自由を謳歌せよ   作:菜々瀬蒼羽

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第2話:卵焼きを食べそこなった白亜

「私の卵焼き……」

 

 

 南雲ハジメが目を覚ました直後耳にしたのは、絶望に駆られたような青馬白亜の声だった。横を見ると何もない右手を見てワナワナと震える彼女の姿が確認できる。空気椅子という滑稽な姿をみたせいか、突然の出来事でパニックに陥りそうだった頭も周囲を見渡す余裕が出来るまで回復していた。

 

 教室だった場所は大聖堂を思わせる純白の石造りの空間に代わっていた。周りを見渡せば全員かは確認できないが、あの時教室にいた見知った顔を確認すること出来る。ハジメ達がいる場所はその空間の最奥にある台座。オタクの知識を総動員して、あり得ないと思いながらも現状を異世界転移されたものだと予想を立てた。

 

 その予想はなんら間違っておらず、ここは地球とは異なる剣と魔法の世界トータス。ケモミミ少女や永遠に近い命を持つ人種、獣の姿と人の姿を使い分ける人種と、なんでもござれ。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 

 この世界が今まさに戦火に見舞われていることを除けば、オタクである彼にとってはまさに夢のような世界だっただろう。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「で、白亜はどうだい? もちろんこの世界の人々を救うことに協力してくれるよね?」

「……卵焼き」

「えっと、白亜? 今までの話、ちゃんと聞いていたかい?」

 

 

 クラスの中心人物であり、八重樫雫の3人いる幼馴染の1人天之河光輝が白亜に何かを尋ねる。しかし、未だ卵焼きを食べられなかったことを引きずっている彼女の耳には届いていない様子だった。いつもの朗らかに笑う姿とは異なり、どんよりとした空気を纏う彼女を初めて目にする光輝は僅かに目を見開いた。

 

 

「ねえ、白亜さん。しっかりして」

「ハジメ……、私の卵焼きが……」

「今はそれどころじゃないんだってば! 周りを見てよ!」

「ん? ハジメ、ここはどこですか。私達は教室でお弁当を食べていたはずですよね?」

 

 

 イシュタルと名乗る老人に連れられ大聖堂本堂から大広間にやってきたハジメ達は、既に何故この世界に連れてこられたのかを説明されていた。同じ場所にいたはずなのに場所を移動したことも、教室から大聖堂へ転移してしまったことすらも把握出来ていなかったらしい。ハジメは大きなため息を吐き出すと、イシュタルから聞いたことを簡潔に頭の中でまとめ、ハジメは白亜に伝える。

 

 曰く、この世界には大きく分けて人間族、魔人族、亜人族の三種類の人種がおり、そのうちの人間族と亜人族は長い年月に渡り戦争を行ってきた。しかし、その戦火の均衡が保たれていたのもつい最近までのことで、最近魔人族が魔物と呼ばれる動物を使役し始めて均衡が崩れ人間族側が不利な状況が続いている。そこで人間族が滅びの一途を辿ることを憂いたこの世界の創造神エヒトが救済に勇者の召喚を行うと神託を下し、召喚されたのがハジメ達ということ、らしい。

 

 

「で、今は天之河君が白亜さんに人間族を助けるために協力してくれるか、って聞いているわけ」

「そうなんですね、説明してくれてありがとうございます、ハジメ。ではその質問に対する答えを……。心苦しいのですが、私はその戦争に参加することは出来ません。理由は私が剣道の公式試合に参加しないことや、道場で雫としか試合せず、またそれも時折であることと同等です」

 

 

 参加することが出来ないと告げた白亜。理由は完全には語られていないものの、クラスメイト達は彼女の病弱そうな見た目の体を見て、長時間動き回ることが出来ないのだろうという考えに至った。であれば戦争に参加できないことも納得できる、そうほとんどの者が自分の思考をまとめようとしたその時、光輝から待ったがかかった。

 

 

「待ってくれ、白亜。南雲の説明には抜けた部分がある。僕たちが今まで住んでいた世界がこの世界の上位に位置していて、そのおかげで力を得ているってところだ。僕はそれを今まさに体感している。今まで出来ないことがなんだって出来てしまいそうな程に……。白亜もそうだろう?」

 

 

 光輝の言葉に「あっ」と思い立ったのが半分、力が増えても病弱な体が変わるわけがないと思考する人間が半分。彼の言葉に対する返答は、後者の思いを肯定するようなものだった。

 

 

