自由を謳歌せよ   作:菜々瀬蒼羽

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第6話:平穏な時間に身を置く白亜

 翌日。予定していた期日よりも早い出立に生徒一同は驚きの声を上げるも、その多くは笑顔で畑山愛子と青馬白亜が各地を巡り食糧事情の改善と土地の浄化活動を行うことを認めてくれた。全員が認めないのは、好きな色を聞かれて全員が同じ色を答えないことと同様に当然のことだ。

 

 生徒の中には愛子が白亜を贔屓しているように見えている者や、自分たちだけ楽をしようとしているように見えている者、それから嫉妬の眼差しを向ける者も少数ではあるが存在していた。そんな状況ではあったが、訓練場での見送りではクラスの中心人物である天之河光輝が頷いたことで、不満の声は上がっていない。このことから、どれ程大きな影響力を彼がもっているのか知ることが出来るだろう。

 

 とは言っても、声を上げなかったから不満が無くなったというわけではない。いつの時も、たまった不満の声は皆が見ていない場所で吐き出されるものだ。

 

 

「八重樫さん、大丈夫でしょうか?」

「そういえば、先ほど話していましたね。何かあったのですか?」

「何かあった、というわけではないのですが……。どうもいつもとは違う様子で」

 

 

 馬車に揺られる道中。不安をため息と共に漏らしたのは愛子だった。

 

 光輝がクラスの支柱となっているのはいいことだ。リーダーシップのある彼はクラスを離散させることなく上手く引っ張っていくことだろう。ただ、懸念があるとすれば自分の意見を絶対に曲げない彼の性格。

 

 人の考えは千差万別。分かれ道に当たれば右に行きたいという人間もいれば、左に行きたいという人間もいたり、戻ろうという人間もいたり、地図を見ようという人間もいたりするものだ。団体のまとめ役は他の意見を聞いて結論を出すのだろう。しかし、彼の場合は違った。自分が左だと思ったら絶対に左の道を選ぶ。その後に他の意見を聞き、同調したものは集団の和を乱さない者、同調しないものは集団の和を乱す者と切って捨ててしまうのである。

 

 そんな先導者は普通であればすぐさま集団から見捨てられるはずだった。そうならなかったのは、彼が出す意見が常に多数派のものであり、陰で集団に溜まった不満を発散させてくれる人物がいたからである。

 

 その集団に溜まった不満を発散させてくれる人物の筆頭が彼の幼馴染、八重樫雫であった。

 

 

「いつもと違うと言いますと?」

「言葉にしにくい表情だったのですが……。大雑把に言えば気分が優れていない様子だったというか……。青馬さんはいつも八重樫さんの近くに居ましたが、何も感じませんでしたか?」

「いいえ? いつも通りの可愛らしい雫でしたよ?」

「……。可愛らしい、ですか」

 

 

 そんな雫の地球に居たころとは異なる様子に愛子は心配のため息を吐き出していたのである。白亜の言葉を受け、杞憂だったのだろうか、なんて考えがふと過る。だが、あれはいつも学校で見せていた凛とし冷静沈着な思考を持つ雫の姿とは違っていたと、その考えを切り捨てた。

 

 頭を悩ませる愛子を見て、クツリと喉を鳴らすのはやはり白亜。外では、馬車と並んで馬を走らせるデビッドがそんな様子を見てギロリと眼光を強めていた。

 

 

「ええ、いつも通りの揶揄い甲斐のありそうな可愛らしい雫でした」

「今もう一度思い返してみれば、不安というのがありありと現れていたように思うのですが。少なくとも、可愛らしいと言えるものではありませんでしたよ?」

「畑山先生が雫を見れるのは学校でだけ。雫が自分の全てを学校でさらけ出していると思わない方がいいのではないのでしょうか?」

「それは、そうですが……」

 

 

 正論ではあるのだろう。だが、それでも納得できないのか愛子は頭を抱えてウンウンと唸る。それもこれも出発間際になって、雫が愛子に耳打ちした言葉が問題だった。

 

