崩壊した世界に産まれたけど何とか生き残ってます(白目)   作:werkbau

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みんな―!世界が崩壊したよー!


どうして世界って簡単に崩壊するんすか?

 何時かどこかに隕石が落ちたとかで戦争が起きたらしい。世界規模の戦争である。無数に積み重なった要因が隕石という自然的要因で何もかもが吹き飛んだ。隕石に付着していたウィルスが家畜も野生も一切合切をミュータントと変化させ、人間もまた適応できないものは動き回る死体、俗にゾンビと言われるような存在になって街を徘徊するようになった。無節操に落とした新型爆弾の影響もきっとあるだろう。

 しかし、人間はっ、そのあふれんばかりの生命力で今だ大地にへばりついている。

「糞ッ!糞ッ!いつまでついて来やがるこのボケナスぅ!!」

 弾丸降りしきる廃墟の中に男の声が木霊する。心のそこからの悪態と憎悪がまじりあった素敵な大声だ。男は崩壊したかつての東京に貴重品を探しに来ていた漁り屋と呼ばれる物だった、使い捨てにされるがその日を食つなぐにはそれしかない。掃きだめの屑の屑がやるような仕事だ。勿論わかっていてやっている。それしか生きていくすべがないからだ。崩壊した東京には危険が満ち溢れている。それは動き回っては人間を殺すゾンビだったり、ミュータントだったり、ナノマシンで体を作った暴走機械だったり…しかし売れる。死に満ち溢れた中に残るかつての遺物は高く売れるのだ。

 だからついていない。そう言った遺物を横取りするような盗賊に鉢合わせするようなことになるとは思ってすらいなかった。

「馬鹿がっ!付いてくるなって言われて付いてこないやつがどこにいるんだよぉっ!」

「辰巳ちゅわぁんっ♡その荷物頂戴♪ついでに死んでっ♡」

 青年、辰巳恭一を追うのもまた男たち、集団だ、集団で一人の男を追いかけている。

 走る。恭一は時折後ろを確認し、一定の距離を保ったまま力の限り駆け抜けていく。普段ならば武装の限りに相手を消耗させてから安全に逃げるのだが今日に限ってはそうは行かない。依頼された品を探索中に大型ミュータントと鉢合わせ戦闘になったから既に弾丸や爆弾は雀の涙ほどにしか残っていない。切れるカードは既に少なくなっていた。状況を打破するカードはほとんど残っていない。だからこうして無様にも走って逃げていた。

「もぉっ!待ってぇ♡頂戴、お宝頂戴♡」

「馬鹿がぁ!!むさくるしい野郎なんぞにくれてやるものなんぞないわい!」

「そんなこと言わないでぇっ!ついでに魂も置いといてくれればいいからぁっ♡」

「やらねぇよぉっ!!」

 にこやかな笑顔で男たち…盗賊団<竹見組>は恭一を殺しにかかる。なんでこんなことになっているのかと恭一は自問した。原因はあまりにも多くて絞り切れない。まずは竹見組が奪った盗品をさらに奪ったこと、ブービートラップを仕掛けておちょくったこと、そう言えばわざと捕まってからミュータントをおびき寄せて殺し合わせたこともある。

(なんでっ、俺がこんなっ!)

 しかし恭一に罪悪感はかけらも存在しなかった。相手は屑だ、人間倫理を逸したゴミである。ならばそれをどう扱おうが人間の勝手だ。恭一は思う。自分は外道であれど、道を踏み外したことはないと。仕事で義理を違えたことはなければ無実の相手に喧嘩を吹っ掛けたこともない。時には孤児に金を恵んでやり、たまーに女を抱いて過ごしてきた一般的小市民転生者だと自覚していた。人間相手には人間として接し、ゴミはおちょくって遊ぶ、そんな普通の人間であると。だからこの状況にはあまりにも理不尽を感じざる得なかった。どうして自分がこんな目に合っている。不公平だ、と。仕方なしに頭を切り替えた。これは試練だ、これを生き残ればまた楽しい明日が待っている。そのための試練なんだ、と。

