まずは「師弟 ――蟹座の黄金聖闘士の話――」をお読み頂きましてありがとうございました。
現行のタイトルは連載途中で改題した二代目です。作者自身は最初の「教皇(パパ)の子育て奮闘記」が気に入っていたのですが、それが理由で読んでもらえないのでは意味がありません。いい改案が浮かばずに「だったらテーマそのものにしてやらあ」と開き直った現タイトルですが、改題して正解でした。当時ご指摘下さった作者スレの方々には御礼申し上げます。
各章題はシュトラウスの交響詩『ツァラトゥストゥラはかく語りき』から取りました。映画『二〇〇一年宇宙の旅』冒頭で導入部が使われた有名な曲です。翻訳によって「墓場の歌」が「埋葬の歌」だったり、「世界の背後を説く者」が「世界に背を向ける者」「後の世の人々」だったりしますが、「さすらい人の夜の歌」というワードを使いたかっただけなので、その他の章題にあまりこだわりはありません。章立て自体、途中から取り入れたものです。
1.【導入部】
導入のくせに読者を跳ね返すクリスタルウォール。元々はこの回だけで完結した短編でした。
「教皇と浮浪児」
マニゴルドの出身地は、イタリア中南部というぼやけたイメージで収まる範囲にしたつもりです。理由もなくデスマスクとの縁を作っても仕方ないので、シチリアは避けました。ちなみにデスマスクとは、無印原作に登場する星矢達の時代の蟹座の聖闘士のことです。
作中の船旅は数時間程度のクルーズのような雰囲気でしたが、実際は違います。高速船のある現代でさえイタリア=ギリシャ間の船旅は一日掛かります。まして原作の時代は帆船なので、順調にいっても7日以上は掛かるでしょうか。それだけの時間があれば、船酔いも治って当然です。
2.【後の世の人々について】
導入部に続いて読者を拒む嘆きの壁。聖域と聖闘士の設定説明だけに終始しているから仕方ないですね。
「祭壇座の見解」
ハクレイ登場。
教皇の住む部分を「教皇宮」と称していいのか、「教皇の間」を拡大解釈すべきか、かなり悩んだ記憶があります。師弟の部屋が廊下に出ずに(=人目に付かずに)行き来できる設定にしたのは、マニゴルドが教皇のスパイとして暗躍するエピソードのため。結局そのエピソードは書かずじまいで死に設定となりました。
作中で出てきたそら豆の煮込みは、鞘ごとオリーブオイルで玉ねぎと一緒に煮込んで、ヨーグルトソースを付けるゼイティンヤール・バクラをイメージしています。ついでに初日夜で登場させたスープはひよこ豆を使ったトルコ料理の定番メルジュメッキ・チョルバス。豆ばっかり。
「聖なる砦」
現役教皇のガイドで巡る、聖域ウォーキングツアー半日コース。先着一名限定。
そして魚座師弟登場。マニゴルドとアルバフィカは前者が二歳年上ですが、この時点では後者のほうが体格が良いくらいです(前者は栄養不足による発育不良、後者は生まれた時から聖闘士と同じ生活習慣で健康優良児のため)。なお、この頃のアルバフィカは毒への抵抗力が強いだけのただの子供で、他人に触っても問題ありません。まだ正式な魚座の後継者でないため、ルゴニス先生の態度も甘いです。
3.【大いなるあこがれについて】
マニゴルドがセージの正式な弟子になるまでのすったもんだ。
「面白くない出来事」
ニンニクと胡麻を使ったナスのペーストは、ババガヌーシュというレバノン料理です。ギリシャ名はメリジャノサラダ。まじ美味い。
「獅子来たる」
イリアス登場。口調が丁寧なのは教皇の前だから。変わり者でもTPOは守ります。
話の中で過去の蠍座が登場しますが、まさか後に原作で蠍座のザフィリが登場するとは、この時は思いもしませんでした。獅子座と魚座の他に在位する黄金位がいた場合、どこでバランスを取るかと考えたらやっぱりそこだよなあ、とコミックスを読みながらほっとしたものです(別案としては双子座)。
