異世界生活三日目。青馬白亜の戦争に参加しない代わりに、畑山愛子が作農師として各地の田畑を巡り土地の浄化と活性化を行う手助けをしたいという願いは、意外にもすんなりと受け入れられた。現在は護衛として同行する騎士と顔合わせの最中である。
「畑山愛子殿の訓練課程終了後行われる各農地復興のための巡礼活動。俺はその護衛の隊長を務めることとなった神殿騎士所属のデビッドだ」
「同じく私は神殿騎士所属のチェイスといいます。護衛隊での立場は副隊長となります。愛子さん、白亜さん、よろしくお願いしますね」
「僕はハイリヒ王国近衛騎士クリス。これからよろしく頼むよ。僕は堅苦しいのは苦手だからね、愛子、白亜、って呼んでいいかな?」
「同じく自分は近衛騎士ジェイドという。愛子様、白亜様、よろしくお願いいたします」
この四人の騎士が二人の護衛として各地を回ることとなるらしい。護衛は王国の騎士団に所属する人間と思っていた愛子と白亜。しかし、蓋を開けてみれば騎士団とは異なる甲冑に身を包んだ者達。神殿騎士を名乗る二人は、色が白で統一され所々に金の装飾が施された神聖という言葉が似あう甲冑に身を包み、近衛騎士を名乗る二人は、騎士団のような無骨な甲冑ではなく王国の権威を象徴するような細かな装飾が刻まれた甲冑に身を包んでいた。
この四人に共通することはイケメンであるということだろうか。隠す様子もなくハニートラップを仕掛けてきているということが誰の目からでも明らか……。
「皆さん、よろしくお願いします!!」
明らかなはずなのだが、愛子は疑う様子をかけらも見せず、作り笑いではない純粋な満面の笑みで彼らを迎えた。かかった、と思ったのはこの四人の内どれだけいたのだろう。少なくとも一人は違うはずである。なぜなら、堅物を思わせるジェイドが愛子の元気溢れる呼び声に頬を赤らめていたのだから。
◇◆◇◆◇
訓練と言っても、愛子に課されたものは体を酷使するようなスパルタ式のものではなかった。顔合わせも終わり、二人と四人がいる場所は王宮内に設立された農園。愛子に課された訓練は、作農師の力を使いこの農園に豊かな実りをもたらすことだった。
「ぬぬぬぬ……」
まず初めにと「手を出して作農師の力をこの農地に注いでくだされ」と言ったのは誰であったか。言われた通り手を前に突き出して、それに合わせてお尻を後ろに突き出している愛子の姿は、言葉は悪いが滑稽の一言に尽きた。心の中で噴き出しながらも、白亜はニコニコとした笑みを絶やさず事の成り行きを見守っている。
「愛子殿、力み過ぎです。肩の力を抜いて自分の中にある力を感じ取ってください」
「肩の力を抜いて、抜いてぇ……。『成長促進』! ぬぬぬぬぬ……!」
「いえ、ですから……。ふっ、くく……。り、力み過ぎです……ぶふっ」
肩の力を抜くためのルーティンなのか、ぴょんぴょん可愛らしく飛び跳ね余分な力を抜いていく。そこまでは良かった。問題はその次である。力を注ぐイメージが既に固定されてしまったのか、愛子は詠唱後に手を伸ばすと同時に尻も突き出してしまった。それを見て初めに真顔を決壊させたのは神殿騎士所属のデビッド。彼に続き、チェイス、クリスの順番で頬にため込んだ空気を噴き出し始める。
彼女のそんな姿を見て本当の意味で笑わなかったのは、ジェイドだけであった。
「愛子様」
「え? あ、はい。あの、私は様付で呼ばれるような柄ではないので、呼び捨てで結構ですよ。他の皆さんも『殿』や『様』は付けないでくれると嬉しいです。少しむず痒くて……」
「いいえ、それは出来ません。愛子様は召喚された我らの救世主なのですから。それで、愛子様。「ぬん!」と力を込めるのではなく、「ふぅ」と深呼吸で息を吐き出すようにしてくださいませ」
「先生と呼ばれたいと常々思っていましたが、まさか様付で呼ばれる日が来ようとは……。分かりました! 「ぬん!」ではなく「ふぅ」ですね!」
