、この作業場では修復師が全てを従える。

 

 部外者にはよく分からない作業をしてから、ハクレイは即席の助手のほうを向いた。見るかと誘われたのでマニゴルドは炉の前に移動した。

 

 暗い作業小屋の中で、円く切り抜かれたそこだけが太陽のように眩しかった。

 

 暗闇の中で燃える原初の火。火の中で沸き立つ金属もまた赫赫と光り輝いている。圧倒的な熱量。燃やして、燃やして、表面の残滓を燃やし尽くした後に残るのは純粋な。

 

 うわりと頭の中で何かが甦る。

 

 歓喜。

 

 あるいは陶酔。

 

 ほんの一瞬だけ聖衣と小宇宙の関係性を悟ったような気がした。けれどきっと錯覚だろう。

 

 一つ頭を振ってその錯覚を追い出す。

 

 炉の前をハクレイに返してマニゴルドはふいごの所へ戻った。

 

 やがて炉から出された飴状の金属が型に流し込まれた。再び溶解する時のために使いやすい形にしておくのだそうだ。ゆっくりと冷えた金属は、仄かに赤みを帯びた鉄灰色の塊と化していく。

 

 満足の行く成果を得たらしく、修復師は安堵の息を漏らした。諸肌脱ぎになっていた衣を着直す。

 

「あとは灰の中でゆっくり寝かせるだけじゃ」

 

 それを聞くとシオンは水甕の所へ飛んでいき、頭を甕に突っ込む勢いで水を飲んだ。マニゴルドはその小さな背中を眺めた。

 

「いくら弟子つってもさ、シオンに冶金仕事は早いんじゃねえの」

 

「修復師の修行を始めた以上、これも必要な事じゃ。小宇宙の真髄を知る手助けにもなる」

 

 たとえば一般的な金属の精錬に比べて短時間の沸かしで済むのは、火だけでなく、小宇宙も送りこんで原石の組成に影響を与えているからだという。そのため小宇宙の扱いに長けた修復師は優れた小宇宙の使い手になる。

 

 そういうことを説明されたが、マニゴルドは関心が湧かなかった。修復師にならない自分には関係ない。

 

 ハクレイは少年の肩を小突いた。それから所用があると言って作業小屋を出ていった。

 

          ◇

 

 教皇セージは座して目を閉じていた。一見すると瞑想しているようだが実際は違う。

 

 彼は今、遠くジャミールにいる兄と向かい合っていた。距離は兄弟の念話を遮るものではない。

 

(あの小僧は何をしでかした?)

 

 兄の話が前置きなしに始まるのはいつものことだ。弟子が何か粗相でもしましたか、とセージは落ち着きはらって問い返す。

 

(違う違う。おまえがジャミールに寄越した理由よ)

 

 セージは教皇の非公式の使者という名目で弟子をジャミールへ向かわせた。しかし十日も滞在する必要はない用事だ。それは当然ハクレイも理解していた。

 

「聖域の面倒に巻き込まれたくないから理由は聞かぬ、とおっしゃったのは兄上ですよ」

 

(いちいち指摘するな嫌な奴め。それが聖闘士に就けるかどうかと関わっておれば、無関心ではおられん)

 

 誰のことかと尋ねれば、おまえの弟子のことだと返ってきた。

 

(昨日気が向いて手合わせをした。力はそれなりに付いてきたと言っていい。おまえも初めての弟子で試行錯誤しておろうが、無駄にはなっておらん。ただしそれは弟子を聖闘士にする気があっての話よ。なぜ守護星座を伝えない)

 

 ハクレイ自身は、マニゴルドの守護星座を――つまりは蟹座の後継になり得ることを――知っている。以前セージから相談をもちかけた時に伝えてあった。

 

「それで兄上から教えてやったのですか」

 

(いいや。おまえの意図が分からんうちに勝手に喋ったりせんよ。なにせここ数代の黄金位はだいたい十四、五歳での授与が多い。今から最後の修行に入れば、あの悪たれもその頃に一人前に仕上がる。なのにそうせん理由が気になるじゃろう)

 

 理由。

 

 改めて考えると幾つもあるが、最も大きいのは、それが蟹座であることだろう。

 

 ハクレイとセージの兄弟は守護星座を同じくしている。ハクレイが蟹座の黄金聖闘士となり、セージが祭壇座の白銀聖闘士となる道もありえた。むしろ技量や人格では兄のほうが一段優れていると、セージ自身は感じている。

 