 おおよそ走り続けて30分程度、恭一はさらに足を早めた。対汚染アシストスーツが悲鳴を上げる。しかし、無視。力の限り渾身の限り。眼前にはビルがある、コンクリート製の大型商業施設で経年劣化の末に崩壊直前に見える。入り口はガラス製だったろうが既に持ち去られ吹きさらしになっていた。恭一は入る、そのビルの中に。ナノマシン式リンクから戦術コンピューターにアクセス、アシストスーツのパワーをMax、肉体保護装置をOFF、バッテリーのスタミナモードをオフ、戦術コンピューターと脳のナノマシンリンクをリミッター解除…―人体の保護機能を完全に切り、代わりに運動能力を完全に引き上げる。人間と道具の支配を切り替えた。人工筋肉の操り人形になる肉体という構図。体が痛む、人体では出せないGが恭一を襲う。関節が許容量を超えた動きに悲鳴をあげた。無視、あらかじめ仕込んでいた戦闘用麻薬を投与して無理矢理に痛みを引きはがす。走行して約60メートル最も近い外壁付近まで近づいた。相変わらず後方からは男たち、集団。一度それを確認してから背中にマウントしていた銃を一つ取り出す。正確には投射機、グレネードランチャーだ。

「あぁ!もったいねぇ!もったいねぇなぁっ!」

 でも、命には変えられねえし!心でそう言ってから榴弾を前方に打ち込む。弧を描き着弾少しの時間をおいてから爆音。壁に風穴が空いた。人が一人通れるような小穴。反動を堪えながら一気にその穴へ駆け込んだ。

「あぁ~ばよぉっ!!」

 恭一は跳ね、その穴を通って外に出る。汚染された空気がフィルターを通して伝わってくる。このフィルターもそろそろ変えないといけないのに高い、このミッションは絶対に終わらせないといけない。

「もぉっ!待ってぇっ!待ってよぉっ♡」

「おめーらの声でハートついても嬉しくねぇんだよっ!!」

 あまりのしつこさに悪態が出る。揃いも揃って大馬鹿すぎて涙が出てきそうだった。

「ったく…付いてこなけりゃよかったのによぉっ!!」

 恭一は腰部ぶ付けていたポーチをまさぐった、中から取り出したのは円筒状の入れ物だった上部には指で抜く形のピンが有り、側面には英語でDANGERと記載されていた。手榴弾だった、グレネードランチャーの榴弾とは比べられないほどに巨大な爆発力を持つタイプで恭一の切り札でもあった。ためらいなくピンを引き抜く。そして、それを先ほど通った穴に向かって投げる。穴の近くでは既に恭一を追ってきていた竹見組が詰まっており…爆破。血肉が吹き飛び、脳漿が炸裂する。

「ざまぁ見たか馬ぁ鹿!!」

 中指を立てて挑発する。

「え……?」

 しかしそこからは想像していなかった。まずは音が耳に届いた。それから爆発した部分を起点に亀裂が建造物に走る。経年劣化で既にボロボロだったが故におきたことだ。そして亀裂を中心に分裂が始まり、崩落が始まっていく。

「や…ば…」

 やってしまったらしい。威力が高すぎたようだった。その上一度大穴を開けて通っていた以上脆くなるのは当然であり帰結だった。

「にっ…逃げろぉおおおっ!!」

 恭一の体が廃墟を駆ける。

 

 