「申し訳ございません。天之河君が嘘をついているとは思えませんが、私には逆に力が弱まっているように感じるのです。今の私と雫が剣を交えれば私はいとも簡単に一本取られるでしょう。本当に申し訳ありませんが、私は戦争に参加できません」

「いや、いいんだ。謝らないでくれ。さっき問いかけても応えられなかったのは体調が悪かったからなんだね。こちらこそごめん、気付けなくて。そんなところに続けて悪いんだけど、この際だ。気になることがあるんだけど聞いてもいいかな?」

「はい、構いませんよ」

 

 

 おもむろに右手を上げ、彼が人差し指で指す場所は白亜の左脇。光輝が立つ場所から全体像はよく見えてはいないが、確実に何か棒状のものが机の上にニョキリと顔を出しているのは視認することが出来た。「それはなんだい」と聞かれ、構わないといった手前答えないわけにもいかず、白亜は左手でいつの間にか握っていたソレを大理石でできた机の上に置いた。

 

 彼女の軽いものを扱うような動きに反して、重量感ある音を鳴らしながらその全容があらわになる。恐怖からか、それとも高揚からか、ゴクリと唾を飲む音がちらほらと聞こえた。

 

 机の上に出された物は、鞘に収まった長刀であった。

 

 

「なんで、そんなものを君が持っているんだい?」

「何故、と聞かれると分からないと答えるしかありませんが、ついてきてしまったのなら置いていくわけにもいかず……」

「ついてきたって、学校にはそんなもの持ってきていなかったじゃないか。ここまでくる途中、どこかで拾ってきたんじゃないのかい? 杖として借りたのかもしれないけど、それは君が持っていてはいけないものだ。ちゃんと謝って返さないと」

 

 

 自分たちは学校にいたはず。学校にそんな物騒な凶器を持ってこれるはずもなく、また持ってくるとしても途中で警察に事情を聴かれ没収されるのは自明の理。というか犯罪行為に該当し署までの連行を願われるかもしれない。故に、光輝は白亜が本道から大広間に抜ける道すがら、飾られていたものを掠め取ったと判断した。病気のせいで意識が朦朧としている余り、もしかしたら杖として借りただけかもしれない。道中飾られていた品々を全て把握していたわけではないが、聖騎士を思わせる輝かしい鎧が飾られていたことを思い出す光輝。きっと、そこからだろうなんて当たりを付けていた。

 

 結論から言うと、全くの見当外れである。

 

 

「いえ、何故ここにあるのかは分かりませんがこれは私のものです。証拠はありませんが、証言できる人ならいます。雫とハジメです」

「本当かい? 雫」

「ええ……。だけど、似たようなものがここに無いとも言い切れないし……。白亜、刀身を見せてくれるかしら」

「それでこの子が私のものだと分かってもらえるのなら」

 

 

 ハジメも証言できると言ったのに、雫にしか聞かなかったのはこの際置いておくとしよう。白亜の手によって、おもむろに鞘が取り払われる。鞘に隠れていたのは青白く輝く炎。と、錯覚してしまう程に目を奪う美しい輝きを放つ刀身であった。地球で暮らしていたものはおろか、剣と魔法の世界の住人であり装飾の施された剣を数多く見ているであろう者達も同様にその剣の妖美さに「ほう」とため息を漏らした。まるで、それを見続けなければ不敬に値するという強迫観念に駆られる程心を奪われている様子で。それは同時に、このトータスにこれほどの代物が存在しないことを示し、この長刀が白亜のものであることを示していた。

 

 

「ありがとう。光輝、あれは紛れもなく白亜のものよ」

 

 

 一度見たことがあるせいだろうか。雫とハジメは然程刀身に目を奪われていないようだった。彼女の言葉を受け白亜が刀身を鞘の中に隠すと、そこかしこからもう一度見たいと訴えるようなため息が聞こえてきた。それは光輝も同様であり、彼に至っては右手を彼女の方へ伸ばそうとするほどである。

 

 

「んん! 光輝、あれは白亜のものよ」

「あ、ああ……。雫が言うならそうなんだろうね。だけど、雫が一度でも見たことがある、てことはそれを地球に居た時から持っていたってことだろう? どうしてそんな物騒なものを」

 

 

 放心して耳が遠くなっていた彼の意識を覚醒させるために雫は大きく咳払いすると、証言を繰り返した。雫の言葉を受け、長刀が彼女の物であると認めたうえで浮上した疑問を続いて彼女に投げかける。

 

 

