第1話:友人の髪で遊ぶ白亜
春の暮れ、夜は未だに肌寒さが残るものの日中は夏に向かい蒸し暑さが加速する時期。汗ばんだ肌にワイシャツが張り付き不快指数を上げるのだが、意外にもとある県にある高校の一室は華やかな空気に包まれていた。
窓際最前列、ほんの少し開かれた窓の隙間から吹き込む風がカーテンを揺らす場所。そこに二人の少女が教室中の視線を集めながら座っていた。一人は絹糸を思わせる純白の髪を持ち、一つ前の席に座る少女の髪を鼻歌交じりに櫛で梳いている少女、青馬白亜。もう一人は自慢の艶ある黒髪を梳かれることが余程心地いいのか椅子に深く腰掛け身を任せている少女、八重樫雫。
白と黒。のんびりとした性格に対して凛々しい性格。病弱そうな色白の肌をした見た目の少女に対して外で運動することが多いのか若干日に焼けた少女。時折こうして行われる対照的な二人の触れ合いは、季節の不快さを忘れさせる程に皆の目の保養となっていた。
そんな二人の共通点は、驚くべきことにどちらも同じ剣術道場に通っているということ。彼女たちのことを何も知らず見た目で判断してしまう人間であれば、白亜は本当に嗜む程度の修練しか積んでいないのではと思うことだろう。しかし、実力はどちらも大人顔負けのものを持っていた。
剣道歴が一年に満たない白亜と物心ついた時から剣道に触れてきた雫。道場で行われた数少ない試合の結果は僅かに雫の方に軍配があがるもののほぼ互角と言えた。剛と柔。見た目にそぐわぬ怪力を持つ白亜に対して長年研鑽した技術でもって全ての攻撃をいなす雫。女子の中では負け知らずであった雫は、初めて現れたライバルと呼べる存在に負けず嫌いの気質が更なる努力を誘発し、より一層研鑽に励むようになったという。
「あら、八重樫さんかわいい子が出来てますね」
「? まさか……」
雫の髪は普段ポニーテールにまとめられている。例外はこうして白亜に髪を梳かれたとき。ツインテールにされたり、おさげにされたり、お団子にされたり……。白亜のその日の気分に合わせて好きなように髪型を変えられていた。そんなだからか、授業の準備をするために教室にやってきた教師にそれを指摘されることはしばしば。
故にこうして次の歴史授業の担当である畑山教諭に指摘されるのも慣れたもの、なのだが彼女の言葉にひっかかる。普段であれば「また青馬さんに変えられたんですね」だとか「かわいい髪形ですね」だとか、そんな反応だ。しかし、畑山教諭から出てきた言葉はかわいい「子」が出来ている。子とはなんだ。嫌な予感が過り自前の鏡を取り出し頭のてっぺんを映す。
そこにあったのはお団子にまとまった黒髪。しかし、ただのお団子ではない。器用なことにお団子にはリボンで結われた小さなツインテールがくっついていた。それはまるで頭の上にもう一つ小さな頭が乗っているかのような光景。今日は一段と遊ばれていたことを知った雫は頬を引きつらせ、勢いよく後ろを振り返る。
視界の端には口元を押さえ笑いをこらえている幼馴染の姿が見受けられた。
「ちょっと、何よこれ! 好きにしてもいいけど遊び過ぎよ!?」
「かわいくありませんか?」
「そういうわけじゃなくて……。もう……」
白亜がマイペースなのは今に始まったことではないのか、諦めるように雫は頭を抱えると一言「直して」と言って背を向ける。しかし、そこで非情にも授業の始まりを知らせる鐘が校舎に響き渡ってしまった。
「はいはい、髪を直すのは休み時間にしてくださいねぇ~。天之河君号令をお願いします」
「ちょっ!? 愛ちゃん!?」
「あい、ちゃん……? 八重樫さんからまで愛ちゃんと呼ばれたら私は、私は……」
小柄な体格である社会科の教諭、畑山愛子。童顔で成人女性の平均身長より低い身長であるのと、黒板に文字を書く時は常に背伸びしているその姿が可愛らしいものだから、学校の中では「愛ちゃん」という愛称で呼ばれていた。
慕われているというよりは揶揄われているという印象が強いのか、学校内では教師としての威厳を見せようと強く叱ったり進んで自分の知識を披露しようとしたりする姿がよく見られる。しかし、生徒にはハムスターが頬を膨らませているように見えたり子供が褒めてほしいがために威張っているように見えたりするのか、全くの逆効果でありその愛称を強く広めてしまう原因となっていることを彼女は知らない。