説明するのも馬鹿らしいですが、マニゴルドが地面に落書きしたのは女性器のマークです。地域によっては魔除けにもなるとはいえ、さすがに処女神の近くでは問題があった様子。最後に倒れたのはバチが当たったんじゃないですか(適当)。
「師匠と弟子」
ここでやっと地の文でのマニゴルド表記解禁。長かった。
「ささやかな嘘の始末」
エルシド登場。
アルバフィカに幸せな子供時代があってもいい、ということでマニゴルドと友達になりました。
「星と糸杉」
イリアス父さんとキャンプファイア。タイトルはゴッホの「糸杉と星の見える道」から。
表面にごまをまぶしたドーナツ状のパンは、トルコ名でシュミット、ギリシャ名でクルーリという伝統的な軽食です。十五世紀くらいのオスマン帝国の文献にはもう登場しているとか。少ししょっぱいくらいが美味しいですよ。
「教皇宮の人々」
働くおじさん。教皇にも侍従くらいいるでしょう。
マニゴルドがなぜわざわざ床の隅に眠るのか。それは彼の過去に関係している――という展開にこの後なるはずでした。ところが本作のマニゴルドはあまり過去を語りたがらず、セージも無理に聞き出そうとしないので、一向にその流れになりませんでした。
4.【喜びと情熱について】
マニゴルドが聖闘士を目指すことをセージが認めるまで。この辺りからセージがマニゴルド関係限定で優柔不断になる傾向が現れます。
「子供の領分、大人の言い分」
シジフォス登場。
ドビュッシーのピアノ組曲から取った前半タイトルと、それに合わせた後半タイトル。元は二ページに分かれていたものを一ページに統合しました。
二人が遊んでいたカードは、トランプの原型になったタロットカードです。この時代はまだ占いには使われず、もっぱらゲームで使われていました。豪華なものは貴族の贈答品にもなったそうです。セージの部屋にあったのも教皇への贈り物で歴史的価値のある物のはずですが、多分マニゴルドは知りません。
「ジャミールへ」
ハクレイとマニゴルドの会話は、セージとマニゴルドより書きやすかったです。似たようなタイプなのと、会話のテンポが同じためでしょう。しかしそれ以上にハクレイとセージのほうが書きやすいという不思議。
「聖衣の墓場」
聖衣の墓場については、アスミタが冥闘士を蹴散らした一本道の崖の下より、紫龍がジャミールの所に行こうとした時に通った道のイメージです。あそこで冥界波の練習をしたら捗りそうだと思いました。
「約束の夜」
シオン登場。
シジフォスによってアテナが見つけ出されたという原作描写の裏で、それまで聖域は何をしていたのか。シジフォスが独断で動いていたというのは考えにくく、少なくともアテナが地上に降臨したことは聖域上層部の共通認識だったはずです。それなら女神像の前に降誕しなかった時は関係者一同さぞかし混乱しただろう、という辺りを書きたかったのです。
「女神降臨せず」
黄金と乳香と没薬は、東方の三博士がイエスに贈ったとされる品々です。
マニゴルドの作った米だの野菜だのが入った具沢山スープは、グリークミネストローネことホルトスーパ。野菜の切り方が不格好でもごまかせるし味付けは料理人がするから教皇に食べさせても問題なし、と用人の許可がおりました。
「続・教皇宮の人々」
働くおじさんの、あまり仕事と関係ない話。神官長が教皇の表向きの片腕だとしたら、用人は奥向きの片腕となります。役職名を用人ではなく執事としたほうがイメージは伝わりやすかったかも知れませんが、バトラーではないので。
掲載当初は前後篇だったものを一ページに統合しました。
5.【墓場の歌】
書きたいことは大体書けて満足した、デスマスクの話。マニゴルドに比べてデスマスクは情けない、みたいな論調で語るのは止めてほしいと思います。彼はあれでいいんです。
「黄泉比良坂」
アスプロスとハスガード登場。
生き物に魂が宿るときに天から魂が降りてくる「人の門(Gate of Men)」を蟹座だとする説では、対として、死後の魂が天に戻る「神の門(Gate of the Gods)」に対称星座の山羊座を当てます。作中では省略しました。
