戦争なんていう命の奪い合いが身近に存在しない場所からやってきたハジメ達。この世界の住人よりも強大な力を持っているのだから、さっそく全線で戦ってくれなんて言われたとしても、力があっても動くことのできない足手まといになることは明確だった。そのことはこちら側の住人も一応理解できているようで、転移してきた次の日から戦闘訓練やこの世界の常識を学ぶための座学が開かれることとなった。
現在は戦闘訓練の前段階として、ハジメ達の個々の能力を図るために訓練場に集められていた。ちなみに訓練場がある場所は、大聖堂があった神山と呼ばれている山の麓、そこにあるハイリヒ王国の王宮内部である。ハジメ達は現状住む場所がこの世界に存在しないため、ハイリヒ王国の王宮で寝泊まりしつつ戦闘訓練や常識学習に明け暮れることとなっていた。
「よし! 遅刻者なく全員集まったな! 昨日の晩餐会でも自己紹介はしたが、もう一度自己紹介しておく。俺はハイリヒ王国騎士団団長のメルド・ロギンスだ。これから勇者一行の戦闘訓練の手伝いや戦闘における常識をお前たちに教えることとなっている。マナーについては俺に聞くな! 聞かれたって俺は答えられないからな!! わっはっはっは!!!」
「団長、それは自慢できることではありません」
「そうか? そうだな!! まあ、いい! 皆、これからよろしく頼む!」
口を大きく開けて豪快に笑うメルドの姿を見て、ハジメ達は一様に坂上龍太郎の方へ目線を移した。このクラスの筋肉担当の龍太郎。彼は時折皆が思っていることの斜め上の行動をするときがあった。体育の時間、ボールが体育間の二階まですっ飛んだ時「俺がとってくるよ」なんて言いながら階段を使わず壁をよじ登ったり、集会の準備で長机が必要になった時「だれか2人手伝ってくれ」なんて言っては二人に一つの机を運ばせ残りは自分が両脇に抱えて運んできたり……。
彼は人に頼らないわけではない。勉強のことや、頭を使う事案になったらしっかりと幼馴染や周りの人間にどうすればいいのかと尋ねている。只々、彼の中で適材適所の適した部分に筋肉で解決できることが極振りされているのだ。そんな豪快な姿が一部の女子には人気があるらしく、コアなファン層が……。いや、今は関係ない。
要するに、皆はメルドに龍太郎と同じ匂いを感じていた。きっと、この人の場合は適材適所の適した部分に戦闘行為が極振りされているのだろう、と。なんでも一人でやってしまうんだろうな、と。また、事務仕事はてんでダメで、隣に立つ現在進行形で頭を抱えている副団長ぽい人がすべてやっているんだろうな、と。それはあながち間違いではなかった。
「よし! ではこれからお前たちの力量を測るためにステータスプレートを配布する」
「ステータスプレート?」
「そうだ! 自分がどれだけ成長したか分かるレベルから始まり、自分に与えられた職業が表示される天職、自分の身体能力の内、筋力、体力、耐性、敏捷、魔力、魔力への耐性が客観的に数値化されて現れ、天職に見合った自身が持つ技能が表示される優れものだ! これは最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」
「補足しますと、レベルは100が上限であり、この世界の住人の初期身体能力値の平均は10となっています。まあ、やってみましょうか。今からプレートと一緒に針を渡すので、プレートに刻まれた魔法陣に血を一滴垂らして下さい。それによって所持者が登録され、 『ステータスオープン』と言えば自動的にあなた方のステータスが現れるはずです」
渡されたのは、やや手の平からはみ出す大きさのプレートと小さな針。指を少し傷つけて血を垂らせなんて言われたが、自傷しなければならない事態なんて経験してこなかったハジメ達は周りをキョロキョロ見渡しながら誰かが先にやることを待っているようだった。そんな中で真っ先に指を針で傷つけたのは、クラスの中心人物である天之河光輝、ではなく戦争への不参加を告げた青馬白亜だった。
チクリと刺すのではなく、針先で指を弾くように。線状になって左手親指から漏れ出てきた血を言われたとおりにステータスプレートへ擦り付け、「ステータスオープン」と口にする。その間、彼女は顔を顰めるようなそぶりを見せることは一切なかった。
そんな彼女の姿を見たクラスメイト達は、彼女ほど豪快には出来ないが眉を寄せながらも針先を指に刺し、自分のステータスを次々に確認していく。
