自由を謳歌せよ   作:菜々瀬蒼羽

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第7話:香織と対面する白亜

 食糧事情改善のために各地をまわっていた畑山愛子の一団がハイリヒ王国の王宮に戻ってきたのは、南雲ハジメの訃報を知らされた3日後のことだった。旅に使っていた馬車ではなく、駿馬を各地で交換しながら昼夜問わず走り続けた強行軍。着いた頃には自分の足で立てない程フラフラになっていた愛子は、馬から降りた途端に膝から崩れ落ちてしまった。同じ馬に乗っていた青馬白亜に支えられなければ、顔を強かに地面に打ち付けてしまったことだろう。

 

 それでも自分の足で出迎えてくれた生徒達のもとへ向かおうとしたのは、異世界でも彼らの先生たろうとする彼女の在り方故だ。

 

 

「白崎さん……。長い時間目を覚まさなかったと聞いていますが、起きたのですね。もう動いても大丈夫なのですか?」

「……はい」

 

 

 出迎えた生徒達の先頭に立つのは、クラスの中心人物である八重樫雫、天之河光輝、坂上龍太郎、白崎香織の計四名。南雲ハジメの訃報と同時に香織が寝たきりのまま目を覚ましていないということを知らされていたために、暗い顔をしながらも出迎えてくれた彼女の姿を見て愛子は小さく安堵のため息を吐き出した。

 

 香織が目覚めたのは一日ほど前のこと。オルクス大迷宮への遠征から帰還して五日ほど経過した日のことだった。食事を取ることも出来ず、体を動かすことも出来ず、ベッドの上で眠り姫と化していた彼女。目覚めてから一日経ったわけだが、それで五日分の失われたモノを取り戻せるわけもなく、香織の顔には僅かに疲れが残っているように見えた。

 

 そんな香織は覚束ない足取りで、背を雫に心配されながら白亜のもとへ近づく。見上げるその瞳からは後悔ともう一つ、何か強い意志のようなものを感じ取ることが出来た。見つめ合うこと数秒。ようやく決心がついたのか、震えていた唇を無理やり開き声帯を震わせる。

 

 

「ごめん、なさい……」

「白崎さん?」

 

 

 出てきたのは、謝罪の言葉だった。謝られる理由は予想がつく。白亜の居候先である南雲家の一人息子、南雲ハジメの遠征における死に対するものだろう。ただ、何故それを今回の遠征の監督者であるメルド騎士団長を差し置いて謝罪しに来たのかは分からなかった。故に白亜は香織に問いかける。何故貴女が謝るのか、と。

 

 

「私、オルクス大迷宮に行く前の日の夜、南雲君の部屋に行って、南雲君と約束したの」

「約束、ですか?」

 

 

 香織の言葉に周囲がざわめく。

 

 それもそのはず、白崎香織は幼馴染の八重樫雫と合わせて、学校の二大女神として名が知れ渡っている人物だ。女性が羨むことを諦める程整った顔立ちに性別問わず視線を惹きつける整った肢体。誰であれ等しく手を差し伸べる優しい心。そんな彼女に対して南雲ハジメという男は、容姿は平凡であり、学校生活では授業中に寝ていることが多く不真面目な性格の持ち主としてクラスメイト達に認識されていた。

 

 他のクラスメイトに比べてハジメは、香織に話しかけられる機会が多かった。ただ、クラスメイトからすれば心優しい香織が不真面目な性格を更生させようと奮起しているように見えたのだろう。何故香織が夜にハジメの部屋へ向かったのか、その理由を察することが出来なかったのである。中には優しさが暴走しすぎたのかと思う人間までいたようだった。

 

 

「私が、南雲君を助けるって……。私は、治癒師だから。私達に比べて戦う力を持っていない南雲君は怪我をしやすい。だから……。だから、怪我したら私が治してあげるって、危ない目に合ったら、私が守ってあげるって、約束をしていたの」

「……」

「なのに、あのとき私は逃げてしまった。メルドさんに促されるまま、雫ちゃんに手を引かれるまま、他の怪我をしている人たちを治療しなくちゃいけないっていう免罪符を得て、足止めをしている南雲君を置いて、私は、逃げちゃったの……」

「その結果、ハジメは死んだと、そういうことですか?」

 

 

 言葉を吐き出す毎に、香織の顔が下を向いていく。罰を待っているのだろうか。既に白亜の視界に入っていない顔では固く目が閉ざされており、まるで平手打ちを待っているような状態だった。

 

 白亜は考え込む。いつも浮かべている薄い微笑みを消し、無表情の顔のまま顎に手を置き考えていた。

 

 長い沈黙が訪れている二人だけの空間。その間に挟まろうとする人間はただ一人を除き存在しなかった。この問題に介入できる人間は早々存在しない。いるとすれば、同じ責任感に駆られ懺悔をしたい人間か、一時の感情に従いこの場を流そうとするアホウのどちらかだろう。二人の間に流れる時間は短絡的な思考を持って壊していいものでは無いのである。