 東京の行政機能が旧23区から西に移って久しい。現在の便宜的な中心都市は立川市でそこから東、23区に近くなればなるほど治安は悪くなる。恭一の住処は武蔵野市の旧吉祥寺にある、杉並区と隣接する治安の悪さが折り紙付きの地域だ。しかしそのスラムを恭一は気に入っていた。まずなんと言っても活気がある。屑と馬鹿と塵の塊で恭一もその一因だが前世にはない活気、丁度授業でやった闇市に近い明るさがそこにはあった。どこともしれぬ未来はあるがその不安を吹き飛ばそうとする明るさだ。さらに煩わしい義務などもほとんどない、これもまた良いと感じている。前世のルールに雁字搦めになった治世はほとんど安全が保証されたが代わりに人間は歯車だった。無論不便はあった、まずヤクザが復活し崩壊した治安を我が物顔に歩き支配者面をしている。道端には死体が溢れてるから不正性極まりない。前世だったら犯罪だった事がごく一般的に行われるようにもなった。窃盗くらいは一日中怒り続けているくらいだ。しかし恭一は一瞬で順応した、むしろ順応して人殺しと屑漁りに精を出す立派な崩壊世界流の人間に染まりあがっていた。

 一日に数本しかない電車で駅前ロータリーに降りる。道には人が隙間なく溢れていて、歓声と怒号と悲鳴がミキサーに駆けられたように響いてくる。古い日本人が見たらおおよそ腰をぬかすだろう光景だ。まず目につくのは武装した人間。流石に物乞いやホームレスは除くが老若男女問わずに必ず拳銃くらいは持ち歩いている。孤児もまた多い、前線にはそれを目当てに商売する人間が集まり、そして人間が集まってすることといえば社会的営みだがその中にはごく原始的な光景もある。セックスである。そして邪魔になった子供が親に捨てられてしまうのもよくある光景だった。そんな道の中を歩く。屑漁りを終えてまず向かうのは吉祥寺駅前のビル。そこが立川にある便宜的政府との仲介役になっていて漁ってきた屑を鑑定して金に変えてくれるのだ。

「やぁん恭ちゃん、寄ってかなぁい?」

 馴染みでもなんでもない娼婦が甘い声を上げた。恭一は笑顔で中指を立て、

「テメぇの股に突っんだら錆びつくわ!」

 笑顔で罵声を浴びせるのが崩壊後流だ。勿論向こうも勝手知ったもので、

「は?9パラチンコが偉そうな口叩いてんじゃねぇよ!」

 親指を下にして笑顔で暴言を吐く。よくあるコミュニケーションだった。

 そんないつものやり取りを終えて一つのビルの中に歩いていく。薄暗い廊下をまっすぐ歩いてからおおよそ半分、右には階段がある。そこを上って三階へ。そこまで登ったらまた右にすすむ。ドア、そのプレートには簡潔に出張所とだけ。三回ノック、入室許可が出たので開く。中には初老の男がいる。鈍い刃の光をたたえた目と老人には思えぬほどの張りのある肌、頭頂部は薄いがそれは禿とは思わせない貫録を出している。

「大木所長、ただいま戻りました」

「うむ、ご苦労」

 分厚い書類の束を眺めながら茶を啜り、面倒気に答える。酷く無礼にも見える態度だが礼節に値しない屑漁りにはこれくらいの態度のほうが良いと言うことだろう。慣れた様子で恭一も背嚢から漁ってきた物を取り出して並べていく。旧世代のコンピューター部品が複数、比較的綺麗に保たれた衣類、風化を免れた物理書籍、それらをざっと並べて、

