ハリボテエレジーの前脚 作:前脚
4歳になった。いくら演じてもメッキとは剥げるもので、両親は私を神童のごとく扱いこそしなかったが、かなり賢い子供と認識するようになった。さすがにインターネットに触らせるようなことはなかったが。私だって幼児にあの魔境に触れさせたくない。googleのセーフサーチとて完璧ではないのだ。
一方私は、公園などに出ては、同年代の子供やウマ娘に比べ優れた身体能力をもつと理解し始めた。遊んでいた子が道路に飛び出してトラックに轢かれそうになった時があったが、私はその子を突き飛ばし代わりに跳ねられ、擦り傷とタンコブという名誉の勲章を得た。とっさのことであったため、自らの身が脆いという可能性を完全に失念していたが、はからずもその可能性を否定できた。私はトラックに跳ね飛ばされ、飛翔中に電柱で頭を打ち付け、水平に回転しながらブロック塀に叩きつけられたものの、少々痛いくらいで普通に立ち上がれた。トラックのドライブレコーダーに一部始終が記録されており、それを目撃した運転手は、私が確実に死んだと思ったらしい。私を担当した外科医はドライブレコーダーの動画やレントゲン写真やエコーに脳波計を穴が空くほど食い入るように見ては、首を傾げ、1ヶ月の経過観察の末、最終的に体を捻る奇行にまで至り、解せぬといった表情で「問題……………………ありません」と苦虫の絞り汁を舐めたような声で告げた。できれば月イチで無料診断させてもらえないかとも言われたが、少々目つきが怖かったため辞退させてもらった。私はモルモットになる気はない。
さて、この件で私は友人を得た。トラックから救った子、ウマ娘「シンバシルドルフ」である。そう、コスプレステークスで2着の馬だ。幼児でありながら既にくたびれたサラリーマンのような雰囲気を醸し出すが、ウマ娘だけあって足は速い。元気がないように見えるが、それは彼女の顔の作りや纏う空気というかオーラのせいであって、彼女自身はよく見れば薄幸の美幼女といった恵まれた容姿をしているし、実際は元気いっぱいの年齢相応のやんちゃ娘である。シンボリルドルフという、普通に走って速い馬がいた覚えがあるが、縁者なのだろうか。そういうのに詳しいのは好太郎や後脚のほうだった。私は練習と対外折衝などでそれどころではなかった。
少し時は戻る。
「ありがとう、君のおかげでまた走れるんだ」
初めて彼女の名前を知ったのは、面会謝絶が解除されたその日だった。すぐにお礼を言いたかったと、親を急かして連れてきてもらったそうな。
トラックに跳ねられ、頭をコンクリート製の電柱で強打すると、だいたい人は死ぬらしい。そうでなくても、頭を強打して脳が回復する前に再び衝撃を受けると、脳が腫れ上がって半数が死ぬらしい。これをセカンドインパクト症候群という、と医者から教えられた。そういえば、前前世ではヘルメットがあっても即死する事故があった。デイル・アーンハートSr.やアイルトン・セナの死は、鮮明に思い出せた。なぜ今まで忘れていたのだろう。なお、私の脳はどう検査しても無傷だそうだが、医者が「絶対どっかに損傷があるはずだ」と絶対安静と面会謝絶を言い渡したのだ。
「脚はどう? とっさに突き飛ばしたけど、怪我とかはなかった?」
「なんともないよ。昔から頑丈なんだ」
実質、擦り傷とタンコブで入院しているだけなので、病床を占領しているのが非常に申し訳ない状態で、更に見舞いまでくるのだからたまったものではない。肉体的損傷より、精神的なあれやこれやが削られた日々だったが、毎日のように遊びに来るシンバシルドルフのお陰で気が紛れたのも事実だった。
だって美幼女、可愛い女の子なのだ。慕われて嬉しくない男など極少数だろう。幸い、私は大多数の方である。
ともあれ、初めて彼女がシンバシルドルフであると知ったときは驚いたものだ。私は、二日酔い出走している彼の姿しか見たことがなかったからだ。コスプレステークスでは2着であったが、その前走では散々な結果であった。さすがに4歳児が酔いどれている、なんてことはなかったが、これから先が心配なウマ娘であることは間違いない。
――前世のシンバシルドルフのようなウマ娘なら、トラックに跳ねられても大丈夫だったのでは?
不意に、妙なことが頭をよぎる。
確かめるわけにもいかない。私の頭も、ちょっとした偶然から無傷だった可能性もなくはないのだ。これも、再確認するわけにもいかない。
シンバシルドルフが帰ったあと、その後に両親が来て号泣されてしまった。入院初日から絶対安静・面会謝絶・検査という苦行に、私は病床の上でぼうっとすることで耐えていた。そのため、何日経ったかを知らなかったが、どうにも1週間くらい監禁されていたようだった。両親は、初日の医者の説明で最悪の事態を想定し、更にしばらくは絶対安静とされていたため、私の状態をひどいものと考えていたようだった。
「信じられませんしありえませんが、脳に全く損傷がありません。なにもありません。痕跡はゼロです」
なんでそんなに強調するのか。あと先生、大塚芳忠に声が似てますね。口にこそ出さないが、名作映画のセリフを言わせて生で聴きたい。しかしそんなことを言ってしまったら、それにかこつけてモルモットにされかねないだろう。
「念のため、週1回、1ヶ月ほど来てください」
医者の言うことに、両親は快諾を告げた。普通なら致命傷を受けているわけで、その程度のことで両親の安心に繋がるならば、あと1ヶ月くらいはどうってことはない。4歳児の私に拒否権もない。
それから最後の経過観察まで、非常に過保護に扱われ、走ることさえもできなかったが、得るものは多かったと思う。
諸事情につき感想に返答ができませんが、有り難く拝読させていただいております。