結果から言えば、畑山愛子のもとに集まったのは青馬白亜、園部優花を含むたった八人の生徒だった。この中に八重樫雫はいない。彼女は研鑽のために戦い続けることを選んでいた。
また、南雲ハジメのもとにいち早く向かおうとする白崎香織や、人を助けるために戦い続けることを選んだ天之河光輝もこの場にはいない。このようにクラスの中心人物が全員戦うことを選んだ影響なのだろうか、八名を除く全ての生徒は戦い続けることを選ぶ結果となっていた。
しかし、愛子の表情はホッ一息ついているように見える。彼女の中に戦う選択をした生徒に対する心配がないわけではない。ただ、自分が生徒達に告げた「従者になる選択は決してしないでくれ」という選択肢を選んだ生徒が1人もいなかった事実に対して彼女はホッと息をつくのだ。
あの日、愛子が国王と教皇に謁見した際、南雲ハジメに向けられる悪意を目の当たりにして彼女は悲しんだ。悲しんだ末に、この地へ呼び出しながら人の死を蔑ろにする彼らに怒りを覚えた。そして、反論してしまったのである。
人としては間違っていなかっただろう。ただ、それが許されるのは相手が人の心を持った人間に限られる、というだけのこと。足元を見るように提示された選択肢。そんな中でもこのような結果となったのは僥倖と言えるはずだ。
「雫、これを」
「え?」
愛子一行出立の日。話し合いがあった翌日のこと。
護衛が積み荷を整理している間、それぞれの選択をした生徒達は別れを惜しむように会話に花を咲かせていた。今生の別れと言うわけではないはず。しかし、ハジメの一件があったために「もしかしたら」が生徒達の頭の中に存在していた。戦闘を選択した生徒達の中から再び死者が出るかもしれない。愛子と旅を選択した者達だって何もかもが安全と言うわけではない。道中で賊や害獣に出くわして命を落とす危険だってある。故に、生徒達は別れを惜しむのだ。
そんな中、白亜が雫の目を剥かせた。彼女が渡したのは、ここに来てからというもの肌身離さず持っていた長刀。形見という代物をさも当然と言わんばかりに躊躇なく渡してきた白亜を前にして、雫は驚きのあまり手を伸ばすことが出来なかった。
「これから雫の目標が叶うまで肌身離さず持っていて下さい」
「私は、これを受け取ることが出来ないわ……」
「いいえ、これを扱って欲しいというわけではないのです。私は雫に預かっていてほしい。雫の側に置いておきたい。使って欲しいというわけではないのです。だって、使えないでしょう?」
「ッ!?」
白亜はそう言うや否や雫に長刀を押し付けた。煮えたぎった油が入った鍋を押し付けられてしまったかのような熱が雫を苛む。しかし、こぼれ落としそうになったのも一瞬のことで、雫は伝わってくる熱をものともせず抱え込んだ。形見と言うそれを落としたくないという優しさと、挑発めいた白亜の発言に対する対抗心も僅かにあったのだろう。
「ね?」
「……言ってくれるじゃない」
「本当なら私が側に居たかったのですが」
「身から出た錆ってやつね。次に会うときは認められた時っていうことでいいのかしら?」
例えば冷たい水に触れようとしたとき「熱い!」と横から言われ手を引っ込めてしまうような。そんな無意識で外界からの刺激を誤認してしまうそれに近いらしい。素肌で長刀を抱えたにもかかわらず、感じ取った熱に反して雫の体に火傷の跡は残っていなかった。
周りに合わせてか、それとも心からの感情なのか、二人は笑いあう。例えるとすればどんな状況なのだろうか。美しい少女が笑いあう華のある場面とは違って、二人は男が拳を突き合わせているような雰囲気を纏っていた。
長剣を渡したことで満足したのか、それ以降会話らしい会話はなく白亜は一人先に馬車へと乗り込む。そんな彼女の後姿を愛子は微笑ましいものを見るように見送っていた。
◇◆◇◆◇
愛子一行は二人の護衛を残して馬車に揺られる。残る護衛の二人は二台の馬車がなす列を前後から挟む形で周辺警戒の最中だ。愛子と共に巡礼を行う八人の生徒達は、男子と女子に別れている。男子は人数が少ないこともあって荷物と一緒に。女子は人数が多いためぎゅうぎゅうに詰めながら馬車に乗り合わせているのが現状だった。
姦しい声が車内に広がるのは、やはり女子の方。初めて愛子と行動を共にすることになった園部優花、菅原妙子、宮崎奈々の三人は、これまでの旅路を執拗に愛子から聞き出そうとしていた。今まで見てきた風景から始まり、旅を共にしてきた護衛達とのやり取り。どこか色めき立って聞いているのは、彼女たちがどこにでもいる少女であるからに他ならないだろう。
ただ、何時の時代どこでもあるように、姦しい空間に同席していても会話に参加しない人物と言うのは存在する。同じ空間の中に人数が多くいればそれは顕著に現れる。一人、声を発さずに森の方を眺め続けるのは、やはり白亜だ。馬車が通るたびに何事かと草藪の中から顔を出す小動物たちが、馬車の小窓から顔を覗かせる白亜を見て一目散に森の奥地へと逃げていく。
