無限転生 ~Summon Irregular~ 作:とんこつラーメン
綿で怪我をするんです。
幸福に傷つけられることもあるんです。
太宰治
死にたいほどに苦しいのに、死んだらまた次の苦しみが始まる。
私の人生は、常に絶望に満ちている。
どれだけの回数の転生をしても、一度たりとも幸福を味わった事は無い。
少しの幸福の後に、その数億倍の絶望が襲い掛かってくる。
けど、今回は違った。
私は最初の『賭け』にすら派手に負けてしまった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
今回の私は最初から苦痛に満ちていた。
私を生んだ両親は揃ってクソだった。
父親はほぼ毎日に渡って酒を飲んで酔っ払い、母に向かって暴力を振るう毎日。
母親はそんな父のどこがいいのか、文句を言いながらも金を稼ぐ為に働いて、その稼ぎを父の酒代に回している。
恐らく、母親は父親を恐れているのではない。諦めているのだ。
何をしても無駄な足掻きだと。抵抗しても意味が無いと。
そんな母親の態度にイラついて、また暴力が始まる。
巻き込まれたくは無いので、常に私は押入れの中に潜んで息を殺していた。
この世界において、私という人間は生きているのに存在はしていなかった。
矛盾していると思うが、これは紛れもない事実なので仕方がない。
分かり易く言えば、両親は私を生みはしたが、出生届を市役所に出していないのだ。
理由は簡単。
『そんな事をしている暇があったら、俺の酒でも買ってこい!』と父親が言ったから。
実際、母親は父親が外出している間に私の事を家の中で出産していたらしく、そんな状況で生んだ子供を他の人間に知られたくはなかったのだろう。
私が生まれた時、父親は激怒したらしい。
こんな極潰しなんて勝手に生みやがって。俺がすぐにぶち殺してやる。
そんな風に怒鳴り散らしたらしいが、その時だけは珍しく母親が抵抗して、赤ん坊だった私の事を護り抜いたとの事。だからと言って感謝はしないが。
それからの行動を見てしまったら、感謝なんてしたくても出来ない。
どうして私が両親の事を、まるで他人のように『父親』とか『母親』なんて呼ぶか分るか?
こんな連中から生まれた事を認めたくはないからだよ。
一度でも命を救えば母親面出来るとでも思っているのか? 笑わせるな。
お生憎様、私はこの世界に生まれる前から『他人』という存在を微塵も信用してないし、自分自身も大嫌いだ。
そんな生活を続けていたら、当然とも言うべき出来事が発生する。
母親が過労で倒れてしまったのだ。
勿論、病院に行くような金なんてあるわけないから、当然のように家にて療養しなくてはならない。
だが、そんな事をあの父親が許す筈が無かった。
『呑気に寝てねぇで、とっとと酒代稼いで来い!』
そう叫ぶと同時に母親を布団から追い出して、無理矢理にでも働きに行かせる。
結果、母親は呆気なく過労死した。
私が3歳ぐらいの頃だった。
勿論、葬儀なんて微塵も執り行われなかった。
そんな暇があれば、一滴でも多くの酒を飲んでいたいのが私の父親だ。
母親が死んだら、必然的に唯でさえ少なかった収入が全く無くなる。
父親は働く気なんてあるわけないし、子供な上に戸籍も無い私が何かできる訳も無い。
貯金なんて一円だってありはしない。
そうなると、今迄は母親に向けられていた暴力が、今度は私に向かって放たれる事になる。
しかも、父親はアルコールが切れそうになっている事で怒りも頂点に達しているので、子供相手にも全く持って容赦が無かった。
『クソ生意気な顔しやがって!! こっち見てんじゃねぇ!! ぶち殺すぞ!!』
殴る蹴るはもはや当たり前。
瓶や角材で殴ってくることさえもあった。
そして、色々と溜まった時は私の身体を使って性欲発散だ。
本当に、子供相手に遠慮が無いクソジジイだよ。