「ハジメ、ステータスはどうでしたか?」
「えっと、レベルが1で、天職は錬成師。能力値はオール10で技能は錬成と言語理解だったよ。錬成師って珍しい職業なのかな?」
ほらと言いながら、自分の手元に現れた結果をハジメは白亜になんの躊躇もなく見せた。この世界の住人の初期能力値の平均が10程度。つまりハジメは客観的に見れば産まれたばかりの赤子に等しい能力しか持っていないことになる。地球がこのトータスより上位の世界であり、召喚された自分たちには強大な能力を得るのだとしたら自分の天職が珍しいものに該当するのではないか。ハジメはそうポジティブに考えることにした。
「ありがとうございます。ちょっと雫の所へ行ってきますね」
「え? うん」
さらりとステータスを流し見た白亜は、続いて女性の中で一番仲の良い八重樫雫のもとへ向かった。雫は現在、彼女の幼馴染である白崎香織や龍太郎、光輝らとどんなステータスになったのかを話し合っている最中のようだった。
「雫」
「白亜、あなたのステータスはどうだったの?」
「その前に、雫たちのステータスプレートを見せては貰えませんか?」
「? いいけど、その後は白亜のもちゃんと見せなさいよ」
見せられた4人分のステータス。それをざっと流し見た彼女は一つ小さなため息を吐き出して自分のステータスプレートを差し出した。雫たちのステータスは全てハジメの比ではないぐらいに書き込みが多い。四人分のステータスプレートを流し見ただけで把握できるわけがなかった。そのことを訝しがりながら雫たちは白亜のステータスを覗く。
そして、驚愕したのちに彼女が何を確認しに来たのかを龍太郎を除く3人が理解した。
名前:繝溘Λ繝ォ繝シ繝 17fd歳 レベル:1
天職: 逾悶↑繧玖?
筋力:5f08
体力:61c4
耐性:529e
敏捷:6a67
魔力:5aa9
魔耐:6603
技能:逧?ウエ・莠コ蛹・險?隱樒炊隗」
彼女のステータスはレベル以外表示が文字化けしており読み解くことが出来なかったのである。魔力に対する耐性の欄は「6603」という高い値を示しているように見えるが、他の部分の数値が文字化けしていることから正確な値と判断することは難しい。それに、彼女たちの何も知らない者から見てもその値は高すぎた。
勇者とその一行として呼ばれてきた彼ら。代表者となるのはもちろん勇者だろう。天職が勇者となっている人物は、なんの因果か地球にいたころでもクラスの中心人物となっていた天之河光輝。彼の身体能力値はオール100。言葉は悪いが勇者の付属品として呼ばれた人物が勇者の約66倍もの値を持っているなんて信じることは到底できなかったのである。
「変えてもう一度やったら? 白亜、結構多めに血を付けてたじゃない。そのせいじゃないの?」
「そうですね。メルドさんにもう一枚もらえないか聞いてきます。ありがとうございます、雫」
「このぐらいどうってことないから、早く行きなさい」
そうして白亜はメルドのもとへ赴き、何度か自身のステータスの開示を試してみるも結果は全く同じものだった。これについては前例がないことなのか、メルドもその隣に控えている副団長ぽい団員も首をひねるばかりで解決策は出てこない。
白亜がこの世界に来た時に告げた「力が弱まっているように感じる」という言葉の原因が目に見える形で現れたようにクラスメイトの目には映った。
ちなみに、ハジメの天職である錬成師はこの世界には極々ありふれた普通の職業であった。
◇◆◇◆◇
「あ、青馬さん」
「畑山先生。先生も知識集めですか?」
「そうですね。私は皆さんの歴史の先生ですから。皆さんに教えられるぐらい知識を蓄えませんと。『も』というと、青馬さんもお勉強ですか?」
「いえ、私は付き添いで。勉強しているのは彼の方です。力がないなら知識方面で強くなる、と」
「南雲君ですか、立派ですね」
初日のあれこれが終わり、自由時間。ハジメは、力を持たない自分にもできることを探すため、メルドに図書館まで案内してもらっていた。白亜はその付き添いである。
そんな二人のもとにやってきたのは、地球にいたころは教師として働き、ハジメ達に歴史を教えていた畑山愛子。現在はそんな肩書などないが、転移してきた者の中で唯一の大人として皆を安全に地球へ返すために奮起している。ここにやってきたのはまずは自分の得意分野を極めようとしたためだ。腕には既にこの世界の歴史や地理に関する書物が山ほど抱えられていた。