 

『大丈夫だとは思いますけど、あまり白亜を魅了しないでください。お願いします』

 

 

 男よりも男らしいと言われるあの八重樫雫が。面倒見がいいのと、剣道をしている姿があまりにもかっこいいことが原因で、同性からの人気が高くラブレターを高頻度で貰い、それに辟易とした様子を見せていた八重樫雫が……。

 

 その言葉は、どう捉えても独占欲に満ちているとしか思えなかった。

 

 愛子は正面に座る白亜を見る。絹糸を思わせる光を柔らかく反射させる青みがかった白髪に、女性として羨ましく思うほど長く均等の取れたまつ毛。まつ毛の奥には、透明感のある琥珀を思わせ人を引き付ける魅力を持った瞳。鼻はスッと適度に高く、その髪質からも相まって外人を思わせる。それでいて、日本人特有のあどけなさが損なわれていない瑞々しい柔肌。唇は淡いピンク。女性である愛子ですら遠い昔に抱いた淡い初恋の記憶が霞んでしまう程の艶を持った、淡いピンク色。

 

 

「青馬さんは、女の子、ですよね?」

「? 確かめてみますか?」

 

 

 戸籍上も、学校に登録されている性別も確かに女であったはずだ。だが、あれほどまで同性からの恋愛的好意を遠ざけていた雫が口にした言葉によって、それらが嘘ではないのかと考えてしまう。その疑問は遂には声に出てしまうまで膨れ上がっていた。

 

 愛子の言葉を受け、白亜は膝に置いていた両手を小さく広げて体を差し出す。クラス一番の雫程ではないが、幼児体型の愛子よりは膨らんでいる胸元。もしも、その肢体に触れ男であると分かった時には立ち直ることが出来なくなってしまうだろう。コクリと生唾を飲み込みながら、触れと訴えかけてくる本能を必死に抑え動き出しそうになった手を引っ込める。

 

 

「……。いえ……。結構、です……」

「そうですか」

 

 

 そんな愛子の葛藤を知ってか、知らずか、白亜は何事もなかったかのように居直る。白亜の顔はいつもよりも少しだけ楽しそうに深い笑みを浮かべていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 愛子一行の旅は順調だった。各地を食糧事情改善のために巡りながら、有力貴族とコネを作り勇者が召喚されたことが事実であることを広めていくという目的。そして、ハイリヒ王国に帰った後で生徒たちと共に大規模戦闘訓練に参加し手助けできるようになるための戦闘技術の習得。表向きの目的も裏の目的も、愛子自身の個人的な目的も、何ら滞ることなく果たされていった。

 

 

「はぁ……」

「先生、どうかしましたか? 何か悩み事でも?」

「あ、いえ……。そういうわけでは、ありますかね。少し、生徒たちのことが心配で……」

 

 

 ハイリヒ王国を出立してから約二週間という時間が経過した現在。王国に置いてきた生徒たちの情報は、時折早馬に乗ってくる騎士団員から聞いてはいるものの、入ってくる情報は訓練が順調か否か。訓練の中で何があったのか、普段の生徒はどんな様子か等の情報はほとんど耳に入ってくることは無かった。

 

 大規模訓練が実施される時は、事前に連絡を送るとは言われているものの心配になってしまうことは仕方のないことだろう。最近は土地の浄化や戦闘訓練、貴族とのやり取りに慣れ始め、生徒のことを考える余裕が出来てしまった。故に、愛子のそんな姿は顕著に表れるようになっていた。

 

 

「大丈夫ですよ、先生。メルド騎士団長様と勇者様一行の指導役を担う騎士団の方々は国の中でもトップクラスの実力を持つ方ばかり。王国周辺の森で行われる屋外訓練程度で先生の生徒を傷つけるようなことはありません」