作中の料理は、くりぬいた茄子やトマトに具入りのご飯を詰め込んで蒸し焼きにする(煮込む?)ドルマをイメージしています。
「蟹座の愛する世界」
デスマスクの主張と行動をベースに、デストール(別作品の蟹座の聖闘士)と原作マニゴルドの行動を上乗せして、蟹座に共通のスタンスを探ってみました。無印原作とは時代設定が違うためナチスや日本軍の喩えの代わりに十字軍にしましたが、概ねデスマスクの主張をセージがなぞる形になりました。
煮込み料理はオルマン・ケバブ(雰囲気は肉じゃが)。牛肉の場合もありますが、ラム肉のほうが地域・歴史的に手に入れやすい気がしたので後者にしました。
「柔らかな日々の追憶」
四人が食べていたお菓子は、トゥルンバという、吐きそうなほど甘いドーナツのシロップ漬けです。日保ちしないから教皇宮で作られた物かもしれない。
「壁の住人」
ロストキャンバスでは全く登場しなかった不思議空間、巨蟹宮。巨蟹宮と言えば死人の顔。デストールはせっせと棺桶で送り返すタイプ。セージはある程度まとめて一気に消すタイプ。デスマスクは偽悪的なのと忙しいのとで片付ける気が全くないタイプ。のようなイメージです。
「仮面たちの中の自画像」
タイトルはアンソールの同題の絵画から。
ここで登場する候補生は仮面繋がりで女になりましたが、最初はマニゴルドより年下の落ちこぼれ少年の予定でした。ニキアの三つ編みぐるりは、「風の谷のナウシカ」のクシャナ殿下や、ウクライナのティモシェンコ元首相の髪型を想像して下さい。
豆を潰して揚げた料理は、ファラフェルというエジプトのコロッケです。
「第九の波濤」
タイトルはアイヴァゾフスキーの同題の絵画から。海の透明感が上品で好きな画家です。アイヴァゾフスキーはウクライナ出身の画家で、ニキアの出身地もその辺りを想定しています。
ゴメイサというのは子犬座のβ星の名前です。
「ろうそくの火を消す少年」
タイトルはエル・グレコの絵画「ろうそくに火を灯す少年」から。
本作最初の死人は一番可哀相な死に方になってしまいました。死ぬ前にマニゴルド少年を大人にする手助けをさせようかとも考えたんですが、物語全体の雰囲気を変えかねない強烈さだったので止めました。
「積尸気冥界波」
候補生たちの名前は、五人ともエリダヌス座の星から取りました。とくに理由はありません。
死体の歯を抜くのは義歯の材料として売るためです。当時のヨーロッパでは義歯に歯や骨を使っていました(見た目を取り繕うだけで噛むことはできませんし不衛生で臭い)。戦争が起きると戦死者の歯が樽詰めで戦場から送られてきたとか。ホラーですね。ちなみに同時代の日本では入れ歯はツゲの木で作られ、現代とほぼ同じ原理の総入れ歯も実用されていたそうです。
「聖域の人々」
働くおじさん第三弾。長さや他とのバランスを見て止めましたが、火時計の管理人と家畜番も入れたかったです。
6.【科学について】
教皇職を譲るにあたって候補者を試す、という原作セージの危険な賭けは一体どこから来た発想なのか。以前に似たような成功体験があったのではないか。ということを考えるうちにできたエピソード。アテナ捜索プロジェクトが成果を出せなかった頃に間違いなく起きていただろう衝突と絡ませたために、焦点がぼけました。
「入祭唱――アリの去就」
本作のモチーフにダンテの『神曲』を使いたいとずっと思いながらも、ここまでそれを出す機会がありませんでした。
「救憐唱――ハーミドの決心」
この章に小道具として本が多く登場するのは、やらかした神官の左遷先に写本室を想定していた頃の名残です。当初は死刑でなく懲罰程度で済む罪の予定でした。それでは地味だなと派手にしていったら、いつのまにか主君押し込めに発展。びっくりです。
「続唱――セージの退位」
デフテロス登場。
この章の各回タイトルにレクイエムの曲目を使っているのは、タイトルが思いつかなかったという身も蓋もない理由のためです。