「そんじゃこれが今回の戦利品。後、掲示板にあった服も探してきた、書籍については…ただのレシピ本だ、今じゃ作れない料理の」

「知識は力だ。作れなくとも収集しておく意味はあろう」

「あいも変わらず上から物をおっしゃる」

「言うのだよ、私が上だ」

「見下して…足元を巣食われなければいいがね」

「老人だ、既に未来に進む杖など放り投げた」

「投げ捨てるなどみっともないと言わせて貰おう」

「物の見方の狭さを自慢しているのか、それは?」

「人を見透かしたことを…それより鑑定は」

「言われなくとも…金は受付で貰っておけ」

 大木が一瞬だけ恭一を見て、そこから紙面にペンを走らせてから書類を渡す。これが恭一に与えられる今日の給料だ。

「渋いな」

「文句はあるか?」

「ない、ありませんとも」

「含みのある言い方」

「別に、何も思ってはおりませんよ」

「ならば行け」

 言われるまでもないと恭一は大木に背を向け、そして思い出すように一言。

「それより、アシストスーツの修理料金は出るので?」

「実力主義だ……なっとらんよ、貴様」

 何を当然のことを、とばかりにそう言うのを尻目に恭一は部屋から出てドアを締めた。

「あの業突く張りの老人め」

 悪態を吐く。腹の虫が収まらないが、立場はあちらが上なのを承知だ。あの男ができるのは知ってる。自分のようなチンピラの物言いに対しても自分の態度を崩さない。あれくらいでなければそもそも前線の荒くれに対して対峙などもしていられないのはよくわかる。一枚も二枚も男として上手に居られることを嫌というほど思い知らされていた。一階に降りて外に出る。次に向かうのは立川の政府が所有するもう一つのビルだ。やや大き目の旧時代の商業施設を改装したもの。その中の一室に向かう。工業油、鉄の匂いが鼻につく。都合よく修理技術士の巧もそこにはいた。右手をあげて声をかける。

「よう、巧」

「ん?…あぁ、恭一か」

「一週間ぶり」

「おお、もうそんなになるか…一週間ともなればスーツ、結構やられてるだろ?」

「まぁね、向こうでスーツ脱いでくるから見てくれよ」

「任せな、それが技術士の仕事だ」

 辰巳恭一と鈴木巧の付き合いは長い。巧が立川から吉祥寺に赴任してきた頃になる。五年前だ。暴漢に絡まれていたところを恭一が助けてからの付き合いになる。最初は暴漢と同類、せいぜい助けて小銭をせびろうと考えていたのだと思われていたが交流を重ねていたら交友関係を築いていた。巧としても恭一の態度は嫌いじゃないらしい。立川には政府があり、税金を持っていく。そんな地域に住んでいる金持ち野郎と何度か殴られることもあったし、現地の技術者からもよく嫌われたと巧はいう。殴り返さないのか、と聞いたことがある。巧は数瞬目をつぶってから笑い、やめておく、勝てないから、と笑っていた。恭一はその日酒を一杯おごっていた。

 更衣室に入り対汚染アシストスーツを脱ぐ。ナノマシンリンクで各パーツのロックを外してから電源を切る。首を軽く振ってからストレッチ。スーツに包まれてこった体を解きほぐしていく。かなり快適にできているスーツだがそれでも一週間も装着していれば体がこるのも当然だった。ストレッチを終えて恭一はスーツを持って巧の所に戻った。

「よう、戻ったぜ、それとスーツな」

「ああ見せてよ…うへ…酷いなこりゃ」

「流石だな、一目でわかるか」

「まぁね…装甲は傷だらけだし空気フィルターは詰まってるしろ過装置のフィルターも取り換えないと出汁、うわっ…使ったのか、麻薬まで」

「ん?ああ、ダメだったからさ、使わないと…命あっての物種だ」

「生きて帰ってその先が地獄でもいいと?まったく…ナノマシンがいくら機能してるからって人体には影響するんだ」

 そうかい、と恭一は聞き流した。向こうも重々承知しているだろうが身を張って戦う人間と技術者とでは視点が合わない。

「それより修理に何日かかる?」

「3日は必要。まぁ、恭一はスーツを比較的綺麗に使う方だから…最低でもそれくらいか」

「了解」

「あぁ、銃もおいていきなよ整備しておく」

「頼んだ、ロッカーに入れてあるから」

「わかった」

 銃という命綱を人に預けることなど崩壊後の世界では命取りな行為だった。スーツとは違い完全に自分で調達するものであり殺傷する力があるのもまた銃であるからだ。人に銃を預けるというのはそれだけリスクが高い行為だが、5年の歳月と腕への信頼があったから恭一は巧みに銃を預けることができる。街中で使う護身用のハンドガンを除けばいつも巧みに整備を任せていた。立川の出で正規の技能教育を受けているから仕上がりもそこらの銃器店に渡すより質が良い。