 

 

「白亜、香織のことをそんなに責めないでやってくれないか? 怪我を負った人の中には香織じゃないと治療が出来ない人もいた。香織はあのとき後退せざるを得なかったんだ。それに、聞いているかもしれないけれど、南雲は事故が原因で奈落の底に落ちてしまった。あの状況では、香織は治療したくても出来なかっ……」

「光輝! ちょっとこっちに来なさい!」

「お、おい、雫。俺は今大切な話をして……」

 

 

 割って入った人間が口を塞がれ、再び二人が無言のまま対面する場となった。傍から見れば重い空気が漂っているように見えるだろう。しかし、九割九分の人間が固唾を飲んで様子を見守る中、既に白亜の腕から護衛隊の一人に引き取られていた愛子はそんな様子を見せていなかった。

 

 ようやく動いたのは、無言の時間が続いてどれ程経った頃合いだったか。白亜は、両手を香織の頬に添えると、掬うようにうなだれた顔の角度をよく表情が見える位置に戻した。固く閉じていた香織の両瞼が徐に開く。やはりそこにあったのはいつもの微笑みを浮かべていない無表情な白亜の顔。香織は無意識に生唾を飲み込んだ。

 

 

「それで終わりですか?」

「……え?」

「白崎さんの瞳の奥には後悔とは別の強い意志を感じます。貴女が胸の内に抱く感情は、それで終わりですか? 私は貴女の心を全て聞きたい。人は自由であるべきだと私は常々思います。何を思い、何を考え、どう行動するのか……。それをただ一時の感情だからと、自分の意見が少数派だからと、そうやって無心に多数派の流れに従おうとするのはもったいないことだと思うのです。貴女が胸の内に抱く感情はそれで終わりですか? 貴女の自由を私に魅せてください。考えた末に多数派に従うというならその行動を受け入れます。誰にも受け入れられない少数派の思いだとしても私が受け入れます。貴女が次に起こす行動を全て受け入れた上で、私も私の中にある意思に従い自由に行動させて頂きます。これで最後です。貴女の想いは、それで終わりですか?」

 

 

 仮にも、青馬白亜は南雲家に居候している人間であり、南雲家での生活がどうなっていたかはクラスメイト達の知るところではないが学校での二人の仲は良好だった。故に、たとえ見た目が平凡で不真面目な少年であったハジメの死だったとしても、彼の死を自分のせいだと吐露する少女を前にただ淡々と言葉を紡ぐその姿は異様だった。

 

 白亜は、言いたいことを言い終えると、香織の頬を支えていた手を退かした。感情が灯らない琥珀色の瞳を前に震えていた香織の眼球は、今や震えがおさまると同時に瞳に映る感情を反転させ、僅かに宿っていた強い意志の方を表層に出している。香織は一つ深呼吸をすると、徐に口を開いた。

 

 

「私は、南雲君を助けることを諦めるつもりはない。南雲君が私の目の前で死んだわけじゃないから、南雲君は落ちただけ。あの高さから落ちて助かる可能性が低いなんてことは分かってる。でも、それでも……私は諦めない」

「それは、何故?」

「それは……。それは、私が南雲君のことが、好きだから。他の誰よりも南雲君のことが好きで、好きで、たまらないから! 中学二年生に彼の優しさに一目ぼれして以来、彼のことを異性として好きだから!! 好きな人のことを、私は諦めることなんて出来ない!!! だから、私はこれから誰にも負けない力を付けて南雲君を助けに行くの!!!!」

 

 

 香織の告白に、静まり返っていた場が地球からこの地に突然召喚された時以上のざわめきを見せる。彼女の愛の告白はそれほどまでにクラスメイト達へ衝撃を与えたのである。日頃からハジメの近くにトテトテと歩み寄る彼女の姿はよく見られた。だが、それは香織の慈愛に満ちた性格が故の優しさだと彼らは錯覚していたのである。

 

 驚きが満ちる場に、意外なほど鮮明に響いたのは一人分の笑い声だった。

 

 

「ふ、ふふ、ふふふ……」

「青馬、さん?」

「く、ふふふ、はは……。く、くくく……」

「ふぎゅ……!?」

 

 

 笑い声の主は青馬白亜。その顔は既に無表情とはかけ離れた、普段の微笑みよりも強い笑みに満ちていた。香織の顔に再び手が添えられる。色白の華奢な手は輪郭をなぞるように滑ると、ふくよかな頬を両側から潰した。薄い桜色の小さな唇が中央に寄り、場にそぐわない滑稽な表情を作り出す。

 

 

「ああ、やはり雫の傍に居るだけのことは……、ありますね。こんなにも強い人にハジメは愛されていたのですか。あの日、菫さんの言葉に従い南雲家にお世話になって正解でした。だって、そうでなければ私は今、こんなにも素晴らしい芽吹きに立ち会うことが出来なかったのですから。白崎さん……、いいえ、香織。香織のその強い想いがさらに貴女を磨き上げることを私は待っています」