 そのため就任から長い年月が経っても、黄金位と教皇位は兄に相応しいという意識がセージにはあった。負い目のようなもので、これからも消えることはないだろう。できれば蟹座の称号も兄に返したかった。老いたハクレイ本人に今更返せなくても、その弟子に引き継がせればいいと考えていた。

 

 だから守護星座が一致したからといって、簡単に己の弟子に引き継がせるのは気が引ける。

 

 しかし「兄上に遠慮しているからです」とは口が裂けても言えない。それならマニゴルドを寄越せと言われるからだ。少年がハクレイの弟子になった上で蟹座を継承すれば、蟹座の系譜はハクレイに戻る。そう説かれることが目に見えている。

 

 ゆえにセージは念話では「まだその時期ではありません」と伝えた。これも偽り無しの本音である。

 

(何故じゃ。冥界波を使えれば後継には問題なかろう)

 

「あの者と立ち合った時に、兄上はどう感じられました」

 

 納得したかのような揺らぎが伝わってきた。ジャミールの地で兄が溜息を吐いたのかも知れない。

 

(やや粗っぽいが拳筋がおまえとよう似ておる。……まだ模倣に過ぎんがな)

 

 セージは静かに同意した。

 

「私と同じ蟹座だと告げれば、マニゴルドは私の模倣のまま満足してしまうかも知れません。黄金聖闘士になる者がそれではいけない」

 

 弟子が師の教えと基本を忠実に守るのは大切なことだ。しかしそれだけでは聖闘士として心許ない。教わった型を応用し、更に創意を加えた己の型を確立して初めて、一人前になったと言える。

 

 マニゴルドはまだセージに教わったことを己の中で消化しきれていない。

 

(しかし地位が人を作るという面もある。黄金の器ならなおのこと早く自覚させるべきよ。他に何か気に掛かる点があるように思えるがのう。あやつの何が不安じゃ。口と態度の他に悪いのはどこじゃ。素行か、頭か)

 

 そこで最初の問いに戻るらしい。

 

 ずいぶんと気に掛けてもらっている、とセージは嬉しくなった。兄が他人のことを悪し様に言うのは親しさの裏返しでもある。

 

「何か誤解されているようですが、今回ジャミールに遣ったのは、本当に無関係な事情です」

 

 しかしそんな回答でハクレイが納得するはずはない。結局セージは白状させられた。

 

 マニゴルドがアテナ神殿の巫女と戯れていたところを神官に目撃され、苦情が寄せられた。それで事が大きくなる前に落とし所を付けるつもりでジャミールに預けた。そういう事情だ。黄金聖闘士でさえ恐れるハクレイに預けるとなれば、それは根性を叩き直すことと同義。処罰を与えたと言い張れる。

 

(なるほど。つまり巫女を孕ませて聖域から飛ばされたと。やるな小僧め)

 

「そこまでは申しておりませんぞ。話を膨らませないで頂きたい」

 

(神官も頭が固いの。アテナは処女神であられるが、それを侍女にまで強いたりはなさらん。神の怒りで一物が腐ったりはせんぞ)

 

「ええ、兄上はよくご存知でしょうとも。経験豊富でいらっしゃいますからな」

 

 弟の嫌味は聞き流された。

 

(つまりあれよ、あの悪たれもいつまでも洟垂れ小僧ではないということじゃ。子供の成長は早いぞ。この前ようやく立って歩けるようになったと思ったら、いつのまにか成人して子を為していたりする。マニゴルドも称号を得たら、あれで存外立派な男になるやも知れん。おまえの後を継いで教皇になったら快挙じゃな)

 

 セージは頭を振った。「そんな事にはなりますまい」

 

 ややあってから兄は言葉を紡いだ。

 

(……のうセージ。おまえは一度はあの小僧を聖闘士にすると決めたはず。そうだな。気が変わったのか? 愛弟子を危険に晒すのが嫌になって、それで逃げ道を残しておくのか)

 

 気持ちは理解できるが、と念話も低く沈む。

 

 むしろハクレイのほうこそよく知る感情だろう。彼は多くの後進を鍛え上げてきた。その日々には確かに満ち足りた喜びがあった。なのに育てた若者を危険な任務に送り出しては失ってきた。殺すために育てる。その繰り返しで、背負う命ばかりが増えてきた。

 

(もしおまえの目が弟子可愛さで曇っているなら、教皇補佐が務めの祭壇座としては諫めねばならん。正直に言え)

 

 セージはしばらく考えた。やがて、「分かりません」と正直に答えた。

 

 弟子を贔屓せずに他の聖闘士と同じ死地へ送れるかと自問自答したことはある。できる。セージはそう結論を出した。今もその結論は覆っていない。

 