「奉献唱――マニゴルドの脱走」
世界ふれあい街歩き、ギリシャ・ロドリオ村編。原作の積尸気冥界波は何でもありの万能技ですね。
「三聖唱――テオドシオスの誤算」
魂の運び手(プシュコポンポス)や盗人の守護神という職能を考えるほどに、ヘルメスはマニゴルドにぴったりだと思うのですが、アテナの下にいる人間をオリンポスの十二神に擬えるのもどうなんだと、その辺りは掘り下げませんでした。
「神羔唱――ヨルゴスの告白」
露天で売られている焼き栗はとても美味しいです。秋から冬にかけての名物です。
「聖体拝領唱――ルゴニスの傍観」
茶番。本当はこの後にもう一幕入れるつもりだったのですが、ここまでくるのに予定より文字数が膨らんでしまったので単純化しました。
「赦祷文――シジフォスの困惑」
弟子も射手座も触れていない教皇の思惑がありますが、全部説明するとセージの非道ぶりがとんでもなかったので割愛しました。伏線投げっぱなしのまま終わりますが、作中で「あれ?」と引っかかる点を感じた時は、だいたいセージのせいにしてご解釈下さい。
作中のお菓子はカダユフ(カダイフ・タトゥルス)のつもり。具体的には生地がざっくざくのバロリエのイメージでした。
「百獣の王と花の王」
時系列的に番外編にせざるを得なかったエピソード。読者受けするのはパターン2でしょうが、書いた本人はパターン1のほうが好みなので両方載せました。
7.【病より癒えゆく者】
原作のセージはデフテロスのことをどこまで知っていたのか、というあたりを考えてみた双子編。本作の聖域は現代の教育機関ではないので、下々の問題に教皇が首を突っ込む義理はありません。
「外は雪」
タイトルはアコーディオン奏者coba氏の曲から。
バトルが読みたいという感想を受けて書いた物。ただし雪合戦。それがなければ前半の雪掻きだけのエピソードで押し通して、タイトルも「続・聖域の人々」になっていたと思われます。
使用人たちが飲んでいたのは、ウン・チョルバスという小麦粉とバターを使ったスープです。冬場だから使用人の食事ごときには野菜を贅沢に使えないのです。
「覆面の下の秘密」
隠れて生きていたわりにデフテロスは真っ直ぐ育ったものです。一方、マニゴルドとアスプロスは理想論を語るには擦れてしまったもよう。寝技込みの実務ベースで話せる黄金は、この二人と童虎とカルディアくらいしかいないイメージです。あくまでイメージです。
「面倒な友人」
原作で、シジフォスやアスプロスが神託を受けに行った神殿も「デルフォイ」と呼ばれていました。しかしデルフォイ神殿といえば、普通は太陽神アポロンの神殿を指します。そこで「アテナ信徒の聖闘士がアポロンの所に行って有益なお告げをもらえるのか?」という余計な引っかかりが生まれてしまいます。もしアポロンがアテナの敵対者と与してたらどうするのかと。そのため作中では神託所の名前を伏せてあります。
なお、神託に対する聖域の対応は本作の捏造です。うちには星見があるから神託なんて必要ないし、と教皇が公言するわけにもいかない大人の付き合いがあるのです。
「兄弟」
イサクは本作のオリジナルキャラですが、原作のアスプロスやデフテロスの回想に共通して登場する雑兵がモデルです。
「山の牧神」
冠座の称号をラテン語名にしようか「クラウン」にしようかで散々迷った回。ゲンマはかんむり座α星の名前です。
聖域の財政事情に関して原作では一切不明ですので、好き勝手に妄想しました。
作中の、土地の利用権を売買するという考え方はイギリスのリースホールド(leasehold)をモデルにしています。この考え方はイギリスでは現在も主流でして、王室→大貴族→大企業・貴族→企業・個人の順に定期借地権が転売されています。後のほうになるにつれて貸借の期間が短くなります。作中では地主の元締めであるイギリス王室の部分に聖域をあてはめているわけです。