愛子は、トホホと言わんばかりに肩を落としながら様付を止めさせることを諦めてしまった。それぐらい肩から力が抜けた状態で行えばよいのだが、気落ちした彼女はそれに気づかない。
再度、農園一帯に作物を実らせる課題を遂げるため、ジェイドから受けた指摘を頭の中で反芻しながら空元気に近いやる気をひねり出した。何度か深呼吸を繰り返し、タイミングを見計らう。いったい何度目の深呼吸の後だっただろうか。おもむろに前へ差し出された手。狙いを定めるように農園の土地を真っ直ぐに見つめる瞳。そして、潤いのある唇が紡ぐ『成長促進』という言の葉。
全てが今まで滑稽な姿を披露していた彼女とは思えない程、様になっていた。その仕草に先ほどまで笑っていた騎士たちは驚きと感嘆が詰まったため息を吐き出し、ジェイドは訳知り顔で最初からこうなることを知っていたかのように何度もうなずいて見せる。
「おお!」
一面土色だった土壌に緑が顔を出した。初の成功に騎士の中の誰かが音を漏らす。
「なんと!」
芽が出たと思えば、次の瞬間に人丈程まで植物が成長し、花を咲かせた。初の成功でここまで成し遂げてしまった彼女の素質に騎士の中の誰かが今度こそ声を漏らした。
「……!」
そして、段階は進む。花が枯れ、残ったのは小さな実。それが時間の経過と共に膨らみ始め、ある程度の大きさまで育つと今度は騎士達が見知った色へと変貌を遂げ始めた。騎士達は驚きのあまり口を開け、自分が声を出せる人間という存在であったことを忘れた。
実った果実は熟れ、腐り、土へと還る。そして、再び新たな芽が土地から現れ、人丈程の高さになった所でようやく成長が止まった。騎士たちは愛子の身に何かが起こったのかと横へ顔を勢いよく向けた。そこにあったのは新しいおもちゃを貰った子供のように、キラキラと瞳の奥を輝かせ「すごいです、できました! できました!」とはしゃぐ愛子の姿。ついでに、張り付けていた笑みを崩し、ようやくクツクツと笑い始めた白亜の姿があった。
「ぐふぅ……!?」
チェイスが崩れ落ちた。
◇◆◇◆◇
新しいおもちゃを得た子供はどんな行動に出るか。その答えは「身近な存在や友人に自慢げに見せびらかす」のようだった。
技能という魔法のような新たな力を手に入れ、それを行使することが出来るようになった愛子は、それはもう自慢げに白亜に見せびらかした。農園の中をあっちへ、こっちへ。子供の頃夢見ていた魔法少女になるという夢がようやく叶ったことを喜び、はしゃぎ、農園の土地を全て植物で埋め尽くしていく愛子。
厳密に言えば、魔法や魔術、技能といったものはそれぞれ細かな部分で異なってくる。だが、共通している部分もある。それは行使すればするほど魔力を消費するという点だ。愛子のステータスプレートが示す魔力の数値は100。これがどれほどの量かというと、この農園の土地を全て植物で埋めればだいたい底をつく量である。
つまり、何が言いたいかというと……。植物で満たし終えたところで魔力が枯渇。彼女は目を回し、後ろ向きに倒れてしまったのである。
騎士たちはそんな彼女を前に慌てふためくだけで行動を起こすことが出来ず、頭を地面にぶつけそうになったところを抱き留めたのは白亜であった。ハニートラップ要因だったら助けておけば点数稼ぎ出来ていたものを……。彼らは小さな体で農園を走り回り植物を生やしていく彼女を、少しずつ妖精と錯覚し魅入られてしまったのである。
年甲斐もなくはしゃぐ彼女もたいがいだが、護衛として任についたのに彼女の身を守るために行動できず、あまつさえ護衛対象に守らせてしまった騎士達は騎士の面汚しと言っても過言ではないだろう。
ジェイドとチェイスは過剰にも、膝を折りこぶしを地面にたたきつけながら、まるで大切な者が目の前で死んだときのように嘆き悲しんでいた。
「は、はれ……? 私……」
「おはようございます、畑山先生」