「マニゴルドは良い子です。口では何のかのと言いつつ、指示には素直に従ってくれます。きっと聖闘士になっても忠実に務めを果たしてくれるでしょう。死ねと命じれば死んでくれるでしょう。――私の命じるまま」

 

 彼は疲れた人のように顔を両手で覆った。

 

「あの者が力を付けていくのを見る度に、教えたことができるようになるのを見る度に、私は喜びと同時に恐れを覚えるのです。価値ある生を見せてやると言いつつ、悲願のために一人の子を犠牲にしているのではないかと」

 

 セージとハクレイの悲願。それは冥王の側近である死と眠りの双子を、聖戦という舞台から引きずり下ろすこと。

 

 死の神タナトスと眠りの神ヒュプノスは、俗世に伝わる神話では夜の息子として知られている。

 

 聖闘士の記録でも、古の時代よりハーデスの側近を務めてきたとされた。しかしその存在が注目されるようになったのは、セージたちの若い頃に起きた聖戦の後である。それまで冥王の戦いぶりを傍観していた謎の二柱の気紛れな参戦によって、アテナ軍は勝利を目前に瓦解した。

 

 最終的にはアテナの力で地上の覇権がハーデスに渡ることは防げたが、終戦を生きて迎えた聖闘士はあまりに少なかった。

 

 二柱の正体を掴んだ聖戦の生き残り――ハクレイとセージは、次の聖戦にも双子神が出てくるようなら女神軍の勝利は危ういと判断した。

 

 そこで神の正体を突き止めてからは、その魂を封じる方法を求め続けた。相手は神だから完全に滅ぼすことは難しい。ならばせめて聖戦に手出しできないようにしてやろうという計画を立て、準備に長い年月を費やしてきた。

 

 それは前聖戦を生き残った者の務めであり、先に死んでいった同朋への償いであり、数多の命を踏みにじっていった神への復讐でもあった。

 

 老いた兄弟にとって聖戦はまだ終わっていない。

 

 マニゴルドはそんなセージの宿願を果たす手伝いがしたいと言ってくれた。その気持ちが嬉しかったのは事実だ。曲がりなりにも積尸気冥界波を習得したと知った時には、宿敵を打ち倒す算段が付いたと胸が震えた。

 

 けれどふとした瞬間に抱く恐れがある。

 

 もしかしたら己に都合の良い駒が育つことを喜んでいるだけではないかと。

 

 それを聞くとハクレイは鼻で笑った。

 

(本人が判ってやっているのにおまえが悩む必要はなかろう。そも聖闘士は戦女神に拳を捧げる者。その代理人の指示に従って戦いに赴くのは当然のことじゃ。命令に忠実、大いに結構。何を悩む必要がある。これまで教皇の命じた任務で命を落とした者たちには何も思わなんだか。おまえが慈しむ命は己が弟子だけなのか)

 

 まさか、とセージは否定した。

 

「聖闘士は私にとって全て輝く星々です。マニゴルドの光が、その中で一番強いように私に見えるだけで」

 

(おまえに一番近い星だからの)

 

 ハクレイがふっと微笑んだような気がした。

 

(ならば割り切れ、セージ。聖戦のなかで斃れていく者がいるのは仕方がない。それでも最後まで生き残って次代に道を繋ぐ者もいる。かつてのわしらのようにな。少しでも生き残れる者を多くするのもわしらの務めぞ。そのために弟子を鍛えていると考えろ)

 

「指南したことのある聖闘士は皆同じような思いを抱えてきたのでしょうか。本当に教えるべき事はまだ何も教えてやれていない。そう不安になるのは私だけでしょうか」

 

 おそらく聖戦が近づいている時代でなければ。もしくは師弟の守護星座が異なれば。セージの苦悩はもっと軽かっただろう。マニゴルドもすんなり聖闘士になれたかも知れない。

 

 けれどその仮定は無意味だ。

 

(踏ん切りが付かん胸の内は判らんでもない。じゃがな、守護する星を明かさずにいても益はないぞ。おまえも覚えておろうが、わしの許にも積尸気使いがおったじゃろう。わしが言える立場ではないが、同じ事を繰り返しては兄弟揃って間抜けすぎると思わんか)

 

 かつてハクレイの弟子にも一人の積尸気使いがいた。ハクレイは自身の祭壇座の称号を譲ろうとしたが、蟹座を得るつもりだった本人はそれに納得できずに、真っ向から対立。結果、若者は師のハクレイと縁を切り、聖闘士になる道を捨てて姿を消した。

 

 いつまでも余計な期待を持たせるな、とハクレイは忠告する。セージもとりあえずは頷いた。

 

