ハリボテエレジーの前脚 作:前脚
3歳。七五三の祝いの時期である。「七つまでは神のうち」とまで言われ、乳幼児死亡率の高かった昔、3歳、5歳、7歳まで生き延びることができたのは快挙であったことから、この節目にまで育ったことと、これからの健康を祈って始まった……んだったか? さすがに両親もこの祭事についての起源までは知らなかった。
貸衣装屋で、被布を着付けられ、お披露目すると、
「おお、マ子にも衣装だな」
父親は親バカが入っているのだろう。ウマ娘の存在で、前世とは幾ばくか馬に関することわざや故事成語の意味が異なる。前世では「どんな不細工でも着飾れば見れるようになる」という意味だったが、この今生では「鬼に金棒」みたいな使い方をする。しかも、男にはあんまり使わない。基準がウマ娘なので、かわいいといった意味になるからだ。残念ながら私は「男の娘」とは間違っても自分を認識できない顔をしている。幼少のヘミングウェイやマッカーサーくらい可愛ければ、その評価もやむなしと思ったことだろう。思えば、前世、前前世と毎度顔が違うが、どれも平凡な面構えであった。それぞれで大差がないというのは幸せなことだ。
一旦街に繰り出せば、華やかなこと華やかなこと。前前世は年月を経るごとに殺伐としていっていた覚えがあるが、今生の世界は明るく牧歌的だ。ウマ娘は確定で美人なので、容姿の平均値も高い。下世話な話ではあるが、そもそもの予算も違う。七五三参りに出る子らのきらびやかさは、前世の比ではない。パンとサーカスが行き渡っているこの世界で、人々が盲目になっているのは、サーカスでない争いの全てではなかろうか。
お参りして祈祷してもらい、と、ここまでは普通だ。おぼろげなはるか昔でもやったような覚えがある。あとは写真撮影と食事会だ。
「おお」
思わず声が出た。そこではウマ娘が写真を撮られていた。外では走り回ったりじっとしていられなかったり、私達も忙しくしていたためじっくり見ることもなかったが、バックスクリーンの前でポーズをとる幼子たちには目を奪われた。カメラマンは慣れたもので、さすがはプロ、最も映える角度や格好を知っているのだろう。手早く指示をして、数回フラッシュを焚き、また別のポーズをさせてを何度か繰り返す。次の女の子は普通の人間、一つ前のウマ娘とは比べてはならないだろうが、それでもしっかりと可愛らしく撮られている。次の少年はなかなか精悍に育ちそうである。カメジ……カメラマンにでもなろうかと、少しばかり気が迷う。このような夢か幻か、桃源郷のような光景を見られるのであれば、どんな艱難辛苦も乗り越えられそうである。
そして、私の番である。すこしばかり呆けていたが、現実に引き戻されて自らの風体に絶望する。あのような美男美女予定の少年少女のあととなると、私はどれほど見劣りするだろう。顔面の遺伝子を両親から引き継げなかったことを、切に申し訳なく思う。せめて、少しでもまともに写るべく、気合を入れて戦場へと向かおう。
そのカメラマンはプロである。これまで多くの写真を撮ってきた。芸能人や、有名なウマ娘も撮ってきた。しかし、仕事を選ぶ気はなかった。どんなものでも、どんな風景でも、必ずどこかに美しいものがある。その信念から、ずっとこの店を中心に写真を撮ってきた。撮りたいものがあれば遠出もするし、遠くだろうと依頼があればカメラを手に赴く。
今日は七五三であった。有名なそのカメラマンに晴れの日を撮ってもらおうと、多くの人が予約をとった。我が子の容姿に自身のある親が多く、実際ウマ娘や、普通の人間でもかなりのレベルの子供が大多数を占めた。
その中では、逆に目立つ地味な子供がいた。不細工ではないが、平凡な面構えの、どこにでもいそうな子供。
さて、どのような美しさがこの子にはあるだろう。カメラマンはその子を観察し始め、
(んん?)
妙なものを幻視した。
カメラマンとしての長い経験を積み上げるうち、彼はファインダー越しに、たまに「幻覚」を見るようになった。それはウマ娘に限るもので、一瞬の幻のようなものではあるが、何度もみるとだいたいの形を把握できていた。鹿のような四足の、しかし大型で力強そうに見える生き物。優秀なウマ娘であるほど、それはくっきりとした像を形作った。今日撮影したウマ娘のうち、何人かにも見えた幻覚だが、幼いせいかひどくぼやけていた。
さて、ここで現れた子供はどうだろう。見える幻覚はやたらくっきりとして、ファインダーから目を離した今もしっかりと見える。一切の艶のない赤茶けた体躯。何の意志も感じられない、死んだ魚のほうが生気を感じられる人工的な目。タイツを履いたヒトのような、しかし恐ろしく鍛え上げられた人間的な脚。「まがれー」「まがれー」などと、幻聴まで聞こえてくる。
カメラマンは混乱した。今までの経験からすると、幻覚が見えるこの子はウマ娘のはずで、ここまでくっきりしっかり長く見えるということは、世界最強と言っていいウマ娘ではないのか。しかし彼は男児、そして走ることもおぼつかないような幼児である。経験からの推論と今見えているものが矛盾し、彼の積み上げてきた「幻覚」に対する認識にひびが入る。
何より圧がすごい。得体のしれないものが、こちらを見ているのか見ていないのか。まっすぐカメラマンに正面を向けている。
「あ、あー、きみ。もうちょっと気を楽に、リラックスしてみよう」
「はい」
その子が不必要なほどに気合を入れていたのはわかっていた。レース直前のウマ娘もかくやというほどである。単純な気迫に圧倒されていたのも、彼は認めざるを得なかった。
それが一瞬で消え去った。あの幻覚も。
「っふ、ふうー」
「?」
「ああ、なんでもないよー。はい、ちょっと笑ってー」
呼吸を忘れた体が酸素を求めて深呼吸を要した。子供はカメラマンを怪訝そうな目で見たが、彼もプロフェッショナルだった。すぐに気を取り直し、仕事にかかった。