「ありがとうございます。チェイスさん」

「いえいえ、先生を守ることが私たちの役目。その先生が不安に駆られているというのであれば、微力ながら力を貸しましょう」

「巡礼も予定を大幅に超えて順調。自分は一度帰国してもいいと考えるが」

「僕もその意見に賛成だ。その方が先生も他のことに集中できるだろうさ」

「ハイリヒ王国や正教教会からは許可は下りていないが……。うむ、そうだな。進路を王国の方へ向け、近づきながら打診することとしようか」

「皆さん……。ありがとうございます」

 

 

余談であるが、愛子護衛隊を構成するデビッド、チェイス、クリス、ジェイドの各四名による畑山愛子への呼称は「先生」で固定されていた。旅の途中で幾度も見た彼女の気高さや強い信念、優しさに時折見せる可愛らしさに中てられたのだろう。加えて、彼女が頑なに「様」や「殿」といった呼び名は止めてくれと言っていたことから呼称を変える運びとなったのである。

 

チェイスの言葉によって表情が僅かに和らぐ。そこへすかさずジェイドが帰国を提案し、クリスが同調する。先手をとって、誰よりも先に感謝の言葉を貰ったチェイスへの僅かな対抗心だった。最期にデビッドがまとめ、愛子が皆に感謝を述べながら頭を下げると、男たちは四人そろって手を上げハイタッチを交わす。小学生が担任の先生の気を惹こうとしているような、旅を始めてからほとんど毎日のように見られる微笑ましい光景だった。

 

 

「おはようございます、皆さん」

「青馬さん、おはようございます。毎朝そんなに早く起きて、ちゃんと寝れていますか?」

「十分な睡眠は取りましたよ。これ、食べますか? 畑山先生と皆さんにと果物屋の店主さんが下さったんです」

 

 

 リンゴが溢れんばかりに詰められた紙袋を手に宿の玄関から入ってきたのは白亜。これもまた、いつもの光景。この団体で最も起きるのが早い彼女は、皆が起きるまで宿から出て外をぶらぶらと練り歩くことが多い。

 

 髪色が多種多様なこの世界。地球では珍しかった白亜の髪色もこの世界ではそれほど珍しいわけではない。しかし、絶世の美女と呼ぶに相応しい容姿を持ち、勇者一行の一人という肩書きを持つ彼女は町の住人の注目を一身に集めていた。そんな彼女が1人で外を歩けば、寄ってくる人間も多くいる。単純に白亜にお近づきになりたい者。白亜を経由して愛子にお近づきになりたい者。恩を売り勇者一行の恩恵にあずかりたい者。ただ単純に娘や孫の年齢に近い彼女を愛でたい者。理由は様々だが、護衛も無しに白亜が1人外を歩けば多くの人間が話しかけ、こうして土産を持たせていた。

 

 

「お店の物だとしたら、ちゃんとお金は払ってきましたか?」

「それが財布を出したところ、傷物だからお金は貰えないと言われまして。味は保証すると言っていましたよ」

「傷、ですか?」

「ほら、見てください。ここに小さなナイフの跡が」

「これ、絶対無料で渡すためにその場で付けた傷じゃないですか……」

 

 

 目を凝らしてやっと見つけることが出来る小さな傷。愛子の言う通り、この傷は店主が適当な理由づけのためにその場で付けたモノだった。

 

 恩を売りたい者の中には賄賂として土産を持たせようとすることがある。賄賂であることを知らずに貰って恩を返さなければ、苦言を呈されることは明白。故に、対価として金銭をその場で払う必要があるのだが、鼬ごっこと言えばいいのだろうか……。土産を持たせようとするものは、あれこれと理由を付けては対価を貰わずに持たせて来るようになっていた。愛子達が活躍する度に土産をなかなか貰おうとしないという噂話でも広まっているのだろうか、彼らの理由付けは土地を移る毎に秀逸なものへと変わっていった。

 

 

「甘酸っぱくて美味しいです。ちゃんとしたリンゴの味ですよ。畑山先生も如何ですか?」

「朝ご飯を頂いたら貰うとします。はぁ……」

 

 

 呑気に切り分けもせず皮もむいていないリンゴに噛り付く白亜を目の前に、愛子は呆れたようにため息を吐き出した。

 