 兄弟の念話は終わろうとしていた。

 

 ところが最後にハクレイが思い出したように伝えてきた。

 

(おお、そうじゃ。先程のマニゴルドの守護星座の件な、おまえがわしに遠慮してのことなら、小僧はもらい請けようと思うておった。わしの弟子ならおまえも迷いはせんじゃろう)

 

 セージは絶句したあと苦笑した。まったく、兄には敵わない。

 

          ◇

 

 老兄弟が念話を交わしていた頃。精錬の片付けを終えたそれぞれの弟子二人――マニゴルドとシオンは、そのまま作業小屋で寝転がって休んでいた。

 

 マニゴルドはふと視線を感じて戸口のほうを見た。

 

 小さな子供が中を覗き込んでいる。ちょうど初めて出会った頃のシオンくらいの大きさだ。着ぶくれた衣の中に埋もれそうな様子もそっくりだった。

 

「おいシオン。おまえの弟が来てるぞ」

 

「弟なんて」と首だけ起こしたシオンは、現れた幼児を見て勢いよく身を起こした。「ユズリハ!」

 

 シオンは走っていき、その子供の前を塞いだ。ジャミールの言葉で、入っては駄目だと告げている。

 

「おいチビすけ。おまえも修復師になりたいのか?」

 

 マニゴルドが声を掛けても、幼い子供はぎゅっと口を引き結んでいる。代わりにシオンが答えた。

 

「ユズリハもハクレイ様の弟子になることが決まってるんだ。でもまだだめ。ハクレイ様が入っていいって言うまで来ちゃいけないんだよ」

 

 ユズリハと呼ばれた幼児は作業小屋に足を入れることはなかったが、敷居の向こう側にしゃがみこんだ。梃子でも動かないという意思表示なのだろう。なかなかに頑固そうな顔をしていた。

 

 どうしよう、とシオンは年長者に助けを求めた。

 

「しゃあねえな。お兄ちゃんが遊んでやるよ」

 

 言いながらマニゴルドはユズリハを肩車した。突然の高さに小さな子供は彼の頭にしがみついた。けれどその場でコマのように回ってやると、すぐに声を立てて笑い、喜んだ。シオンが羨ましそうに見ている。

 

「シオン。この後は何か作業することあるのか」

 

「ええっと、ハクレイ様に見てもらうだけ」

 

「じゃあそっちは任せる。行くぞチビすけ」

 

 小屋を離れるマニゴルドの背中に、「え、ずるい」と慌てる声が掛かった。次いで後ろから軽い突撃を受けた。軽くたたらを踏んで立ち止まる。腰にしがみついてきたシオンを意地悪い表情で振り返った。

 

「ちゃんと仕事しろよ。修復師だろ」

 

「ガマニオンがさめるのは明日だよ。一休みがおわったら手合わせしようねって言うつもりだったのに、マニゴルドのばか!」

 

「鍛冶仕事で疲れてるだろうに無茶するな。つうか弟に嫉妬するなんて可愛いところあるな、おまえ」

 

「ユズリハは弟じゃないし女の子だ。やくに立たない目玉なんかワシに食われちゃえ」

 

 脛を蹴られても、彼には「はいはい」と笑って返すだけの余裕があった。

 

 三人は小屋の前の開けた場所で遊び始めた。

 

 やがていつの間にか子供の頭数が増えていた。集落中の子供が集結したようだ。シオンもユズリハも他の子供たちに交じって楽しそうにしている。こうなるとお守りのマニゴルドは一緒に遊ぶより、一歩引いて見守っていたほうが楽だ。

 

 土壁に寄りかかって眺めていると、館のほうからハクレイに呼ばれた。所用とやらは終わったらしい。うるさいと叱られることを覚悟しながら渋々歩み寄った。

 

「なんだよ」

 

「ジャミールの地は好きか」

 

 いきなりの問いかけに少年は瞬きをした。前回の滞在の時には聞かれた覚えのない質問だ。

 

「飯も食わせてもらえるし、屋根のある所で寝させてもらえるし、何も文句はねえよ」

 

「わしがジャミールの長ゆえに弟子も血縁の者は多いが、外地から来た者も多い。おまえの存在を受け入れる態勢は整っていると思うが、おまえの目から見てどうじゃ」

 

「ああ、よそ者でも居心地悪い思いしたことはねえよ。言葉が通じにくいのはあるけど、こればっかりは仕方ねえもんな。それに聖域と違って女が仮面着けてなくていいよなあ」

 

「女は好きか」

 

「美人が好きだ」

 

 正直に答えると、老人は愉快そうに笑った。

 


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