「修理料金は?」

「いつもの通りで頼むよ?」

 酒を飲みに行くという合図だ。赴任して数度一人で飲みに行ったことがあるというが絡まれぼったくられ散々な目にあったと本人は言っている。それから恭一が護衛代わりに数回飲みに…そして娼館に女を抱きに行くのを見届けることで銃の修理料金になっていた。そんなに散々な目に合うのに酒は飲むし女は抱くのだな、と言ったことが一度ある。巧は笑って生理現象だけはどうにもならないさ、と。それにとも続けた、女からはこれでも人気なんだ、立川で安全に暮らしたい女はたくさんいるから、と。勿論女を立川に連れて行けるようなコネなど巧みにはない。恭一の悪だくみだった。自分によくすれば立川の伝手に紹介できるかも、と匂わせれば簡単にはぼったくられなくなると巧みにアドバイスしたのだ。案の定多くの女が釣れた。後方の安全地帯で高みの見物をしたい女は多かった。一部男も釣れた。

「わかった、場所はいつもの?」

「ああ、BAR PARADISELOSTで」

 お互いラフに笑い合う。

 

 

 夜は吉祥寺の最も危ない時間の一つでありにぎやかな時間の一つでもある。男の匂い、女の匂い、生の匂い、死の匂い、総てが混じり合って交差する。この匂いを恭一は好んでいた。仕事が上手くいったときもいかなかったときも必ず足を運んで酒を飲んでから部屋で泥のように眠る。それが恭一のあり方、屑漁りの夜。

 PARADISELOSTは恭一の特に好んで通う店だった。

「まったく、ひどい目に合った」

「お前さんの話を聞く限り自業自得だと思うがね」

 ふん、と鼻を鳴らすのはこの店の持ち主、BARのマスターだ。筋骨隆々で刈り上げた角刈りの中年で名前は知らない。以前周りの客に尋ねたこともあるが誰もマスターの名前を知らなかった。噂では名前を知った人間は死ぬと言うらしいが眉唾だ。そもそもこの店においては店主と客という関係でそれ以上は不要だからそれ以降は恭一も詮索することはやめた。それよりも上手い酒と食事にありついた方がよほどいい。名物はベーコンと合成酒だった。ベーコンはどこからか仕入れてきたミュータントの肉をスモークしたものでギトギトしてまずい。合成酒は安っぽくて工業用アルコールの匂いがする。しかし不思議と不快感はなかった。油でギトギトのベーコンをまずい安酒で流し込むと胃が燃えるように熱くなり、あらゆる疲れが飛んでいくようだった。一口、恭一はグラスを傾けた。相変わらずの不快な味に満足そうに首を頷かせてまずいとつぶやく。

「そんなにまずければ店に来なくていいぜ」

「馬鹿をおっしゃる。いいんだよ、これが」

「そんなもんかい…それより、いつも一緒に来てるのはどうした?」

「巧か…もう少しで来るよ」

 その言葉を言い終わると同時、ドアのベルが鳴る。人影、巧だ。

「ごめん、遅れた」

「気にしてない」

「はは、それでもさ…あ、マスター僕にもベーコンと焼酎ロックで」

「おう」

「客商売なのに相変わらず不愛想だねぇ」

「ほっとけ」

「まぁ、それはそれでいいんだけどね…と、恭一」

「ん?どうした?」

「渡しておくものがあってさ」

「ん?」

 取り出したのは一枚の紙だ、恭一は受取り、

「なんだ…これ」

「不要かもしれないけど…面白いものさ」

「こいつは…」

「な、面白いだろ?」

 それはメモ書きだった。乱雑に書きなぐられている。それはデータだった、ただのデータではなく旧世代の遺物の在処が書かれた物だ。

「おい…どこでこんなものを?」

「あんまりここで言うことじゃないさ」

「なら聞かないでおく」

「そうしてよ…ときたきた」

 会話を中断した。絶望的なまでに美味しくなさそうな油の匂いが、焼きたての熱を伴って巧の前に置かれた。それを楽しそうに見つめていた。恭一の目から見ても巧はどこか子供っぽかった。箸を持ち上げて、分厚いだけで噛みにくいベーコンを一口にかぶりつく。口の端から油が滴った。気にせずに齧り何度かしてから噛み切った。楽しそうに舌の上で転がしてから、氷で冷えたロックの焼酎もどきで一気に流し込み、グラスを机の上において言う。