「これは形見なんです」

「形見?」

「はい、大切な、大切な……。これしか私の手元には残っていないんです。ですから、どうか……。何の因果か分かりませんがこの子は私に付いてきてくれた。どうか、どうか、私とこの子を引き離さないで下さい」

 

 

 ふざけた調子で雫のことを振り回す姿しか見ていなかったために、白亜のしおらしい態度はクラスメイト達に衝撃を与えた。すがるように形見と呼んだ長刀を腕に抱き、懇願するように目を潤ませ光輝の瞳をまっすぐに見つめる。

 

 クラスメイト達は知っている。現在身寄りのない彼女は居候という形で南雲家に住んでいるということを。それまでは路頭に迷い、学校に行くことすら覚束なく、高校に入ることで初めて学生らしいことが出来るようになったということをクラスメイト達は知っている。故に、彼女の両親が残したと思われるその長刀を取り上げようなんて考える者は一人として存在しなかった。

 

 光輝は知っている。剣道を習ってみたいと、雫の祖父と両親が経営する八重樫流剣術道場に南雲夫妻に連れられてやってきた彼女の姿を。病弱そうな彼女を見て渋っていた八重樫祖父に対して、女性なら柔術等を身に着けるのはどうかと久しぶりの女子の入門に目を輝かせて勧誘していた八重樫母に対して、自分は剣を学びたいのだと強い意志の籠った声で頭を下げていた彼女の姿を知っている。故に、何故彼女があそこまで剣道を学ぶことに固執していたのかを理解した。

 

 

「一応確認として、イシュタルさん。あの剣はこの国のものではないのですよね」

「はい。あのような業物はここには……。いやはや、国宝も霞むほどのなんと美しい剣でありましょうか。勇者様の世界はやはりこの世界よりも上位に位置する国であるようだ」

「いえ、あれほどのものは俺も初めて見ました。俺たちの世界でもあれ程のものはきっとあの一本しか存在しないと思いますよ。イシュタルさん、白亜は体が弱いために過度な運動が出来ません。彼女が参加できない分は俺が頑張ります。ですから、彼女に参加を強要しないことと、彼女の手元にあの剣を置いておくことをどうか許しては貰えませんか?」

「おい、待てよ光輝……」

「龍太郎?」

 

 

 光輝が1人で結論を出したところに待ったをかけたのは、雫の最後の幼馴染坂上龍太郎だった。彼は光輝が戦争への参加を表明した時誰よりも早く同調した人物である。龍太郎はその時と同様に、ニカリと白い歯を見せて笑いながら立ち上がった。

 

 

「お前だけかっこつけんなよ。俺『も』頑張る。みんなはどうだ?」

 

 

 龍太郎の問いかけにクラスメイト達は深く頷いて応える。クラスメイト達が自分と同じ気持ちであることに感極まったのだろうか。光輝は目を潤ませながら「みんな……」とつぶやいた。

 

 

「みなさん、私のためにありがとうございます。この御恩に報いることが出来るよう、私は私に出来ることを精一杯やらせてもらいます。剣の訓練相手なら出来るので、ぜひに頼ってください。本当に、ありがとうございます」

 

 

 頭を下げ、感謝の心を表す白亜。皆は龍太郎を真似てニカリと笑いながらその感謝の言葉を受け取った。その様子に召喚された者全員の参加を望んでいたイシュタルは、ここで断れば他の者も参加をためらう危険性があると判断したのだろうか、好々爺とした表情を作り「やはり勇者様とその御同胞の方々だ、なんと心優しい」と感慨深げに頷くと光輝の申し出を受け入れるのだった。

 

 これから人間族を救うと息巻く彼らは気付かない。喧騒に紛れ、三つほど頭を抱えそうな程に悩まし気なため息が漏れていたことを……。頭を下げている白亜が、皆から見えていないことをいいことに口角を上げて笑って見せたことを。

「意地、悪くないかな?」

「嘘は言っていないぞ、嘘は。この剣は形見であることは変わらんし、私は戦えん。注釈やら細かな理由を言っていないがために皆が都合のいい理由を付け納得したに過ぎん。それに対して私は肯定も否定もしていない。ほれ、嘘は言っていないだろう?」

「それをイジワルって言うんだよ?」




 第二話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
 亀更新と言いながら連日の投稿となりましたが、これはストックがまだあるからです。新参者ですから、ストックがあるうちは毎日投稿します。とはいえ、四か月ああだこうだと書き続けて出来た話数は7話。ですので期待をさせてしまった方には申し訳ございません。

 今後もよろしくお願いします。
 感想、評価etc.お待ちしております。

 2021/09/03一部改訂しました。
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