そんな状況下、彼女が起きたのは空が僅かに赤みを帯び始めた頃合いだった。
白亜の膝の上で目を覚ました愛子のもとへ、騎士たちが駆け寄り各々が謝罪の言葉を告げているがここでは割愛する。
「畑山先生って、流されやすいというか、チョロイですよね」
「うな!? ちょ、ちょっと青馬さん!? 私、先生ですよ! 先生に向かってなんてこと言うんですか!?」
魔力が枯渇した状態から僅かに回復しただけであるためか、愛子はどうしても起き上がること出来ないでいた。そのため、白亜の言葉を受けても彼女は膝枕をされながら癇癪を起すしかない。寝転がって、いつものように両手を上げ怒っているように見せるポーズ。その姿はどうしてもお菓子売り場で物をねだる子供の姿を想起させてしまうものだった。
「まず一つ、昨日のことです。先生は何としてでも私達生徒と一緒に戦闘訓練を受けたいとメルド団長に懇願していました。しかし、先生が得た天職はこの国の食糧事情を変えることが出来る程稀有なもの。故にメルド団長は拒み、クラスメイト達はそんなメルド団長を支援するように自分たちは大丈夫だから畑山先生は自分にできることをしてくれと言い、先生はその言葉に従った。生徒達を守りたいと願っていたはずなのに、集団の圧力に屈し自分の意思を曲げた。これは流されたと言っても過言ではないですよね?」
「……」
「二つ目に先ほどのことです。新たに得た、先生にとっては摩訶不思議な力。地球ではできなかった超常現象を呼び起こす力に先生は高揚し、こうして倒れてしまうまで力を使い果たしてしまった。昨日、メルド団長が魔法、魔術、技能を使いすぎると魔力を消費し倒れてしまう危険性があるから十分気を付けるようにと言っていましたよね? 生徒を助けるため力を行使する。そのために自身の実力の上限を測る。そういった理由であれば私もこんなことは申し上げませんが、明らかに好奇心に駆られ新しく得た力で増長し、遊ぶためだけに力を使っていませんでしたか?」
「……。そう、ですね」
怒涛の勢いで紡がれる言葉に愛子は上げていた両手を下ろし、まっすぐに見つめてくる白亜の瞳を見つめ返した。一人の生徒による愛子への評価。良い評価であれば耳を傾け頷きながら聞き入る人間は多いだろう。対して、自分への悪い評価へ耳を傾け受け入れることができる人間はとても少ない。愛子は、良い評価も反省に生かし、悪い評価も真摯に受け入れ自身の振り返りに用いることが出来る人物であった。
白亜の言葉は続く。
「先生はどうして畑山先生と呼ばれたいのですか?」
「え?」
「学校に飛び交う声に耳を傾ければ、愛称で呼ばれる先生は多くありませんでした。体育の人当たりの良い竹内先生が『たけっち先生』と呼ばれること然り、どこかのお嬢様のような雰囲気を持つ美術の江田先生が『マダム先生』と呼ばれること然り……。畑山先生が愛ちゃん先生と呼ばれても、それは生徒に慕われている一つの証なのではありませんか?」
「わた、しは……。私の望む教師像は、友人のように近い存在ではなく、生徒たちの身近にいる大人の一人として、目標であり頼れるような存在。生徒達がどんなに辛い思いをしても、折れない一本の支柱として傍にありたかった。辛い思いを共有して一緒に泣くだけではなく、そこからの道筋を示せる人間でありたかった。だから、私はみんなの愛ちゃんではなく、みんなの畑山先生でありたかったんです」
それはかねてからの思い。学生時代に体験したある出来事からずっと、想像上の自分を組み立て続けて得た畑山先生となった姿。語る瞳はいつもの小動物を思わせる瞳ではなく、強い意志が籠っていた。
「愛子殿……」
デビッドは彼女を一目見て、守られていなければ直ぐに死んでしまいそうな人間だと判断していた。そんな彼女の強さを垣間見て、それが間違いであったことを悟る。
「畑山先生はとても強い人です」
