自由を謳歌せよ   作:菜々瀬蒼羽

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第8話:やはりこれが白亜

 一段落したと言えばいいのだろうか。クラスメイトの前で決意を表明した白崎香織。香織の発言を真実であると証言した八重樫雫。それを学校では南雲ハジメと友人よりも深い関係にあることを多少であるが疑われていた青馬白亜が、微笑み認めた。人が1人亡くなった可能性があるというのに、和気藹々とした雰囲気は異常そのもの。異常ではあるのだが、ハジメと一番クラスの中で関りがあったこの三人の中で今回の出来事が解決したとすれば、事態が収まったとみていいのだろうか。

 

 いや、そうではないだろう。

 

 クラスメイトの中には、未だ人が死ぬ瞬間を間近で見てしまいトラウマに苛まれる者や次は自分がそうなってしまうのではないかと不安に心が折れている者がいた。中には、ハジメと親しい人間関係を築いていたにも関わらず普段より笑うことの出来ている白亜を見て苛立ちや不信感を抱く者も居た。

 

 三人の中で解決したとしても、この場にいる者の心が全て晴れたわけではないのだ。

 

 

「……」

「檜山……」

「ッ……!」

 

 

 クラスメイトの中から一人、青年が前に出る。名前は檜山大介。彼の姿を確認し、雫は何をする気なのかと疑うような眼差しを、香織は憎悪が籠ったような怒りの眼差しを彼に向けた。

 

 昨日のことだ。彼はクラスメイト達に頭を下げてこう言ったのである、「自分が南雲を落としたのかもしれない」と。

 

 ハジメの身に起こった事故の概要は次のようになる。

 

 順調に進んでいたオルクス大迷宮の攻略。しかし、20階層にて転移の罠にはまってしまった勇者一行。飛ばされた階層はオルクス大迷宮65階層。そこで歴史に名を刻む最強の冒険者でも歯が立たなかったベヒモスという魔獣とトラウムソルジャーという骸骨の魔獣の群れに挟撃される。戦いの地となったのは、落ちれば奈落へと繋がる大空洞にかかる桟橋の上。逃げ道は無く、勇者一行は戦いを余儀なくされた。

 

 戦いの果て、ハジメがベヒモスの足止めをしている間、天之河光輝がトラウムソルジャーの群れを薙ぎ払い上の階へ繋がる道を切り開くことに。クラスメイトの中で最弱とされるハジメが殿を務めるのは首をひねるところだが、通常攻撃は効かず、障壁を張れる者達も負傷、そんな中でただ一人ハジメだけが足止めできる能力を持っていたとすれば頷くしかない。

 

 足止めの後、ハジメはクラスメイトのもとへ駆ける。クラスメイト達はそれを援護するべく、メルド騎士団長の指示に従いベヒモスに向かって魔法攻撃を放つことになった。そして、一つの魔法弾が軌道を変えてハジメを直撃。ハジメはベヒモスの方へと飛ばされる。直後崩壊する桟橋。瓦礫と共に落下するハジメ。こうしてハジメは奈落の底へと身を隠すこととなったのだった。

 

 

「青馬に話したいことがあるんだ」

「話したい事、ですか?」

 

 

 檜山は、あの時ハジメに当たった魔法弾を撃ったのは自分かもしれないと証言した。魔法弾には属性があり、撃たれた弾の属性は火。しかし、檜山が得意とする属性は風のはずだった。そのことに彼は「火の威力が高そうだと判断したから使った」と証言した。

 

 得意とする属性が違うのだから名乗り出なければ犯人と見られることもなかっただろうに。あのままハジメが走っても橋が崩壊する前にたどり着くことは出来なかったと周りが思い込み始めていたのだから、罪人を見るような目で見られることは無かっただろうに。自ら容疑を被りに行き、これからは必死で努力を重ねて強くなると頭を下げた彼を、クラスの中心人物である光輝は許した。中心人物が許したことで、檜山は白亜除くクラスメイトから許されることとなってしまったのである。

 

 彼は打ち明ける。自分の罪を。罪悪感に苛まれているのか小さくなっていく声を時折張り上げながら、胸の内側で整えた言葉を吐き出していく。

 

 

「俺、魔法っていう力を手に入れて浮ついてたんだ。これからは心を入れ替えて訓練に取り組むよ!」

「故意の事故ではないと、ハジメの分まで檜山君が努力すると、そういうことですか?」

「ああ!」

「それが私に言いたいことの全てですか?」

「……ああ」

「本当に? 私としては後から言いたいことがあっても構いませんが。この場で私に言いたいことは、それで全てですか?」

「ああ! そうだ!」

 

 

 三度に及ぶ白亜の問いかけに対し、檜山は一層声を張り上げて答える。何故かその声はいらだっているように聞こえた。その姿に香織と雫は眉間に皺を寄せながら白亜の表情を伺う。驚愕が一つ、呆れが一つ。白亜が浮かべていたいつもと変わらない微笑みに彼女たちはそれぞれの反応を示す。そんな彼女たちの様子を一瞥することもなく、白亜は頭を下げ続ける檜山に顔を上げるよう静かに告げた。