普段は敬意を払って畑山先生と呼んでくれる雫にまで愛ちゃんと呼ばれてしまったためか、深くうなだれる愛子。そんな彼女を見て教室の雰囲気が、まるで小学校の悪ガキが女の子を泣かせたときの「あーあ、やっちゃったよ」なんてものに変わる。少し時間を置けば「いーけないんだ、いけないんだ、せーんせいにいっちゃーお」なんて歌が歌われそうだ。うなだれているのはその先生だというのに。
「あ……、ご、ごめんなさい。畑山先生」
「いいんです。私の身長が小さいのは昔から変わりませんから。中学校の修学旅行で友達とジェットコースター乗るときは身長制限で一人だけ乗れなかったし、高校生の時は学園祭の振り替え休日で平日に外へ出たら地元の小学校に通っている子供と間違えられて補導されるし、最近だって映画館にいったら大人料金で入ろうとしたら受付の人に微笑まれてぴったりのはずなのにお釣りを渡されるし……。いいんです。私がちっちゃいのは昔からなんです。いいんです……」
謝罪してもなお黒板に身を預け塞ぎ込む愛子の姿を見て面倒くさいと思っても口には出さない。どう対処すればいいのか分からず先程よりもいっそう雫は頬を引きつらせた。
そんな彼女達の耳に届いたのはカメラのシャッター音。雫が後ろを振り返ればクツクツと喉を鳴らしながら静かに笑い、満足げに携帯を構える白亜の姿があった。
「あ! 許可がないのにスマホ使っちゃだめですよ! 授業が終わるまでこれは没収です!」
「あ、そんな……」
「そんな顔をしてもダメなものはダメです。郷に入っては郷に従えという言葉があるように、青馬さんはこの学校の生徒なんですから。ちゃんと学校のルールに従いましょうね」
「……はい。すみません畑山先生」
「よろしい」
先生らしい姿とはどういった行為を指すのだろうか。愛子は白亜の手から携帯を没収すると満足げに頷き満面の笑みで教壇に立った。教員が落ち込んでいては授業も始まらないため、機嫌が戻ったのならその過程にどんな意思が含まれていようと指摘しないのが出来る生徒の姿である。故に、頭を下げているせいでよく見えない白亜の顔が悪戯を成功させたときのようにかわいらしく歪んでいたことを、雫は見ていないことにした。
昨日夜更かししていた者が、勉強の時間が続き疲れた者が、心地よい温もりを運ぶ春風にあてられた者が、愛子の幼さが残る声を子守歌に机上へ沈んでいく。そんな昼時前の4時限目の授業。時折怒号とも呼べぬ可愛らしい叫び声が聞こえ、その度に教室を苦笑いが満たす。ドタバタしてはいるが、平和な時間であることには変わりなかった。
そんな時間が過ぎ去り、昼時。
雫は髪型を治してもらった後、いつも通り幼馴染が固まる場所へ弁当箱を持っていったため現在は席にいない。触る髪もなく手持無沙汰となった白亜は席から立ち上がると、教室の後方で未だ机に臥して寝たままの少年のもとへ歩み寄った。そして、気持ちよさそうに静かに寝息を立てる少年の額へデコピンを一発。男顔負けの怪力から放たれるデコピンは、それはいい音を鳴らしながら少年、南雲ハジメを叩き起こした。
「イッぅぅ……!?!?」
未だ授業中だとでも思っているのだろうか。音となった悲鳴は短く、後は額を両手でおさえながら声を殺して痛みに耐えていた。その姿が面白くて仕方ないのだろう。白亜は口元に手を添えて静かに笑う。
「授業は終わりましたよ?」
「つゥゥぅぅう……。なにするのさ」
「昼時も忘れて寝ているからですよ。ハジメが起きないと私の昼食が無くなってしまうんですから。さあ、私のお昼ご飯をくださいな?」
「それは、白亜さんがせっかく作った弁当を忘れていくからでしょ?」
これは白亜とハジメの間に起こる昼時のいつも通りの会話。何故二人が仲良さげに会話をするのか、何故二人が弁当のやり取りをするのか。1年と少し同じ学校で過ごしてきた者達は理解している。理解してはいるのだが、納得は出来ていなかった。
男の醜い嫉妬の感情が視線に籠められ、ハジメに注がれる。ハジメは自他ともに認めるオタクであり、学校の中では特にこれといった友人関係を持たず休み時間は教室の隅にある自分の机で読書か睡眠に勤しむ人物である。そのため、クラスメイトのほとんどからは根暗やボッチとして認識されていた。
人は自分よりも劣っていると認識する者が自分より恵まれていたら嫉妬の感情を少なからず覚えてしまう、ということなのだろう。
「南雲君、私もお昼一緒にしてもいいかな?」
「え?」