「マズイっ!」

「そんなにまずいなら来なくていいぞ」

「これがいいんだよ!これが」

「お前ら…本当に似たもの同士だな…恭一も言ってたぞ」

「ふぅん?」

 尋ねるように覗き込んできたから、ああ、と一つ返答。

「そうかそうか…そう言ものかぁ」

「お前も言葉が足らんなぁ」

 マスターが頭を掻いてそう言った。

「ま、友達だから、そう言うことさ」

「お前さん楽しそうに言うねぇ」

「事実さ」

 そうだな、と相槌を打つ。少なくともこの世界において恭一は巧を友人と思っているのは嘘ではない。信頼しているし、少なくともそのように態度を示している。

「ま、今の世の中じゃ貴重だから大切にしな」

 マスターがしみじみという。事実だ。この世界において信頼できる人間というのは本当に希少だ。まずは肉親が信用できない。他者はそれ以上に信用できない。死と隣り合わせで常に精神をすり減らし、猜疑が付きまとう。肉親という関係であれば兄弟姉妹は危険だった。同じ腹から産まれたから仲が良いというのは幻想だ。産まれたころからまずは数少ないリソースを奪い合うことになる。それは親からの愛であれ、食料であれ、物資であれ、それらを親から取り合う敵としてこの世に産まれる。長男は常に下の弟を支配しようとし、弟は兄をどうにかして排除しようとする。姉妹でもその構図は変わらない。そうやって自分だけが独占して総てを得ようと画策する。他者はそもそも基本的に深入りすること自体がリスクの塊だ。親兄弟姉妹は憎み合っても血というか細い情がある。だからこそ憎しみ合うわけだが、他者ともなればそれすらないから簡単に相手を切り捨てる。信頼し合ってると思っていながらどちらかの一方的な思いだったということもよくあることだった。だからマスターの言う貴重だからというのは正しかった。

 恭一はグラスを傾けて思い返す。そう言えば巧に出会わなかったら自分はどうなっていただろうか、と。まずもっと地べたを這いずり回っていたのは確実だった。対汚染アシストスーツは二種類ある。まずは立川から流れてくる旧自衛隊を中核とした軍隊からの払下げ品、もう一つは民間の技術者がそれをばらしたり旧世代の技術書を解析して作ったもの。性能はどちらがいいかなどは言うまでもなく軍の払下げ品だ。まず技術が違う。民間の技術者が作るものが模倣物であるのに対し、立川の物はかつての技術を継承し、正しく運用されたもの。どちらの性能が上かなど言わずともわかる。恭一が現在使っているのは軍の払下げ品だが、その前は民間の物を使っていた。民間のものを使っていた時から巧の整備には世話になり続けている。時には調整まで行ってくれて、それは恭一の体によく馴染んだ。銃器の整備もまた同じだ。自分でやるよりも何倍もよい。それらがなくなった時のことを考えて恭一は身震い。

「なぁ巧」

「ん?」

「今日は俺が奢る」

「なんだ、やぶから棒に」

「あ、いや…少しばかり思い返してな…」

「くっ…ふふ…らしくないじゃないか」

「まぁ、そう思ってるよ…」

「そうかい…でも、そうだね、そう言うのなら奢られようかな」

「あぁ…そうしておいてくれよ」

 二人はグラスを軽く合わせて、鳴らした。




みんなももっと簡単に世界を崩壊させようぜ!
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