「私は、強いのでしょうか?」
「畑山先生はとても優しい人です」
「私はここに来てから何も出来ていません。ここに来てからの全てを天之河君に任せてしまった」
「畑山先生は決して流されやすい人でもチョロイ人でもありません」
「先ほどと言っていることが逆では?」
逆のことを言ってしまうのは、愛子の想いに触れたから。
「畑山先生は自分が『畑山先生』であるために皆に『愛ちゃん』と呼ばれても、流れに抗い続けたではありませんか。だから、ごめんなさい。先ほどの失言への謝罪と撤回を……。畑山先生はとても強い人です。なぜなら、生徒想いの優しい先生で、自分の意思をしっかりと持てる先生なのですから」
「青馬さん……」
「後は分かりますよね? 地球でもそうあれたように、この世界でも強くあってください」
いつの間にか肩に添えられていた手。そこから伝わる熱に、彼女の口から紡がれた言葉に、愛子は背中を押された。普通であれば、まだ立ち上がることのできない状態。だというのに、彼女の意思の強さが魔力の回復を早めたというのだろうか。震える手で体を支えながら、愛子は騎士たちの前に正座した。
「お願いします。私に生徒たちと同じような戦闘訓練をさせてください。生徒達だけ死地に追いやるなんてこと、私には到底できません。食料が足りないのなら、私の力が必要なのなら、この農園を使って全国に行き渡る量の食料を作って見せます。疲れたなんて言いません。今日のように倒れたりしません。どうか、どうか……」
「愛子殿……」
少女が足元に膝を付き頭を下げている。護衛隊の隊長を任されたデビッドの心が僅かに揺れる。揺れて、元の位置に戻ろうとした。たった一言、それは出来ないというだけ。しかし、彼の口が重く閉ざされ、声は彼女の名を呼ぶだけで留められた。
デビッドの代わりに口を開いたのは二人の男だった。
「……自分は、愛子様の思うがままにさせてやりたい」
「奇遇ですね。私もジェイドの意見に賛成です」
「ジェイドさん! チェイスさん!」
顔を上げ、自分の申し出を受け入れてくれたチェイスとジェイドの顔を満面の笑みで見つめる。キラキラと輝く視線を受け取った二人は、どこか諦めたような表情を浮かべていた。
「僕は反対だよ。愛子の申し出でもそれは受け入れることは出来ない。デビッドも何だんまりしているのさ。各地を巡礼するのは食料を実らせるだけじゃなく、魔人族によって汚染され毒素を放出するようになった土地の浄化も含まれているんだよ?」
「しかし、クリス。それは民を他の地に移住させれば済む話だ」
「現に今もそうしていますしね。大きな問題は食料を生産できる場所が少なくなり、食糧の供給率が減ってしまったこと。それを解決できるのであれば、問題ないではありませんか」
このままでは隊長は丸め込まれてしまうと判断したのだろう。問題を指摘すれば余計な解決策を導き出してくる二人に向けてため息を吐き出しながら、クリスは一際冷たいまなざしを送った。
「ああ、そうだった。うん、これは建前上の理由さ。本音を話そう。僕は死にたくない。先の戦でパパは足を失った。もう兵士としては戦えない。家族を養えるのは僕しかいないんだよ。だから、僕は死ねないんだ」
唐突に出てきた「死」という言葉。その言葉に愛子の顔から笑みが消え、何を言っているのか分からないとばかりに目を白黒とさせる。騎士たちはにらみ合っているため気付かない。愛子は背を向けているため気付かない。
こんな状況でも尚、白亜は微笑んでいるということを。
第4話を読んでいただきありがとうございました。
自分が人名を覚えることが苦手なせいなのですが、一つの話毎に初めて出てくる名前はフルネームで書くようにしています。くどく感じている方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。
感想、評価etc.お待ちしております。