そんな彼女の姿は、南雲ハジメの一件があったこととその儚げな美しさも相まって死者を想う未亡人のように少女たちの目に映った。故に、話しかけづらい。愛子へと会話を振りながら、チラチラと白亜へも質問をしたそうに視線を向けるがそれだけ。口を開いても彼女の名前を呼ぶことはどうしても出来なかった。
「あ、そういえば愛ちゃん。最初は何処の街に行くの?」
「ですから、畑山先生ですと……。はぁ……。まずはこれまでに回った所の土地がしっかり機能しているかを確認して、その後に新しい土地を訪ねることになります。たしか、最初に行く場所の名産品はイモでしたっけ?」
「芋……」
咄嗟に会話を繋げようとして、行き先を愛子に尋ねる。ただ、返ってきた言葉が望んだものでは無かったのか、優花はなんとも言えない面持ちで名産品の名前を復唱した。
行き先が比較的栄えている場所と言っても、愛子たちの巡礼理由は農地の回復。必然的に農業で栄えている領地に赴くことが多かった。そうなると、自然と名産品が農作物の土地に足を運ぶことが多くなる。
栄えている街と聞いて、煌びやかな街並みや、地球では食べたこともないスイーツでも想像していたのだろう。楽しみが一つ減ったと言うように分かりやすく落胆の表情を露にする優花達に愛子は苦笑を向けた。
「あ、あはは。名産と言うだけあって甘くて美味しいんですよ。青馬さんが、こーんな山盛りの皿を一人で全部食べてしまうぐらいには。ね?」
こんな、というところで両手を大きく広げて空に山を描いて見せる。嘘か真か、きっと先生なりの面白い話のつもりで脚色したんだろうと、可愛らしいその仕草に笑いを顰めながら話題に上がった白亜の方をチラと見る。何度目かの流し見。そこでついに彼女と目が合ってしまった。
「……ッ! え、っと……。どう、だったの?」
「どう、とは?」
「これまで愛ちゃんと旅してたでしょ? どんなことがあったのかなぁ……って」
学校では雫やハジメと絡むことが多く、それ以外の生徒とは雫の幼馴染を除きほとんど交流が無かった白亜。何気に優花とこうして顔を突き合わせて話すのは、席替えで隣になった時に挨拶をしあって以来のことだった。
美しい宝石に似た双眸と視線が交わり今まで会話していたことがほとんど吹き飛んでしまった優花は、馬車に乗って一番に愛子へ投げた質問を今度は白亜に投げた。
「楽しかったですよ。行く先、行く先で異なる人々の姿。多様な価値観。多様な思想。多様な行動理念。一つの街を形成している集団としての人の姿。沢山のことを学ぶことが出来ました」
「うわぁ……」
朗らかに笑いながらそんなことを口走った白亜に対して、優花は顔をひきつらせた。理由としては、望んだ答えでは無かったということが一つ。自分では注目すらしないだろう角度で物事を見ている異質さが一つ、といったところだろうか。
「?」
「あ、いや、ごめん……。なんか優等生みたいな解答だなって。いや、優等生なんだろうけどさ。地球に居た頃も成績良かったし」
「そう思っていただけたのなら、雫やハジメの教えが正しく私を導いてくれたということですね。彼女達と会うまで私は何も知らないどこにでもいるような者でしたから」
「八重樫さんと、……南雲、か」
ハジメの名前が出て露骨に視線を下げてしまう。昨日の話し合いの時ですらボロボロと涙を溢してしまうぐらいに引きずっていたのに、何も思うなというのは酷なことだ。ただ、時間が解決してくれるからと記憶が擦れるまで放置するのも現実的な話ではない。これからの旅は、ハジメと仲が良かった白亜も共にするのだ。会話の節々には彼を想起させる言葉が出てくることだろう。
白亜に我慢してくれと言えるわけがなかった。なぜなら、自分は奈落の底へ落ち行くハジメに手を伸ばすことが出来なかったのだから。同じ理由で、学校でハジメと話したことが無いからと言って記憶から消し去ることなんて出来るはずもなかった。
呼吸を落ち着かせ、俯いていた顔を白亜の方へ向ける。視界に再び映った彼女の顔は笑みを含みながらも、優花の様子に呼応するように真剣な雰囲気を纏っていた。
「ねえ、青馬さんはどうしてそんな風に振舞えるの? 南雲とは、結構仲が良かったよね」
「ちょっ、ゆうか……」
抱いた感情のままに吐かれたその問いかけは、親しい者を亡くしたばかりの者に問いかけるには不適切なものだった。故に同乗する友人たちが慌てた様子で優花に手を伸ばす。だが、吐かれた言葉はもう飲み込むことは出来ない。車輪の音にかき消されることのなかったその声はしっかりと白亜の耳に届いていた。
価値観の相違によってさんざんボロを出してきた白亜。今回も雑に塗りたくった鍍金が剥がれるのかと思いきや、その表情は自信に対する呆れを一切含んでいない様子だった。彼女も知性持つ存在。つまり、失敗すれば少しずつであるが成長していくのである。例えば愛子の時は終始笑顔であったのに対して、ハジメの時は死を悼むような表情を作ったり、声色を調整してみたり……。
