ハリボテエレジーの前脚 作:前脚
2歳。日々運動能力が向上しているのが実感できる。成人すると長い目でみないとわからないため、こういうことを実感できるのは転生の醍醐味ではなかろうか。逆にいうと、このようなことを体感しているため、成長が実感しづらい時期になると「伸び悩んでいる」と誤解してしまいそうだ。前世では、ウサイン・ボルトより、いや、あのギンシャリボーイより遥かに速く走れるようになったため、そんなことはなかった。我々は世界一速い人類である。この世界の、そこらのウマ娘より速かった自負がある。なにせ、文字通り「世界一速い馬」だったのだから。
さて、あの出走バ全員転倒の「血染めのターフの惨劇」から半年、全身至るところに骨折をはじめとした傷を負ったスプリントは辛うじて死にこそしなかったものの、二度と走れるようにはならなかった。タロス、ボマーク、ダグラススパルタンは復帰したものの、元通り走れるようになるには時間がかかるだろう、とのことだった。唯一、ミゼットマンだけが今も出走しているが、絶対に先行ウマ娘の背後にはつかなくなった。間違いなくそのせいで成績を落としている。
そして父は、一時期凄まじく落ち込んでいたが、今では持ち直している。
「とても……残念だけどね。それでも、あんな事故で、生きている方が奇跡なんだ。今は、それだけが救いだよ」
スプリントの後報を見た父は、ホッとしたような、寂しそうな、微妙な顔をしていた。
さて、最近になって、色々外を見せてもらえるようになった。公園に行ったり、遠出をしたり。
その中で動物園に行く機会に恵まれた。なにかおかしい気がしなくもないが、JWCでは毎回ここで見たようなネオサラブレッドが出走していた。何かしらの参考になるかと思い両親にねだり、念願叶ってのことであった。
スペインにも行きたいが、闘牛はめったに行われないというので保留……というか、私のワガママでそんな遠くまで行けないだろう。
動物園は、人の入りはかなりのもので、ちらほらとウマ娘らしき存在が見られた。今まで私の周囲にはウマ娘がいなかったため、これが初遭遇となる。動物園でウマ娘を見る、と書くと、なんだか背徳的な感覚がするが、この世界にこれを共有できる人はいないだろう。
「普通……」
当然といえば当然である。馬の存在しないこの世界で、馬であるネオサラブレッドも当然ながら存在しない、はずだ。檻の中にいるのは、恐らく普通の動物だろう。そして、大概のネオサラブレッドは海外産駒である。万が一いたとして、この国にはいないだろう。もしかしたらウマ娘になっているかもしれない。有名な馬の名前を冠したウマ娘がいるのだ、JWCほどの大会に出た馬ならば、きっといる。馬とは、ウマ娘とはいったい……
宇宙が見えてしまった気がしたが、このままでは深遠に引きずり込まれそうだったため、頭を切り替える。単純に動物園を楽しむことにした。
「見ろ! ゾウさんだ!」
「シュワルツェネッガーのときの玄田哲章の真似、うまいね」
「お前は賢いが、そういう事を言うと可愛くないな」
小賢しい息子で本当に申し訳ない。本来であれば私のような老体が入ることがなかっただろうこの体、2度目ではあるが慣れることはなく、申し訳なさというものは時折思い出すかのように戻ってくる。
「ゾウ、どれくらいで走れるの?」
「40キロくらいって書いてあるな」
「40……」
あの巨体が40km/h。本来であれば脅威なのだろうが、70km/hを超える速度で先行馬を弾き飛ばしながら走るジャンボナンプラーを思うと、やはりこの世界ではいろいろなものが弱体化しているのか……? いや、より速く走れるよう血統を調整し訓練されているから、普通の象は前世でもそこまで速くなかった可能性がある。あまり興味もなかったため、そこまで知らないのが仇となった。
「ほら、キリンさんよ」
「ジラフ?」
「よく知ってたわね」
不意にロングネック種の英国名馬の名前が口に出てしまったが、独特の網目模様もあるしペンキ臭くない。エド……エドワード・エリスとはジラフの扱いについて殴り合いをした事もあったが、ヘアカラーの存在を教えてからはつまみのクソ不味い本場英国のパブに一緒に行く仲になっていた。あまりにも不味くて結局殴り合ったが。
「60キロ……」
この世界では速度が基準となるため、動物の説明パネルには必ず平均的な速度性能が記載されている。全世界で競バが人気という極端な世界であるためだろう。アニマル国際のようなレースが存在しないのが不思議なくらいだ。かつて、「スプリントvs.ネコ科の動物」とかいう番組を見た覚えがある。この世界でも、陸上最速はチーターだった。カルキンJr.が密輸業者をぶっ潰したときに拾った「猫」はさすがに速かったが、残念なことに短距離さえも走りきれなかったために出走登録できず、サンコンの預かりになったとタイラーが言っていた。さすがに野生そのままでは、1000mは無理だろう。
「ゾウガメはいない?」
「うーん……爬虫類コーナーかな……」
「いないみたいね」
アニマル国際で出走した中で、どの馬よりも速い驚異的な末脚を持つあの馬。まるで火を吹くような……いや、吹いてたよな。やる気がないときは本当に遅いのが致命的だが、最初から本気だったらと思うと恐ろしい。レコードなんてたやすく塗り替えるだろう。
いないのなら仕方がない。動画サイトやwikipediaが使えるようになったらでいいだろう。
他、目的のラクダやシマウマ、コモドオオトカゲ、カンガルーなどもおらず、純粋に動物園というものを楽しむこととした。
ネオサラブレッドでないラクダやシマウマは、前世でもカンタベリーパーク競馬場のエクストリーム・レース・デイで普通に見ることができたし、情報を集めてその都度修正していこう。
はぁ、リビアヤマネコかわかわ……サーバルかわかわ……ライオンの目って瞳孔が円形なのだな……などと癒やされていた。