 

 

「分かりました。それでは檜山君の言葉を受け入れます」

「じゃ、じゃあ!!」

「では、これで。長旅で疲れている畑山先生を自室に送らなければいけませんから」

「え、あ、あぁ……」

 

 

 すると、彼女は香織にしたような反応を見せず、自力で立てるぐらいには回復していた愛子を回収し、王宮の中へと去っていった。それを見て彼は何を感じ取ったのだろうか。その背に向かって檜山は腰を折り、声を張り上げて精一杯の感謝を告げる。頭が下げられることで隠れた顔が浮かべていた笑みを理解できる人間は少なかった。

 

 去っていく白亜の背を二人の少女が追いかける。混乱に思考が現状に追いつけていない光輝は行動を起こすことすら出来なかった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 白亜が愛子を自室に送り、自分の部屋に入ったと同時。香織と雫も後ろに続く形で部屋に入ってきた。鬼のような形相の香織に対し、疲れが溜まった様子を見せる雫。まず口を開いたのは香織だった。

 

 

「ねえ、青馬さん」

 

 

 数刻前とはずいぶんと異なる声音が部屋の中にじっとりと染み渡る。普段怒らない人間がこうやって怒りを露にすると余計に怖く見えてしまうのは時代世代問わず変わりない。香織の様々な表情を見てきた雫をもってしても、いや、あらゆる一面を見てきた雫だからこそ、隣から聞こえてきた地を這うような声に肩を跳ねてしまう。

 

 しかし、一方で香織の怒りを一身に受ける白亜はというと、普段の表情を崩さずに首を傾げて見せた。

 

 

「はい?」

「なんで檜山君のことを許したのかな? かな?」

「なんで、とは?」

「だってそうだよ! あいつは南雲君を落としたんだよ? 誤爆だって言ってたけど、嘘に決まってる! 地球に居たころから南雲君があいつに酷いことされてたの知ってるよね! こっちでもそう。青馬さんがいなくなってからちょっと経った後のことだから知らないと思うけど、あいつは訓練と偽って南雲君を虐めてた! 魔法を南雲君に向けて放って、私が来た時にはもう南雲君はボロボロで……。そんな奴が本当に反省しているとでも思ってるの!?」

 

 

 いつも柔らかな物腰でいる香織にしては荒い言葉遣いがちらほらと見受けられる。それほどまでに怒りの感情が彼女を昂らせているのだろう。吐き捨てるように言い終わった香織の肩は酸素を求めるように激しく上下していた。

 

 檜山がハジメをこちらでも痛めつけていたという事実は、やはり白亜にとって初耳であったらしい。僅かに表情を崩して苦い感情を覗かせる。しかし、そんな表情を一瞬でも作ったにもかかわらず、彼女の結論が変わることは無かった。

 

 淡白に告げられる「そのようなことがあったのですね」という言葉。人の死を悼むような声色ではあった。それが淡白に聞こえたのは白亜が第三者の目線に立っているような態度で告げたからである。例えるならば、法事にやってきた遠縁の親戚が形式的に告げる「ご愁傷様です」という言葉のようだった。そんな言葉を受け、遂に香織の怒りが頂点に達する。

 

 

「ちょっ!? 待ちなさいってば、香織!」

「離して雫ちゃん! あいつのこと殴れない!!」

「白亜は馬鹿なのよ。マイペースなのはいつも見てきたでしょう?」

「馬鹿でもマイペースでも! やっちゃいけないことや言っちゃいけないことはあるはずだよ!! あいつ、南雲君の家で暮らしてるくせに! なんでそんな風に言えるの!?」

 

 

 振り上げた拳は下ろす間もなく雫によって止められた。しかし、なんと力の強いことか。普段はそんな片鱗を見せもしないというのに、香織は右腕を掴む雫を引きずりながら白亜のもとへ向かおうとする。これをきっと火事場の馬鹿力というのだろう。

 

 説得出来そうにない様子を見て、雫は香織から目線を外すと白亜へ向けた。

 

 

「その解答は外れよ。これは白亜が悪い」

「はぁ……。ここに来てからずっとそうだ。畑山先生の前でもボロを出し、学友の前でもボロを出す。学習したつもりだったが、まだ足りなかったか」

 

 

 一瞬のことだった。

 

 白亜の纏っていた雰囲気ががらりと変わる。窓も扉も開いていないというのに、生温い風が肌を撫でたような気がした。肌が粟立つ錯覚を覚えた香織は体に込めていた力を抜き、雫の支えを受けながらヘタリとその場に座り込む。二重人格と今言われれば納得してしまうだろう。それほどまでに劇的な変容だった。

 