そんな事が一年ぐらい続いたある日、金が欲しくて欲しくて我慢の限界になった父親は、遂に人間としての禁忌の一つを犯した。
『へへ…ありがとございやした旦那方。それじゃあ、そのガキはもうそちらさんの物って事で』
あろうことか、あの男は私を売ったのだ。人身売買である。
今まで一度も見せた事の無かった笑みを浮かべつつ、父親…いや、もうそんな風に呼ぶ事すらも烏滸がましい。
あの男は大量の札束を握りしめながら歓喜に打ち震えていた。
私は白衣を着た謎の男達に売り渡され、遂には生き物としてすら扱われなくなった。
だけど、こんなクソのような場所にいるよりは遥かにマシだと思っていた。
もう二度と、あの男の顔を見ないで済むと思うと本気で清々した。
少なくとも、ここ以上の地獄なんて無いと、心のどこかで楽観視をしていたから。
それがどれだけ甘い考えなのか、すぐに思い知らされることになる。
余談だが、あのクソオヤジは私が売られてから一か月後ぐらいに急性アルコール中毒で死んだらしい。
ざまあみろ。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
体が内側から焼けるように痛い。
クソジジイに売られた私は、そのままどこぞの研究施設のような場所へと連れてこられた。
それを見た瞬間、私は全てを理解した。
これまでの転生でも似たような経験は何度もしてきたから。
私はこれから
一体どんな人体実験なのかは知らないが、往々にしてこの手の実験に碌なものは無い。
大抵が違法実験だと相場が決まっているのだ。
「ふむ…矢張り、拒絶反応が出るか」
「そっちはどうだ?」
「こちらも無理でした。内側から『消滅の魔力』に飲み込まれて……」
「だろうな。我等がとあるルートにて極秘裏に奇跡的に入手した『グレモリーの細胞』を培養し、それを人間に埋め込む事で消滅の魔力を扱える人間兵器を大量生産し、あの愚かな悪魔どもを一掃する『バニシング計画』…実験自体が軌道に乗り始めたのは良いが、まだ一体も成功例が無いのは拙いな……」
「そもそもの話、人間の肉体が消滅の魔力に耐えられないんですよね。ちゃんと強化手術も施してるのに……あ」
痛みと苦しみで奴らが何を言っているのか聞き取れないが、一つだけ分かった事がある。
私の隣で同じように人体実験をされていた少年が、内側から出てきた赤黒い『ナニか』に食われるようにして消滅したことだ。
あれが我々の末路なのか。
この施設には、私のように数多くの身寄りのない子供達が実験動物として飼い慣らされている。
しかも、それら一切途切れることが無く補充されている。
どこから、あんなにも大量の故事を連れてくるのかは疑問だが、今の私にはどうでもよかった。
「よし。では、補充を持って来てくれ。こっちはもう少し続ける」
「了解です。主任」
主任と呼ばれた男が他の白衣野郎に命令を下し、この場に残されたのは私の他には数人の研究員だけ。
死ぬのには慣れてるけど、だからと言って痛みに耐性がある訳じゃない。
殺しならとっととしてくれ。苦しみを長引かせないでくれ。
次の転生先も地獄だろうが、この苦しみから一時的にでも解放されるのならば一向に構わない。
「しかし…こいつは一向に消滅の魔力が定着する様子が無いな。体内に蓄積された魔力自体は大きく増幅しているのに……」
「これもまた失敗でしょうか?」
「まだ分からん。これまでにないケースだからな。ちゃんと髪の色は黒から赤へと変化しているのだ。ここから更に様々な実験を重ねてデータを得なくては」
「今日はどうします?」
「そうだな……」
意識が遠くなってきた。頭が真っ白になる。
このまま…私は……死……。
「しゅ…主任!! 大変です!! 緊急事態です!!」
「一体どうした!?」
「悪魔の連中が……サーゼクス率いる軍団が襲撃を掛けてきました!!」
「なんだとっ!? どうしてこの場所がバレたんだっ!? この施設には十重二十重に渡って認識阻害の結界が張られているというのにッ!?」