 平和な時間が過ぎていく。

 

 人間族領と魔人族領の間では今もなお争いが絶えないというのに、流れているのは笑顔の絶えない時間。二週間という短い時間ではあるが、まさに今同国の民が血に塗れていることを思うと長く感じてしまうから不思議だ。

 

 愛子は恵まれていた。勇者として召喚されながら、戦争への参加不参加を自分の意思をもって選ぶことが出来たのだから。愛子は幸運だった。当初はハニートラップを目的として近づいてきたのだとしても、彼女と旅を共にする男達は愛子に心を寄せており今では真に善意から彼女を護衛しようと付いてきてくれている。

 

 思惑が飛び交い、賄賂が行き交い、人の心の闇が戦時下という緊迫した時間の中でありありと現れる中で、不思議なことに愛子はこんなにも幸せを謳歌することが出来ていた。

 

 

「畑山先生、客人のようです」

「え?」

 

 

 白亜がそう呟くと、蹄が地面を慌ただしく叩く音が聞こえ、宿屋の玄関前で馬の嘶きと共に止まった。転がり込んできたのは、つい数日前に情報のやり取りのために見た王国騎士団の鎧。何もなければ後4,5日は見ないはずだった。悪寒が心をざわつかせる。

 

 

「畑山愛子様はおられるか!?」

「こちらだ。どうした、騒々しい。定期的な連絡にはまだ早いはずだが?」

「……」

「どうした、黙っていては分からないぞ?」

「……。報告します。先日、戦闘訓練のために勇者一行と教育係を担うメルド団長含む騎士団員5名はオルクス大迷宮へ遠征。同迷宮20層にて、転移トラップにかかり……。多大な被害を受けながらも、勇者天之河光輝の死守には成功致しました」

 

 

 本来なら愛子に事前の連絡が届き、生徒達と共に向かうはずだった遠征訓練。それが連絡も無しに行われたことに愛子は目を見張り、驚きを顕わにする。

 

 ただ、彼はまだ重要なことを言っていない。デビッドは転がり込んできた騎士団員に愛子の代わりとなって問いかける。

 

 

「どれほどの被害を受けた」

「転移された場所は65階層。そこにて一行は無限湧きするトラウムソルジャーと伝説の魔獣ベヒモスの挟撃を受け……。メルド団長含む騎士団員皆が重症を、勇者一行からは……」

「勇者一行から、どうした? 皆無事なのだろうな? 先生との約束を破ってまで遠征訓練を敢行したのだ。皆、無事なのだろうな!!」

「……。死者、一名。外傷は無いものの眠ったまま起きない者が一名。他軽症者多数を出す結果となってしまいました……」

「……名は?」

「死者、南雲ハジメ。眠ったまま起きぬ者の名が白崎香織、です……」

 

 

 カツン……。

 

 静まり返ったこの空間へ鉄製のスプーンが木製の床を打つ音が嫌に響いた。音を鳴らした人物は、意外にも愛子ではなく彼女の横で報告を聞き流しながら食事を取っていた白亜であった。

 

 南雲ハジメ。その名は彼女が地球に居たころ居候先としてお世話になっていた家の息子であり、学校の中では八重樫雫に次いで昼食を一緒に取る程に仲がいいとされる人物の名であった。食事をしていたために俯いていた彼女の顔がゆっくりと名も知らぬ騎士団員の方へ向く。

 

 護衛隊を務める四人は初めて彼女の人間らしい一面をそこに見た気がした。

 

 

「ハジメが、死んだ……?」

 

 

 瞳孔が縦長に細くなった琥珀色の瞳を納める彼女の顔は、驚きに満ちていた。

 




 第6話を最後まで読んでいただきありがとうございました。
 この作品の畑山愛子には「愛子」呼びが相応しくない人物になってほしいため、護衛隊の皆さんには「先生」と呼んでもらうようにしてもらっています。原作との相違点はそこですかね。

 感想、評価etc.お待ちしております。
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