 

 

 名残惜しそうに頬から手が退けられる。

 

 ようやく終わった少女二人の会話。邪魔をさせないようにと直情的になりすぎる幼馴染の口を塞いでいた雫は、ホッと詰まった息を吐き出しながら光輝を解放した。拘束から解き放たれた彼は、真っ直ぐに二人のもとへと向かう。

 

 

「ま、待ってくれ、香織。香織が南雲のことを好き? ああ、そうか。やっぱり香織は優しいな。今南雲はこの王国で死んだ後も虐げられている。それを無くすためにそんなことを言ったんだね。俺もそれは許せない。だって、俺たちのクラスメイトだからね。だけど、南雲を助けるために香織が自分の身を削らなくてもいいんだ。南雲への言われない罵詈雑言の撤回には俺も協力する。だから、もっと自分に正直になっていいんだ」

「光輝君……」

「香織……、分かってくれたかい?」

「さっき言ったことは本当だよ。私、他の誰よりも南雲君のことが好き。結婚して、子供を産んで、温かい家庭を築きたいと思うぐらいに私は南雲君に恋をしているの」

 

 

 一度芯を貫こう決意した者の意思は余程のことがない限り揺るがない。まして、その場しのぎで吐かれたような上辺だけの言葉に惑わされるものだろうか。いや、ないだろう。

 

 香織の強い熱を帯びた瞳が光輝を射抜く。未だ彼は信じることが出来ないのか、再度口を開いた。しかし、次いで出た言葉はまるで子供が玩具売り場で玩具を買ってもらえない時に出す言い分のようなもので、先ほどのような強さは言葉に籠っていなかった。

 

 

「だって、学校では嫌そうな顔を南雲に向けていたじゃないか……」

「え? 私、そんな顔を向けたはずないけど……。私、本当に中二の頃から南雲君のことが好きで、だから高校の時も南雲君のことが好きだったんだよ。ね、ねぇ、雫ちゃん」

「雫? どうして、ここで雫の名前が?」

「相談を受けていたのよ。光輝、諦めなさい。香織の言い分はほとんど真実よ。南雲君の方へ嫌そうな顔を向けていないってこと以外は、ね」

 

 

 長年連れ添ってきた幼馴染という存在。その性格と思考回路は嫌でも理解している。故にどれだけ自分が言おうと心に一度抱いた考えを曲げることはないだろうと知りながらも、雫は香織を援護する言葉をため息と共に吐き出した。香織はその援護を嬉しく思いながらも、聞き捨てならない最後の言葉を耳に入れ首を傾げた。

 

 

「ちょっと、雫ちゃん。私、南雲君にそんな顔向けたつもりないんだけど」

「じゃあ、ちょっと目を瞑って想像してごらんなさい。学校。お昼時。自分は私達とお昼ご飯を取っている。その後ろでイチャイチャしながら南雲君と白亜が食事を取っている光景を」

「……」

 

 

 雫の言葉に従って目を瞑り、言うとおりの光景を頭に思い浮かべる。すると、一瞬にして地球に居たころ何度も光輝が目にしたむっすりとした顔が出来上がった。

 

 

「あなた、今自分がどんな顔しているか分かってる?」

「うえ!? そ、そんな酷い顔してたかな? かな?」

「そうですね、それはもう人を一人か二人殺せそうな程に酷い顔でした。ふふ、これでは天之河さんの香織がハジメを嫌っていたのでは、という錯覚を頭ごなしに否定することは出来ませんね」

「ご、ごめんね青馬さん! わ、私そんなつもりないんだよ!」

「つまり、香織は私のことを殺したいほどに憎んでいた、と。そういうことですか」

「そ、そういう訳じゃなくて!!」

「私はいつ香織が白亜に切りかかって返り討ちに合うのか気が気じゃなかったわ……」

「し、雫ちゃん!? というか私が負けるのが前提なんだ!?」

 

 

 本来であれば南雲ハジメの死を悼む時が流れるはずだったのに。女三人寄れば姦しいとはよく言ったもの。香織は、何故自分が暗い表情のまま前に出て白亜と対面したのかを忘れ、今ではもう雫や白亜と共に笑いあっていた。

 

 横で顔を俯け考えに浸る光輝を置いて、姦しい時間は過ぎていく。

 




 第7話を最後まで読んでいただきありがとうございました。
 白亜が笑い出したところで怒りに任せて叫びたい人物はいたのですが、光輝の割り込み、その後の香織と雫と白亜が打ち解け合っている姿を見て、その人物は俯いて拳を握ることでその場は留まりました。
 もしかしてこれってネタバレになるのでしょうか。一応上の文は隠しておきます。

 感想、評価etc.お待ちしております。
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