「分かりません!!」
大きな爆発と共に施設全体が揺れ、私の身体を固定していた鉄の椅子から放たれている電流が停止する。
同時に、私の両手足を拘束具も破壊されるが、私にはここから動くだけの体力も気力も微塵も残されてはいなかった。
「仕方あるまい…ここを放棄する! すぐに必要な資料やデータを纏め、ここから脱出するぞ! なぁに…なんとかして生き延びて、バルパーの奴と合流し『聖剣計画』に我等のサンプルとデータを組み合わせれば……」
またもや大きな爆発が起きる。
視線だけを動かすと、この部屋の固く閉ざされた自動ドアが何かによって綺麗にえぐられたかのように破壊され、そこには真紅の髪を持つ男が立っていた。
「サ…サーゼクス・ルシファー!?」
「もうここまで来るなんて…!」
「観念しろ。一体どうやって手に入れたかは知らないが、我等が一族の細胞を使っての人体実験など…許される筈がない!」
「悪魔風情が何を抜かすか!! どれだけ綺麗事を並べようとも、所詮は魔物の類!! 我等を罰する資格など無いわ!!」
「確かにその通りだ。僕にはお前達に対して何かを言う資格は無いのかもしれない。だが、彼はどうかな?」
「な…んだと…!? そんな馬鹿な…!」
「ミ…ミカエルさま……!」
眩しい光が部屋を照らす。
瞼を閉じそうになるのを我慢して、うっすらと目を開くと、真紅の髪の男の隣に黄金に光り輝く髪を持つ複数の羽を持つ男がいつの間にか立っていた。
「こんな幼子に酷いことを…!」
「ち…違うのですミカエルさま! これは来たるべき決戦に備えての準備というか……」
「黙りなさい!! いかなる理由があろうとも、お前達がしたことは間違いなく外道の極み!! 決して許されていい事ではない!!」
金色の男が私に近づいてきて、そっと抱き上げた。
なんだかいい匂いがしたことはよく覚えている。
「本当に…本当に申し訳ありません…。どんなに謝っても償いきれるものではない……。私は…私は……」
どうして彼は泣いている? どうして私に謝っている?
分からない。私には何も分からない。
思考が固まらない。上手く頭が動かない。
「…サーゼクス。後はお願いします」
「分かった」
抱きかかえられたまま部屋の外へと出ると、遠くから奴らの悲鳴が聞こえてきた。
「「ぎゃぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!!?」」
それは一瞬の出来事。
すぐに悲鳴は聞こえなくなり、真紅の髪の男が戻ってきた。
「奴らのついでに、あの部屋にあった機械も全て破壊してきた」
「ありがとうございます。この施設も完全に消滅させるべきでしょうね…」
「それがいいだろう。こんな場所は絶対に残してはいけない。三大勢力間にこれ以上の遺恨を残さない為に。この子のような犠牲者をこれ以上増やさない為にも……」
「例の『聖剣計画』とやらを行っている施設も一刻も早く突き止めなくては……」
や…ばい…な……本気で眠たくなって…きて……。
やっと死ねる…のか……?
「ところで、彼女はどうするんだ?」
「可能であれば我々で預かるべきなのでしょうが、この子にとって教会などは完全にトラウマになっているでしょう。この子の事を考えても、それだけは絶対に避けるべきだ」
「それじゃあ……」
「サーゼクスに預ける形でお願いできませんか? 彼女の中にはグレモリーの細胞が埋め込まれている。謂わば、アナタの血族にも等しい存在だ」
「屁理屈だが…そうかもしれないな。父上たちにも説明しなくてはいけないが、きっと快く受け入れてくれるだろう。娘…は流石に難しいが、妹としてなら……」
なんか言ってる……けど…よく聞こえない……。
もう…どうでも…いい…や……。
誰一人知る者のいない
人ごみの中をかき分けていく時ほど、
孤独を感ずることは無い。
ゲーテ