「そう、ですね。理由を述べる前に少しだけ昔話をしてもよろしいでしょうか。一緒に旅をすることになって、宿を共にすることになれば浴場を共にすることもあるでしょうから」
「昔話?」
「はい。人によっては気分が悪くなるものです。ですから、私と浴場や寝所を共にしたくないという場合は遠慮なく言ってください」
「え? ちょっ!? なに、やっ……て……ッ!?」
それはまだ感情が埋め込まれていないロボットが行っているかのように、酷く作業的だった。発言を終えるや否や、白亜は衣服を止めているボタンを一つ一つ丁寧に、一定のリズムで取り外していく。店で働いている人間がそんなこざっぱりとしたストリップショーをすれば客から反感を買うだろう。
しかし、彼女たちの目の前にいるのは人形のようだと称される、この世ならざる凄艶な美貌を持つ美女である。馬を操りながら中の様子を伺っていた護衛兵が取り乱して馬車が一瞬道を外れるぐらいには、その機械的な動作が逆に煽情的なものとなって彼女達の視界に映っていた。
下着を着用していないのか、ボタンが外れることに比例して外気に晒される白い肌の面積が増えていく。着ていた服が厚手の生地であったとしても、無防備であることには変わりない。唐突に知ることになった衝撃の事実に愛子を除く一同は息を飲み、服の中間部が開いたところで呼吸を止めた。
そこには、花が咲いていた。
馬車の中にいる皆が息を止めている最中も白亜のストリップは止まらず、上着の最後のボタンが外され無造作に脱ぎ捨てられる。露になったのは彼女の美しい均整の取れた柔肌だけでは無かった。
左肩口から右脇腹に向かって走る裂傷。傷跡として残ったそれは細いところでの親指の幅は存在している。加えて裂傷痕から飛沫が飛んだかのように伸びる小さな模様。その一つ一つはまるで、幹から伸びた枝の上に咲く花のよう。そこにあったのは、紛れもない肉の花だった。
白亜の体にあるからそんな幻想的めいた表現が出来るが、これが他の人間の体に刻まれていれば吐き気を催すものに他ならない。全員の視認を確認すると、白亜は何事もなかったかのように服を再び羽織った。そして、さも気にしていないかのように、いや、彼女自身は然程気にも留めていないのだろう。普段通りの抑揚で昔話を始めた。
「私は争いの絶えない世界で産まれ、育ってきました。争いの絶えない世界とは、弱肉強食の世界。そこでは戦の中で死ぬのは弱いからとされていました。その通りだった。力の弱い兄弟や両親は私が物心ついて数年後には誰かの手によって殺されていた」
「じゃあ、南雲は弱かったから死んだって言いたいわけ?」
白亜の話を聞き、ふつりと湧いた怒りを押し殺しながら優花は尋ねる。白亜はその問いかけに対してゆっくりとした動きで首を横に振った。
「もし、あのまま私が育ったのならそう解釈していたでしょう。ですが、私は出会いを経て考えを改めることにしました。子を守るために身を盾にして死ぬのは弱かったからでしょうか、愛する者を守りたいからと勝てるはずのない脅威に単身挑んで死ぬのは弱かったからでしょうか」
「それは、違う……」
「ええ、ある村ではそんな者達のことを英雄と讃えてました。私はそんな彼らから、自分の願いを叶えるために戦うということは強者だからこそ出来るのだと学びました。ハジメが行ったことは誰にでも出来ることではないはずです。伝説に謳われる脅威であり、隊最大の攻撃力をもってしても傷一つ付けられない相手。そんな者を相手にどれだけの者が立ち上がり、皆を救うことが出来るでしょうか。ハジメはそれを為した。私は悲しむよりも前に彼が成し遂げた偉業を讃えてあげたい。そう、思うのです」
一層の笑みを浮かべてそう告げた白亜の表情に、同乗する者達は皆見惚れていた。数秒の間を置いて、ようやく優花が口を開く。
「私、青馬さんのことを誤解してたかも。ごめんなさい。ねぇ、これから白亜って呼んでもいい?」
「ええ」
「じゃあ、私のことは優花って呼んで!」
片手を伸ばしてくる。握手したいということだろう。友人になるための合図のようなもの。白亜は一泊間を置いて、その手を優しく掴み取った。
「これからよろしく、白亜」
「よろしくお願いします、園部さん」
「え!? 今って名前で呼び合う空気じゃなかった!?」
白亜の顔は清々しいまでに爽やかな笑みを浮かべていた。
第11話を最後まで読んでいただきありがとうございました。
毎日画面に向かっているつもりなのですが、何も書かないでいると物事を考える力が失われていくような錯覚に襲われる。ここ最近で随分なまけた気がするし、一日千字以上投稿をまた再開しようかしら?
もちろん、他の投稿をするとしてもこの小説は完結させます。
感想、評価etc.お待ちしております。