 穏やかに微笑みを絶やさなかった表情は苛立ちを露にし、普段では到底しないだろう舌打ちを一つする。垂れ目のように見えていた温かみのある白亜の目は、雫の持つ凛々しい目よりももっと鋭い。その眼光にあてられるだけで身がズタズタに引き裂かれてしまいそうな錯覚すら抱く。平和な世界で暮らしていた香織にとって、白亜が本来持つ表情は冷たく真っ暗などこまでも深い海底を思わせた。

 

 

「ここは地球に居た頃のような環境じゃないんだから仕方ないわよ」

「ああ、だがしかし、これは私の勉強不足が生んだ結果であることには違いない。楽しみが減ったことを悔やむべきなのか、それとも他の楽しみが出来たことを喜ぶべきなのか」

「だったらどっちもすれば? 自分の心に従って生きてこそ白亜じゃない」

「ふむ、それもそうか」

 

 

 横に立つ幼馴染を見上げる。香織自身はこんなにも自分の足で立ち上がれない程怯えているというのに、幼馴染でいつも一緒にいたはずの雫は普段通りに白亜と接している。どうして今、彼女は立っていられるのだろうか。どうして今、彼女は笑っていられるのだろうか。どうして今、怒りを買う可能性だってあるのに呆れた表情を向けることが出来るのだろうか。

 

 

「雫、ちゃん?」

「ああ、ごめんなさい。ちょっとね、色々な事情で白亜って他の人と考え方がずれてるのよ。だから、檜山の言葉を……」

「雫ちゃん、だよね? 今、私の目の前にいるのって、雫ちゃんだよね?」

「ちょ、ちょっと、香織? 大丈夫? 頭打った? 私は雫よ。あっちにいるのは白亜。大丈夫、本物だから。私達二人とも本物だから。夢でも幻でもないから。雫と白亜だから」

 

 

 香織は横に立つ人間が誰なのか正常に判断することが出来なくなっていた。焦点が合わない虚ろになった瞳を雫に向ける。ふとすればこのまま赤子のように泣きじゃくりそうな状態になっている香織を前に、雫は慌て始め、白亜は呆れたようにため息を吐き出した。

 

 

「なんだ、単なる狂気だったか。まだ心がふらついているようだな。雫、白崎のお守を頼んだ。私は外の風に当たってくる」

「ちょっ!? 自分で責任取りなさいよ……」

「私がやればより手間が増えることは分かっているだろう? 白崎に雫が知っている私のことを全て話して構わんからよろしく頼む」

「あ……、もう……」

 

 

 止めようとした言葉は形式的なものだったのだろうか。二人の横を通り過ぎる白亜の服をつまんで止めようとまではしなかった。白亜の姿が消えたことを確認してから雫は香織に向き直る。腕の中にすっぽりと納まってしまうまで縮こまってしまった彼女は、買われたばかりの小動物のようにフルフルと震えながら潤んだ揺れる瞳で雫を見上げていた。

 

 

「ほら、香織ぃ~? 怖い人はもうあっち行っちゃったからねぇ~? 私がついてるから。雫が付いてるから。ね、ねぇ? だから泣こうとしないで、ね?」

 

 

 あまりにもあんまりな方法でのあやしだったが、恐怖心を刺激された彼女がどんなグズリ方をするのか幼馴染ながらに理解しているのだろう。事態が面倒臭くなる前に、早めに収拾を付けようとする心意気がうかがえた。

 

 よしよしと背を摩りながら、甘ったるい幼児に向けるような声色で話しかけ続ける。鼻水をグズグズと啜りながら泣く手前まできていた香織は、そのおかげだろうか、雫の胸に顔をうずめながら次第に頬を膨らませていった。

 

 

「わたし、赤ちゃんじゃないんだけど?」

「あなた泣き出せば時間かかるでしょ? 話したいことあるし、それに白亜を外に追い出したままにしておきたくないから」

「幼馴染がポッとでの女にいつの間にか取られていた件について……」

「こらこら……」

 

 

 部屋の中でこんなやり取りが行われている頃。白亜は廊下に設けられたテラスの柵に体を預け、夕暮れの緋色に染まる空を見上げていた。遠くへ思いを馳せる彼女は何を考えているのだろうか。

 

 フワリと周りには誰もいないというのに白亜の表情が緩む。手には愛子と旅をしている最中、片時も手放さなかった形見であるという長刀があった。それを強く抱きしめながら視線は空から自分の部屋へと向けられていた。

 




 第8話を最後まで読んでいただきありがとうございました。
 まだ白崎さんに白亜は早かったよ……。
 そういえば、地の文で檜山大介のことを大介と書くと違和感がすごいんですよね。なんて言い表せばいいんでしょうか。肌が粟立つというか、鳥肌が立つというか……。そんなわけで檜山大介を簡易的に書く時は「檜山」と記述しています。
 
 感想、評価etc.お待ちしております。
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