次に隠れ蓑となる宗教施設を建てた理由について。聖域が地主業に直接乗り出さないのは、フロント企業を立てた方が世間との交渉がやりやすいからという理由があります。雑兵を辞めたい人を社会復帰させるためのプールとしても役に立ちます。さらに候補生になりそうな子供を集める時には、孤児や捨て子を引き取っても変に思われないというメリットもあります。
こういう設定を考えている時が一番楽しいです。
「説教のあとの幻影」
タイトルはゴーギャンの同題の絵画から。「ヤコブと天使が相撲を取っているのを眺める女たち」という絵の構図は、そのまま作中の「アスプロスとシジフォスの仕合を見物している聖域住人たち」に当て嵌まります。この時点ではアスプロスはヤコブなのです。
セージがマニゴルドに報告書を書かせたのは、弟子のためだけでなく、聖闘士の仕事ぶりを確認するためでもあります。
「白と黒の双子」
当初は「片付け」を実行するストーリーで書いていましたが、三章連続で人を殺して締めにするのはワンパターンかと思い直して、掲載した形に収まりました。具体的には遺体を埋める穴を掘っておいたマニゴルドの前で、ドヤ顔のアスプロスがアナザーディメンションで死体を消すところまで書いていました。
書き直して正解でした。上記の流れのままだと、二人が仲良いままいられる結末がどうやっても描けませんでした。アスプロスと教皇の弟子が親しいほうが、聖戦二年前の事件がドラマチックです。
「続・聖域の人々」
女の子が書きたかった、それだけの話。
巫女たちは名前こそオリジナルですが、原作で子供の頃のアテナに付き添っていた女性がモデルです。ちなみにキクレーはつぐみ、グリシナは藤を意味するギリシャ語です。
ついでに土産のリボンはメイドインフランス。当時のフランスと言えばヨーロッパの流行発信地であり、ギリシャの田舎娘からすると本気で嬉しい土産だったはずです。
8.【舞踏の歌】
そろそろ天馬星座の勘違いを正してやらないと可哀相なので、正式に蟹座だと発表することにしました。
「無題、あるいは死」
カルディアと彼に縁のあるクレスト登場。
タイトルはタロットカード大アルカナの一枚から。作中でマニゴルドが死に神呼ばわりされましたが、西洋占星術で死と関連づけられるのは天蝎宮です。
「修復師たち」
ひぐまはこわい。カナダで熊を殺しまくったベアーの檄は凄いなと思いました。
「大義と私情」
ユズリハ登場。シオンと同じように彼女にとってもマニゴルドは、夏休みと冬休みに泊まりがけで遊びに来る従兄のような存在だったのではないかと想像します。
「原石の憂鬱」
食べ物を粗末にするのはいけません。
「熱」
作中の高級ワインは、教皇が普段飲むためのものではなく、教皇宮で晩餐会をする時のためのものです。同じボルドーでもラフィットにしなかったのは単なるフィーリング。用人がギリシャワインでなくていいのかと確認したのは、重要な行事では伝統のギリシャ産が用いられるという(どうでもいい)設定があったためです。
「どん底」
アスプロスが恩着せがましい。
一応本作は時代物を目指しているのため、現代的な響きの外来語は避けたつもりです。例えば「バランス」「レベル」「タイミング」は使えません。逆に「マジ」「やばい」「むかつく」は、現代の意味で使われるようになったのが江戸時代なので大丈夫です。「びびる」に至っては語源が平安時代なので余裕でセーフ。嘘のような本当の話です。
「海辺の僧侶」
タイトルはカスパー・ダーヴィト・フリードリヒの同題の絵画から。
イエスとユダの比喩を出したのは、後の回で「放蕩息子の帰還」というタイトルを使おうと思ったからです。バッハのマタイ受難曲からの連想です。
ここで宗教者会議を挟んだのは、聖域関係者とのやり取りだけではセージの姿勢を変えられなかったからです。文字数が膨らみすぎて、アレクサンドリア総主教との会合は凄い事なんだぞ(たぶん)、という背景までは書けませんでした。
「葆光」
タイトルは荘子の一節から、とみせかけて板谷波山の開発した葆光釉から取りましたが、なぜそうしようと思ったかは忘れました。