いや、劣等であるか否か問わず一人の男がこうして美女を自分のもとに集めていれば、どんな男でも嫉妬の一つはするかもしれない。
白亜に次いでやってきた人物は、八重樫雫の3人いる幼馴染の一人である白崎香織。何故いつものように幼馴染達と食事を取らないのだろうとハジメは疑問に思う。理由は彼女の後ろを覗くことで理解できた。そこにあったのはアイアンクローを決めている雫と、決められている二人の男子生徒の姿。どうやら笑われたことを根に持っているらしい。自業自得と言えど若干彼らのことが不憫に思ったのか、次いで原因を作った白亜のほうへ視線を向ける。
しかし、訴えるような視線を向けられても白亜の首がコテリと不思議そうに傾くばかり。本当に分かっていないのなら教える必要があるのだが、きっとこれは呆けているだけだ。そう判断したハジメは深い溜息を吐き出して香織の方へ向き直った。
「事情は分かったけど、僕の机じゃあ二人が限界だから。他のグループと食べたらどうかな?」
「えっと、私は南雲君と食べたいっていうか……」
「へ?」
「あ、いや! なんでもないの! そう、なんでも!!」
もにょもにょと発せられた言葉はしっかりとハジメの耳に届いたのだろう。ワタワタと顔の前で手を振る香織の姿を見ながら頬をほんの少し赤らめていた。が、直後に頭を振って一瞬過った考えを払しょくする。自分みたいな人間にそんな美味しい話はない、そういった自己評価の低さから今の出来事を全て勘違いとして処理してしまったようである。
「机が一つで足りないのであれば、もう一つ付け加えては? 誰も使っていない机がそこにあるようですし」
「あ、そ、そうだね! な、中村さん、机借りてもいいかな!? かな!?」
教壇で愛子を囲みだべっているクラスメイトに許可を貰い、机二つをくっつけお誕生日席に白亜が座る形でようやく昼食となった。なったのだが、この空気はなんだろう。まるでこれからお見合いをするかのように固まったまま動かない香織と、それに釣られて緊張し弁当を包む風呂敷をうまくほどけないでいるハジメ。白亜は珍しく大きなため息を吐き出した。
「せ、青馬さんのお弁当って、な、なかなか個性的だね……」
1人足早に弁当を広げていた白亜。その中身を見て話題を得たりと声を震わせながら香織は、白亜の3つあるうちの弁当箱の1つを敷き詰める黄色い輝きを指摘した。
「そうですか?」
「うん。青馬さんって卵焼きが好きなの?」
「卵焼きが好きといいますか、ハジメのお母さまが作る卵焼きが好きなんです。あ、あと好物といえば雫が作る金平ごぼうですね。彼女の家にお邪魔した時は常に作ってもらっています」
「あ、そういえば雫ちゃん言ってたっけ。最近料理を美味しそうに食べてくれる人が出来たから料理頑張ってるって。特に金平ごぼう。渋いなぁって思ったんだけど、それって青馬さんだったんだ。あれ? でも、青馬さんは女の子で、雫ちゃんも女の子で……。あれ?」
思考の迷路に迷い込んだのか、緊張していた様子から一変し考え込み始める。ただ、彼女の目の前にポツンと置かれた弁当箱が開かれていない事実は変わらぬままであった。
悶々と悩み続ける香織を横目に、ハジメの母手製の卵焼きへと端を伸ばす。
その瞬間だった。
教室が一瞬にして白色の光に覆われる。まるで閃光弾でも投げ込まれたのかと錯覚するほどの強い光。愛子が眩しさから目を細め逃げろと叫ぶも、時すでに遅し。数秒にも満たない時間の後、光が止むとそこには誰もいなかった。扉から逃げることが出来たわけではない。窓から飛び降りたわけでもない。教室の中にいた者は全員、生活のおもかげを残し正真正銘文字通り消え去っていたのである。
白亜が座っていた椅子に、箸とつままれていた卵焼きが音を立てて落ちた。
遅ればせながら、皆さん初めまして菜々瀬蒼羽といいます。なろうで出会った方がいらっしゃいましたら、お久しぶりです。
まず、本小説第1話を最後まで読んでいただきありがとうございました。
この小説の目的は、作者が苦手な長編小説を書き続けるための練習となっております。毎日投稿するというわけではありませんが、継続して同じものを書き続ける力を付けるためにこの小説を執筆しています。
文字数は一話辺り4,000~7,000を目標として書いていきます。
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