「地球にいた頃もあれだけ勤勉であったらよかったのですが」
本棚の前にて、真剣な表情で書籍に向かうハジメの姿を見て愛子はそうつぶやく。それに対して白亜は仕方のないことだと首を振りながら応えた。
「あちらに居た時は親の職業を継ぐ気満々でしたから。継げるだけの技量もあるようでしたし」
「確かお父様がゲーム会社の社長さんで、お母様が漫画家さんでしたっけ?」
「はい、時折両親の仕事の手伝いをして、空いた時間があれば自作のゲームやそのストーリーを考えたりしていました」
「将来を見据えてしっかり努力していたのですね。まあ、だからと言って授業中に寝ていいわけではありませんが。もしや、今こうして学ぶことにひたむきであれるのは、この世界がゲームのようなものだからでしょうか? だとしたら少し危うくも感じますね」
彼らはこれから戦争の舞台に駆り立てられる。戦争とは殺し合いだ。戦場に立ってしまったら、彼らはきっと人殺しから逃れることは出来ないだろう。その時、もしもこの世界をゲームの世界と考えていたら……。ゾッと背筋が粟立つ感覚と共に吐き気のようなものが込み上げてくるのを愛子は感じ取った。
もし、生徒たちが平然と人殺しをするようになってしまったら。もし、ゲームをしているときのように人を殺めることに達成感や快楽を覚えるようになってしまったら。果たしてその状態で地球に戻ることが出来たとして、その状態は「無事」と言えるのだろうか。
「畑山先生……」
「……ぁ」
寒気がしてきた体に温もりが戻る。
手から伝わる人肌の温もりを辿り、愛子は揺れる視界で白亜を捉えた。
「責任感が強いところは畑山先生の良いところです。ですが責任感が強いが故に自身の心の中に全てを封じてしまうのは先生の悪いところだと思います。人というのは、弱いからこそ他人と協力し合う。そういうものですよね。他の生徒に吐き出せないのなら、私に吐き出してください。あの時のように」
あと少し押せば胸の中で泣き始めただろうに。潤んでいた瞳が「あの時のように」という言葉によって一瞬で乾いてしまった。愛子の引きつった頬が、盛大に何かをやらかしてしまったのだということを如実に語っていた。幸いなことにハジメは読書に夢中であるため、何があったのかと尋ねるための口はここには存在しないが、別の意味で愛子の背は冷や汗に濡れていた。
「あの節は、大変申し訳ございませんでした」
「何か抱えているようでしたらいくらでも引っ張り出しますからね。そうです、畑山先生は作農師という珍しい職業であるために各地を転々と旅することになるのでしたよね。私もそれに同行してもよろしいですか?」
「は、ははぁあ!」
本当に何をやらかしたのだろうか。普段から好んでみている時代劇を真似てか、印籠を目の前に突き付けられた悪代官のごとくひれ伏す愛子。そんな彼女を見て、それでは自分が脅迫しているようではないかと、白亜は不服そうに見えるようわざとらしく頬を膨らませて見せた。
「司書が何事かとこちらを睨んでいますから、顔を上げてください。勉強しに来たのですよね。私も付き添いますよ? 真剣に読む横顔を見ているだけですけど」
「そ、それは恥ずかしいのでやめてください」
頬を赤く染めながら顔を上げた愛子を見て、白亜はクツクツと喉を鳴らして静かに笑った。
書籍のページをめくる音が二か所から聞こえる。一人は自分の非力さを補完するために。一人は自身が無力であらないために。1ページ、1ページに刻まれた文字列を丁寧に読み解き自らの糧にしていく。
人とは非力な生き物である。大地が揺れるだけで死に、海が荒れるだけで死に、大雨が降るだけで死に、中には躓いただけで死ぬ者もいる。そんな人間が食物連鎖から外れて神のような立場であれるのは、こうして貪欲に知識を追い求めたからなのだろう。
白亜は、自身の非力さを誰かを理由に嘆くのではなく真摯に向かい合う二人を見て、いつも通り朗らかに笑った。
第三話を読んでいただきありがとうございました。
そういえば、あらすじの部分『奇跡の「減少」』となっていましたね。奇跡が減っていく……。深い意味があるわけではなく、作者の間違いです。訂正しました。投稿する前に自分でもう一度読むようにはしているのですが、やはり流し読みはいけませんね。
評価、感想etc.お待ちしております。