書き直したい回第一位。
「朝の宗教講義」
正教会とイスラム教について説明すべきだと感じたので、番外編で試みました。しかし本題だったはずのイスラム教について解説するまでに至りませんでした。また別の機会に、今度は候補生にした子供を改宗させるまでのステップも合わせて書いてみたいです。
9.【さすらい人の夜の歌】
この章は書きにくかったです。マニゴルド青年の心情についてはぴったりの詩があり、それを読んでもらえば自分ごときが書かなくても……と、勝手に挫けていました。ちなみに高村光太郎の「道程」という詩です。有名な短いバージョンではなく、「どこかに通じてゐる大道を僕は歩いてゐるのぢやない」から始まる長い原型のほう。
「道」
アスミタ登場。
かつて殺した相手に自分がなりかけていることに気付いてショックを受けるマニゴルド、と、旅立つ弟子と見送る師匠を書くことは、かなり初期の頃から決めていました。
周利槃特は、ミョウガを食べると忘れっぽくなるという話の元ネタの人です。茗荷という漢字表記も「名札を着けている」という意味だとか。
「愚か者の旅立ち」
タイトルおよび作中に登場するカードは、タロットカード大アルカナの一枚から。時代的にはマルセイユ版なので、崖に向かって歩くデザインではありません。
レグルス放置については、本当に何を考えているんだと原作ハスガードに聞いてみたいです。そもそもレグルスは子供の足でどこまで駈けていったのでしょう。
「悔悛」
タイトルはジョルジュ・ド・ラ・トゥールの、マグダラのマリアを描いた同主題の絵画から。どのバージョンでもいいですが、モダンな雰囲気の「書物のあるマグダラのマリア」が私は好きです。
パンアテナイア祭の記述に登場する「篝火競技」がどういうものなのか、よく分かりません。おそらく篝火を持って走るのでしょうが、トーチリレーですかね。
「十二宮の人々」
デジェル登場。もしかしたらアスミタもこの時点ですでに聖域に来ていたかも知れませんが、いてもインタビュー相手にならないので省略しました。
「荒野の会合」
最初の構想では、マニゴルドと戦う相手はセージの予定でした。師弟でもう一度黄泉比良坂で戦って、一応は弟子が勝利して聖域帰還と称号授与を認められる、という流れでした。バトルのバランスが難しかったので相手を変えました。
「放蕩息子の帰還」
タイトルは新約聖書の例え話から。同主題を描いた絵画ではレンブラントが有名ですが、この回の雰囲気に近いのはムリーリョです。
なおここで登場した宿屋の亭主は、本来「市井の人々」という回のメインになるはずでした。ハスガードを描くことに文字数を割きたかったので語り手交代となりました。
「夜明けの孤独」
タイトルはフュースリの同題の絵画(Solitude at Dawn)から。物語の中では夜が更けていく時間帯ですが、主役の人生はようやく夜明けです。
「かくして人は星に至る」
タイトルはウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』から。別案としては『神曲・煉獄篇』での「故にわれ冠と帽を汝に戴かせ、汝を己が主たらしむ」というセリフを使おうと思っていました。先にも書きましたが、本作のモチーフに神曲を使いたかったのです。
そしてどうにか最終回でセージの負い目も解消できました。時間を置いたらもう少しシンプルに書き直したいです。
以上で本編は終わりです。
セージから見たマニゴルドの成長、というテーマに絞ったために省いたエピソードがいくつもあります。機会があればそれらを番外編として出していきたいです。
元々「自分だけが楽しめれば需要が無くてもいい」と書き始めた本作ですが、他の人にも楽しんで頂けたのは嬉しかったです。長い話にお付き合い頂きまして、ありがとうございました。好き勝手に書いても破綻しない聖闘士星矢の世界は寛大だなと思いました。